ラテンとアフリカ、二つの巨大な潮流が交差する
シャキーラとバーナ・ボーイ。並べて書くだけで、なんというか、地図の縮尺が急に大きくなる感じがする。片やコロンビア・バランキージャ出身、ラテンポップを世界の中心に押し上げてきた歌姫。片やナイジェリア・ポート・ハーコート出身、アフロビーツ(アフロビート=フェラ・クティの系譜と混同しがちだが、こちらは複数形の現代ポップ)を牽引する男。地理的にも文化的にもかなり離れた二人が同じ曲名でチャートに並ぶ。これはもう、それだけで一つの事件です。
ここ10年くらい、ポップスの主戦場は完全に英語圏の外側に広がってきた。スペイン語のレゲトン、韓国語のK-POP、そしてナイジェリアやガーナ発のアフロビーツ。米ビルボード的な「グローバル・ヒットの地図」が、明らかに書き換わっている。その象徴的な合流点として、シャキーラとバーナ・ボーイの共演は象徴的に響く。両者ともに、自分のルーツを英語ポップに擦り寄せて薄めるのではなく、逆に世界の側を自分のリズムに引き寄せてきたタイプだからだ。
この記事では、二人それぞれの経歴と音楽性を追いながら、なぜ今このコラボが響くのかを考えていく。歌詞そのものの引用はしないので、雰囲気や作風の話が中心になるけれど、たぶんそれで十分伝わると思ってる。二人の音楽は、意味以前にリズムで押してくるタイプだから。
シャキーラの来歴、バランキージャからグローバルへ
シャキーラ(本名シャキーラ・イサベル・メバラク・リポル)は1977年、コロンビアのカリブ海沿岸都市バランキージャに生まれた。父方はレバノン系のルーツを持ち、この中東系の血筋が後年、彼女のトレードマークであるベリーダンス風の腰の動きや、アラブ音楽的なメロディの節回しに直結していく。子どもの頃から詩や作曲に手を出していたという逸話は有名で、10代前半で地元レーベルから作品を出している。
スペイン語圏で一気に彼女の名を知らしめたのは1990年代後半のアルバム群だ。ラテンポップにロックのエッジを混ぜ、フォルクローレやアラブ音楽の意匠を溶かし込む独特の路線で、コロンビアだけでなくメキシコ、アルゼンチン、スペインまで一気に制圧した。当時のラテンポップの多くがバラード寄り、あるいはダンス寄りに二極化していたなかで、彼女はロックの姿勢を持ち込んだ数少ない女性シンガーだった。
2000年代初頭、彼女は英語圏に本格参入する。アメリカ市場での成功は、単にラテン系スターがクロスオーバーしたという話に留まらない。スペイン語版と英語版を並行してリリースするやり方、そして中東的な音階を堂々とヒットに乗せた点で、ポップスのグローバル化の初期モデルを提示した人でもある。以降、ワールドカップの公式ソングを担当したり、南米出身であることを前面に出したパフォーマンスを続けたりと、「越境するラテン」の象徴として君臨し続けている。
近年は私生活の激動も話題になった。長年のパートナーとの別れをきっかけに書かれた楽曲群は、彼女のキャリア後半のなかでも屈指の反響を呼び、ラテンポップの新世代(ビジニアル、カロルGなど)との共演を通じて「まだ最前線にいる」ことを何度も証明している。50代を目前にしてなお、ダンスと歌の両方で第一線に立ち続けているアーティストは、正直そう多くない。
バーナ・ボーイの来歴、アフロビーツの旗手として
バーナ・ボーイ(本名ダミニ・エベニ・オグル)は1991年、ナイジェリア南部の都市ポート・ハーコートに生まれた。彼のバックグラウンドを語るうえで外せないのが、母方の祖父が音楽業界の人物で、フェラ・クティのマネージャーを務めていたという事実。アフロビート(単数形、フェラの発明したジャズ・ファンク・ヨルバ音楽の融合)を家庭内の空気として吸って育った人物なのだ。
彼が世界に出てきたのは2010年代半ば。当初はナイジェリア国内やアフリカ大陸内での評価が中心だったが、2019年前後から状況が一変する。ビヨンセがキュレーションした『The Lion King: The Gift』への参加、そして自身の代表作となるアルバムでのグラミー賞ノミネート(後には受賞)を経て、彼はアフロビーツ・ムーブメントの顔になった。イギリスやアメリカでの大規模会場のソールドアウト、マディソン・スクエア・ガーデン単独公演の成功などは、アフリカ発アーティストとして歴史的な達成だ。
面白いのは、彼が自分の音楽を「アフロビーツ」ではなく「アフロフュージョン(Afro-Fusion)」と呼ぶこだわりを持っている点。ダンスホール、レゲエ、R&B、ヒップホップ、そして祖父経由のアフロビートといった要素を、自分なりの配合で混ぜているという自負がある。実際、彼の作品は同時代のナイジェリアの他アーティスト(ウィズキッド、デイビド、レマなど)と比べても、明らかにレゲエの引力が強い。声そのものの低い響き、粘るような発音、これはジャマイカ音楽の系譜だ。
政治的な発言も辞さないタイプで、ナイジェリアのSARS(特殊犯罪対策部隊)に対する抗議運動、いわゆるEndSARSでも積極的に声を上げた。単なるパーティーミュージックの人ではなく、アフリカ大陸の現在地を音に刻もうとする作家性の強い人物、という理解が正しい。
音楽性の核と変遷
シャキーラの音楽的な核は、越境そのものだと思ってる。コロンビアのクンビアやバジェナート、アラブ音楽のマカーム的な音階、ロックのギター、レゲトンの跳ねるビート。これらを一枚のアルバムのなかで平然と同居させる。しかも、それらを「異国情緒」として消費するのではなく、自分の身体の一部として鳴らす。ここが他の越境系ポップスとの決定的な違いで、彼女の場合はレバノン系のルーツが実際にあるので、アラブ的な節回しがエキゾチズムに堕さない。
キャリア初期はロック色が強く、ギターを抱えて歌うシンガーソングライター的な佇まいだった。それが2000年代のクロスオーバー期を経て、ダンスミュージック寄りに軸足が移っていく。近年はレゲトンやアーバンラテンの潮流に完全に乗り、若い世代のプロデューサーやラッパーとの共演で自分をアップデートし続けている。ダンサーとしての身体表現も相変わらず群を抜いていて、この身体性こそが彼女の音楽の「翻訳装置」だと言っていい。
バーナ・ボーイの核は、逆に「引き算」だと感じる。アフロビーツのプロダクションは、ドラムパターン(ロゴス・タイム、と呼ばれる独特の16ビート系のリズム)と、シンプルなベースライン、そしてスペースを活かしたシンセや管楽器で構成される。彼の音源はそこに歌をあまり乗せすぎない。フックの周囲にたっぷりと空白があって、リスナーの身体がその隙間に入り込む余地がある。西洋のポップスがコード進行と歌メロで押してくるとしたら、彼はグルーヴと空白で押してくる。
キャリアを通じては、初期のレゲエダンスホール色の強い作風から、徐々にオーケストレーションや管楽器を厚くした「アフロフュージョン」寄りに変化してきた。特に近作では、生の管楽器やパーカッションを重ねて、ライブバンド的な熱量を録音物に持ち込む方向性が顕著。フェラ・クティ的な巨大バンドサウンドの現代的な再解釈、という見方もできると思う。
代表作・ディスコグラフィの読みどころ
シャキーラ側からまず挙げたいのは、彼女を世界的スターに押し上げたアルバムLaundry Service🛒。英語作品として発表され、Whenever, Wherevesなどのグローバルヒットを収めた一枚で、ラテンポップが英語圏の主流にねじ込まれた瞬間を記録している。この作品を境に、彼女は「コロンビアのスター」ではなく「世界のシャキーラ」になった。
もう一枚外せないのがFijación Oral, Vol. 1🛒。スペイン語作品でありながら世界規模でヒットした稀有な例で、スペイン語ポップの国際的な地位を大きく引き上げた一枚として記憶されている。La Torturaを含むこのアルバムは、シャキーラという歌手の本質が英語ではなくスペイン語にあることを、彼女自身が改めて突きつけた作品だと思ってる。
2010年のFIFAワールドカップ南アフリカ大会公式ソングWaka Waka (This Time for Africa)🛒は、彼女のキャリアを語るうえで避けて通れない。アフリカ発のメロディをベースにしたこの曲は、彼女がアフリカ大陸との親和性を早い段階から示していたことを物語る一曲で、今回のバーナ・ボーイとの共演にも遠く伏線が引かれている気がする。
バーナ・ボーイ側では、まずAfrican Giant🛒。タイトル通り、自分こそがアフリカ大陸の代表選手だという宣言。グラミー賞ワールドミュージック部門のノミネート(当時)を受け、彼の国際的評価を決定づけた一枚で、アフロビーツというジャンル自体の看板作でもある。
続くTwice as Tall🛒はグラミー賞ベスト・グローバル・ミュージック・アルバム部門を受賞。ディディの共同エグゼクティブ・プロデュース参加も話題になった、より重厚でオーケストラルな作風の一枚。ここで彼はアフロビーツの「祭り」的なイメージを脱ぎ、シリアスな作家としての側面を全面に押し出した。
近作のLove, Damini🛒は、より内省的でパーソナルなテーマに踏み込んだ作品。ダミニは彼の本名で、タイトルからしてもう「祭りの主催者バーナ・ボーイ」から「一人の人間ダミニ」への視点の切り替えが見える。ここまで来ると、彼はもう単なるヒットメーカーではなく、明確に作家性で聴かせるアーティストだ。
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カルチャー的な文脈、二人が象徴するもの
この二人が並ぶ意味を、もう少し大きな文脈で考えてみる。2010年代後半から2020年代にかけて、ポップスの重心は明らかに「英語+英米」から「多言語+グローバル・サウス」に移った。バッド・バニーやカロルGを筆頭にしたレゲトン勢、BTSやBLACKPINKに象徴されるK-POP、そしてバーナ・ボーイやウィズキッドを中心にしたアフロビーツ。この三つの潮流が、英米ポップと肩を並べるどころか、しばしばそれを飲み込む形でチャートを動かしている。
シャキーラはこの流れの、いわば「先駆者にして現役プレイヤー」というかなり珍しい位置にいる。90年代からラテンの旗を立ててきた人が、いまだにレゲトンやアフロビーツの若手と組んで最前線にいる。これは、たとえば英米ロックの世界で言えば、80年代のスターが2020年代のヒップホップシーンで新曲を出し続けているような話で、素直にすごい。
バーナ・ボーイのほうは、アフリカ大陸のポップミュージックが「輸出可能な商品」から「世界の主流の一部」へと格上げされる瞬間に立ち会っている人物。ナイジェリアのラゴスやポート・ハーコートで鳴っている音が、ロンドンやニューヨーク、東京のクラブでそのまま鳴る。この現象は、10年前には想像しにくかった。彼はその変化の触媒だ。
そんな二人がタッグを組むというのは、ラテンとアフリカという、これまで英米ポップの側から「エキゾチックな味付け」として扱われがちだった二つの潮流が、対等に、しかも中心で握手した瞬間ということでもある。個人的にはこの握手の意味のほうが、曲そのものの良し悪しより大きいんじゃないかとすら思ってる。
今チャートでの立ち位置
TOKIO HOT 100は、日本のリスナーが実際にどんな海外楽曲に反応しているかがわりと素直に出るチャートだと感じている。J-POPだけでなく、洋楽の最新動向がそのまま反映されるので、ここにシャキーラとバーナ・ボーイの共演曲が乗ってくるということは、日本のリスナーの耳がもう完全に「英語+英米」の外側に開いているサインだ。
数字の細かい話は今週の順位表に譲るとして、注目すべきはこの曲が単発の話題で終わるかどうかではなく、この後に続くラテン×アフリカ、あるいはラテン×アジア、アフリカ×アジアといった多方向のコラボの入り口になるかどうか、だと思う。日本のリスナーがこういう「英米を経由しない」ヒットにどれだけ耳を貸すか。ここが問われている局面だ。
ストリーミング時代のいいところは、こういう非英語圏同士の共演が「特殊な実験」ではなく、普通のポップスとしてプレイリストに紛れ込めることだ。この曲もたぶん、そういう聴かれ方をしていくと思う。特別視するでもなく、無視するでもなく、日々のBGMとして。それが結局、いちばん革命的な聴かれ方だ。
これから聴くならどこから
この二人をこれから掘っていくなら、片方ずつ入っていくのがおすすめ。まずシャキーラなら、英語圏の入り口としてLaundry Serviceを、スペイン語の本領を味わうならFijación Oral, Vol. 1を。この2枚を行き来するだけで、彼女の「二つの舌」を持つ歌手としての凄みがわかる。
バーナ・ボーイなら、まずAfrican Giantで彼の名刺を受け取り、そのあとTwice as Tallでスケール感の変化を味わってほしい。この2枚の間で、彼が「ローカルヒーロー」から「アフリカン・ジャイアント」に変わっていく過程が生々しく聴き取れる。
両者に共通しているのは、自分のルーツを薄めずに世界に届けたという一点。この姿勢は、たぶん次の10年のポップスを聴くうえでもいちばん大事な補助線になる。二人の共演をきっかけに、そのルーツの側にも耳を伸ばしてみると、世界の音楽地図がもう一段くっきり見えてくるはず。正直、これを機に一気にハマってほしいなと思ってます。
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