夏が終わる瞬間の、あの少し湿った空気を音にしたらこうなる、と思わせる曲がチャートに上がってきた。beabadoobee(ビーバドゥービー)のSUN HAS SET🛒楽天は、彼女がこれまで積み上げてきた「90sインディー的な質感」と「Z世代のリアルな心情」の交差点にきっちり立っている一曲だ。派手なフックで殴りにくるのではなく、じわっと沁みてくるタイプ。だからこそ、リピートすると輪郭が濃くなる。TOKIO HOT 100を追っている人にとっては、いま海外の若手インディー勢の中で誰が長く残るのかを見極める試金石にもなる。
彼女の音楽は、いわゆる「バイラルで一発」の路線とは違う。TikTok経由で世界的に広まった『Coffee』(Powfuの『death bed』でサンプリングされたあの曲)が入口だった人も多いはずだが、そこから7年近く、彼女は着実にアルバム単位で作品を積んできた。『SUN HAS SET』は、その延長線上にある「今の彼女」を切り取った音源として聴くと、面白さが段違いになる。
beabadoobeeとは誰か——フィリピン系ロンドンっ子の現在地
beabadoobee、本名Beatrice Laus。2000年フィリピン・イロイロ生まれ、3歳でロンドンに移住。17歳のときにベッドルームで録った『Coffee』が2017年にSoundCloudで話題になり、そのままDirty Hitと契約した。Dirty Hitといえばthe 1975やWolf Alice、Rina Sawayamaを抱えるUKの重要インディーレーベル。ここに入った時点で、彼女は「バイラル一発屋」ではなく「長期戦のアーティスト」として設計されていた。
2020年のデビューアルバム『Fake It Flowers』は、Pavement、The Cardigans、Elliott Smithといった90年代の匂いを全身にまとった一枚だった。続く2022年の『Beatopia』では、幼少期に自分だけの空想世界を持っていたという原体験をコンセプトに据え、より内省的でジャンル横断的な音像に踏み込む。そして2024年の『This Is How Tomorrow Moves』では、あのRick Rubin(リック・ルービン)をプロデューサーに迎え、Shangri-La Studiosで録音するという「本気モード」に突入した。
Rick Rubinを迎えるということの意味は大きい。Johnny Cash『American』シリーズやAdeleを手がけてきた彼は、装飾を削って「その人の声」を真ん中に置く達人だ。beabadoobeeのように、囁くようなボーカルとギターの手癖で成立するアーティストにとって、この選択は正解だった。『SUN HAS SET』もその制作圏の延長にあると考えると、なぜこれだけ音数が整理されて聴こえるのかが腑に落ちる。
『SUN HAS SET』というタイトルが語ること
タイトルを直訳すれば「日が沈んだ」。過去完了に近いニュアンスで、「もう終わってしまった」感覚を含む。ラブソングとしても、季節の移ろいの歌としても、あるいは若さの一時期に別れを告げる歌としても読める余白がある。歌詞そのものには踏み込まないが、タイトルが持つ両義性——寂しさと同時にどこか解放感がある——は、この曲のサウンドとぴたりと一致している。
beabadoobeeは以前から「季節」「時間帯」「部屋の匂い」といった、五感で捉えられる小さな情景を書くのが上手い。『Cologne』『Last Day On Earth』『Glue Song』あたりを聴くとわかるが、大きな物語を語るのではなく、ある夕方の風景を切り取って、その中に恋愛や不安を溶かし込む。『SUN HAS SET』もその系譜だ。だから「サビで爆発する」タイプではなく、「聴き終えた後にその日の空気を思い出す」タイプになる。
サウンドの読みどころ——90sインディーの正しい継承
ここが個人的にいちばん面白いポイント。beabadoobeeの音は、Y2Kリバイバルとしてよく語られるが、実はもう少し古い層——90年代半ばのUS/UKインディーロック——を吸収している。Mazzy Star、The Sundays、Duster、あるいは初期Belle & Sebastian。ドリーミーでローファイ、でもソングライティングは古典的に強い、というバランスだ。
『SUN HAS SET』でも、その手つきは変わらない。クリーントーンのエレキがコードを刻み、ベースは動きすぎず、ドラムはブラシに近いソフトなタッチ。ボーカルはマイクに近づいて録られていて、息づかいや口の中の湿度まで拾っている。この「マイクとの距離感」こそがRick Rubin流の設計思想で、聴き手を強引に引っ張るのではなく、耳を近づけさせる。
聴きどころ3点
- ボーカルの距離感——マイクプリアンプの選び方と部屋鳴りの少なさで、囁きが目の前で起きているように聴こえる録り
- ギターのボイシング——ローコードを避け、開放弦を含む響きを重ねることで、ノスタルジーと透明感を同時に出している
- リズムの引き算——ハイハットを刻みすぎず、キックとスネアのミニマルな配置で、余白そのものが感情の器になっている
特に3点目は重要で、現行のポップスがどんどん情報量を増やす方向に進むなか、beabadoobeeは逆張りで「引く」ことを選んでいる。この判断ができるのは、Dirty Hitというレーベル環境と、Rick Rubinという伴走者がいるからだ。若手が売れ線に走らされずに、自分の質感を守れているのは、実は珍しい。
キャリアの中での『SUN HAS SET』の位置
デビュー当時の彼女は「ベッドルームポップの新星」というラベルで語られていた。GarageBandで録った音源をSoundCloudに上げ、TikTokで拡散する——というルートを最初に成功させた世代の代表格。しかし本人はインタビューで繰り返し「私はロックが好きで、Pavementが原点」と語ってきた。ベッドルームポップというラベルは、彼女にとってはむしろ窮屈だったはずだ。
『Fake It Flowers』では歪んだギターを前面に出して「ちゃんとしたロックバンドの音」を提示し、『Beatopia』ではフォーク、ボサノヴァ、シューゲイズを取り込んで幅を広げた。『This Is How Tomorrow Moves』は、その振れ幅を整理して「大人のシンガーソングライターとしてのbeabadoobee」に着地させた作品。『SUN HAS SET』は、そこからさらに一歩進んで「季節と時間を主題にした短編」の質感を持っている。
言い換えると、彼女はいま「バイラル時代の若手」から「長く聴かれるシンガーソングライター」への移行期にいる。この移行期にどんな曲を出すかは、キャリア全体の印象を決める。『SUN HAS SET』は、その決定打とまでは言わないまでも、「派手さで勝負しない」という宣言としては十分な重みがある。
チャートと海外リスナーの反応
TOKIO HOT 100を含む日本のFMチャートに海外インディーがランクインするのは、実は簡単じゃない。J-POPとメガヒット洋楽が席を占めるなかで、beabadoobeeのようなミドルサイズのインディーアクトが食い込むのは、日本のリスナーがきちんと「音の質感」で選んでいる証拠でもある。彼女は過去にサマーソニックにも出演していて、日本での基盤は着実にある。
チャート順位の具体的な数字は公式データを参照してほしいが、傾向として言えるのは、彼女の曲は「初動より粘り強さ」で伸びるタイプだということ。プレイリスト経由でじわじわ広がり、季節と結びついて再燃する。『Glue Song』が春先に何度も浮上したように、『SUN HAS SET』も夏の終わりから秋にかけて長く残る可能性が高い。
同時代の文脈——Clairo、Faye Webster、そしてbeabadoobee
いま『SUN HAS SET』のような曲を語るときに外せないのが、同時代の女性シンガーソングライターたちだ。Clairo(クレイロ)、Faye Webster(フェイ・ウェブスター)、Phoebe Bridgers(フィービー・ブリジャーズ)、Snail Mail(スネイル・メイル)。彼女たちに共通するのは、「大きな声を張らない」「私生活の細部を書く」「ジャンルの純血主義にこだわらない」という姿勢だ。
beabadoobeeはこの潮流のUK側の代表格として見るとわかりやすい。Clairoがジャズやソウルに寄り、Faye Websterがカントリーやオルタナカントリーに向かうのに対し、beabadoobeeはあくまで「ギターポップ/インディーロック」を軸に据えている。だから『SUN HAS SET』も、どこかブリティッシュな湿度がある。ロンドンの曇り空と、フィリピンの湿った夕暮れが混ざったような、独特の温度感。
この温度感は、実は日本のリスナーと相性がいい。日本の梅雨明けから夏の終わりにかけての空気に近いからだ。cero、Lampといった日本のインディーが好きな人が、beabadoobeeにハマるのはたぶん偶然じゃない。共通しているのは、「季節を音の湿度で表現する」という感覚だと思っている。
制作環境と「Rick Rubinの手つき」
もう少し制作面に踏み込む。Rick Rubinはミキシングやエフェクトを派手にいじるタイプのプロデューサーではない。むしろ「録音の前段階」——アーティストがどんな精神状態で歌うか、どのテイクが本物か——を見極めることに時間をかけると言われている。Shangri-La Studiosはマリブの海沿いにあって、自然光が入る開放的な環境。ここで録ると、都会のスタジオ特有の張り詰めた音にならない。
『SUN HAS SET』を耳を澄まして聴くと、その空気感が伝わってくる。過剰なリバーブで空間を作るのではなく、部屋そのものの響きを活かしている。ドラムのアンビエンス、ギターアンプから返ってくる音の減衰、そういう「録音の物理」が音楽の中にちゃんと残っている。ストリーミング時代のマスタリングは音圧を上げがちだが、この曲はダイナミクスが生きている。
個人的には、これがbeabadoobeeが「10年後も聴かれる」アーティストになるかどうかの分岐点だと感じている。音圧競争に乗った曲は、時代の音として古びやすい。逆に、余白を持った録音は年を取っても聴ける。Mazzy Starの『Fade Into You』が90年代の曲なのに今も新鮮なのは、あの録音が「時代の流行」から一歩引いていたからだ。
歌詞ではなく「声」で聴く
英語の歌詞を追いかけるのが苦手な人でも、この曲は楽しめる。理由は、彼女のボーカルが「音色そのものが感情」だからだ。子音の当て方、母音の伸ばし方、フレーズの終わりで息を抜くタイミング。こういう微細な演奏情報が、意味を超えて伝わってくる。
これは訓練されたクラシック歌唱とは違う、インディーロック特有の「素の声を差し出す」美学だ。Elliott Smithがそうだったし、Alex G、Adrianne Lenker(Big Thief)もそう。beabadoobeeはこの系譜の中で、いちばん「若い声」を保っている一人。将来もし彼女が歌唱を大きく変えたとしても、この時期の声は貴重な記録として残るはずだ。
入門動線
『SUN HAS SET』で気になったら、次に聴くべきは同じくbeabadoobeeの『Glue Song』。2分弱の短い曲だけど、彼女の「季節と恋愛を溶かし込む」書き方の完成形が味わえる。アルバム単位で深掘りしたいなら『This Is How Tomorrow Moves』(2024年)から。Rick Rubinとの化学反応がわかる一枚で、『SUN HAS SET』の音の作り方につながる補助線になる。
この曲をどう聴くか——結びに代えて
正直、『SUN HAS SET』は「これがベストトラック!」と大声で推すタイプの曲じゃない。彼女のカタログの中でも、たぶん『Coffee』のようなアイコン曲にはならない。でも、そういう曲じゃないことが、むしろ大事だと思ってる。人生には派手な曲が必要な瞬間と、そっと隣に置いておきたい曲が必要な瞬間があって、この曲は後者だ。
夏の終わり、電車の窓から見える夕暮れ、閉店間際のカフェ、旅行の最終日。そういう場面で流すと、たぶん10年後にも同じ場面でこの曲を思い出す。ポップスの中で「思い出のトリガー」として機能する曲は、実はそう多くない。beabadoobeeはそれを作れる数少ない若手の一人で、『SUN HAS SET』はその能力を静かに証明する一曲だ。派手じゃないけど、長く残る。そう思ってる。
まずこの作品から聴く
- This Is How Tomorrow Moves — Rick Rubin制作の到達点
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