TENDRE 河原太朗が鳴らす音楽|代表曲と歩みで知る、しなやかな越境者

夕暮れの街に浮かぶ薄いプリズムと、静かに揺れるサックスとベースの抽象イメージ アーティスト

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チャートの上位にTENDREの名前が並ぶとき、そこにあるのはヒットの熱狂というより、静かに聴かれ続ける曲の粘り強さだ。派手な打ち上げ花火はない。ただ、毎朝のラジオで流れて、夜のドライブでもう一度耳が拾って、翌週にはプレイリストに戻っている。TENDREの本質は「上手さ」ではなく、余白のつくり方だ。詰めきらないことで、聴き手の呼吸が入ってくる。この記事では、河原太朗というひとりの音楽家が2017年から積み上げてきた作品と関係性を、なるべく具体の側から書いていきたい。

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このアーティストの要点

  • TENDREは、ベース・ギター・鍵盤・サックス等を自ら演奏するマルチプレイヤー、河原太朗のソロプロジェクト。1988年生まれ、神奈川県出身。
  • 2017年12月にEP『Red Focus』でデビュー。2018年に1stアルバム『NOT IN ALMIGHTY』、2020年に『LIFE LESS LONELY』、2022年9月にアルバム『PRISMATICS』を発表。
  • 『PRISMATICS』収録の「SWITCH」はNHK『あさイチ』2022年度テーマ曲。
  • 両親はジャズベーシストの河原秀夫、ジャズシンガーの河原厚子。バックグラウンドにジャズがある。
  • Chara、堀込泰行、Original Love、SIRUP、Benny Sings、Ryohu(KANDYTOWN)など、他アーティストへの楽曲提供・プロデュース・コラボが極めて多い。

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プロフィール——ジャズの家に生まれた「弾ける子」が、シンガーになるまで

河原太朗は1988年6月15日、神奈川県生まれ。父はジャズベーシストの河原秀夫、母はジャズシンガーの河原厚子。物心ついたときにはピアノに触れていたという環境で、中学では吹奏楽部に入ってトランペットやバリトンサックスを担当している。この経歴、意外と大事だ。ヴォーカリスト志望の子どもが独学でギターを覚えて出てくる、というJ-POPの典型的な出自とは違う。楽器のほうが先にあって、歌はあとから来た人だ。

2009年にバンドampelを結成し、並行してレコーディング・エンジニアや他アーティストのライブメンバー、プロデュースといった裏方仕事を積んでいる。表に出るまでの時間が長い。TENDRE名義でのデビューEP『Red Focus』が2017年12月。29歳の年だ。歌う側に回るのが遅かったからこそ、彼のヴォーカルは「歌ってやるぞ」の圧が薄い。声の出力が全開ではなく、ずっと6〜7割で置いている印象がある。あの余裕は、裏方の時間が作ったものだと思う。

転機として本人が語っているのが、ヒップホップクルーKANDYTOWNのRyohuとの出会いだ。Ryohuの2017年作『Blur』に共同プロデューサーとして関わった経験を、CINRAのインタビューでは「一番デカかった」と振り返っている。下北沢GARAGEでの邂逅から、共作へ。TENDREのポップスにヒップホップ的な骨格——ビートを主役に、その上でメロディが遊ぶ構造——が入っているのは、この関係抜きに語れない。

音楽性の核——「上手さ」で押さず、間で聴かせる

結論から書く。TENDREの音楽性は、ソウル/R&B/ジャズ/シティポップ/ヒップホップの間を横断する越境者のそれだが、ジャンル分類より重要なのは密度の設計だ。同世代の日本のポップスと並べて聴いたとき、TENDREの音は明らかに音数が少ない。ベースとキックとヴォーカル、そしてコード楽器一つ。それだけで一曲成立させて平気な顔をしている。

マルチプレイヤーであることは、彼の場合「全部盛り」の口実にならない。全部弾ける人だからこそ、引き算ができる。ここが面白いところで、器用な人ほど詰め込みたくなるのが普通なのに、河原太朗は「弾かない」を選ぶ。ライブ映像を見ると分かるが、サックスを持ちながら吹かない小節が長い曲がある。あれは楽器プレイヤーとしてはかなり難しい判断だと思う。

ヴォーカルの立ち位置も独特だ。多くの日本のシンガーソングライターは「自分の言いたいこと」を歌の中心に置く。TENDREはむしろ、歌をトラックの一部として置いている。歌詞の日本語も、意味を強く突き付けてこない。ラフに、風通しよく、意味と音の中間に浮かべている。これが「疲れないポップス」の秘密だ。

聴きどころ3点

  • ベースラインの歌わせ方——ベーシスト出身らしく、低音が単なる下支えでなく旋律として動く。ヘッドフォンで低音側を追うと曲の景色が変わる。
  • 管楽器の”薄い”使い方——サックスやトランペットを主役にせず、遠くで鳴らす。ジャズ的な語彙をポップスの湿度に翻訳している。
  • コーラスとフェイクの緩さ——きっちり揃えず、少しズラす。整いすぎない、あの手触りが体温になる。

代表作を辿る——2017年から現在までの見取り図

まずデビューEPのRed Focus🛒楽天(2017年)。6曲入り。ここでTENDREのフォーマットはほぼ完成している。ソウルとR&Bの骨格に、日本語の柔らかさを乗せる。荒削りな部分もあるが、いま聴くと逆にそのラフさが良い。整いすぎる前の音だ。

1stフルアルバムがNOT IN ALMIGHTY🛒楽天(2018年)。本人がインタビューで「スタートラインは作れた」と語った作品で、パーソナルな言葉と向き合うことをテーマに据えている。全能じゃない自分、というタイトルの引き算が良い。アルバム全体としては、EP期より少しだけ内省が濃くなっている。

2019年のEPIN SIGHT🛒楽天を挟んで、2020年9月に2ndアルバムLIFE LESS LONELY🛒楽天。コロナ禍の只中でのリリースだ。孤独をブルーに沈めず、「孤独の少ない生」を、遊園地のような楽しさで通り抜けていくコンセプトを本人が語っている。「LIFE」「HOPE」「JOKE」といったシンプルな単語がタイトルに並ぶ潔さも、この時期のTENDREを象徴している。

そして2022年9月14日リリースのアルバムPRISMATICS🛒楽天。NHK『あさイチ』2022年度テーマ曲「SWITCH」を収録した10曲入りで、ドラマーの松浦大樹、シンガーのAAAMYYY、実父の河原秀夫(ウッドベース)ら多彩なゲストを迎えている。プリズムというタイトルどおり、一枚の中で光の当たる角度がころころ変わる。TENDREの越境者としての性質が最もクリアに出た作品だと思う。

その後は2023年に対になる2枚のEP『BEGINNING-EP』と『IN WONDER-EP』を配信、同年12月にデビュー5周年アルバムIN WONDER & BEGINNING🛒楽天をリリース。2024年以降もシングル単位でのリリースを続けている。詳細な最新リリースは公式サイトで確認してほしい。

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共演・プロデュース——「TENDREの仕事」を横に広げて聴く

TENDREを深く聴くなら、彼名義の作品だけを追っていては半分しか見えない。楽曲提供・プロデュース・コラボの仕事量が異常に多いアーティストだからだ。Charaと安藤裕子ら「Chara+YUKI」名義の「楽しい蹴伸び」のサウンドプロデュース、堀込泰行のカバー企画『GOOD VIBRATIONS 2』への参加、Original LoveやSIRUP、そしてオランダのBenny Singsとの共作「SING」(2020年)。ジャンルも国も年代も揃っていない。

この「他人の現場で鳴らす音」を経由すると、彼自身の作品の聴こえ方が変わる。他人の曲でベースを弾いているときのTENDREは、驚くほど雄弁だ。逆に、自分の曲では意識的にベースを黙らせている瞬間がある。この「自分の曲では引き算する」姿勢が、越境者としての彼の倫理だと感じる。前に出られる技量がある人ほど、下がる勇気が試される。

Ryohuとの継続的な仕事もそうだ。2017年の『Blur』以降、TENDREのポップスにはヒップホップ側から見た「間」の感覚がずっと通っている。ビートを鳴らさないことで生まれる緊張、というやつだ。J-POPの多くはそこを埋めたがるが、TENDREは埋めない。

聴かれ方の話——朝と、家に帰る前の車で

TENDREの曲は、朝と、夜の帰り道の車で強い気がする。「SWITCH」が『あさイチ』のテーマ曲として選ばれたのは、たまたまじゃない。あの音の温度、詰め込みすぎない設計は、目覚めてすぐの耳に負担をかけない周波数でできている。テレビをつけたときにも邪魔にならず、しかし数分後に「これ誰の曲?」と検索させる引力がある。

もう一つ、夜。金曜の23時前後、仕事帰りの首都高を流しているときのプレイリストに、TENDREはよく効く。テンポが速すぎず、遅すぎず、歌詞に強く感情移入させてこない。運転の集中を邪魔しないくせに、車を降りるときには少しだけ心拍が下がっている。BGMとしても機能するし、ちゃんと向き合えばリスニング音楽としても成立する——このダブルスタンダードで作られたポップスは、実はあまり多くない。

ファンが「毎朝聴いている」「運転中によくかける」と自然に言えるアーティストは強い。ヒットチャートの瞬間最大風速でなく、生活に埋まった時間の長さで生き残るタイプの音楽家だと思う。

カルチャー的な位置——日本の”ネオ・ソウル以降”の風景の中で

2010年代後半以降の日本のポップスには、ネオ・ソウルやローファイ、ヒップホップ以降のR&Bの語彙をポップスに翻訳する動きが並列的に生まれた。SIRUP、iri、never young beach、Suchmos以降のバンド群、そしてTENDRE。彼らは互いにゆるく共鳴しながら、シティポップリバイバルとも、いわゆる邦楽ロックとも違う地層を作っている。

その中でTENDREの位置は、たぶん「一番プレイヤー側にいる人」だ。SIRUPがヴォーカリスト/トップライナー由来の音楽性だとすれば、TENDREは徹頭徹尾、演奏家の書くポップスをやっている。だから曲が長持ちする。流行りのプロダクションに寄せた曲は3年で古びるが、演奏の設計で作った曲は10年後も聴ける。実際、EP『Red Focus』を今聴いても古くない。

アートワークがPERIMETRONのmargtによって一貫して手がけられていることも見逃せない。King Gnuの視覚設計も担う作家で、TENDREのジャケットの温度感——手描き感と抽象、暖色系の反復——は、音との連動で機能している。音を目で聴かせる仕掛けが、キャリアを通じてブレていない。

ampelから河原太朗ソロへ——「バンドを離れて一人で歌う」までの距離

2009年結成のampelでの活動を経て、河原がTENDRE名義で最初の音源を出したのが2017年。8年の助走がある。この期間、彼はエンジニアリング、他アーティストのライブ帯同、プロデュース仕事と、表舞台に出ないポジションを積んでいた。ヴォーカリストとして表に立つ準備が整うまで、ここまで時間をかけたシンガーソングライターは同世代でも珍しい。

この助走が、ソロ以降の楽曲の”素直さ”に効いている。名を売るために書かれたデビュー曲、というものが彼のディスコグラフィにはない。すでに現場でひとかどの仕事をしていた人が、そのついでに「じゃあ自分でも歌ってみようかな」と始めた——EP『Red Focus』の温度は、そういう始まり方をしている。焦りがない。若さの過剰もない。ただ、鳴らしたい音がそこにある。

個人的に印象深いのは、2018年前後のインタビューで彼が使っていた「浄化」という言葉だ。1stアルバム『NOT IN ALMIGHTY』を作ったことで、パーソナルな言葉に向き合えたと語っている。プレイヤーとして完成していた人が、書き手・歌い手として自分の言葉を掴んだのがこの時期だと思う。順番が逆なのだ。

管楽器の系譜——バリトンサックスから来た人のポップス

もうひとつ書いておきたいのが、彼の中の管楽器の存在感だ。中学の吹奏楽部でトランペットとバリトンサックスを吹いていた、というプロフィールは軽く読み飛ばされがちだが、音楽的にはかなり重要な情報だと思っている。バリトンサックスというのは、サックス属の一番低い音域の楽器で、要はメロディよりリズムセクションに近い感覚で扱われる楽器だ。

ポップスに管楽器を入れるとき、多くの編曲は”色付け”としてサックスを使う。TENDREの楽曲でのサックスは違う。ベースやパーカッションと同じレイヤーで、リズムの側から曲を支える鳴り方をしている。これはたぶん、彼のなかで管楽器が「歌う楽器」ではなく「刻む楽器」として身体に入っているからだ。低音側から音楽を組み上げる耳。ここがTENDREの音の独自性の、たぶん一番深い根っこにある。

ライブでのTENDRE——CDと同じ曲が、違う顔で立ち上がる

音源だけを聴いていると、TENDREをどうしても「都会的で洗練された宅録系」の枠で受け取ってしまいがちだ。しかし、ライブに足を運ぶとその印象はけっこう覆る。バンド編成でのグルーヴは思ったより粗く、汗の温度がある。手数を増やして押すのではなく、一音の重さで押してくる、ジャズやソウルの現場で鍛えられたタイプのライブだ。

2021年11月に新木場USEN STUDIO COASTで行われた公演の映像が、アルバム『PRISMATICS』の初回限定盤に収録されているのも、この観点で貴重だ。STUDIO COAST(元・新木場ageHa)はダンスミュージックの聖地としても記憶されている場所で、そこでTENDREがバンドを鳴らしたという事実自体、彼のジャンル横断性を象徴している。踊れる場所で、踊りきらないポップスをやる。あの温度差を成立させたのは面白い。

ソロでのグランドピアノ弾き語り配信もいい。編曲を全部剥がしたときにTENDREの曲がどう鳴るかを聴くと、メロディの骨格の強さが分かる。装飾が本体ではないポップスだと確信できる。

今チャートでの立ち位置

TENDREはいわゆる「TikTokで爆発した曲」型のアーティストではない。チャート上位に長く居座るというより、シングルとEPを一定のリズムで置き続け、そのたびにコアなリスナーが確実に反応する——そういう積み上げ型のカーブを描いている。今週の順位がどこに出ているかより、5年、10年のスパンで棚に残るアルバムを作っている人だ。

だから、初めてチャート経由で名前を知った人にこそ、EPの『Red Focus』からアルバム『PRISMATICS』までを順に辿ってほしい。数字はスナップショットに過ぎない。TENDREが積んでいるのはもう少し長い時間の資産だ。

これから聴くならどこから

入り口は複数ある。朝に出会いたい人は「SWITCH」から。ソウル/R&Bの語彙で入りたい人はEP『Red Focus』から。彼のマルチプレイヤー性を味わいたい人はアルバム『PRISMATICS』から。どれから入っても、たぶん次の一枚まで自然に手が伸びる。

まずこの作品から聴く

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入門動線

  • まずこの1曲:「SWITCH」——朝の耳に置いてみて、続きが聴きたくなったら本気で入り口を開ける。
  • 次にこの1枚:『PRISMATICS』(2022)——現時点のTENDREの見取り図として最も分かりやすい。ゲストの多さも良い地図になる。
  • 深めるならこの1枚:『NOT IN ALMIGHTY』(2018)——スタート地点の言葉と音の熱を、遡って浴びる。ここから2020年、2022年へ順に辿ると変化が立体で分かる。

おわりに——余白を残す音楽家の、次の一手

ここまで書いてきて、TENDREを一言で括るのは難しいなと改めて思った。ジャンルで言えばR&B/ネオ・ソウル寄りのポップス、と書くことはできる。でも、それだと「間の使い方」も「他人の現場での立ち方」も「歌の力の抜き方」も、全部抜け落ちる。演奏家として一流で、書き手としてポップで、プロデューサーとして黒子ができる。この三役を静かに回している人は、日本でそう多くない。

最後にひとつだけ、答えの出ない問いを置いておきたい。TENDREの曲は、いつか”歳を取る”のだろうか。詰め込まないポップスは古びにくい、というのが自分の仮説だ。でも、リスナーが歳を取ったとき、この余白の音楽がどう聴こえ直すかは、まだ誰にも分からない。10年後にもう一度この記事に戻って、確かめたいと思っている。

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