Phoebe Bridgersの聴き方|『Punisher』とboygeniusで辿るインディーの現在地

静かなインディーフォークを想起させる、夜の空とアコースティックギターの抽象イメージ アーティスト

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Phoebe Bridgers(フィービー・ブリジャーズ)の名前を、この数年で急に耳にする機会が増えた。指標のひとつは、TOKIO HOT 100を含む洋楽チャートでの露出だ。単独名義のリリースは近年落ち着いているのに、彼女の曲は消えない。むしろ、静かに残り続けている。

本記事は、彼女の音楽をこれから追いたい人に向けて書く。ソロ2作、boygeniusでの共同作業、そして自分のレーベルSaddest Factory Recordsの立ち上げ。この3つの軸を、時系列で並べ直すと、彼女がなぜ2020年代のインディー・シーンの中心にいるのかが見えてくる。ライブ映像を見ると分かるが、彼女のステージは大声で盛り上がる類のものではない。小さくうなずくために来ている観客が多い。そこが独特で、他のアリーナ・アクトと決定的に違う。

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このアーティストの要点

  • Phoebe Bridgersはロサンゼルス出身のシンガーソングライターで、2017年にDead Oceansからデビュー・アルバム『Stranger in the Alps』を発表した。
  • 2020年の2作目『Punisher』は第63回グラミー賞で最優秀新人賞を含む4部門にノミネートされた。
  • Julien Baker、Lucy Dacusと組んだboygeniusは、2023年3月にInterscopeから初のフル・アルバム『The Record』をリリースした。
  • 2020年10月にはDead Oceansとの提携でレーベルSaddest Factory Recordsを設立し、経営者としても活動している。

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ロサンゼルスの路上から、Ryan Adamsの耳へ

Phoebe Bridgersがどこから来た人なのか。答えは、拍子抜けするほどシンプルで、地元のオープンマイクとファーマーズマーケットだ。ロサンゼルス育ちで、11歳で最初の曲を書き、10代はずっと路上で歌っていた——という経歴が、彼女自身の伝記文にも繰り返し出てくる。派手なタレントショー経由ではない。地味な下積みが長い。

転機は20歳のときに訪れた。Ryan Adamsが彼女の”Killer”を自身のロサンゼルスのスタジオで聴き、翌日録音に呼び戻したという逸話が残っている。そのセッションから3曲入りEP『Killer』がAdamsのPax-Amレーベルから2015年に出た。ここが彼女のキャリアの本当のスタート地点だ。Conor Oberst、Julien Baker、City and Colour、Violent Femmesらとのツアーを重ね、シーンの内側から評判が広がっていった。表舞台に出るまで、時間はかかっていない。ただ、いわゆる”バズ”で持ち上げられたタイプではないのが、あとで効いてくる。

2017年9月22日、Dead OceansからStranger in the Alps🛒楽天が世に出る。ロサンゼルスのZeitgeistスタジオで、Tony BergとEthan Gruskaがプロデュース。全10曲、44分15秒。地味な数字だが、この1枚が”インディーの新しい語り部”としての評価を決めた。派手なプロモーションはなかった。それでも、”Motion Sickness”はじわじわ広がり、彼女は”インディーの寵児”というラベルを一気に受け取ることになる。

『Punisher』が起こしたこと

2作目Punisher🛒楽天が出たのは2020年6月18日。パンデミック真っ只中で、多くのアルバムが埋もれた年だった。彼女の作品は逆で、家にいる時間が長くなった人々の”必需品”になった。DIY Magazineはこの盤を2020年の年間ベスト・アルバムに選んでいる。

そして翌年、第63回グラミー賞で4部門ノミネート——最優秀新人賞、最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞(『Punisher』)、最優秀ロック・ソング賞と最優秀ロック・パフォーマンス賞(”Kyoto”)だった。受賞はしていない。ただ、”デビュー作から3年の作家が、いきなり主要4部門で名前を呼ばれる”という現象自体が、シーンの重心が動いた合図だった。

『Punisher』が一部の熱狂で終わらなかったのは、音の作り込みが理由だと思う。初期作と最新作を並べて聴き直すと分かるが、彼女のプロダクションはミニマルに見えて、実は層が厚い。フォークの骨格の上に、ホーンやシンセ、コーラス、ノイズを丁寧に重ねている。派手さで押さない。だから、10回聴いても新しい音が聞こえる。ヘッドフォンで聴くタイプの盤だ。

音楽性の核——静けさで押し切る

彼女の作風を一言で言えば、インディーフォークとインディーロックの中間だ。実際、『Stranger in the Alps』のジャンル表記もこの2つが並んでいる。ただ、ジャンル名だけでは伝わらないものがある。

それは”声量で押さない”という選択だ。彼女のボーカルは基本的に囁きに近い。マイクから距離を取らない。息の音まで拾わせる。ロック的なカタルシスを”叫び”で作らず、”耳を近づけたくなる小ささ”で作る。この逆張りが、ストリーミング時代の聴き方——イヤホンで、寝る前に、電車の中で——に恐ろしくフィットした。大音量のスピーカーではなく、片耳の距離で成立する音楽。

もう一つの核は、ユーモアと絶望の同居だ。彼女はインタビューで軽口を叩く人で、SNSでも冗談が多い。一方で、曲のテーマは死・別れ・不安といった重いものが多い。この落差を、ひとつの人格の中で違和感なく成立させている。ここに、彼女を”シリアスな詩人”としてではなく”友達のような存在”として受け止めるファン層が広がる理由がある。

プロダクション面では、Tony BergとEthan Gruskaという固定タッグの存在が大きい。デビュー作から一貫して彼女の音の骨格を作っているのはこの2人で、外部プロデューサーで音を変える戦略を取っていない。だから作品間の連続性が強い。ソロ2作を通して聴くと、同じ映画の1章と2章のように感じられるはずだ。

聴きどころ3点

  • 囁き声のダイナミクス——最弱音から始めて、曲の終盤で”音の壁”に到達する構成が多い。Punisher収録曲のラストの畳みかけ方は、彼女の代名詞。
  • アンビエントな余白——歌が終わったあとに、リバーブと環境音だけが残るセクションが頻繁にある。次の曲までの繋ぎが実は大事。
  • 友人との共作——ソロでも他ミュージシャンの声が随所に入る。孤独な音のようで、実は集団作業の産物だと分かる。

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

結論から言えば、聴く順番は「Stranger in the Alps → Punisher → The Record」で問題ない。時系列そのままだ。ただ、それぞれの位置づけを理解しておくと、聴き方が変わる。

『Stranger in the Alps』(2017年)は”発見された自分”の記録だ。収録曲は”Smoke Signals””Motion Sickness””Funeral””Demi Moore””Scott Street””Killer””Georgia””Chelsea””Would You Rather””You Missed My Heart”の10曲。”Motion Sickness”は2017年7月18日にシングルとしてリリースされ、彼女の名刺代わりの1曲になった。若さのざらつきと、既に完成している詩人の目線が同居している、貴重な瞬間の盤。

『Punisher』(2020年)は”完成形”だ。前作の延長線上にありながら、音の情報量が桁違いに増えている。”Kyoto”はこの盤の代表曲で、グラミーのロック関連2部門にノミネートされた——ロック・ソング賞とロック・パフォーマンス賞。フォークの作家がロック部門で評価される、という現象自体が興味深い。ジャンルの境界がもう機能していない、ということでもある。

そしてThe Record🛒楽天(2023年3月31日、Interscope)。これはboygeniusというトリオ名義の作品で、ソロではない。ただ、Phoebe Bridgersの活動を語る上で外せない。プロデュースはboygenius自身とCatherine Marks、録音はマリブのShangri-Laとヴァン・ナイスのSound City Studios。全11曲、42分13秒。先行シングルは”$20″/”Emily I’m Sorry”/”True Blue”の3曲同時リリースという変則パターンだった。

boygeniusの成り立ちも押さえておきたい。Julien Baker、Phoebe Bridgers、Lucy Dacusという3人が2018年に集まり、セルフタイトルEPと北米ツアーを行った。その後は数年間、各自のソロ活動に戻っていた。だから2023年の再結集とフル・アルバムは、”数年温めた再会”だった。ここが重要で、寄せ集めのスーパーグループとは温度が違う。3人ともソロで頂点に近い評価を得たあとで、あえて集まっている。

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カルチャー的な文脈——2020年代インディーの重力

Phoebe Bridgersを2020年代インディーの中心人物と呼んで差し支えないのは、彼女が単独で立っていないからだ。周囲を見渡すと、常に共作者がいる。Julien Baker、Lucy Dacusとのboygeniusはもちろん、Conor Oberstとのデュオ Better Oblivion Community Center(2019年)もある。ここでのコラボレーションの積み重ねが、彼女の”シーンの結節点”としての立ち位置を作っている。

もうひとつの重要な動きが、2020年10月5日のSaddest Factory Records設立だ。Dead Oceansとの提携によるインプリント・レーベルで、彼女は創業者兼CEO。第1弾リリースはClaud(Claud Mintz)のアルバムで、ドリーム・ポップ寄りの作家を発掘した。自分が育ったレーベル環境を維持しながら、そこに新しい才能を引き込む——というのは、大手の”アーティスト印レーベル”にありがちなロゴ貸しとは違う、実務的な運営に近い。

そして、Taylor Swiftからの支援を受けている、というのも文脈として大きい。2023年のグラミーノミネート発表時、boygeniusの3人がTaylor Swiftのサポートに言及するインタビューが複数出ている。メインストリームのトップ・アーティストが、インディーの3人組を後押しする——という関係性は、”インディーとメジャー”の境界が2020年代にどれだけ溶けたかを象徴している。

音楽ライターの視点で付け加えるなら、彼女のファンダムはSNSでの温度が独特だ。過剰な神格化に向かわない。彼女自身がインタビューやSNSで自分をネタにするタイプなので、”崇める”より”共犯する”距離感が保たれている。ここが、同時代の他の女性シンガーソングライターと比べても際立っている。

ライブという、もうひとつの主戦場

音源だけを聴いていると見落とすが、彼女のキャリアはライブでの評価も大きい。ステージでの彼女は骸骨のコスチュームを着ることで知られていて、これがトレードマークになっている。ふざけているようで、実はステージ・アイコンとしての一貫性を作っている。装飾を極端に減らし、シルエットだけで彼女と分かる状態を作る——という戦略に見える。

『Punisher』ツアー以降、彼女の公演規模は明らかに変わった。小さいクラブから、フェスのメインステージへ。それでも彼女は音量で押さない選択を変えなかった。大会場で囁くように歌う——これは技術的に難しい。バンドの音量設計、モニターのバランス、観客側の”静けさを保つ”リテラシー、すべてが噛み合わないと成立しない。彼女のライブが評価されるのは、この難しい設計をやり切っているからだ。

boygeniusのツアーは、また別の熱を持っている。3人がステージで肩を組んで並ぶビジュアルは、2023年のインディー・ロックの象徴的な光景になった。単に音楽的な共作というより、”友情そのものを見せる”パフォーマンスに寄っている。ここが、単なるスーパーグループとの決定的な差だ。

いまチャートで聴かれ続ける理由

結論から言えば、”新曲がなくても消えない作家”だからだ。ソロの新作を出していない時期でも、彼女の曲はプレイリストに残り続けている。理由は単純ではない。

ひとつは、ストリーミングの”深夜シフト”に強いこと。彼女のカタログは、夜遅く・ひとりで・イヤホンで聴くリスナー層に深く刺さる。この層は昼間に大きな話題になりにくいが、再生数は着実に積み上がる。”バイラルで消費される曲”の逆側にある強さで、これはチャート表面には見えづらいが、確実にランキング下位〜中位を支えている。

もうひとつは、boygeniusの余熱だ。2023年の『The Record』が翌年のグラミーで評価されたあと、3人のソロ・カタログへの逆流が起きた。boygeniusから入って、そこからPhoebe Bridgers、Julien Baker、Lucy Dacusのソロを聴き直す——という流れが、2024年以降のリスナーには定着している。今チャートで彼女の曲が動くとき、その背景にはこの逆流がある。

TOKIO HOT 100のような洋楽チャートに載る場合、彼女の曲は”派手な新譜”としてではなく、”じわじわ効く既発曲”として現れることが多い。だから、今週の順位を追うより、複数週にわたる持続力を見たほうが、彼女の音楽の実力が見える。

これから聴くならどこから

入門にはコツがある。いきなり全アルバムを頭から聴くと、静けさに耐えられずに途中で止める人が多い。順番と入口を工夫したほうがいい。

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  • Stranger in the Alps — 出発点の名盤
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  • The Record — boygenius名義の傑作
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入門動線

  • まずこの1曲:”Motion Sickness”——2017年のシングル。彼女の名刺で、初めての人でも掴みやすいテンポと構成。
  • 次にこの1枚:『Punisher』(2020)——完成形の音を先に体験する。”Kyoto”を含む全曲を通しで。
  • 深めるならこの1枚:『The Record』(2023/boygenius名義)——彼女の音楽的仲間を含めて聴き、シーン全体の温度を掴む。

逆順にデビュー作『Stranger in the Alps』を後から聴くと、彼女がどこから来て、何を積み上げたかが立体的に見える。3枚を”到着点→出発点”の順で聴くのは、ソングライター全般に効くやり方で、彼女の場合は特に効く。

正直に言うと、私自身、最初は”Motion Sickness”を通勤中に聴いて、なんとなく流していた時期がある。ちゃんと引っかかったのは、深夜に『Punisher』を通しで聴いた日だった。曲単位ではなく、アルバム単位で価値が立ち上がるタイプの作家だと思っている。だから、シャッフル再生では良さが半分しか伝わらない。順番通り、通しで聴いてみてほしい。

Phoebe Bridgersの音楽が特別なのは、派手さがないことを弱さにしなかった点にある。囁きで、余白で、ユーモアで、彼女は2020年代のインディーの中心に立った。次にソロの新作がいつ出るのかは、公式サイト等の情報を待ちたい。ただ、待っている間もカタログは減らない。何度も聴ける。そういう作家だ。

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