ラジオのランキング表に、まだ聴いたことのない名前が突然現れる瞬間がある。今週のTOKIO HOT 100に90位で初登場したIBUKI feat. idomの「SLIDE LIKE THIS」は、まさにその類の一曲だ。IBUKIは去年の夏に1stシングル「TRUST」でようやく本格始動したばかりの23歳。片やidomはR&Bとヒップホップの境界を軽やかに跨ぐ、いま日本で最も忙しいシンガー/クリエイターのひとり。二人が並んだこの初コラボ曲は、”新人×注目株”という座組みを超えて、日本のR&Bの現在地を映す小さな標本になっている。
IBUKIの声を初めて聴いたとき、真っ先に思ったのはこれだ。新人という言葉は、たいてい過渡期の呼び名にすぎない。IBUKIの場合、それは”すでに自分の音を持っている歌い手”が世間に見つけてもらう順番を待っていた、という意味の新人だ。SNSにアップされたカバー動画の頃から、この人の声は完成に近かった。だから90位という数字も、たぶん通過点にしかならない。
このアーティストの要点
- IBUKIは日本のR&B系シンガーソングライター。2025年7月にBrownsugar Recordsから1stシングル「TRUST」をリリースし本格始動した23歳の新人
- 「SLIDE LIKE THIS (feat. idom)」は2026年7月3日リリース。IBUKIにとって初のfeat.作品で、プロデュースはKota Matsukawa
- 客演のidomは1998年3月18日生まれ、兵庫県神戸市出身・岡山在住のSSW。SME Records所属で、2025年2月配信の「Baby.U」がTikTokを中心にヒット
- 2026年8月には同曲のReggae Remix版もリリースされ、単発ではなく作品として育てる意志が見える
- 楽曲の初披露は2026年6月26日、東京・下北沢ADRIFTでのイベント『MUSIC ECHO』でのサプライズだった
90位初登場、その”実物量”
結論から書けば、この90位は数字より重い。TOKIO HOT 100はJ-WAVEが月曜〜金曜の各種指標をベースに集計する首都圏の音楽チャートで、テレビタイアップやCM露出のない新人が、feat.作1曲だけでチャートに顔を出すのは決して簡単ではない。IBUKIには目立った表舞台の追い風がまだない。そこに90位が付いた。
意味しているのは、たぶんラジオ側のディガーが動いたということだ。J-WAVEはこの手のR&B系新人にわりと早い段階でスポットを当てる局で、過去にも似た軌跡でチャートインしたシンガーは何人もいる。「SLIDE LIKE THIS」は、その系譜に静かに接続する。
もうひとつ見逃せないのが、客演idomの存在感だ。idomは2024年3月にKvi Babaの「Ms. U (feat. idom & SALU)」で名前を広く知られ、2025年2月の「Baby.U」でTikTokの短尺文化に一気に食い込んだ人。この2年でリスナー層を急速に厚くしていて、そのidomが客演を引き受けた新人という文脈自体が、耳の早い層への強い推薦状になっている。90位の内訳のいくらかは、たぶんidomの導線から来ている。
IBUKIというシンガーの輪郭
IBUKIについての一次情報はまだ多くない。2025年7月にBrownsugar Recordsから1stシングルTRUST🛒楽天をリリースし、そこから本格的に活動を開始した。年齢は23歳。SNSではデビュー前からカバー曲をアップしていて、その動画時代からのファンが少なからずいる。
Brownsugar Recordsという所属先は象徴的で、名前の通り、日本のR&B/ソウルにゆかりの深い土壌にIBUKIがいることを示している。デビュー曲の時点で、いわゆる”歌い上げ系”ではなく、ミッドテンポで細かい語尾を丁寧に転がすタイプのR&Bを選んでいるのが分かる。ここは重要。日本のR&Bはこの10年、歌唱の派手さより”間”と”タッチ”を優先する方向に静かにシフトしていて、IBUKIはそのど真ん中に立っている。
個人的な印象を書いておく。この人の声は、高音を無理に張らない。息の量で艶を作るタイプで、マイクの距離が近い。だからストリーミングでイヤホン再生されたときに、いちばん本領を発揮する。ライブハウスの中距離より、リスナーの耳の中で完成する声だ、と感じている。
idomという”共作の名手”
客演のidomは、1998年3月18日生まれ、兵庫県神戸市の出身で現在は岡山在住。SME Records所属のシンガーソングライターで、大学時代はデザインを専攻し、2020年4月にイタリアのデザイン事務所に就職予定だった。それがコロナ禍で渡伊断念、そこから音楽制作に切り替えたという、少し変わった経歴を持つ。トラックメイク、ラップ、ボーカル、映像、イラストまで自分でこなす、いわゆるマルチクリエイターだ。
idomのこの2年の動きは相当速い。2024年3月にKvi Babaの「Ms. U (feat. idom & SALU)」で客演として存在感を示し、2025年2月にリリースした「Baby.U」がTikTokで大きく回った。さらに日本テレビ系ドラマ「闇バイト家族」のオープニングテーマも書き下ろしている(エンディングはNEEが担当)。単純に本人の作品が伸びているだけではなく、他アーティストが呼びたがるシンガーになった、というのが今のidomの立ち位置だ。
だから「SLIDE LIKE THIS」でidomが客演したという事実には、二重の意味がある。ひとつは、耳の早い層への露出。もうひとつは、idomがふだん一緒にやるプロデューサー/歌い手のネットワークへ、IBUKIの声を一足飛びに繋いだこと。フィーチャリングは、単にゲストを呼ぶ行為じゃない。今回のケースはとくに、その”人脈のパス”の意味が大きい。
「SLIDE LIKE THIS」を音として読む
楽曲の話に入る。プロデュース/編曲はKota Matsukawa。作詞・作曲はIBUKIとidom、そこにMatsukawaが編曲で加わる編成だ。楽曲の初披露は2026年6月26日、東京・下北沢ADRIFTで開催されたライブイベント『MUSIC ECHO』でのサプライズ。idomのライブセット中にIBUKIが呼び込まれ、その場でリリース情報も告知された。この生現場からの発表という流れが、そのまま曲の温度感になっている。
音の輪郭を素描してみる。BPMは早すぎず、遅すぎず。ドラムは薄めのタッチで、ベースが下からじんわり押す。IBUKIのハイトーンは丁寧に、idomのボーカル/ラップ寄りのフレーズが横で応答する。日本語の子音の立て方をお互いが尊重していて、片方がもう片方を食う場面がない。歌の交通整理がうまい曲だ。
2026年8月7日にはReggae Remix版が配信される予定で、原曲の持つ開放感と夏の空気を、レゲエのグルーヴに乗せ替える設計になっている。この”リミックスまで含めて作品を育てる”やり方が、今のR&B/ヒップホップ隣接シーンではむしろ標準で、シングル一発で終わらせないビジネスの組み方としても筋がいい。
聴きどころ3点
- IBUKIのハイトーンが張らないこと。息を混ぜたまま高い音を出す技術は、日本のR&B系ボーカルの最新の潮流でもある
- idomのフレージングの”余白”。詰め込まないラップ寄りの節回しが、IBUKIの声のスペースをちゃんと空けている
- プロデュースのKota Matsukawaがミッドテンポを崩さず、夏の湿度を音像に持たせている点。ヘッドホンで聴くと下の帯域の粘りが分かる
この曲、朝より夜の運転中に化ける気がする。窓を少し開けた車内、街灯の間隔で音の粒が呼吸するタイミング。深夜のドライブでかけると、たぶん違う曲に聴こえる。ミッドテンポのR&Bには”時間帯で表情を変える設計”のものと”どこでも同じ顔をする設計”のものがあって、この曲は前者だ。
2020年代日本R&Bの座標のなかで
この曲を単体で聴くと、単に良いミッドテンポのR&Bだ。でも同時代の座標に置いてみると、少し違った景色が見える。ここ数年の日本のR&B/SSWの主戦場は、明確にストリーミングとTikTokに移った。曲の掴みは前半15秒、Aメロが緩やかに立ち上がって、サビの1フレーズが短尺で切り取られる。この構造をどの曲も無視できない。
その環境で、IBUKI×idomのようなR&B系の”歌もの”は、じつはやや不利な立ち位置にある。ラップやアッパーなポップスに比べると、短尺で刺しにくい。だから最近この帯域の新人が生き残るには、(1)声そのものの識別可能性、(2)自分より上の世代の信頼を得たfeat.、(3)ライブ現場からの信頼構築、この3つを同時に走らせる必要がある。IBUKIは、まさにその3本を今回1曲で始動させている。設計として、かなり真っ当だ。
もう一点、日本のR&Bはこの5〜6年、女性シンガーの層が薄いと言われ続けてきた。iri、Rin音、SIRUP、Aile The Shotaといった一群の陰で、女性側の新しい名前がなかなか定着しない期間が続いていた。そこにIBUKIが1曲目からidomと並んで登場したことの意味は、シーン全体で見れば決して小さくない。ここは、追ってきた人ほど頷けるところだと思う。
ライブという最初の証明
「SLIDE LIKE THIS」の初披露が、リリース発表と同時のライブ現場だったこと。これは案外重要な情報だ。2026年6月26日、下北沢ADRIFT、『MUSIC ECHO』というイベント。IBUKI、idom、Lizaの3組が同じ夜に立った。idomのセットの途中でIBUKIが呼び込まれ、その場で新曲を披露、直後にリリース情報が客席に降ろされた。SNS配信でもストリーミングのプレセーブでもなく、キャパのそれほど大きくないライブハウスの床から、この曲は世に出た。
この順序には意味がある。R&B系の新人がまず信頼を積むのは、たいていの場合、同世代の同業者コミュニティの中だ。プロデューサー、他のシンガー、DJ、そしてイベンター。彼らに”この人は本物だ”と伝わってはじめて、feat.の話が動き、リリースの座組みが組まれる。「SLIDE LIKE THIS」はその内側の証明を経てから、外側のリスナーに届いた曲だ。90位の裏には、下北沢のフロアで先に頷いた人たちの顔がある。
個人的な話を挟むと、この規模の会場での”サプライズ発表”は、実は演出以上の意味を持つ。会場にいた100〜200人が翌日SNSで一斉に投稿する。その”最初の200人の熱量”が、ストリーミングの初動を作る燃料になる。マーケの用語で言えばシード層の設計だけど、シードの中身が同業者と本物のファンで構成されている場合、その後の伝播が変わる。今回のIBUKIの初動は、たぶんそういう厚みを持っている。
プロデューサーKota Matsukawaという補助線
楽曲の編曲を手がけたKota Matsukawaの名前は、ここ数年の日本のR&B/ヒップホップ隣接シーンで、静かに存在感を増しているプロデューサーだ。派手なドロップで押すタイプではなく、ミッドテンポの中で低域とパーカッションのバランスを丁寧に組み直す、いわゆる”歌の下ごしらえ”がうまい人。
「SLIDE LIKE THIS」のトラックを注意深く聴くと、キックがほとんど主張していない。かわりにベースの持続音とハイハットの粒立ちで前進感を作っている。この設計は、ボーカルにダイナミクスの幅を持たせたい場合の定石で、シンガー主導の曲作りに向く。IBUKIとidomの二人を並べる曲で、プロデューサーがこの選択をしたのは、たぶん正解に近い。
もう一点、Reggae Remixの存在。原曲の空気を保ったままレゲエのグルーヴに乗せ替えるという発想は、Matsukawa側の再構築力が試される場面でもある。夏のドライブや海辺の景色を、と楽曲側が謳っているとおり、原曲の時点で”季節性”の設計が入っていて、そこにRemixが呼応する形になっている。1曲でシーズンをまたぐ設計、と読み替えてもいい。
チャートの外側にある価値
90位という数字は、来週動くかもしれないし、来週消えるかもしれない。チャートはそういうものだ。ただ、この曲でIBUKIが手にしたのは、順位ではなく”次に呼ばれる資格”だと思っている。idomと同じテーブルで並んだ23歳、というプロフィールは、次のfeat.相手にとって声をかけやすい肩書きになる。
音楽ライターとして初期作と最新作を並べて聴き直すと、「TRUST」から「SLIDE LIKE THIS」への1年で、IBUKIの声のミックスの中での置き方が変わっているのが分かる。「TRUST」はどちらかというと声を前に置いてトラックを引かせる、ボーカリスト主導のミックス。「SLIDE LIKE THIS」はもう少し声とトラックの距離が近くて、feat.相手との会話が成り立つように奥行きが設計されている。同じ人でも、共作の相手と場面によって、こんなに配置が変わる。ここは、聴き比べる価値がある。
だから断定はしない。まだ2作。まだ23歳。まだ判断材料は少ない。ただ、少ない材料の中でも、伸びしろの方向は割とはっきり見えている、というのが今の正直な感想だ。
これから聴くならどこから
初めてIBUKIを聴く人にすすめたい入り口は、順序が大事だ。最初に「SLIDE LIKE THIS」を聴いてから戻る流れがおすすめ。feat.曲は入門用にわかりやすいのと、話題性が新鮮なうちに触れられるので。そこから1st「TRUST」に戻ると、この人が”共作なしの素の状態”でどんな声をしているかが見える。声の解像度が変わるはず。
そのうえで、客演のidom側にも一歩踏み込んでほしい。idomの「Baby.U」は”歌い手idom”の分かりやすい代表曲で、彼のフレージングの癖を掴むのに向いている。Kvi Babaの「Ms. U (feat. idom & SALU)」まで遡ると、客演としてのidomの立ち回りが見えて、「SLIDE LIKE THIS」でIBUKIとどう距離を取っていたのかが逆説的に分かる。ここまで聴くと、この1曲の”人脈的な意味”がもう一段解像度を上げる。
まずこの作品から聴く
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入門動線
- まずこの1曲:「SLIDE LIKE THIS (feat. idom)」。話題の中心で、二人の声質の相性が最短で分かる
- 次にこの1曲:IBUKIの1stシングル「TRUST」。共作の色が入る前の、素のIBUKIを確認する
- 深めるならこの1曲:idomの「Baby.U」。客演で来たidomが自分名義だと何をやるのかを知ると、feat.の設計意図が立体になる
最後にひとつだけ、余白を残しておきたい。IBUKIが次に選ぶのは、また誰かとのfeat.なのか、それとも一度自分ひとりの作品に戻るのか。個人的には後者が見たい、と思っている。ただ、いま彼女に開かれている扉の数を考えると、前者にも合理性がある。この判断は、たぶん次の1〜2曲で答えが出る。そのとき、この90位初登場が本当の意味で”始点”になっているかどうかが、確かめられるはずだ。


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