TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1988年11月20日放送)

TOKIO HOT 100 1988-11-20 放送回ランキング ランキング

本ページには広告(Amazonアソシエイト・楽天アフィリエイト等)を含みます。

1988年11月20日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1988年11月20日放送回)。

この週の音楽シーン

1988年11月20日のTOKIO HOT 100で首位に立ったのは、U2の「デザイア(DISIRE)」だった。アルバム『魂の叫び ラトル・アンド・ハム』からのシングルで、ボ・ディドリー・ビートを土台にした乾いたグルーヴと、ボノの高揚感あふれるヴォーカルが印象的な一曲だ。当時のU2は『ヨシュア・トゥリー』の世界的成功を経て、アメリカのルーツ音楽、ブルースやゴスペル、ソウルへの憧憬を隠さなくなっていた時期で、この曲にもそうしたアメリカーナへの視線が色濃く滲んでいる。アイルランドのバンドがアメリカ音楽へ接近し、それが世界のチャートで支持されるという流れそのものが、80年代後半という時代のロックの成熟を象徴していたように思う。

このときのTOP10を眺めると、80年代ポップスの多層性がよく見えてくる。2位にはキリー・ミノーグによる「ザ・ロコモーション」。オーストラリア発のアイドル歌手が、ストック・エイトキン・ウォーターマン制作陣のプロデュースでダンスポップとして仕上げた再解釈版で、当時のヨーロッパ発ハイエナジー・サウンドの勢いを伝える存在だった。3位のビーチ・ボーイズ「ココモ」は、映画『カクテル』の主題歌として世代を超えて愛され、ヴェテランバンドが新たなリスナー層を掴んだ好例といえる。西海岸的な開放感あるサウンドが、シンセ主体の当時のヒットチャートに涼やかな風を吹き込んでいた。

4位のジョージ・マイケルは、ソロとして「フェイス」に続く成功を収めていた時期で、「キッシング・ア・フール」はジャジーで大人びたバラードとして異彩を放っている。5位のボン・ジョヴィ「バッド・メディシン」は、アルバム『ニュー・ジャージー』からのシングルで、メロディアスなアリーナ・ロックがMTV世代の若者を熱狂させていた。6位のアニタ・ベイカーは、都会的でソウルフルなアダルト・コンテンポラリーの旗手として独自の地位を築いており、シンプルなシンセポップとは一線を画す表現力で存在感を示していた。

7位のバングルスや8位のデュラン・デュランは、80年代前半から続くバンドサウンドの系譜を引き継ぎながらも、それぞれの持ち味で生き残りを図っていた時期。9位のエスケイプ・クラブ「ワイルド・ワイルド・ウェスト」は、イギリス出身ながらアメリカでブレイクを果たした一曲で、当時の英米間のポップスの往来の活発さを物語る。そして10位のペット・ショップ・ボーイズ「ドミノ・ダンシング」は、シンセポップの知性派として、ラテン的なパーカッションを取り入れた実験性が光る。

こうして並べてみると、この週のTOP10はロック、ダンスポップ、AOR、シンセポップとジャンルが入り乱れながらも、それぞれが確かな個性を放っていたことがわかる。U2というロックの巨人が頂点に立ちながらも、多様な音楽性が共存できていたこと自体が、80年代後半という時代のポップミュージックの豊かさを物語っているのではないだろうか。

🎧 この曲を聴くなら[PR]

1988年11月20日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

ワイヤレスでも高音質で[PR]

あわせて読みたい

コメント

タイトルとURLをコピーしました