Michael Kanekoの聴き方|シルキーな声と『Estero』が示す作家性

夕暮れの海岸線とアコースティックギターのシルエット、西海岸の光を思わせる淡いオレンジのグラデーション アーティスト

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Michael Kanekoの曲を初めてかけた友人が、二曲目の途中で「これ、誰の曲?」と聞いてきたことがある。派手なフックがあったわけじゃない。ただ、部屋の空気がすこし柔らかくなった、その違いに気づいたらしい。囁くように歌うのに、部屋の温度は確かに1度上がる。それがMichael Kanekoという歌手の仕事だ。

チャートの世界では、大声で存在を主張する曲が有利になる。ところがこの人の楽曲は、ボリュームを上げるより下げたほうが輪郭がくっきりする。妙な話だが、事実そう。ラジオでかかったときの残り方が独特で、番組の合間にふと戻ってきて再生ボタンを押したくなる、そういう種類の残響を持っている。

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このアーティストの要点

  • Michael Kanekoは湘南(茅ヶ崎)生まれ、南カリフォルニア育ちの日本人シンガーソングライターで、作詞・作曲・編曲・演奏まで自身で手がける。
  • 2015年にKan Sano制作のJ-WAVEジングルにシンガーとして参加、TOYOTAやPanasonicなど企業CMの歌唱で名前が広がり、正式音源リリース前にフジロック/サマーソニックに出演した。
  • 2016年、自宅録音のデモ集『Sounds From The Den EP』がiTunesシンガーソングライター・チャートで1位を獲得。
  • 2017年にデビューEP『Westbound EP』、2020年に1stアルバム『Estero』、2022年にはコラボレーション・アルバム『The Neighborhood』を発表。
  • プロデューサー/ソングライターとして、森山直太朗、あいみょん、CHEMISTRY、藤原さくら、さかいゆうらの作品にも関わる。

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プロフィール——湘南と南カリフォルニアの二重国籍的な耳

Michael Kanekoは、湘南(茅ヶ崎)で生まれ、南カリフォルニアで育った日本人シンガーソングライターだ。この経歴は、彼の音楽を語るときに毎回持ち出される定型でもあるのだが、実際に聴くと「なるほど、そうなるか」と腑に落ちる説明でもある。太平洋を挟んで、湿度の違うふたつの海辺で耳が育った——そう考えると、彼の音楽が持つあの独特の湿り気と乾きの同居が、すこし理解しやすい。

親の影響で、クラシックロックやモータウン・サウンドを浴びて育ったと本人は語っている。オーティスやスティーヴィーの系譜のR&B、70年代のシンガーソングライター、そのあたりを日常のBGMにして育った人間が、日本語圏に戻ってきて英語ベースの曲を書いている。この立ち位置は、意外と稀有だ。日本でR&Bを歌う人は多いけれど、母語に近い距離で英語のフレージングをこなす人は、そんなに多くない。

キャリアの入り口は、正確には「デビュー前」から始まっている。2015年、Kan Sanoが制作したJ-WAVEのステーション・ジングルにシンガーとして起用されたのが、業界での最初の顔見せ。ここからTOYOTA、Panasonicといった大企業のCM歌唱に呼ばれ、まだアルバムを1枚も出していない段階で、フェスのラインナップに名前が載る、という順序で世に出た。ふつうは逆だ。作品を出して、評価を得て、CMやフェスに繋がる。彼の場合は、「声」が先に業界を歩き回っていた。

2016年、自宅で録りためたデモ集『Sounds From The Den EP』が、iTunesシンガーソングライター・チャートで1位を獲得。翌2017年、EP『Westbound EP』でついに正式デビュー。ここからの数年は、自分名義の作品を積みながら、AmPmや他アーティストへのfeat.参加、楽曲提供と、活動の面が一気に増えていく。

声の話——「ウィスパーだけど芯がある」の中身

Michael Kanekoの声を紹介する枕詞として、「ウィスパーだけど芯がある」「シルキー」という表現が繰り返し使われる。便利な言葉なので反論はしないが、これだけだとファンには物足りない。長く聴いている人が実感しているのは、もう少し具体的な質感の話だと思う。

彼の歌は、息の混じり方が一定していない。フレーズの入りは、ほとんど話し声に近い位置から始まって、サビの中盤で急に胸の下のほうの共鳴が乗る。息のパーセンテージが動く。だから小音量で聴いても、ちゃんと感情の起伏が届く。イヤホンで通勤中に聴いても、音量を上げる必要がない、というのはこの構造のおかげだ。

もうひとつ大事なのは、彼が「歌以外」を全部やる人だという事実。作詞、作曲、編曲、演奏、プロデュース。全部やる人の歌は、たいてい、歌の主張が控えめになる。トラックとの折り合いを、歌い手であると同時に編曲者の立場から俯瞰しているからだ。Michael Kanekoの歌が「押し出してこない」のは、シャイだからではなく、たぶん、自分でトラックの空白を作った本人だからだ。空白のサイズを、歌が知っている。

音楽性の核——モダン・ヴィンテージという曖昧な言葉の中身

彼の作品を評する言葉に「モダン・ヴィンテージ」というタグがよく使われる。曖昧な言い回しだが、実装レベルで何が起きているかを分解すると、こういうことだと思う。ドラムとベースの録り音は明らかに70年代〜80年代の質感を狙っている。一方でコード進行やハーモニーの選び方、ボーカルの処理は、2020年代のR&B/ネオソウルの語法に寄っている。古い服の生地で、新しい型のシャツを縫っている——そういう作り方だ。

ジャンルで括ると、AOR、シティ・ポップ、R&B、ソウル、フォークあたりが交差する場所にいる。ただ、どのタグを付けても半分しか説明できない。強いて言えば、「アコースティックギターとエレピが同じくらい主役を張れるバンド編成」を軸に、その上で英語詞と日本語詞を柔軟に載せ替える、という書き方が近い。『The Neighborhood』で日本語詞にも本格的に踏み込んだあたりから、この語法の可動域はさらに広がった。

初期作と近作を並べて聴き直すと、変化がわかりやすい。デビュー期の『Westbound EP』は、彼の言うクラシックロック/モータウンの影響が生の状態で出ている。良い意味で、ルーツが透けている。対して2020年の『Estero』以降は、ルーツを一度分解して、自分の骨格として組み直した音になっている。ここが分水嶺だ。

代表作の読みどころ

結論を先に言うと、Michael Kanekoの入り口はWestbound EP🛒楽天、真ん中にEstero🛒楽天、そして拡張版としてThe Neighborhood🛒楽天の順で聴くのが一番わかりやすい。この3枚を並べると、彼が数年かけて何を積み上げてきたかが、線として見える。

2017年のデビューEP『Westbound EP』は、CMや配信で「声だけ」を先に聴いていた層に、はじめて「作品としての塊」を差し出した一枚。ここでの彼は、自分のルーツにかなり忠実で、あえて古い質感の音作りに寄せている。まだ「Michael Kanekoの型」を定めきる前の、身軽さがある。逆に言うと、彼の出発点にどんな音楽が積まれていたかを、いちばん率直に確認できるのがこのEPだ。

2020年の1stアルバム『Estero』は、キャリアの中間点であり、現時点でひとつの完成形と呼んでいい作品。EP時代の「ルーツの提示」から一歩進んで、自分の記名性を全面に出しにきている。アコースティックの生々しさと、電子的な処理の艶やかさが同居していて、フルアルバムというフォーマットの厚みが、彼の作家性にちゃんと合っていることが証明された。ここでファンになった人はかなり多いはずだ。

2022年の『The Neighborhood』は、コラボレーション・アルバム。ハナレグミ、大橋トリオ、さかいゆう、藤原さくら、さらさというメンバーが参加している。この面子を見て「趣味が合いすぎる」と笑ってしまった人は、少なくないはずだ。全員、声そのもので勝負するタイプで、なおかつ、「音数を減らす」ことを恐れない歌手たち。日本語詞への踏み込みが強く出た作品でもあり、英語圏のフィールで書いてきた作家が、日本語の子音・母音とどう折り合いをつけるかを、5人の相手役ごとに実験している。コラボ盤にありがちな「客演の顔見せ」で終わらず、彼自身の作家性が更新された跡が残っている。

もうひとつ触れておきたいのが、AmPmとのfeat.曲「Best Part of Us」。彼の名前がSpotifyの各国バイラルに載る大きなきっかけになった曲で、「声だけ」で国境を越える瞬間を、この曲で経験している。ソロ作を追う前に、まずここから入ったリスナーもたぶん多い。

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もうひとつの顔——プロデューサー/ソングライターとしてのMichael Kaneko

ファンの間ではもう常識だが、新規の人にはあまり知られていない側面がある。彼はプロデューサー/ソングライターとしても、日本のポップスの結構深いところまで手を伸ばしている。森山直太朗、あいみょん、CHEMISTRY、藤原さくら、さかいゆう、SING LIKE TALKING、Rude-α、足立佳奈、majiko、AmPm——このあたりの名前に、楽曲提供やプロデュースで関わっている。

この裏方仕事のバリエーションを見ると、彼が「Michael Kaneko」というアーティスト像だけで消耗しない設計をしていることが、はっきりわかる。歌手としては自分の色を守る、作家としては相手の色に染まる。この二面性を器用にこなせる人は、日本のインディー〜メジャーの境界線に、そう多くない。長く続くタイプの音楽家だ、と個人的には思っている。

大橋トリオやハナレグミといった先輩格のライブ/レコーディングにも参加している経歴も見逃せない。この二人と現場で並ぶ時間を積むと、たぶんアレンジ観がしなやかになる。『The Neighborhood』が単なる客演企画で終わらなかった背景には、こういう現場仕事の蓄積があるはずだ。

どう聴かれているか——「夜の車のなかで化ける」音楽

ここは断定ではなく、あくまで作風からの読みとして書く。Michael Kanekoの音楽は、通勤の朝より、夜の運転中に化ける気がしている。大きな音で叫ぶ曲じゃないから、車内という半密閉空間の、シートに吸い込まれるくらいの音量にちょうど収まる。信号待ちで、フロントガラスの向こうを人が横切る、その速度と、彼の歌のテンポが妙に合う。

あるいは、金曜の21時、料理を終えてダイニングの照明を一段落とした時間。あの「今日を閉じにいく」時間帯に、彼のミッドテンポの曲が置かれると、明らかに空気が整う。プレイリストの1曲目に置くタイプの音楽ではなく、3曲目か4曲目、リスナーが自分の呼吸を取り戻した頃に届くと、いちばん効くように設計されている——ような気がする。ファンの人は、たぶん自分の「効くタイミング」を持っているはずだ。

カルチャーの座標——なぜこのポジションが貴重か

2020年代の日本のポップスは、明るく速い方向と、内向的で遅い方向に、じわじわ二極化している。Michael Kanekoは、その真ん中の帯にいる。速くも遅くもなく、明るくも暗くもなく、しかし退屈でもない。この「中庸を退屈にしない」ポジションは、実は日本のシーンで一番痩せている場所だ。だから、彼のような書き手の存在は、シーン全体の栄養バランスに効いている。

もうひとつ、英語詞と日本語詞を等距離で扱える書き手、というのも稀少な資源だ。日本のポップスが海外プレイリストに滑り込む機会が増えたこの数年、「日本の曲だけど英語圏の耳で違和感なく聴ける」というブリッジ役ができる人は、想像以上に少ない。彼はその橋を、CMやfeat.仕事を通して、地味に、しかし確実に補強してきた。この地味さが、長期的にはいちばん強い。

フェスの現場で言えば、GREENROOM FESTIVALのようなコースタルな空気感のイベントで、彼の音楽は特に映える。海のそばで、日が落ちる前の時間に、白いTシャツと短パンの観客がぼんやり聴いている——という絵が、勝手に浮かぶ。逆にヘヴィな深夜のクラブでは似合わない。この「似合う場所がはっきりしている」ことも、アーティストとしての強さだと思う。

今、チャートの帯で彼を聴くということ

結論から言うと、今週のチャートで彼の名前を見つけたリスナーには、まず「これは長く残る種類の音楽ですよ」と伝えたい。派手なバイラルで一気に上がる曲もいいけれど、Michael Kanekoの曲は、上がり方より、下がったあとの残り方に価値がある。半年後、忘れかけた頃にプレイリストの中で再生数が伸びる、あのタイプだ。

チャートは瞬間の写真だが、彼のキャリアの写真アルバムを開くと、CM歌唱の時代、フェス初出演の時代、EP、1stアルバム、コラボ盤、そして楽曲提供の裏方仕事——複数のレイヤーが積み重なっている。この厚みが、今週の順位よりも本質的な資産だ。ファンなら、たぶん頷いてくれるはず。

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  • Westbound EP — ルーツが透ける出発点
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  • Estero — 現時点の完成形
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  • The Neighborhood — 日本語詞への拡張
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  • Best Part of Us — 声の質感を掴む入口
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聴きどころ3点

  • 息の割合が動くボーカル——同じ曲のなかで、ウィスパー成分の量が微妙にスライドする。小音量で聴くほど、その動きに気づく。
  • ヴィンテージな録り音と現代的な進行の同居——ドラム/ベースは70〜80年代寄り、ハーモニーとボーカル処理は2020年代の語法。この二重構造がクセになる。
  • 英語と日本語の距離感——英語詞ベースで書きながら、日本語詞でも母音の置き方が自然。特に『The Neighborhood』は日本語詞での運動能力が確認できる。

入門動線

まずこの1曲: AmPm feat. Michael Kaneko「Best Part of Us」。ソロ作より先に、この客演曲で彼の声の質感を掴むと、その後の作品の入りがスムーズになる。

次にこの1枚: 1stアルバム『Estero』。彼の作家性がフルアルバムというフォーマットに乗ったときの厚みを、まずここで体験する。夜の運転か、家の照明を一段落とした時間におすすめ。

深めるならこの1枚: コラボ盤『The Neighborhood』。ハナレグミ、大橋トリオ、さかいゆう、藤原さくら、さらさとの共作を通じて、彼が「他人の声とどう組むか」まで見える。日本語詞のフェーズを味わうならここ。

最後に——聴く人に残しておきたい問い

Michael Kanekoを何年か聴いてきた人に、ひとつ問いを置いて終わりたい。彼の音楽の「湘南性」と「南カリフォルニア性」、どちらが今の作品に強く出ていると感じますか。この質問への答えは、たぶんファンの間でもきれいに分かれる。『Estero』派と『The Neighborhood』派で答えが違うはずで、そこに正解はない。ただ、この問いを一度自分の中で通してみると、次に彼の新曲が出たときの聴き方が、少しだけ変わる。そう思ってます。

チャートで名前を見かけて、これから初めて再生する人にも、長く聴いてきた人にも、共通して言えるのは——この人はまだ折り返し地点にいる書き手だ、ということ。裏方仕事とソロ作、英語詞と日本語詞、湘南と西海岸。往復のなかで作られる音楽は、次の一枚でまた形を変えるはずで、その変化を追いかけられるのは同時代のリスナーの特権だ。詳細は公式サイトを確認してください。

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