湘南方面へ向かう車のなかで流れると、その5分だけ現実の速度が半歩ゆるむ。IBUKIの新曲SLIDE LIKE THIS🛒楽天(feat. idom)は、そういう類いのR&B。2026年7月3日にリリースされたこの曲は、23歳のシンガーソングライターにとって初のフィーチャリング作品で、客演にはドラマ主題歌でも知られるidomを迎えている。TOKIO HOT 100にも初登場した、この夏のドライブ・アンセム候補だ。
この曲の価値を一行で言うなら、こう思う。ヒットの勢いより、車の窓を開けたときの空気の温度を正確に鳴らしている一曲だ。
- この曲の要点
- IBUKIとは何者か。2024年夏スタートの新人が、2年目でR&Bの中心に踏み込む
- 客演idomの存在感。「アングラ」「GLOW」を経た2020年代日本語R&Bの担い手
- プロダクションの中心にいるKota Matsukawaとw.a.uという補助線
- 湘南〜第三京浜という具体名詞のちから
- ボーカリストとしてのIBUKIをどう聴くか
- タイトル「SLIDE LIKE THIS」に込められた運動感覚
- サウンドの読みどころ、2分44秒という短さの設計
- 「懐かしい曲を流すカーステ」というモチーフの二重構造
- キャリアの中での意味、初フィーチャリングという通過儀礼
- チャートでの動きと、数字の外にあるもの
- この曲が残す問い、2020年代半ばの日本語R&Bはどこへ行くのか
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この曲の要点
- IBUKI「SLIDE LIKE THIS (feat. idom)」は2026年7月3日リリースの配信シングル。
- IBUKIにとって初のフィーチャリング作品で、客演はシンガーソングライターのidom。
- プロデュース・編曲はw.a.u主宰のKota Matsukawa。作詞はIBUKI・idom、作曲はIBUKI・idom・Kota Matsukawaの共作。
- 第三京浜、江ノ島、カーステレオといった湘南〜横浜のドライブ情景を土台にした夏の一曲。
- J-WAVE「TOKIO HOT 100」に90位で初登場(本記事は同番組とは無関係の非公式記事)。
IBUKIとは何者か。2024年夏スタートの新人が、2年目でR&Bの中心に踏み込む
IBUKIは現在23歳のシンガーソングライター。SNSでカバー曲をアップしながら地道に注目を集め、2024年夏にファーストシングル「TRUST」で本格的に活動をスタートした、まだキャリア2年目の新人だ。Spincoasterの紹介ではR&Bシンガーソングライターと明確に位置付けられており、その肩書きは今回のシングルの温度感とも合致する。
プロフィール周辺の話でひとつ面白いのは、3歳から18歳までずっとサッカーをやっていた、というエピソード。ケガをきっかけに音楽の道へ進んだ、というのはラジオ側で紹介されていた情報だ。歌う人の身体感覚に「かつてピッチで走っていた時間」がある、というのは、本作の抜けの良いグルーヴを聴いているとちょっと納得する。ボーカルの息の乗せ方が、無駄にためない。
フィーチャリングに慣れていないうちに、いきなり自分と近い温度のシンガー(idom)を隣に置く判断は、新人としては勇気がいる。相手が強すぎるとホスト側が食われる。逆に弱すぎると客演の意味がない。この釣り合いを、IBUKI陣営はかなり冷静に取ってきた印象がある。
客演idomの存在感。「アングラ」「GLOW」を経た2020年代日本語R&Bの担い手
結論から言うと、idomを客演に置いたのはこの曲の設計の中核だと思う。
idomは2020年代の日本語R&Bを語るうえで、外せない一人になりつつあるシンガーソングライター。SpincoasterやUSEN encoreによれば、フジテレビ月9ドラマ「競争の番人」主題歌の「GLOW」、鈴鹿央士主演のドラマ「闇バイト家族」オープニングテーマ「アングラ」、そしてTikTokで話題になった恋愛ソング「B.M.S.」など、映像仕事とストリーミングの両面で結果を出してきた実績がある。「B.M.S.」は「FLASH THE FIRST TAKE」でも披露された。
ここで少し立ち止まりたい。IBUKIとidomは、どちらもシンガーソングライターであって、ラッパー×シンガーのような対比構造ではない。声質もどちらもハイトーン寄り。普通、こういう組み合わせは埋没しがちだ。だが本曲は、その”埋没するリスク”を逆手にとっている。二人の声が交互ではなく、時に重なる。ドライブ中の助手席と運転席の会話みたいに、話者が入れ替わっていく。
「相方を立てる」よりも「同じ景色を見ている二人にする」。この設計は、客演の使い方として2020年代っぽい。
プロダクションの中心にいるKota Matsukawaとw.a.uという補助線
本作のサウンドを解像度高く聴くための補助線が、プロデューサーのKota Matsukawaだ。Spincoasterによれば本曲のプロデュースはKota Matsukawa(w.a.u)が担当。作曲クレジットにもIBUKI・idomと並んで名を連ねている。
w.a.uは日本のR&B/オルタナティブ・ソウル周辺で近年もっとも動きの活発なクリエイティブ・レーベル/コレクティブのひとつ。DIGLE MAGAZINEでのインタビューによれば、Kota Matsukawaはw.a.uのファウンダーであり、Ryuju Tanoue、Kazuho Otsuka、Reo Anzaiといったプロデューサー陣とチームで動いている。
関連する仕事の量が、シーンにおける現在地を物語る。Real Soundで語られているWez Atlasとの制作、TuneCore Japanで語られているreinaの1st EP『A Million More』、Spincoasterでの対談で明らかになったVivaOlaの2025年シングル群「BOLD (feat. reina)」「GIVE MINE」「PRESENCE」、それにSpincoaster報のMALIYA「Private」。このあたりが全部同じプロデューサーの手で動いていると知ると、IBUKIの新曲が”どの棚に置かれる音”なのかが自然に見えてくる。
つまりこの曲は、IBUKIとidomという二人のシンガーの合流地点であると同時に、w.a.u周辺のプロダクション美学と地続きの一曲だ。ミニマムに引き算された空間処理、湿度低めのビート、声が主役として真ん中に立てるアレンジ。2020年代半ばの日本語R&Bで、いま最も”信用のおける”サウンドの型のひとつ、と自分は思っている。
湘南〜第三京浜という具体名詞のちから
この曲を”ただの夏のR&B”と呼ぶのが惜しいのは、モチーフの具体性のせいだ。radikoのポッドキャスト紹介によれば、本曲の歌詞には第三京浜、江ノ島、懐かしい曲を流すカーステレオといったモチーフが登場する、夏のドライブソングだ。
ここが個人的にいちばん気に入っている部分。歌詞そのものは引用しないが、地名の選び方が上手い。第三京浜という選択は、湾岸線でも東名でもない。都心から横浜、そして湘南に向かって”少しずつ現実から離れていく道”だ。江ノ島はその折り返し地点として日本語ポップスに何度も登場してきた場所で、サザンオールスターズ以降の系譜のうえに、静かに乗っかっている。
そう。抽象的な”夏”ではなく、134号線の右に海が見える、あの具体の”夏”。この解像度が、聴き手のなかに固有の記憶を呼び起こす仕掛けになっている。
ボーカリストとしてのIBUKIをどう聴くか
この曲の話をしていて、まだ触れていない一番大事なことがある。IBUKI本人の声だ。
2020年代の日本語R&B男性シンガーは、ハイトーンで柔らかい声、というのが一つのスタンダードになっている。IBUKIもこの系譜の内側にいる。ただ、聴き比べたときに面白いのは、声の”重心の位置”が微妙に違うことだ。多くの後続シンガーは声を上へ上へと逃がすが、IBUKIは高い音域を出しつつも、重心は喉より少し下に置いている印象。だからハイトーンなのに軽くならない。この一点が、車の中で聴いたときに”抜けるけど残る”感覚を作っている。
加えて、フェイクの入れ方が控えめ。R&B男性シンガーはメリスマやフェイクで技術を見せがちだが、本曲のIBUKIはむしろ抑制側に振っている。これは新人の判断としてはかなり成熟している。派手に見せる技を持っている人ほど、それを我慢するのは難しい。歌詞のモチーフ(ゆるくドライブする夏の情景)と、ボーカルの温度が正確に噛み合っている。
逆にidom側は、要所で声を少し歪ませる瞬間がある。この対比が本作の面白いところで、IBUKIが”きれいに滑らせる”側、idomが”少しだけ引っかかりを作る”側。役割分担が明確で、二人が同じ曲のなかで違う仕事をしている。
タイトル「SLIDE LIKE THIS」に込められた運動感覚
この曲名を最初に見たとき、”SLIDE”という単語の選択が引っかかった。滑る、ずれる、横に流れる。日本語の夏曲だと”抜ける””駆ける””泳ぐ”あたりが定番だが、”SLIDE”を持ってきた曲はあまり記憶にない。
これはたぶん、意識的な選択だと思う。ドライブは前へ進む運動だが、湘南方面の海沿いのドライブに関して言えば、感覚としては”横に流れていく”側に近い。134号線を西に走っているとき、右側の海と左側の陸が同じ速度で後ろに流れていく。その感覚を、「進む」ではなく「滑る」で捉えている。ここが良い。
音楽的にも、この”SLIDE”は機能している。ビートが縦にはねずに、横に滑っている。バックビートの重心を後ろに置いたグルーヴで、聴き手の身体が上下ではなく左右に揺れる作りになっている。タイトル・歌詞・サウンド・映像的なイメージが同じ運動感覚で貫かれている。細かいところだが、こういう一貫性を持てる曲は多くない。
サウンドの読みどころ、2分44秒という短さの設計
Apple Musicの表記によれば本曲の尺は2分44秒。2020年代のストリーミング時代の”短さ”だが、この曲の短さは省略ではなく、ちゃんと”抜けの良さ”として機能している。
音楽ライターとして具体的な聴きどころを挙げると、まずイントロの音の少なさ。上物のシンセが空気を薄く張るだけで、リズムセクションが遅れて入ってくる。この”間”の作り方が、いかにもw.a.u的だ。ボーカルが入る前の数秒で、聴き手を車内に連れ込むことに成功している。
Aメロからサビへの持っていき方も、盛り上げるというよりは”滑らせる”感覚に近い。タイトルの「SLIDE」は、そのまま曲の運動を言っている。ドラムはキックとリムショット中心で、シンバル類が抑制されている印象。ここが夏曲としては珍しくて、通常こういう題材だとハイハットで湿度を上げに来る。この曲は逆。カラッと乾いた側に振ってある。
聴きどころ3点
- IBUKIとidomの声の”重ね方”:交互に歌う客演の定石を外して、同じ景色を共有する二人称のように配置されている。ハモリと合いの手の境目が曖昧なパートがある。
- 2分44秒という短尺の情報密度:サビ→ブリッジ→アウトロの畳み方が早く、”もう一回聴きたい”を意図的に作っている。ドライブでの反復再生を想定した設計だと思う。
- Kota Matsukawa編曲の”引き算”:夏R&Bにありがちな装飾を意図的に削り、声とベースラインで曲を支えている。ヘッドフォンより車のスピーカーで抜けが良い音作り。
「懐かしい曲を流すカーステ」というモチーフの二重構造
もう一つ書いておきたいのは、”カーステで懐かしい曲を流す”というモチーフを、新人が新曲で選んだことの意味だ。
これは面白い自己言及になっている。新曲であるはずのこの曲自体が、聴かれる場面としては誰かの車のなかで、たぶんBluetoothで、他の何十曲かに混じって流れる。そして数年経ったとき、「懐かしい曲を流すカーステ」の”懐かしい曲”の側になっていく可能性が、ちゃんと想定されている。
2020年代のヒット曲のなかで、”自分の曲がいつか思い出になる”ことを前提に書かれた曲は、意外と少ない。多くの曲は”いま消費される”ことを前提に設計されているから。この曲の含み球は、そこにある気がする。派手なフックで一気に刈り取るのではなく、少しずつ誰かの夏に混ざっていくやり方。
キャリアの中での意味、初フィーチャリングという通過儀礼
結論から言うと、この曲はIBUKIにとって”外の人と組んで作品が成立する”ことを証明するための一枚だ。
ソロで走り出した新人が、キャリア2年目でフィーチャリング作品を出す。これは日本のR&B/シンガーソングライター界隈では、割とはっきりした通過儀礼になっている。自分の曲を自分で歌うだけならセンスと運で成立する。しかし他人と組む作品は、キュレーション能力と交渉力の話になる。誰と組むか、どのプロデューサーに預けるか、どの位置に自分を置くか。ここで新人としての判断が問われる。
その意味で、idomを選び、Kota Matsukawaに預けた本作は、IBUKI陣営の”次の一手”がかなり明確であることを示している。J-POPの大衆的な広がりよりも、日本語R&Bの中核で信用を積む道。ここでの結果が、次のシングル、そしていつか出るであろう初のアルバムでの動員に効いてくる。
チャートでの動きと、数字の外にあるもの
本曲はJ-WAVE「TOKIO HOT 100」に90位で初登場した。新人の初フィーチャリング作品としては、いきなり全国区のFMチャートに顔を出したことになる。(本記事は同番組・同局とは無関係の非公式記事です。)
数字だけを見れば90位は決して派手ではない。ただ、こういう曲でチャートを判断するのは、たぶん筋が悪い。この曲が本当に強いのは、”再生される時間帯”のほうだ。夏の夕方、車のスピーカーで、あるいはワイヤレスイヤホンで海沿いを歩きながら。順位というスナップショットに写らない、日常のなかでの反復再生が積み上がっていくタイプの曲。
個人的にはこの手のR&Bは、リリース直後よりもむしろ翌年の夏に順位が上がったりする現象をよく見てきた。夏に強い曲は、季節が来るたびにストリーミングで掘り起こされる。IBUKIとidomの名前が2027年、2028年の夏にどこで再浮上するかを、静かに追いかけたい。
入門動線
「SLIDE LIKE THIS」から広げるなら、まず客演のidom名義のB.M.S.🛒楽天。TikTok経由で恋愛ソングとして広まり、FLASH THE FIRST TAKEでの一発撮り映像もあるので、idomの声の芯を確かめるには最適だ。もう一歩深く入るなら、Kota Matsukawa(w.a.u)繋がりで、VivaOla「PRESENCE」あたりへ。同じプロデューサーが引き算のR&Bをどう組み立てるかが、別のシンガーの上でも聴ける。IBUKIのソロ側は、まず2024年のファーストシングルTRUST🛒楽天に戻るのが素直な順路だと思う。
この曲が残す問い、2020年代半ばの日本語R&Bはどこへ行くのか
最後に、少し余白の話をしたい。
この5年、日本語R&Bはヒップホップ側から接近する動きと、シティポップ側から接近する動きの、二つの潮流が並走してきた。ラッパーの客演で強度を上げるやり方と、シンガーソングライター同士で情景を共有するやり方。IBUKI「SLIDE LIKE THIS (feat. idom)」は、明らかに後者の路線だ。
この選択が正解かどうかは、まだわからない。ヒップホップ寄りの客演のほうが数字上のヒットは出やすい、というのがここ数年の傾向だから。それでも、シンガーソングライター同士がドライブの助手席で目線を揃えるような曲を、24歳目前の新人がキャリア2年目で選んだ。この判断そのものに、自分は少し賭けたくなっている。
あなたにとってこの曲は、夏の一枚か、それとももう少し長い付き合いになる一枚か。答えは、来年の夏、134号線を走っているときにわかるはず。
まずこの作品から聴く
- TRUST / IBUKI — 2024年夏の1stシングル
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