静かに滑り込んできた一曲
チャートの上位を見ていると、派手なEDMやトラップの重低音に混じって、妙に呼吸の深い曲がぽつんと座っていることがある。今回取り上げるWIMとJesse BarreraのRIGHT ON🛒楽天は、まさにそのタイプ。轟音で押してくるわけでもなく、フックで殴りにくるわけでもない。むしろ音数を絞り、余白を作り、聴き手の耳が近づいてくるのを待っているような曲だ。
2020年代のR&Bは、SZAやDaniel Caesar以降、内省と会話体の歌唱が主流になった。声を張り上げるより、囁くように語る方が「本音」に聞こえる時代。WIMとJesse Barreraのこの曲も、そのラインに素直に乗っている。ただし、単なる模倣ではなく、西海岸のフィリピン系コミュニティやアジア系シンガーソングライターの文脈を背負った上での「モダンR&B」であるところが面白い。
正直、初回はさらっと流れていった。二回目、三回目でようやくコード進行の細かさと、ハーモニーの重ね方の丁寧さが見えてくる。派手さで勝負しない曲は、こういう遅効性の魅力を持っている。
WIMとJesse Barrera、それぞれの立ち位置
Jesse Barreraは、ロサンゼルスを拠点に活動するシンガーソングライター/プロデューサーで、YouTube時代からアジア系R&Bの重要人物として知られてきた。AJ Rafael、Gabe Bondoc、Melissa Polinarらと並び、2010年代前半のオンラインR&B/ソウルシーンを支えた一人だ。カバー動画とオリジナル曲を並行して発表し、地道にファンダムを築いてきたタイプで、大手レーベルのプッシュに頼らないインディペンデントな流通経路を長く運営している。
WIMについては、公に流通している情報が限られている。詳細なプロフィールは公式情報を参照するのが確実だが、Jesse Barreraと肩を並べて表題を分け合う形でクレジットされている以上、単なる新人フィーチャリングではなく、共作者としての存在感を持ったアーティストだと考えていい。二人並びのタイトル表記は、業界的には「デュエット」または「対等コラボ」を意味することが多い。
Jesse Barreraの過去作を追っていくと、彼のスタイルはネオソウルとアコースティックR&Bの中間にある。Musiq Soulchild世代の柔らかさと、John Mayer的なコード感覚を持ちつつ、それをホームスタジオ規模の親密さで鳴らす。この地に足のついた作風は、派手なメジャー志向のR&Bとは違う場所に軸足がある。『RIGHT ON』もその延長線上で聴ける。
プロダクションの緻密さ——静けさの中で起きていること
この曲の要は、音数の少なさに対して、音一つ一つの選び方が異常に丁寧なところにある。モダンR&Bのプロダクションは、80年代のQuiet Stormや90年代のNeo Soulのように分厚いレイヤーを積むのではなく、間引くことでムードを作る方向に進化してきた。空白がそのままグルーヴになる感覚、と言ってもいい。
ドラムは打ち込みだが、ヒップホップ的なブーンバップとは違い、キックとスネアがやや後ろにもたれるレイドバックしたポケットで鳴っている。J DillaやAnderson .Paak以降の「よれたグルーヴ」を、より穏やかに翻訳したような感触だ。ハイハットは細かく刻まれるが、トラップのように前面には出てこない。あくまで背景に溶かしてある。
コード進行はメジャー7thやマイナー9thといったジャズ由来のテンションが軸で、ここがBarreraらしさの中心。単純なポップスの三和音では出せない、あの「ほろ苦さ混じりの甘さ」が全体のトーンを決めている。ギターかエレピか判別しにくいくらい溶け合ったパッド系の音色が、コードの隙間を埋めている。
ボーカルは二人のハーモニーが要所で重なる。片方がメロディを歌い、もう片方が三度下または五度下でハモる、というR&Bの定型を守りながら、要所でユニゾンに落として親密感を強調する。この使い分けが上手い曲は、だいたい制作者が長く一緒に音を鳴らしてきた組み合わせだ。
モダンR&Bの潮流の中でどう位置づけるか
2020年代のR&Bを俯瞰すると、大きく三つの流れがある。一つはSZA、Summer Walker、Jhené Aiko系の「メランコリック・オルタナR&B」。もう一つはDaniel Caesar、Giveon、Lucky Dayeらの「ネオ・クラシック路線」。そして三つ目が、bedroom pop以降の宅録感覚を持った「インディーR&B」だ。
『RIGHT ON』は明確に三つ目、インディーR&Bの領域にある。ただし、bedroom popの中でもSteve LacyやOmar Apolloが持つ「ちょっとローファイでチャーミング」な質感とは違い、もっと丁寧に録音されたスタジオ的な整合感を持っている。Jesse Barreraがこれまで築いてきた、いわゆる「Wong Fu Productions周辺」——アジア系アメリカ人クリエイターの映像・音楽のエコシステム——的な洗練が背景にある。
この文脈は日本のリスナーには意外と伝わりにくいかもしれない。80年代以降、アメリカのメインストリーム音楽業界でアジア系アーティストは長く不可視化されてきた。それがYouTube以降のインディー流通で徐々に地盤を作り、H.E.R.、Joji、beabadoobee、NIKI、keshi、Rich Brianらの登場でようやくメインストリームに接続された。Jesse Barreraはその「YouTube時代」の生き残りであり、静かに世代をつないできた人物だ。
キャリアの中での『RIGHT ON』の意味
Barreraのカタログを聴き通すと、この曲は彼のスタイルの「成熟した中期作」に位置する。若い頃のカバー動画時代の、少し無邪気なR&Bとは違う。声の抜き差し、コードの選び方、余白の作り方、全てにキャリアの厚みがある。共作者としてWIMを立てているのも、若い世代へのバトンパスを含んだ選択に見える。
アジア系アメリカ人のR&Bシーンは、AJ Rafaelが道を切り開き、Jesse Barreraがそれを維持し、その先にkeshiやeaJ(Jae Park)がメジャー規模で花開いた、というような世代交代を経ている。『RIGHT ON』でWIMが並列表記されていることは、この流れがまだ現在進行形であることを示す小さなサインだ。
チャートでの動きと文脈
具体的なチャート順位や売上の数値は、確度の高い一次情報が手元にないので言及を控える。ただ、この手の「静かなR&B」がラジオのオンエア・チャートに顔を出すこと自体が、市場の空気の変化を映している。夜間ドライブ向けのプレイリスト、Chill R&B系のプレイリスト、あるいはアジア系ディアスポラを意識したキュレーションで拾われるタイプの曲で、ストリーミング時代の長い尻尾を持つ。
爆発的に一位を獲りに行くタイプではなく、じわじわとリピート再生を積み上げるタイプ。TikTokの一発フックで火が付く曲とは対照的だが、こういう曲がチャート下位から中位に生き残り続ける現象は、ここ数年のR&Bシーンではむしろ普通になっている。数字だけで音楽を測れない時代に、ちゃんと合った戦い方をしている一曲だと思う。
聴きどころを整理する
聴きどころ3点
- 音数を絞ったプロダクション。空白がそのままグルーヴになっている、モダンR&Bの現在形の質感
- 二人のボーカルの重ね方。ハモりとユニゾンの使い分けで、親密さと立体感を両立させている
- ジャズ由来のテンションコード。単純なポップスでは出せない、ほろ苦い甘さがトーンを支配する
この三点を意識して聴くと、初回で流れてしまった細部が急に立ち上がってくる。ヘッドフォンでの試聴を勧めたい。スピーカーだと空間の設計が半分くらいしか伝わらない曲だ。
この曲の「体温」について
個人的な話をすると、こういう曲を「作業用BGM」にできないタイプの人間なので、聴くときは他の作業を止めることにしている。声のニュアンス、コードのわずかな傾き、リズムの後ろへのもたれ方——そういう細かい所作を追いかけるのが楽しい曲だから、ながら聴きだと勿体ない。
逆に、深夜、部屋の照明を落とし、他の音を切って、この一曲だけをかけると、途端に景色が変わる。良いR&Bというのはだいたいそういうもので、大音量で騒ぐパーティー音楽の対極にある「一対一の音楽」だ。誰かに聴かせるためではなく、自分のために鳴っている感覚。
Jesse Barreraが長年守ってきたのは、まさにこの「一対一の距離感」だと思う。バズや派手なコラボで規模を大きくするより、聴く人一人の耳に直接届く音を作る。地味に見えて、実はとても難しい仕事だ。
次に聴くならこの一枚・この一曲
まずこの作品から聴く
- Jesse Barrera – Loved By You — Barreraのメロディ感の入門
▶ Amazon / 楽天 で探す - AJ Rafael – Red Roses — 同シーン第一世代の代表曲
▶ Amazon / 楽天 で探す - eaJ – Pity Party — 宅録R&Bの現行世代
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入門動線
『RIGHT ON』を気に入ったなら、まずJesse Barreraの過去シングル群をプレイリストで通して聴くのがいい。彼のディスコグラフィは、コラボ相手ごとに微妙にトーンを変えているので、共作者としての引き出しの多さがわかる。そこから広げるなら、同じアジア系R&Bの文脈でMelissa Polinar、Gabe Bondoc、AJ Rafaelあたりに遡ってみる価値がある。2010年代前半のYouTubeシーンから続く系譜がはっきり見えてくるはずだ。
もう少し現代的な音を求めるなら、eaJ(DAY6のJae Parkのソロ名義)や、keshi、Zack Villereあたりが同じ空気を吸っている。特にeaJの宅録感覚とkeshiの内省的なR&Bは、『RIGHT ON』のリスナーに素直に届く。
ラジオでこの曲を初めて耳にした人は、たぶん一度目では通り過ぎてしまう。もう一度、今度は少し音量を上げて、他の音を止めて聴いてみてほしい。二度目で全然違う顔が見えてくる曲だから。派手ではないけれど、こういう曲がチャートに残っている状況を、個人的にはけっこう嬉しく感じている。


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