星野源『喜劇』を2026年に聴き直す SPY×FAMILY EDの読み方が変わった

ステージ照明が円環状に灯る抽象的なイメージ。中央に一本のマイク、周囲に淡い暖色のライトが並ぶ 楽曲

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2022年春に配信された喜劇🛒楽天が、いまも週次のプレイリストに残っている人はたぶん多い。私もそうだ。TVアニメSPY×FAMILY🛒楽天のエンディングとして世に出てから3年半、当時は「季節と作品にぴったりのED」という枠で語られがちだったこの曲の見え方が、ここ数年で明らかに変わった。『喜劇』はハッピーソングではなく、痛みの側から書かれた祝福だ。だから何年経っても軽くならない。

星野源のその後の活動、たとえば2023年のアルバム『Gen』を経て、この曲の輪郭はむしろくっきりしてきた。当時「明るい主題歌」として消費された部分が、後追いで聴くとぜんぜん明るくない。そこが面白い。

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この曲の要点

  • 『喜劇』は星野源が2022年4月8日にSPEEDSTAR RECORDSから配信リリースした楽曲
  • TVアニメ『SPY×FAMILY』Season 1 第1クールのエンディングテーマとして書き下ろされた
  • 制作側から「FAMILYを主題に」との依頼を受け、2017年の『Family Song』とは違う家族像として書かれている
  • DJ Jazzy Jeff & Kaidi Tathamによるリミックスも配信されている
  • 2023年発売のオリジナルアルバム『Gen』に収録された

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まず事実から:『喜劇』はいつ、どういう座組で生まれた曲か

『喜劇』は2022年4月8日にSPEEDSTAR RECORDSから配信限定シングルとしてリリースされ、テレビ東京系テレビアニメ『SPY×FAMILY』Season 1 第1クールのエンディングテーマとして書き下された楽曲だ。日付を書くとそっけないが、この配信日と初回放送日の関係は覚えておいて損がない。「喜劇」は4月9日にテレビ東京系列で放送開始となるアニメ『SPY×FAMILY』のエンディング主題歌で、つまり本編の初オンエアより一日早く音源が出ている。映像より先に耳から入る、という設計だった。

依頼の中身も明確だ。本作は、番組側から『SPY×FAMILY』の「FAMILY」を主題としたエンディングテーマを作ってほしいという依頼を受けて制作されたものである。ここが重要。「アニメの雰囲気に合わせて」ではなく「家族というテーマで」というお題だった。書き手にとってはむしろ厄介な発注だ。範囲が広すぎる。

その厄介さに星野源が正面から向き合っている記録も残っている。「Family Song」(2017年8月16日発売の10thシングル)があるので、それと同じような歌にしちゃいけないと考えていたのですが、『SPY×FAMILY』で描かれている家族の在り方がこれまでの日本の家族像とは違うので、僕はそこがすごく好きなんです。——過去の自分の代表作を回避する、という条件が最初にある。ここが後で効いてくる。

座組の話をもうひとつ。『喜劇 (feat. DJ Jazzy Jeff & Kaidi Tatham)』のリミックスも配信されている。DJ Jazzy Jeff は言うまでもなくフィラデルフィアの伝説的DJで、Kaidi Tatham はUKブロークンビーツの重要人物。この二人にリミックスを託した時点で、星野源が『喜劇』を「アニメEDとして完結した曲」と考えていなかったことがわかる。ブラックミュージックの現在地の中に置きにいっている。

今なら言える補助線:あの曲は「祝福」ではなく「祝福の練習」だった

結論を先に書く。『喜劇』を明るいラブソング/ファミリーソングだと思って聴いていた人は、聴き直したほうがいい。制作者本人の言葉がきれいに残っている。

誰もが楽しさの裏につらい思いがあり、そのような隠された部分を描くと同時に「それでも楽しい」という気持ちを描くようにしている——これが本人の弁だ。要するに『喜劇』は、明るい曲ではなく、明るくあろうとしている曲。この差はでかい。

2022年当時、私はこの曲を「アーニャの顔が浮かぶ和やかなED」として消費していた。恥ずかしい話、そう。原作読者ならわかる通り、SPY×FAMILYは全員が正体を隠して家族をやっている物語で、和やかさの下に嘘が敷き詰められている。それを踏まえると、『喜劇』のあの明るいコード進行の下にある落ち着かなさが、後追いで急に見えてくる。『SPY×FAMILY』は、つらい過去を抱えつつも、心安らぐ暖かな居場所を守ろうと奮闘する様子を描いており、自然とネガティブな言葉が入ったと星野は説明している。作家として「自然と入った」と言っているのは、意識して混ぜたのではなく、あの物語を読み込んでいたら出てきたということだ。

だから今の位置から振り返ると、『喜劇』というタイトルの読み方が変わる。喜劇とは、笑える話のことではない。悲劇と対になる形式のことだ。悲劇的な材料を、それでも笑える形に組み替えた結果として喜劇がある。あのタイトルは、ジャンル宣言だったと今なら思う。

サウンドの読みどころ:上物は柔らかいのに、下は緊張している

サウンド面での聴きどころは、上物と低域の温度差にある。ここは今回いちばん書きたかったところ。

イントロから響くファルセット、鍵盤のふくよかなコード、鳴りの丸いスネア。これらは全部、聴き手をリラックスさせる方向に働く。ところがベースラインの動きは、そんなに素直じゃない。コードの三度や五度に着地して安心させる、という定石を何度か外して、次のコードに滑り込む前に一拍余計にためる箇所がある。落ち着かなさは、実はここから来ている。

もうひとつ。Aメロ→Bメロで転調する曲は世の中に山ほどあるが、『喜劇』のブリッジは転調というより「気圧の変化」に近い。同じキーの中で、コードの重心を少しだけ下にずらす。すると視界がひらけたように聞こえる。ドラマ主題歌としての『恋』(2016) が持っていた、Aメロで抑えてサビで開放するダイナミクスの作り方とは違う設計だ。『喜劇』は最初から最後まで、ずっと少しだけ胸が詰まっている。抜け切らない。

プロダクションで言うと、これは2020年以降の星野源の作曲プロセスと地続きに聞こえる。星野が2020年の外出自粛期間を機に、自宅でDAW(Digital Audio Workstation)を用いてトラック制作を行うようになったことから、鍵盤を用いた打ち込みをベースに制作された楽曲が多く収録されている。——アルバム『Gen』についての記述だが、この時期の変化が『喜劇』の質感にも滲んでいる、と聴くのが自然だ。バンドで一気に録るセッション感ではなく、鍵盤の前で一音ずつ積んでいく手触り。

キャリアの中での位置づけ:『Family Song』を経由して、ここに来た

『喜劇』のキャリア内での意味は、『Family Song』(2017) を経由しないと見えない。2017年の『Family Song』は、家族をやさしく肯定する歌だった。ドラマ『過保護のカホコ』の主題歌で、あの時期の星野源が到達した「大衆に届く柔らかさ」の一つの完成形だ。

そこから5年。『喜劇』でもう一度「家族」を書くにあたって、本人は先の記事で明確に、同じ轍を踏まないと言っている。あの5年で世の中の「家族」観は明らかに動いた。血縁でない共同体、選び直せる関係性、隠しごとを抱えたまま維持される日常。SPY×FAMILYが売れた背景と、たぶん地続きだ。『喜劇』はその変化に、作家の側から応答した曲になっている。

そしてこの曲は、2023年のオリジナルアルバム『Gen』に収録される。前作以降、6年半にわたりリリースされたCDシングル表題曲4曲と配信シングル曲を含む全16曲を収録。収録されたシングル曲数は、星野のアルバム史上最多となった。——つまり『喜劇』はシングルとして単体で完結せず、6年半分の変化の集積の中に置き直された。アルバム文脈で聴くと、あの落ち着かなさが「その時期の星野源全体のトーン」の一部だったこともわかる。

この曲がどう聴かれてきたか:春の朝と、深夜の帰り道

この曲は、朝と深夜で表情が違う気がする。あくまで作風からの読みだが、SPY×FAMILYが土曜夜のアニメだったせいもあり、リリース当初はどうしても週末夜のイメージがついていた。それが数年経つと、朝の通勤や散歩のプレイリストに紛れ込んでいる、という声をちらほら見る。私自身、春先の朝いちばんに流したとき、この曲は違う顔をすると感じた。ふくよかなコード進行が、朝の光と相性がいい。

一方で、深夜の帰り道に聴くと、さっき書いた低域の緊張が急に前に出てくる。喜劇の下地にある悲劇性、と言い換えてもいい。そう。同じ曲が、時間帯で二つの顔を持つように設計されている気がする。ハッピーな主題歌としてだけ消費されなかった理由は、たぶんここにある。

聴きどころ3点

  • ファルセットとふくよかな鍵盤の「上物」に対して、ベースラインが素直に着地しない緊張感。ここが曲の抜け切らなさを作っている
  • ブリッジの気圧が変わるような重心移動。転調というより視界のひらき方の変化として聴くと、設計の狙いが見える
  • DJ Jazzy Jeff & Kaidi Tatham によるリミックス版と原曲の比較。同じメロディが全然違う時間の流れ方をする

「Family Song」との具体的な違いを、書き手の言葉から拾う

ここは深掘りしたい。『Family Song』と『喜劇』の差は、聴感の印象論だけでは片付かない。制作者本人が言語化してくれている材料がある。

現行のブラックミュージックを独創的にアップデートさせたサウンドメイク、ファルセットを活かしたボーカルなど、音楽的な興味も尽きない「喜劇」の制作プロセスについて、星野自身に語ってもらった。——インタビュー冒頭の記述だが、ここで注目したいのは「現行の」という一語。2017年の『Family Song』の時点でのブラックミュージック参照と、2022年の『喜劇』時点でのそれは違う。5年で参照点が動いている。前者が90〜00年代の温かいR&B寄りだとすれば、後者はもう少し現代的なUK側の空気を含んでいる。DJ Jazzy Jeff & Kaidi Tatham に声をかけた事実は、この読みを補強する。

もう一点。星野源:そうですね。お話を結構前にいただいたんですが、原作は好きで読んでいたので、さらに読み込みつつ作曲を始めました。——ここも見過ごせない。オファーが来る前から原作を読んでいた、という時系列だ。依頼で慌てて世界観を勉強したのではない。だから曲の中に、原作を読み込んだ人特有の「あの家族の設定が抱える不穏さ」がすっと入っている。急ごしらえのタイアップ曲では、この重心の低さは出ない。

私は正直、リリース当時ここを軽く見ていた。「アニメ主題歌」と聞くとどうしても、依頼→世界観リサーチ→曲書き、という順を想像してしまう。でも『喜劇』はその順ではない。順が違うと、作品と曲の距離感が変わる。書き手が原作を血肉として持っている状態で書いた曲は、後追いで聴くとその厚みが効いてくる。

MVという別の入口:パペットが選ばれた意味

これも今の視点から言えることだが、『喜劇』のMVがパペット主体で作られている事実は、曲の性質と地続きだ。本作のミュージックビデオでは、スタジオ・ノーヴァの制作したパペットが用いられた。監督はMESS。実写でも、アニメ映像の切り貼りでもなく、パペット。この選択は結構こだわりの側だと思う。

パペットという表現形式は、生身の人間より一枚薄いフィルターを挟むぶん、抽象度が上がる。誰の物語でもあり、誰の物語でもない。『喜劇』が「SPY×FAMILY のロイド一家のED曲」に閉じずに、もっと広い「家族」に届いた要因のひとつは、映像側のこの抽象化の判断だったと思う。実写MVだったら、こうはなっていない。

ついでにもうひとつ足しておくと、2022年6月には別の展開もあった。『フォートナイト』にて星野源がパフォーマンスを披露。アニメ『SPY×FAMILY』のED「喜劇」や『逃げ恥』の「恋」など6曲を披露——ゲームプラットフォーム上でのライブ。この時期、曲の届き方が音源とMVだけでなく、ゲーム内空間にまで広がっていた。これも当時は「面白い施策」で終わっていた話だが、その後の音楽と場所の関係性を先取りしていた記録として、今読み返すと意味が違う。

制作環境から読む:自宅DAWで書かれた曲の質感

もう少しだけ制作環境の話を続けたい。星野源が2020年以降、自宅で鍵盤中心のDAW制作に移行したことは、彼の曲の質感を静かに変えている。『喜劇』はその過渡期のど真ん中に位置する曲だ。

スタジオでバンドと一緒に録る曲は、全員の呼吸が同じ小節に乗る。よく言えば熱量、悪く言えば「せーの」のノリが混ざる。対して自宅DAWで一音ずつ積む曲は、呼吸が違うレイヤーで別々に流れている。『喜劇』のあの、上物と下がすれ違うような温度差は、この作業手順から出てきた必然だと思ってる。バンド一発録りでは、あの落ち着かなさはたぶん平均化されて消える。

もうひとつ副産物として、自宅DAWの曲は「小さいスピーカーで聴いたときに壊れない」。イヤホンや通勤時のスマホ内蔵スピーカーで聴いても、要素が潰れずに立ってくる。これは意外と重要な特性で、アニメEDとして毎週テレビの内蔵スピーカーから流れる曲としても、スマホで繰り返し聴かれる配信曲としても、両方成立する条件になっている。設計というよりは、制作環境がそういう音を選ばせた、という順番だと思う。

ここに一言だけ付け加えると、こういう作り方は誤解されやすい。「宅録っぽい親密さ」と「打ち込みっぽい硬さ」の間のどこかに落ちるからだ。『喜劇』はその中間地点をうまく踏んでいる。距離が近すぎず、遠すぎない。三年半経ってもプレイリストから消えない理由は、この距離感の絶妙さにもある気がする。

誤読しやすいポイント:「アニメ主題歌」の枠で終わらせない

この曲を語るとき、いちばん誤読しやすいのは「SPY×FAMILYのEDだから、あの家族を描いた歌」で止めてしまうことだ。制作の順番としてはたしかにアニメが先にある。けれど、本人の発言を読む限り、書きたかったのはロイド・アーニャ・ヨルの物語そのものではなく、その物語が可能にしている「家族の別の形」の方だ。原作の家族像に触発されて、星野源自身の家族観を更新している。

だから「SPY×FAMILYを見ていないとピンとこない曲」ではない。むしろ逆で、SPY×FAMILYを一切知らずにこの曲だけ聴いても、家族という言葉の重さや不確かさは伝わる作りになっている。アニメ主題歌としてよくできているのに、アニメ主題歌の枠にはまり切らない。この矛盾こそが、3年経っても曲が生き残っている理由だと思ってる。

ファンに残しておきたい問い

最後にひとつ、答えを出さずに置いておきたい問いがある。

『喜劇』の「悲劇の側から書かれた祝福」という性質は、星野源のその後の作品で強まったのか、弱まったのか。私は強まった側だと思っているが、これは聴き手ごとに答えが分かれる論点だ。2022年以降の彼の曲を並べて、この線でつないでみると、それぞれの曲の見え方が少し変わる。私の読みが正しい保証はないし、違う読みで聴いている人の話は普通に聞きたい。

入門動線

『喜劇』を入り口に星野源を掘るなら、次の1曲はFamily Song🛒楽天。5年前の同じ「家族」というお題への回答と読み比べると、書き方の変化が生々しく見える。関連1枚はアルバムGen🛒楽天。『喜劇』を含む6年半分の楽曲が並列に並んでいて、この曲が単体ではなく「この時期の音」の一部だったことが体感できる。

3年半前、私はこの曲を春の陽気なED曲として聴いていた。今は、明るくあろうと決めた人の曲として聴いている。同じ曲がこう変わるのは、たぶん曲の側が正しかったからだ。

まずこの作品から聴く

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  • Gen — 喜劇を含む集大成アルバム
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  • — ドラマ主題歌としての起点
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  • SPY×FAMILY オリジナル・サウンドトラック — 作品世界の音の背景
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