TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(2002年8月18日放送)

TOKIO HOT 100 2002-08-18 放送回ランキング ランキング

本ページには広告(Amazonアソシエイト・楽天アフィリエイト等)を含みます。

2002年8月18日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(2002年8月18日放送回)。

この週の音楽シーン

2002年8月18日の「TOKIO HOT 100」を眺めると、まず目を引くのは首位に立ったRIP SLYME「楽園ベイべ-」だ。前年のヒット曲「楽園ベイベー」を思わせるタイトル表記だが、彼らはこの時期すでに日本語ラップという言葉が特別なジャンル扱いされなくなりつつある状況を作った張本人たちだった。DJ FUMIYAのトラックメイクは、粘っこいグルーヴとポップな展開を両立させ、ILMARI・PES・RYO-Z・SU(当時の表記はさまざまだが)の掛け合いは、韻を踏む快感そのものをエンタテインメントとして提示していた。難解な社会性や硬派なメッセージ性を前面に出すのではなく、言葉遊びと高揚感を軸にしたスタイルは、この年、深夜ラジオだけでなくテレビや街の中にもヒップホップ的な語彙を溶け込ませていく大きな流れの一部だったと言える。

2位にはRED HOT CHILI PEPPERSの「BY THE WAY」。同名アルバムからの一曲で、90年代のファンク色の強いミクスチャーサウンドから一歩進み、ジョン・フルシアンテのメロディアスなギターワークとメロウな歌心を前面に出した作風へと変化していた時期にあたる。ロックバンドが叫ぶことよりも歌うことに軸足を移していく、そんな00年代的な成熟が感じられる一曲だ。3位のUNDERWORLD「TWO MONTHS OFF」は、クラブミュージックがラジオの洋楽チャートに当たり前のように並ぶ時代の空気を伝えている。反復するビートの高揚感は、フェスやクラブカルチャーが日本の若者文化にも根を張っていったことの証でもある。

4位のAVRIL LAVIGNE「COMPLICATED」は、この年最大級のニュースターの登場を告げる一曲だった。スケーターファッションとストレートな歌声で「背伸びしない等身大」を体現し、10代女性シンガーの新しい在り方を提示したことは、その後のポップシーンに長く影響を残した。一方、日本勢では5位のEGO-WRAPPIN’「くちばしにチェリー」が異彩を放つ。中納良恵のジャジーで艶のある歌声と、昭和歌謡やスウィングを消化したバンドサウンドは、渋谷系以降のクラブジャズ的な感性と、より泥臭い大衆音楽への愛着を同時に感じさせるものだった。6位のPUSHIMは沖縄出身のレゲエシンガーとして、ミクスチャー化する邦楽シーンの中でルーツミュージックの説得力を示した存在。7位のSPITZ「ハネモノ」は、ロックバンドとして安定した支持を得ながらも、決して同じ場所に留まらない実験精神を感じさせる楽曲だった。

8位のBEENIE MAN feat. JANET「FEEL IT BOY」は、ダンスホールレゲエがポップフィールドに接近した象徴的なコラボレーション。ジャネット・ジャクソンという大物R&BシンガーがジャマイカのダンスホールDJと組むこと自体、ジャンルの垣根が急速に低くなっていたこの時期の音楽産業の空気を映している。9位のCOLDPLAY「IN MY PLACE」は、まだ「デビュー間もない英国の新星」という立ち位置だった彼らが、静かなアンセムを作れるバンドであることを予感させた一曲だ。そして10位には元ちとせ「ハイヌミカゼ」。奄美の島唄の発声法をそのまま現代的なポップスに持ち込んだ歌声は衝撃的で、この年前後に起きた「うた」そのものの力を見直す動きの中心にいた存在だったと言える。

こうして並べてみると、この週のTOP10はヒップホップ、ロック、クラブミュージック、レゲエ、ポップ、そして日本の伝統的な歌唱法までもが同じ土俵に乗っていたことがわかる。ジャンルの垣根が溶けていく過渡期特有の混沌とした豊かさこそ、2002年という時代の音楽シーンの魅力だったのではないだろうか。

🎧 この曲を聴くなら[PR]

2002年8月18日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

スピーカーで鳴らすなら[PR]

次の週(2002年8月25日) »

あわせて読みたい

コメント

タイトルとURLをコピーしました