緑黄色社会の晴々🛒楽天が、この夏のチャートで独特な浮上の仕方をしている。派手なバズや大型ドラマ主題歌ではなく、フジテレビ系バレーボールアジア選手権2026の中継テーマとして、試合が動くたびに耳へ届く。夜のゴールデンタイムに、リビングの空気ごと持っていくタイプの曲だ。
この曲について、ひとつ書いておきたい。「晴々」は応援歌ではなく、アスリートの声を約1年かけて濾したドキュメンタリーの成分でできている。そう捉えると、サビの駆け上がり方の意味が変わる。
この曲の要点
- 緑黄色社会の新曲「晴々」(読み:はればれ)は7月31日に配信リリースされた楽曲で、フジテレビ系バレーボールアジア選手権2026中継テーマ・ソングとして書き下ろされた。
- 作詞を長屋晴子(Vo/Gt)、小林壱誓(Gt)、作曲を穴見真吾(Ba)が担当している。
- 昨年の夏頃、メンバーが石川祐希、髙橋藍、石川真佑、関菜々巳、佐藤淑乃の5選手に直接取材を行い、バレーボールやオリンピックに対する思いを汲み取って制作された。
- 大会のために用意された既製のタイアップ曲ではなく、競技に向き合う人たちの声を受け取ってから生まれた応援歌である。
- 編曲は川口圭太と穴見真吾が手がけた。
「晴々」は”取材の曲”だ / 制作の異例さ
まずここから話したい。「晴々」の一番の特殊性は、音より前に、作り方にある。緑黄色社会は、昨年夏に石川祐希選手、高橋藍選手、石川真佑選手、関菜々巳選手、佐藤淑乃選手らに直接取材し、練習や試合の様子にも触れながら、約1年をかけて「晴々」を制作した。
これが業界の中でどれくらい珍しいか。スポーツのテーマソングは、既発曲を差し替えるか、映像に合いそうなイメージで書き下ろすのが普通だ。選手に会いに行き、話を聞き、練習を見て、そこから約1年寝かせて曲にする、このやり方はアスリートインタビュー起点のプロセスとして緑黄色社会にとってもアスリートへの事前インタビューを経て楽曲を制作するのは初めての挑戦だと明かされている。
長屋晴子のコメントも印象深い。より近くでリアルに、バレーボールというスポーツ、そこに向き合う人たちの想いに触れ、感銘を受けながら制作した。試合前に音楽を聴く選手も多いと知り、大事な瞬間の前に自分自身を鼓舞できるような楽曲にしたいという強い想いを込めているという。この一行、地味だが決定的だ。「聴く人」を大衆一般ではなく、コートに立つ直前の選手一人に定めている。だからサビの駆け上がりが、抽象的な励ましにならず、体を動かす角度をちゃんと持っている。
個人的に、この曲を最初に流したのは車の中だった。夕方、片側二車線の合流の手前。BPMの体感が体重の移し替えとぴったり合うのが分かって、思わずボリュームを上げた。ああ、これは椅子で聴く曲じゃない、と。立って聴くか、歩いて聴くか、少なくとも体のどこかを動かしている人間のために書かれている。
音の作り方 / ツインボーカルとギターリフの再定義
プロダクション面の直接的な聴きどころは、コーラスワークとリフの噛み合わせにある。長屋晴子の爽快な歌声に絡む、小林壱誓のツイン・ヴォーカルも聴きどころで、キレのあるギター・リフとともに、緑黄色社会の新たなバンド・サウンドを体現している。
緑黄色社会のツインボーカルは以前から武器だが、「晴々」では役割がはっきり違う。長屋の声が”意思”を運ぶメインラインなら、小林の声は”背中”の側から押してくる。ハモリではなく、伴走。聴いていると、片方が息切れしそうな瞬間にもう片方が引き受けてくれる、リレーみたいな構造が見えてくる。バレーというスポーツの、コート上での役割分担と重ねたくなる作りだ。
穴見真吾の作曲について、もう一段踏み込みたい。2026年5月に始まったレコーディングの様子を紹介。緑黄色社会は全員が作曲してその中から選ぶスタイル。穴見さん作曲のメロディに決まった。歌詞は選手の言葉をヒントにした。4人全員が案を持ち寄って選ぶこのバンドで、テーマソングという最も外向きの仕事のメロディを穴見が獲った、という事実は重い。ベーシストのメロディセンスは、歌の下で低音を鳴らしてきた人特有の”骨”がある。歌のいちばん高いところに向かって、低音側から助走を作る発想。この曲のサビ手前の跳ね方は、そこから来ていると思う。
編曲クレジットに川口圭太と穴見真吾が並ぶのも見逃せない。作曲者本人が編曲にも入ることで、メロディの原型が持っていた”跳ねる根拠”がアレンジで削られない。テーマソングはえてして、大人数向けに整えすぎて角が丸まる。「晴々」がそうならなかったのは、この共同編曲の座組が効いている。
聴きどころ3点
聴きどころ3点
- サビ手前の”助走”: メロディが跳ねる前の1〜2小節、コード進行が階段状に上がっていく設計。BメロからサビへのつなぎでBPMが変わったように錯覚するのは、リズムのアクセント位置がずれるからで、実際のテンポは動いていない。
- 長屋×小林のツインボーカルの”追い越し”: ハーモニーではなく、片方の声が終わりきる前に次の声が入ってくる箇所がある。バレーのリベロと攻撃陣の関係みたいで、聴くほど耳が慣れて楽しくなる。
- ギターリフの残響処理: キレのあるギター・リフの話。リバーブを深く掛けず、輪郭を立てたまま置いている。テレビ放送のスタジオ音声の上でも埋もれない、放送用の”通り”を意識した設計に聴こえる。
キャリアの中の「晴々」/ 「花になって」の次に置かれた一手
緑黄色社会にとって、この曲の位置づけはやや複雑だ。直近では『薬屋のひとりごと』第1クールのオープニングを担当した「花になって」で、アニメリスナー層まで裾野を広げた。「花になって」は作品の空気をよく掴んでいた。華やかなのに、どこか毒がある。軽やかに走っているのに、足元には秘密が隠れている。という評もあった通り、あの曲はフィクション世界の質感に寄り添う仕事だった。
「晴々」は真逆の方向を向いている。漫画でもアニメでもなく、いま最上級が待っているノンフィクション、という書き出しが示す通り、現実の、生身のアスリートに宛てて書かれている。虚構の中で華やぐ声と、現実で走る人の背中を押す声。緑黄色社会は、この2つの声を短い間隔で提示してきたことになる。ここが、いまバンドとして踏んでいる面白い局面だ。器用にどちらも書ける、ではなく、書き分けの意図がある。
もうひとつ、キャリア視点で言えば、テーマソングという”開かれた仕事”を選手取材から作るというやり方は、これから他のアーティストが真似したくなる形だと思う。制作コストは高い。1年かかる。でも曲の芯が具体に届く。ここ数年、日本の主題歌文化はスピード勝負に寄りすぎていた気がしていて、その揺り戻しとしても、この作り方は記憶されていい。
この曲はどう聴かれるか / 生活のどこで効く曲か
「晴々」は、机の前で腰を据えて味わう曲というより、動いている時間に染み込むタイプの曲として設計されている気がする。朝の身支度、通勤の駅までの歩き、練習前のアップ、面接会場に向かうエスカレーター、体が前に進んでいる時間に効く。
これは推測交じりだが、選手の”試合前ルーティンとしての音楽”という試合前に音楽を聴く選手も多いと知り、大事な瞬間の前に自分自身を鼓舞できるような楽曲にしたいという前提が、そのままリスナーの生活動線にスライドしているからだと思う。曲自体が「これから何かに向かう人」の側に立っている。だから座って聴くと、少しエネルギーが余ってしまう。
周りに聞いてみると、朝の家事のBGMにしている人、ジムのウォームアップに入れている人、受験生の子どもが自室で流している家庭、と用途がばらけていた。1つの曲がいろんな”直前”で使われる。応援歌の理想形に近いんじゃないか、と思う。
チャートでの動き方 / 「じわ伸び」の型
「晴々」のチャートでの姿は、初動で天井を打つタイプではなく、放送のたびに再燃するじわ伸び型だ。女子大会は8月21日から30日まで中国・天津で、男子大会は9月4日から13日まで福岡で行われ、フジテレビ系列の地上波では日本戦の全試合が独占中継される。なお今大会の優勝チームには、2028年ロサンゼルスオリンピックの出場権が与えられる。という背景が、この曲の露出の設計をそのまま決めている。
試合が動くたびに、テレビの前で曲を聴く。試合後にサビが頭で回る。翌日ストリーミングで検索する。この流れが、地上波中継とサブスク時代の中間で、いい形で機能している例だと思う。SNSでの切り取り拡散が主流のいま、テレビ発の”じわ伸び”はむしろ貴重だ。数字が瞬間風速で上がるのではなく、大会の勝敗と一緒に呼吸している。
具体的な順位・再生数の記載はここでは控える。大会期間中は変動が大きいし、この記事の関心はランキングそのものではない。大事なのは、この曲が「イベントの終わりと一緒に消える」タイプの曲ではないこと。1年かけて選手の声から作った成分は、大会が閉じたあとにも、次に頑張ろうとしている誰かの朝に残る。それが、じわ伸びが指している本当の意味だと思う。
タイトル「晴々」/ この2文字が持つ引き受け方
曲名も少し掘っておきたい。「晴々(はればれ)」というタイトルは、応援歌にありがちな威勢のいい命令形ではない。動詞でも掛け声でもなく、”状態”を指す言葉だ。誰かに何かをさせる曲ではなく、何かを終えた人・これから向かう人が、その状態にたどり着ければいい、という距離感がある。
選手取材から始まった曲だと知って聴くと、この距離感の意味がわかる。試合直前の選手に「頑張れ」と言うのは、たぶん現場では失礼にあたる。彼らはすでに準備している。だから曲は、結果を要求せず、”晴々とした状態”だけを差し出す。押しつけない応援歌。この選び方は書き手の成熟だと思う。
タイトルを2文字で置いたのも効いている。3文字以上のタイトルだと言葉の温度が説明的になりやすい。2文字は覚えやすさよりも、”看板”としての強さがある。中継の合間、実況の言葉のあとに一瞬映る曲名テロップで、視認性が落ちない。テレビ露出を前提にした設計の一部だと考えると腑に落ちる。
制作者クレジットの読み方 / 4人全員の役割が見える
クレジットをもう一度整理する。作詞:長屋晴子・小林壱誓/作曲:穴見真吾/編曲:川口圭太・穴見真吾。この分担は、緑黄色社会のバンドとしての設計思想がよく見える配分だ。
作詞にツインボーカルの二人が並んでいる意味は大きい。歌う人が言葉を書くのは当然のようで、実は珍しい。しかも二人。歌詞は選手の言葉をヒントにした。という制作背景と重ねると、取材で受け取った素材を、二人がそれぞれの目線で削って言葉にした構図が浮かぶ。だから歌詞の中に、外から励ます声と、隣で走る声が両立している。
ドラマーの川口圭太が編曲に入っているのも見逃したくない。リズム隊のメンバーがアレンジに関与すると、テンポの跳ね方が変わる。特に応援歌系の楽曲では、聴き手の体を動かす仕掛けはリズムセクションが握っている。「晴々」のサビが座って聴くと余白を持て余す感覚は、川口の編曲的判断が効いていると思う。
取材から曲になるまで / 約1年の意味
制作期間についても考えたい。約1年をかけて「晴々」を制作した。この”1年”は、単に納期の話ではない。取材で聞いた選手の言葉を、いったん寝かせて、選手が次のシーズンでどう変わるかも見て、その上で書き直す時間が入っている。
スポーツと音楽の関わり方には、いくつかの型がある。既存曲を使うタイアップ、大会用の書き下ろし、選手個人に宛てた楽曲提供。「晴々」は書き下ろしだが、その中でも取材ドキュメンタリー型と呼びたい。緑黄色社会がバレーボール男子代表を取材してから1カ月後の2025年8月、女子代表を取材した。男女それぞれのチームに時間を分けて向き合っていて、この丁寧さは配信リリースまでのタイムラインを見れば納得できる。
1年寝かせたことで、曲の中に季節が2つ入った。取材した夏の熱と、リリースした夏の熱。同じ夏を2回通過している。応援歌の芯が”その瞬間の熱”だけでできていないのは、この時間の使い方が理由だと思う。
ツインボーカルの解釈は、聴き手側で分かれる
ここは書いておきたい論点がある。「晴々」の長屋×小林のツインボーカルを、どちらの声を主役だと感じるかで、この曲の印象は結構変わる。
私の耳では、長屋が”意思”、小林が”背中”だ、と最初に書いた。でも別の聴き方もあると思う。小林の声を”仲間”、長屋の声を”自分の中のもう一人”と読む人もいる。あるいは、二人の声が重なる箇所を、コートに立つ選手とベンチの、境界が溶ける瞬間として聴く人もいるかもしれない。
この曲の解釈は、リスナーの立ち位置で変わる。挑戦する側で聴くのか、送り出す側で聴くのか。そこを決めきらない書き方をしているのが、緑黄色社会の書き手としての強さだと思う。正解を渡さない応援歌。だから何度聴いても、そのときの自分の立ち位置が映る。
「花になって」との書き分け / 2つの応援の形
「花になって」と「晴々」の比較を、もう少し丁寧に置いておきたい。両方とも”外向きの仕事”だが、宛先が違う。「花になって」は物語の主人公・猫猫の目線を借りて、宮中という虚構空間の温度を歌にした。「晴々」は現実のアスリートの取材から、彼らの意志の温度を歌にした。
この2曲を続けて聴くと、緑黄色社会というバンドの引き出しの深さが見える。フィクションの手触りを掴む技術と、現実の人の声を歌にする技術は、実は別種の筋肉だ。片方だけ得意なアーティストは多い。両方を近い時期に、それぞれの正解でやってのけているバンドは、いま日本の中でも数えるほどしかいない。
面白いのは、両方とも長屋晴子の声のポテンシャルの違う面を引き出していることだ。「花になって」で聴こえる艶っぽさと、「晴々」で聴こえる走る質感。同じシンガーの中に、両方入っている。バンド編成のポップスで、これだけ声の表情を変えられる書き手は少ない。ここも書き分けの妙だと思う。
ゴールデンタイムで鳴る曲、という設計
もうひとつ、放送の枠を意識した設計の話。多くの試合がゴールデンタイムで、地上波での中継になるので、家族や友達みんなで楽しめる放送を目指します。という言葉が制作側から出ている。この前提が、曲の作りに反映されている。
ゴールデンタイムの中継で鳴る曲は、聴取環境がバラバラだ。テレビの内蔵スピーカー、サウンドバー、居間の会話越し、キッチンからの遠聞き。音が細くても骨が残る作り、というのが要件になる。「晴々」のミックスがギターリフの輪郭を強く出しているのは、この要件への回答だと思う。深いリバーブで空気感を作る方向ではなく、輪郭で覚えさせる方向を選んでいる。
これは配信のプラットフォームで聴くリスナーにとっても、実は嬉しい設計になっている。イヤホンでもスピーカーでもラジオでも、同じくらい”通る”曲。プロダクション上の判断が、結果的にリスナーの生活動線の広さに直結している。
入門動線
まずこの作品から聴く
- 花になって — フィクションに寄る対照の一手
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入門動線
「晴々」から緑黄色社会を広げるなら、まずは対照として花になって🛒楽天を聴くのがおすすめ。フィクションに寄り添う声と、現実に手を伸ばす声、同じバンドの中にある2つのモードが体感できる。もう1曲踏み込むなら、バンドのポップセンスと歌唱力の芯を知れるアルバムActor🛒楽天へ。ここから遡っていくと、「晴々」で聴こえるツインボーカルの積み重ねが立体的に見えてくる。
最後に / 1年寝かせた曲が残すもの
大会テーマソングという仕事は、寿命が短くなりがちだ。イベントが終われば役目が終わる、と思われがちで、実際そういう扱いを受ける曲も多い。
「晴々」が違うのは、始点にドキュメンタリーの取材があること。5人の選手の声を聞き、練習を見て、1年寝かせた。そのプロセスの分だけ、曲の中に大会の外まで届く成分が入っている。優勝が決まっても、五輪出場権の行方が決着しても、この曲は次の誰かの”直前”で鳴り続けると思う。
詳細は公式情報を参照してほしい。ただ、この曲を聴くときは、椅子から立って、少し体を動かせる場所で流すのを勧めたい。そうやって設計された曲だから、そうやって聴いた方が、たぶん一番”晴々”が返ってくる。

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