いま、Gracie Abramsの声が刺さる理由
ここ数年、海外ポップの潮流を見ていると、大きな声で歌い上げるタイプよりも、耳元でつぶやくように歌う人が支持を集めている。Gracie Abrams(グレイシー・エイブラムス)はまさにその代表格だ。囁くようなボーカル、日記の断片みたいな歌詞、シンプルなギターとピアノ。派手な演出は少ないのに、聴き終わると胸のあたりに何かが残っている。そういう不思議な作家である。
彼女の名前を一気に押し上げたのはTaylor Swiftの「The Eras Tour」にオープニングアクトとして帯同したことだった。あの規模のツアーに呼ばれる時点で只者じゃない。しかも彼女は既にその前から、SNSでの共感の広がり方が独特だった。TikTokで一節が流れると、コメント欄が「これ私のことじゃん」で埋まる。あの現象は、SNS時代のシンガーソングライターの新しい成功モデルとも言える。
この記事では、彼女がどこから来て、どう変化してきたのか、そしてなぜ今これほど支持されているのかを、代表曲や作品を軸に整理していく。派手なゴシップよりも、音楽そのものの手触りを追いたい。個人的には、深夜に何度もリピートしてしまう類のアーティストだと思っている。
プロフィールとキャリアの歩み
Gracie Abramsは1999年、ロサンゼルス生まれ。父は映画監督のJ.J.エイブラムスとして知られる人物で、いわゆる映像業界の家系に育った。ただ彼女自身は早い段階から音楽に強く惹かれ、10代の頃からInstagramで自作曲の弾き語り動画を投稿していた。SNSで自分のペースで発信しながらファンを増やしていったという点では、Z世代SSWの典型的な出発点を持っている。
音楽活動を本格化させたのは2019年頃。Interscope Recordsと契約し、シングルを重ねた後、2020年にEPminor🛒楽天をリリースしている。パンデミック下で家に閉じこもる時間が長かった時期、この作品はSpotifyやApple Musicの深夜プレイリストで静かに広まっていった。囁き系ボーカルとローファイに近い質感が、当時の空気とうまく噛み合っていた印象がある。
2021年にはEPThis Is What It Feels Like🛒楽天を発表。より曲構成が練られ、シンガーソングライターとしての骨格が見えてきた。2023年、初のフルアルバムGood Riddance🛒楽天をリリース。プロデュースにはThe National / Big Redのアーロン・デスナーが参加し、これがサウンド面での大きな転機になった。Taylor Swiftの『folklore』『evermore』を手がけた人物であり、Gracieの内省的な作風と非常に相性が良かった。
そして2024年、2ndアルバムThe Secret of Us🛒楽天をリリース。ここでTaylor Swiftとの共作曲「us.」も収録され、彼女のキャリアは完全に次のフェーズに入った。同アルバムからのシングル「Close To You」はTikTok経由で世界的にヒットし、ようやく大衆のレーダーにも本格的に映るようになった。
音楽性の核と、その変化
Gracieの音楽を語るときに欠かせないのが「ベッドルームポップ的な親密さ」と「フォーク・ポップの骨格」の融合だ。初期はどちらかというと前者に寄っていた。ヘッドフォンで聴くことを前提にしたような、マイクに近い距離感のボーカル。アレンジは最小限で、部屋の中で作られた録音の質感がそのまま残っているような音だった。
それが『Good Riddance』以降、明確に変わる。アーロン・デスナーとの作業で、フォーク寄りのアコースティックギター、ピアノ、繊細なストリングス、抑制されたドラムが加わり、楽曲としての完成度が一段上がった。感情の起伏を演出過剰にせず、あくまで内側からじわじわ立ち上げていくやり方。この抑制の効いた作りは、いま英米圏で「クワイエット・ポップ」と呼ばれる潮流ともうまく重なっている。
『The Secret of Us』ではさらにレンジが広がった。相変わらず主軸は内省的な語り口だが、「Risk」のようにテンポ感のある曲、「Close To You」のようにキャッチーなポップに寄せた曲もあり、幅が出ている。ただ、どれだけポップに寄せても、あの独特のか細い声質と、日記のように具体的な言葉選びは変わらない。ここが彼女のブレない核だと思う。
歌詞について言えば、恋愛の細部を執拗に観察するタイプの書き手だ。別れ、後悔、友人関係のもつれ、自意識の揺れ。抽象的なメッセージソングではなく、具体的な場面や会話の断片を積み上げていく手法をとる。だから聴く側は、自分の記憶を勝手に重ねてしまう。SNSで「私のことかと思った」というリアクションが多いのは、この書き方のせいだ。
聴きどころ3点
- マイクにごく近い距離で歌う、囁きに近いボーカルの質感。ヘッドフォンで聴くと没入度が段違いになる。
- アーロン・デスナー参加以降のフォーク・ポップ路線。アコースティックギターとピアノを軸にした、抑制の効いたアレンジ。
- 日記のように具体的な歌詞世界。抽象化せず、細部の描写で感情を立ち上げていく書き方。
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代表作・ディスコグラフィの読みどころ
まず入り口としておすすめしたいのが、初のフルアルバム『Good Riddance』。ここで彼女の作家性がはっきり形になっている。全体を通して静かで、大きな山場を作らない。だからこそ、一曲一曲の言葉と旋律がゆっくり沁みてくる。「I know it won’t work」「Where do we go now?」あたりは、彼女の内省的な魅力がストレートに出ている曲だと思う。
そして、いま最も聴かれているのが2024年の『The Secret of Us』。ここで彼女はポップ・アーティストとしての領域にも足を踏み入れた。「Close To You」はもともと未発表だった旧曲をリワークしたもので、ライブでファンから熱望されていた曲が正式音源化された経緯を持つ。TikTokでの拡散もあり、彼女にとって最も広い層に届いたシングルになった。
同アルバムの「us.」は、Taylor Swiftをフィーチャーした共作曲。二人の声質の相性がよく、静かに始まってじわじわ熱を帯びていく構成が見事だ。単なる話題作りのコラボではなく、楽曲として成立している。「Risk」もこのアルバムで印象的な一曲で、片想いの浮ついた高揚感を、決してテンションを上げすぎない絶妙な温度で描いている。
初期EPも侮れない。『minor』『This Is What It Feels Like』には、まだ荒削りだけれど、彼女の原型がしっかり詰まっている。「I miss you, I’m sorry」は初期の代表曲として今も配信で聴かれ続けている一曲。プロダクションはシンプルだが、そのぶん歌の存在感がむき出しになっている。フルアルバムから遡って聴くと、変化の道筋が見えて面白い。
Taylor Swiftとの関係と、シーンでの位置
Gracieを語る上で、Taylor Swiftとの関係は避けて通れない。2023年〜2024年にかけて「The Eras Tour」の一部日程でオープニングアクトを務め、これで一気に世界中のスタジアム規模のオーディエンスに顔を売った。前座という立場ではあったが、ステージ上で堂々と自分の曲を演奏する姿は、多くのファンに好印象を残したと思う。
ただ、彼女を「Taylor Swiftのフォロワー」と単純に括るのは違う。むしろ、Phoebe BridgersやMaggie Rogers、Lizzy McAlpine、Holly Humberstoneあたりと同じ、2020年代の女性SSWの新しい波の中で位置付けるほうが正確だ。彼女たちに共通するのは、大声で歌い上げない代わりに、日常の細部を丁寧に切り取る感性。SNS世代の等身大の言葉が、そのまま楽曲になっている。
プロデューサーのアーロン・デスナーの存在も大きい。彼はThe Nationalでの活動に加え、Taylor Swiftの『folklore』『evermore』、Bon Iverや多数のインディーアーティストの作品に関わっており、いま「静かで文学的なポップ」を代表するプロデューサーの一人だ。Gracieが彼と組んだことで、単なるベッドルームポップの枠を抜け出し、より普遍的なフォーク・ポップとして評価される土台ができた。
もうひとつ触れておきたいのが、彼女の作家性が「弱さを見せていい」という感覚を若い世代に開いた点だ。強くあれ、前を向け、というメッセージソングではない。むしろ、うまくいかない自分、後悔している自分、まだ引きずっている自分をそのまま歌う。この誠実さが、Z世代のリスナーの共感を強く引き寄せている。
いまチャートでの立ち位置
『The Secret of Us』のリリース以降、Gracieは英米のメインチャートで存在感を保ち続けている。かつては「知る人ぞ知る」枠だったが、いまはメインストリームのポップ・アーティストとして扱われる位置に来た。ラジオでの露出も増え、フェスの出演枠も上がっている。日本でも海外ポップを追うリスナーの間では、名前が定着しつつある段階だ。
面白いのは、これだけ商業的に大きくなっても、楽曲そのものは静かなままだという点。大ヒット狙いのEDM的ドロップに逃げず、フォーク・ポップの範囲で勝負を続けている。この姿勢は、同世代の他のポップスターとの差別化として効いている。派手にならなくても勝てる、というのを実証しているようなキャリアだ。
今後の展開については、詳細は公式サイトや各種ニュースで確認してほしいが、少なくとも次のアルバム、そして単独ツアーの規模感には注目していい。オープニングアクトから、自分の名前で大きな会場を埋める側に完全に回っていく段階に、いまいる。
これから聴くならどこから
初めて彼女を聴く人には、まずアルバムを通してではなく、代表的な数曲から入ることをおすすめしたい。彼女の作品はプレイリスト的に流し聴きするより、1曲ずつじっくり向き合うほうが向いている音楽だ。深夜、部屋の明かりを落として、ヘッドフォンで聴く。この聴き方が一番効く。
まずこの作品から聴く
- Close To You — 彼女を知るならまずこの1曲
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入門動線
まずこの1曲:「Close To You」。TikTokで爆発した代表曲で、ポップさと彼女らしい繊細さが両立している入り口として最適。
次にこの1枚:『The Secret of Us』。現時点での彼女の到達点。ポップさと内省のバランスが良く、通して聴いても飽きない。
深めるならこの1枚:『Good Riddance』。彼女の作家性の核が最も濃く出ている初フルアルバム。ここまで来ると、もう完全にファンの領域に入っている。
正直、Gracie Abramsの音楽は万人向けではないと思う。テンションを上げたいときには合わないし、通勤中にザッと聴くタイプの音楽でもない。でも、一人でいたい夜や、うまく言葉にできない気分を抱えているときに、これほど寄り添ってくれるアーティストは今なかなかいない。声の小ささが、逆に強さになる。そういう稀有な作家だ。


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