TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1998年7月19日放送)

TOKIO HOT 100 1998-07-19 放送回ランキング ランキング

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1998年7月19日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1998年7月19日放送回)。

この週の音楽シーン

1998年7月19日の「TOKIO HOT 100」を振り返ると、首位に輝いたのはデス・リー(DES’REE)の「LIFE」だった。彼女は1994年の「You Gotta Be」で国際的な知名度を得たイギリスのシンガーソングライターだが、「LIFE」はその後の代表曲として世界中でヒットし、日本でもラジオやクラブ、街中のあちこちで耳にする一曲となっていた。ゴスペル的な温かみとダンスミュージックのビート感が同居したサウンドは、当時隆盛を極めていたポドウス系プロデューサー、ロッキー&ディエゴのタッチも相まって、夏の空気にぴったりと馴染む開放感を持っていた。シンプルながら力強いメッセージ性を帯びたヴォーカルは、90年代後半という時代の気分——世紀末を前にした高揚と不安が入り混じった空気——を軽やかに掬い上げていたように思う。

この週のTOP10を眺めると、90年代後半のポップシーンの多様性がよく見える。2位のビースティ・ボーイズ「INTERGALACTIC」は、ヒップホップ/ロック/エレクトロを横断する彼ららしい実験精神の産物で、同年のアルバム「Hello Nasty」からのリードシングルとして世界的な話題を集めていた。3位のブランディ&モニカ「THE BOY IS MINE」は、二大R&Bディーヴァの共演という企画性とゴージャスなメロディーが評判を呼び、全米チャートを席巻した名曲だ。国内勢では4位にMISIAの「陽のあたる場所」がランクインしており、デビュー間もない彼女が圧倒的な歌唱力で新人離れした存在感を示していた時期でもある。海外のR&B/ソウルの潮流と、国内から才能が台頭してくる流れが同時に鳴っていたのが、この時代のTOKIO HOT 100の面白さだった。

さらに5位のエイス・オブ・ベイス「LIFE IS A FLOWER」は、90年代前半にユーロポップを世界的に流行させたスウェーデンのグループが、後期においても独自のポップセンスを発揮していたことを物語る一曲。6位の4ヒーロー「STAR CHASERS」や7位のカレン・ラミレス「TROUBLED GIRL」は、当時イギリスを中心に盛り上がっていたブロークンビーツ/UKガラージ/ダンスミュージックの空気を伝えており、クラブカルチャーとポップスの境界が緩やかに溶け合っていた時代性がうかがえる。8位のグロリア・エステファンは長きにわたって活躍するラテン・ポップの女王としての貫禄を見せ、9位のマックスウェルはネオソウルの旗手として静かな支持を広げていた頃。10位のジャミロクワイ「DEEPER UNDERGROUND」は映画「ゴジラ」のサウンドトラックに使われたことでも話題となり、ファンクとダンスミュージックを融合させた彼らの真骨頂が発揮された楽曲だった。

こうして並べてみると、この週のチャートはR&B、ヒップホップ、ユーロポップ、UKダンス、そして日本人アーティストの台頭までを一望できる、まさに90年代後半という時代の縮図のような顔ぶれだった。首位のデス・リー「LIFE」が持つ普遍的な力強さと温もりは、ジャンルを横断するこの多様なラインナップの中でも、夏の始まりにふさわしい柔らかな光を放っていたのではないだろうか。

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1998年7月19日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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