King Gnuはなぜ日本の景色を変えたのか|4人組が持ち込んだ設計思想と代表曲の聴き方

夜の都市を思わせる抽象的なグラデーションと、白い一筋の光が縦に走る音楽的なイメージ アーティスト

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King Gnuの曲が街で流れると、耳の位置が少しだけ変わる。カラオケの上位に居座り、CMや主題歌でも顔を出す。ただ、ヒットの数だけを並べても、このバンドの本当の面白さは見えてこない。King Gnuの強みは派手さではなく、J-POPの器にジャズとヒップホップの語法を静かに縫い込む設計の緻密さだ。今週のチャートで再び名前が浮上している彼らを、順位の外側から読み直したい。

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このアーティストの要点

  • King Gnuは常田大希(ギター・ボーカル)、井口理(ボーカル・キーボード)、新井和輝(ベース)、勢喜遊(ドラム)の4人組バンド。前身プロジェクト「Srv.Vinci」を経て2017年にKing Gnuとして始動した。
  • 2019年のシングル『白日』でお茶の間まで届く存在となり、以降はドラマ・映画主題歌を数多く手がけるバンドとなった。
  • 常田大希は別プロジェクトのmillennium paradeも率い、映像・現代美術・ファッションと横断する集団的な制作体制で知られる。
  • 音楽性はロックバンドの体裁を保ちながら、ジャズ・ゴスペル・ヒップホップ・現代音楽の語法を混ぜ込むハイブリッド型。
  • 井口理のファルセットと常田のダミ声寄りの太い声の対比が、コーラスワークの中心にある。

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プロフィールと来歴 — 東京藝大中退の男が組んだ、いびつな4人

King Gnuの物語は、常田大希という一人の作家の周辺から始まる。長野・伊那の出身で、幼少期からチェロを弾き、東京藝術大学の音楽学部に入学するも中退。ここまでの経歴だけを聞くと、いわゆる「クラシックの人」を想像してしまうが、実際に彼が並行してのめり込んでいたのはヒップホップとジャズ、そしてバンドの現場だった。この「クラシックで訓練された耳」と「ストリートの快楽原則」の同居が、後のKing Gnuの土台になる。

前身にあたる「Srv.Vinci(サーヴァ・ヴィンチ)」を経て、2017年にKing Gnuと改名。井口理、新井和輝、勢喜遊が集まり、4人組として動き始める。井口は常田と同郷で、東京藝術大学の声楽科出身。声楽の訓練を受けた人間がフロントに立つロックバンドというのは、日本ではかなり珍しい構成だ。ここに、ジャズ由来の柔軟なリズム感を持つ新井のベース、ヒップホップやブラックミュージックに深く根ざした勢喜のドラムが加わる。

初期作のTokyo Rendez-Vous🛒楽天は、この「いびつな4人」の設計思想がむき出しで聴ける一枚だ。海外リスナーに東京の空気を売る、という強気のコンセプトを、当時ほとんど無名だったバンドが真顔で提出していた。ここから彼らは、フジロックのROOKIE A GO-GOなどインディーの現場を丁寧に踏みながら、露出を増やしていく。派手なブレイクの前に、下積みが確かにある。

ライブ映像を見ると分かるが、初期のKing Gnuのステージには、若手ジャズマンのセッションに近い緊張感がある。歌モノというより、まずアンサンブルとして成立させにいく態度。この姿勢は、ヒット曲を量産するようになった今も、意外なほど変わっていない。

音楽性の核 — J-POPの器で、なぜジャズとヒップホップが両立するのか

King Gnuの音楽性は、一言で言えば「翻訳」だ。ジャズやヒップホップ、ゴスペルといった、日本の一般的なリスナーがふだん深追いしない音楽の語法を、J-POPの尺と歌メロに翻訳して届けている。だから初めて聴く人にとってはキャッチーで、深く聴く人にとっては情報量が異様に多い。二層構造になっている。

核はコーラスワークだ。井口理のファルセットは、J-POPの主旋律を通常より高い位置で運ぶ役割を担い、常田の低くて太い声はブルース/ソウル的な地面を作る。この二人が同じフレーズをオクターブや3度でぶつけると、単純な男声デュオでは説明のつかない、教会音楽のような響きが立ち上がる。ここに新井の対旋律的なベース、勢喜のヒップホップ以降のグルーヴが噛み合う。バンドの音というより、小さな合唱団+リズムセクションと呼ぶ方が近い。

もうひとつ見過ごせないのが、コード進行の設計。King Gnuの代表曲群は、日本のポップスが得意とする「切ないマイナーの循環」を土台に、ジャズ由来のテンションやモーダルな響きをさりげなく差し込む。素人耳には「なんか泣ける」で通り過ぎる箇所に、玄人耳には「その和音でそこに行くのか」という驚きが用意されている。この二重底が、繰り返し聴いても飽きない理由だ。

初期作と最新作を並べて聴き直すと、ドラムとベースのアプローチがはっきりと変わってきているのが分かる。初期はよりバンドとしての生々しさが前に出て、近作ではビートメイカー的な発想が上乗せされている。トラック単位で作る感覚と、バンドとして呼吸する感覚を、行き来している。

そして常田大希は、King Gnuと並行してmillennium paradeという別プロジェクトを動かしている。こちらは映像作家・現代美術家・ラッパー・シンガーらが流動的に集う集団で、より実験的な音を出す場だ。King Gnuはあくまで「バンド」という枠を守るための場所であり、実験を吐き出す弁がmillennium parade側にある。この分業があるから、King Gnuは大衆音楽としての強度を保ち続けられている。

聴きどころ3点

  • 男声2人の対比:井口の澄んだファルセットと常田のざらついた低音。ふたつの声が同じ曲の中で役割を交代しながら物語を運ぶ、その入れ替わりの瞬間に注目したい。
  • リズム隊の会話:新井のベースは単なる低音ではなく、もう一本の旋律として動く。勢喜のドラムはヒップホップ以降の跳ね方で、この二人の会話を追うだけでも十分に楽しめる。
  • 展開の落差:静かなAメロから突然フルバンドで押し切るサビへ、あるいはサビ後の想定外の転調。曲の中で景色が2〜3回変わる構成が多い。

代表作の読みどころ — シングルとアルバムで違う顔を持つバンド

King Gnuを語るとき、まず名前が挙がるのはシングル白日🛒楽天だ。ドラマ主題歌として広く知られ、彼らがお茶の間まで届いた決定打になった。冒頭のピアノとファルセットで空気を作り、サビで一気に景色を開く構成は、J-POPの王道でありながら、和声の運びに彼ら特有のジャズ的な陰影がある。カラオケでも定番になり、白日というタイトルどおり、彼らの存在を陽の当たる場所へ引き上げた曲だ。

次に触れたいのがVinyl🛒楽天やPrayer X🛒楽天といった、白日以前の楽曲群。ここでは彼らのブラックミュージック的な骨格がむしろ剥き出しに聴ける。ヒット曲経由でKing Gnuを知った人ほど、この時期の曲を後追いで聴くと「あ、これが原型か」と発見がある。

アルバム単位では、CEREMONY🛒楽天が大きな節目だった。白日を含むこのアルバムは、シングルヒット後の彼らが「バンドとしてどこに立つか」を丁寧に配置し直した一枚として聴ける。派手なシングルの間に、実験的なインストや静かな曲を挟み、単なるヒット集にしない構成。アルバムを通しで聴くことで、初めて見えてくる景色がある。

その後のTHE GREATEST UNKNOWN🛒楽天は、彼らが「知られざる最高」というタイトルを掲げた時点で、すでに巨大なバンドになっていた。この皮肉めいた自己認識は、彼らが商業的な成功と、まだ届いていないものへの飢えを同時に抱えていることを示している。曲単位ではドラマや映画の主題歌としてすでに耳になじんでいるものが多いが、アルバムの流れの中に置き直すと、シングルとしての印象がまた違って聴こえる。

King Gnuは、シングルで見える顔とアルバムで見える顔が、はっきり別のバンドだ。シングルは大衆に開かれた入口で、アルバムはバンドの実験室。両方を行き来しないと、この4人組の輪郭は掴めない。

カルチャー的な文脈 — 2020年代の日本のポップシーンの中で

King Gnuが飛び出してきた2019年前後は、日本のポップシーンが大きく組み替わった時期だった。米津玄師がJ-POPの中心に座り、Official髭男dismが同時期に台頭し、その後にYOASOBI、Ado、Vaundyといった名前が続く。この文脈の中でKing Gnuの特殊性は、彼らが「バンド」の形式を守り続けていることに集約される。周囲がボカロ経由のプロデューサー型、あるいはソロシンガー型に傾く中で、生身の4人組でチャートの最前線に居続けている。

もうひとつ、彼らを他と分けているのは、映像・現代美術・ファッションとの距離感の近さだ。常田大希のmillennium paradeは、映像作家PERIMETRONと密接に組んで作品世界を作ってきた。King Gnu名義のミュージックビデオにも、この美意識が流れ込んでいる。ミュージックビデオを一本の短編映像として観てほしいバンド、という位置づけができる稀少な存在だ。

井口理は、バンドの活動と並行して個人でのバラエティ出演やラジオでも顔を出す。バンド全体で見ると「常田=求道的な作家性」「井口=開かれた顔」という役割分担が自然に成立していて、これがKing Gnuを孤高になりすぎず、大衆にも届く距離に保っている。ストイックさと親しみやすさを同じバンドの中で両立させている、と言い換えてもいい。

音楽ライターとしての観測範囲では、2020年代前半に若いバンドマンが「King Gnuの影響を受けた」と口にする場面が急激に増えた。ジャズ理論を学び、ヒップホップも聴き、その上でJ-POPを書く、という道筋を可視化したのが彼らだ。日本のバンドが目指せる次の地点を、ひとつ更新した。

ライブで見えるもの — アンサンブルとしての完成度

音源だけを追うと見落としがちだが、King Gnuはライブバンドとしての完成度が突出している。ジャズ/セッション文化に近い環境で鍛えられた4人は、テンポやアレンジを本番で微細に動かす。同じ曲でも、公演ごとにベースラインが違い、ドラムのフィルが違う。これはJ-POPのライブでは実はあまり見られない態度だ。

スタジアム規模の会場でも、彼らはコーラスとリズム隊のディテールを潰さずに鳴らそうとする。音量で押し切るのではなく、密度で押す。この選択は、彼らがロックバンドの伝統ではなく、ジャズ/ソウルのアンサンブル観に立っていることを示している。ライブ盤や配信ライブから入るのも、彼らを知る近道になる。

正直に言うと、初めてフェスで彼らを観たときは、音源の印象より低音が重く、コーラスが立体的で驚いた。録音物では均整の取れた4人組に聴こえるが、現場では明らかにブラックミュージックの重心を持っている。この落差を体感すると、King Gnuの見え方は変わる。

今チャートでの立ち位置

今週のチャートでKing Gnuの名前が再び上がっているのは、単発のヒットの話ではなく、既発曲がストリーミングで長く走り続けている構造の話でもある。彼らはドラマ・映画といった映像作品との相性がよく、放送や配信のタイミングで新旧の曲がまとめて再生される波が起きやすい。カタログ全体が資産として機能している。

順位の数字はあくまでスナップショットに過ぎない。King Gnuが積み上げているのは、もう少し長い時間軸の資産だ。ある年のヒットが数年後も別のリスナーに再発見される、というサイクルがすでに複数の曲で観測できている。新規リスナーが入り続ける限り、彼らはチャートの端に定期的に顔を出す。そういう位相にいるバンドだと考えると、順位の上下に一喜一憂する必要はない。

これから聴くならどこから

ここまで読んで気になった人向けに、聴く順番の提案をひとつ。まずシングルから入って、そのままアルバムに潜り、最後に別プロジェクトへ抜ける、という流れが一番迷子にならない。

まずこの作品から聴く

  • 白日 — 彼らの入口として最短
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  • CEREMONY — シングルと実験の交差点
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  • THE GREATEST UNKNOWN — 現在地を掴む一枚
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  • Tokyo Rendez-Vous — 初期の設計思想が濃い
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入門動線

  • まずこの1曲:『白日』。彼らがお茶の間へ届いた曲であり、ジャズ的和声とJ-POPの尺の折衷が最も分かりやすい。ここでピンと来なければ、いったん別の入口を探した方がいい。
  • 次にこの1枚:アルバム『CEREMONY』。ヒット曲を含みつつ、バンドの実験的な側面も残されている。シングルで見える顔とアルバムで見える顔の違いが、このタイミングで初めて見える。
  • 深めるならこの1枚:『THE GREATEST UNKNOWN』。すでに知名度を得た彼らが「まだ知られていない領域」を意識して作った作品として聴く。同時期のmillennium paradeの作品と並べると、常田大希という作家の全体像に近づける。

King Gnuを聴くことは、日本のポップスがどこまで越境できるかを追体験することでもある。ジャズを学び、ヒップホップを浴び、その上で歌謡曲の骨格を残す。この態度がこの先どこへ向かうのか、断定はしたくない。ただ、彼らが更新した「バンドが目指せる地点」の恩恵を、次の世代が受け始めているのは間違いない。順位の話ではなく、その景色の変化を、耳で確かめてほしい。

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