星野源『桜の森』を今の耳で 復帰作に潜んだイエローの萌芽

満開の桜の森を思わせる淡い光と抽象的な音の粒のイメージ 楽曲

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『桜の森』を最近また聴いた。2014年6月11日のシングル、両A面の相方は「Crazy Crazy」。当時は「復帰の一曲」として受け止めた記憶が強い。でも今の耳で改めて針を落とすと、この曲は復帰の証というより、その先で起きたことの助走に聞こえてくる。『桜の森』は復帰の証じゃなく、この人が『踊れる日本語』へ舵を切った最初の一歩だ。

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この曲の要点

  • 星野源の7thシングルCrazy Crazy/桜の森🛒楽天の表題曲として2014年6月11日にSPEEDSTAR RECORDSからリリース
  • くも膜下出血による活動休止からの復帰後に制作された初のダブル表題シングル
  • 作詞・作曲は星野源、編曲は岡村美央と星野源の共作
  • 2015年12月発表の4thアルバムYELLOW DANCER🛒楽天に収録され、同作は本人初のオリコン週間1位を記録
  • J-WAVEの春のキャンペーンソングに起用された

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復帰作の隣で、静かに舵を切っていた曲

先に結論を書く。『桜の森』は復帰そのものを歌った曲ではない。歌っているのは、生きて春が来ることの当たり前の官能だ。ここが今聴くと効く。

2014年、星野源はくも膜下出血からの復帰直後だった。同じシングルの表題曲「Crazy Crazy」は療養中に書かれたバラードを明るく作り変えた曲で、クレイジーキャッツへの敬意を織り込んだアッパーなダンスナンバー。物語としてはこちらが「復活の宣言」だ。派手で、痛快で、わかりやすい。

じゃあ『桜の森』は何だったか。ダブル表題の”もう一方”として、少し静かに、少し遠くを見ていた。ストリングスとフェンダー・ローズが最初に立ち上がって、二巡目でドラムが駆け込んでくる。あのイントロの設計は、今の耳だと明確にソウルのグルーヴを準備している。復帰の高揚を叫ぶのではなく、その先の日常を鳴らそうとしていた。そう思う。

だから当時「Crazy Crazyの隣にあった春の曲」として穏やかに受け止めた人ほど、今ここに戻ってきてほしい。10年経って地図が書き変わった今、この曲は復帰譚のB面じゃなく、次の章の1ページ目に見えてくる。

2014年6月11日、両A面で出た経緯

基本情報を先に置いておく。7枚目のシングルで初の両A面。作詞・作曲は星野源、編曲は岡村美央との共作。J-WAVE(81.3FM)の春のキャンペーンソングにも起用された。前作「地獄でなぜ悪い」から8か月ぶりのリリースだった。

シングルには「Night Troop」と「海を掬う(House ver.)」が併録されている。House ver. という表記が今読むとサインになっていて、この時点で本人はもう、いわゆる「シンガーソングライター系J-POP」の外側に片足を置き始めていた。フロアの音への意識。ハウス、ソウル、ファンクの角度。それが表題2曲の裏側にきちんと置いてある。

そして翌2015年12月、4thアルバムYELLOW DANCER🛒楽天が出て、「SUN」「時よ」「Snow Men」といった曲と一緒に『桜の森』が並ぶことになる。ここでの並び方が大事で、単なる過去シングルの再録ではなく、アルバムの世界観の一部としてぴたりとハマった。YELLOW DANCERは本人初のオリコン週間1位。国民的エンターテイナーへの入口となった作品だ。

つまり時系列で見ると、桜の森 → SUN → YELLOW DANCER の順で「イエローミュージック」という自称が輪郭を得ていった。桜の森はその最初のスケッチだった、と後から言える。

サウンド:ソウルの骨格に、日本語の童謡感を乗せる

『桜の森』の音楽的な芯は、ストリングス/フェンダー・ローズ/ドラム/ベースというかなりシンプルな構成だ。過剰な足し算をしていない。この引き算が今聴くと粋だ。

ソウルテイストのミッドテンポで、ローズの和音の置き方が印象的に響く。ドラムはBメロに向けて表情を変えていく作りで、コード進行の動きより、リズムの体重移動で聴かせる曲だと思う。この「グルーヴで景色を変える」感覚は、この後の「SUN」「Week End」「Friend Ship」に確実に引き継がれている。桜の森はその予告編だった。

おもしろいのは、これだけソウル/ファンクの骨格を持ちながら、メロディと言葉の乗せ方が童謡っぽく響くところだ。作詞者本人が官能を意識したと語っている一方で、聴感は不思議と幼い明るさを保っている。この「あっけらかんとした官能」の距離感は、後の「恋」や「Family Song」で世間に広く伝わる星野源のトーンの、ひとつの原型に聴こえる。

音楽的な観察をもうひとつ。ローズの倍音に、当時のJ-POPにはあまりない量の『間』が置かれている。ボーカルの休符も長い。この余白の取り方が、今の目で見るとすごく現代的だ。近年の日本のポップスは声と音を詰め込む方向に寄っているぶん、桜の森の余白は逆に新しく響く。10年前の曲が古びていないのは、たぶんここに理由がある。

聴きどころ3点

  • イントロのローズとストリングスの立ち上がり方。二巡目でドラムが入る瞬間の温度の変化に注目したい
  • ボーカルのフレージング。ソウルの節回しを日本語の童謡的なメロディに落とし込む距離感が、この人の署名になっている
  • アレンジの引き算。使っている楽器は本当に少ない。少ないのに満開に聴こえる理由を、耳で追いかけてみてほしい

今の耳で聴くと:桜の曲じゃなく「春のあいだ」の曲

ここは私見も混じる。桜ソングというジャンルの中で、『桜の森』は少し変わった位置にいる。開花の一瞬を切り取るのでも、散り際を惜しむのでもない。満開のあいだの、時間がゆっくり流れている感じ。何気ない場面。虫の羽音や光の粒まで含めた景色。

だからこの曲は、たぶん「花見の日の1曲」じゃなく、「桜が咲いている2〜3週間のあいだ、朝の支度中や、帰り道の車内で、ふと流れてくる曲」として設計されている気がする。特別な瞬間じゃなくて、春の日常の背景。派手なサビでガツンと来ないぶん、生活のBGMとしてじわじわ効く。実際、春先にプレイリストへ差した何度目かの春に、いつも「ああ、今年もこの曲か」と気づくタイプの曲だと思う。

ファンの人にはたぶん共感してもらえるはずだ。桜の森は、聴くたびに強く鳴る曲じゃない。年をまたぐたびに、少しずつ違う場所が沁みてくる曲だ。それが10年生き延びている理由なんじゃないか。

ライブでの生き延び方:セットリストの中の桜の森

もうひとつ、10年経って見えてくることを書いておく。桜の森はライブでの生存力が高い曲だ。2021年6月発表のシングル『不思議/創造』の”宴会”盤に、桜の森のライブ映像が収められた。リリースから7年後に、フィジカルの映像特典として現行の記録が残されている。これは地味だけど大きな事実だ。

ライブでの桜の森は、音源の透明感とは少し違う顔をする。バンドの生々しいグルーヴが前に出て、ローズの和音がフロアの空気を柔らかく満たす。会場の照明が薄いピンクに染まるあの数分間は、この曲が音源で狙った『春の日常のBGM』とは別の角度で、聴く人の記憶に強く残る。

ライブで映える曲とサブスクで映える曲は、実は別物だ。この人の曲の中でも、桜の森は両方の顔を持てる数少ない一曲だと思う。派手なサビがないぶん、会場の空気次第でどこまでも表情が変わる。ここが玄人受けする理由でもある。

SUNとの関係、恋との距離

桜の森を今の位置から読むうえで、避けて通れないのが『SUN』(2015年)との関係だ。桜の森でソウルの骨格を静かに試した1年後、SUNでその骨格に完全なファンクの筋肉が付いた。BPM、ホーンの入り方、ベースラインの跳ね方。すべてが桜の森より2段階派手になっている。

じゃあ桜の森はSUNの下書きだったのかというと、そうじゃない。SUNは”日中のダンスフロア”の曲で、桜の森は”日中の公園”の曲だ。同じソウルの語彙で書かれていても、狙っている生活の場面が違う。この人はキャリアを通じて、同じ音楽的語彙で複数のシーンを書き分けてきた。桜の森はそのシーン別バリエーションの、いちばん静かな側にある。

そしてこの延長線上に『恋』(2016年)が来る。恋はより機能的でキャッチーだが、桜の森の『あっけらかんとした官能』のトーンは確実に受け継がれている。だから桜の森を通っておくと、恋のあの独特の温度がなぜ生まれたのかがわかる。ここが後追いの最大の収穫だと思う。

キャリアの中での意味:復帰後の「舵の角度」を決めた1曲

今から振り返ると、星野源のキャリアには「ここで舵を切ったな」という曲がいくつかある。ソロ2作目『Stranger』は弾き語りの延長線上にあった。そこから『YELLOW DANCER』で明確にブラックミュージックへ舵を切る。この切り替わりの真ん中に、桜の森はいる。

本人はYELLOW DANCERのリリース時に「ブラックミュージックと自身の音楽性の融合」を追究したと語っている。この宣言に一番わかりやすく合致するのは「SUN」だ。でも『桜の森』は、そこにたどり着く前に「日本語の歌にどうグルーヴを馴染ませるか」を静かに実験した曲でもある。SUNのような派手さはない。派手さがない分、実験としては純度が高い。

ここが後追いで見えてくる補助線だ。当時は「Crazy Crazyの隣にある、優しい方の曲」に見えていた桜の森は、実はSUNより早く着地していた『日本語×ソウル』の実験だった。この順番で聴き直すと、『恋』(2016年)や『Family Song』(2017年)まで含めて、星野源のいわゆる”ど真ん中”の音像がどこから来たのかがつながる。

だから復帰譚だけでこの曲を語ると、たぶん半分しか見えない。復帰の裏側で、この人は次の10年分の音の設計図をこっそり書いていた。桜の森はその設計図の1枚目のスケッチだ。そう読むと、なぜこの曲が今も現行のセットリストで生き延びているのかも腑に落ちる。2021年のシングル「不思議/創造」に付いた”宴会”盤でもライブ映像が公開されたのは、単なる過去曲としてではなく、今も現行のレパートリーだからだ。

チャートと届き方:数字より、10年生き残ったことの意味

桜の森が話題を集めた背景には、J-WAVEの春のキャンペーンソング起用や、両A面「Crazy Crazy」の勢いがあった。数字の詳細は公式情報に譲るとして、この曲について今言えることをひとつだけ書く。

数字は当時の一枚のスナップショットに過ぎない。もっと重要なのは、桜が咲くたびに配信プレイリストの上位に戻ってくる、あの粘り強さのほうだ。桜ソングは季節商品になりがちで、翌春には忘れられるものも多い。桜の森はそうならなかった。10年経って、リリース当時の熱量とは違う場所で、静かに生き延びている。

チャートの瞬間最大風速だけを追うと、この曲の本当の勝ちは見えない。長く聴かれ続ける曲の条件は、たぶん派手さじゃなくて余白の設計にある。桜の森はそちら側の勝ち方をした曲だ、と思う。

解釈が分かれる論点:あっけらかんとした官能をどう聴くか

この曲の受け取り方でいちばん分かれるのは、たぶん歌詞世界の温度感だ。童謡のような素朴なトーンなのに、本人が官能を意識したと語っている。この二重性をどう聴くか。

ある人は素直な春の讃歌として聴き、ある人は少し湿った気配を感じ取る。どちらの読みも成立する曲だと思うし、そこが桜の森の懐の広さでもある。私は最近、「生きているうちに春が来ることそのものが官能なんだ」というくらいのスケールで書かれた曲として聴くのが一番しっくり来ている。ただ、これはひとつの読みでしかない。ファンの人がそれぞれ持っている桜の森の読みも、たぶん全部正解だ。

10年前に良い曲だと思って何度も聴いた人ほど、今年の春もう一度だけ通して聴いてみてほしい。当時見えていた景色から、少しだけ位置がズレて聴こえるはずだ。そのズレの分だけ、この曲は生きている。

編曲者・岡村美央という補助線

もうひとつ、後追いだから見えてくる補助線を置いておく。編曲の共同名義に岡村美央の名前があることだ。岡村美央はストリングス・アレンジャーとして知られる書き手で、桜の森のあのイントロの色彩感、二巡目でドラムが入るまでの張り詰めた透明度は、彼女のペン先が大きく効いている。ここは音源で耳を澄ませてほしいポイント。

ソウルの骨格に、日本的な情緒を持つストリングスが乗る。この配合は当時のJ-POPの中でもかなり独特だった。海外のネオソウルは基本的にホーンとローズの世界で、ストリングスが前に出ることは少ない。桜の森は、そのあいだに『日本の春』というローカリティを差し込むために弦の役割を意図的に大きくしている。イントロで一気に景色が立ち上がるのは、この設計が効いているからだ。

星野源の音楽は、彼一人の才能で成立していると語られがちだけれど、実際は各時期に手を組んだアレンジャーやミュージシャンの色が確実に効いている。桜の森を編曲クレジットから読み直すと、この人が『誰と何をやったか』の地図もまた10年分積み上がってきたことがわかる。

『地獄でなぜ悪い』からの距離

前作シングル『地獄でなぜ悪い』から桜の森までは8か月あいた。この期間の意味も、今なら少し違って見える。地獄でなぜ悪いは活動休止中に発売され、映画主題歌としてヒットした。休養中に世に出た曲、というかなり特殊な立ち位置の曲だ。

そこから復帰して初のシングルが『Crazy Crazy/桜の森』だった。地獄でなぜ悪いのフォーキーで泥臭いバンドサウンドから、桜の森のソウル寄りのミッドテンポへ。並べて聴くと、この8か月で明らかに音の重心がずれている。ギター中心から鍵盤・弦中心へ。生々しさからスムーズさへ。

これは体調の問題も大きかったはずだ。療養明けの体で歌えるレンジ、叩ける強度は限られる。その制約が結果的に、この人の音楽の重心をブラックミュージック側へ寄せる後押しになった。制約が方向転換を生んだ、というのは音楽史でよくある話だけど、桜の森もその一例に入る気がする。

もうひとつ書き足しておきたいのは、この曲が『歌の主語』を曖昧に置いているところだ。誰が誰にどう向けて歌っているのか、明示的には決めていない。桜の森という景色の中に、ゆっくり視点が漂っている。この設計が、聴き手それぞれの生活に曲が入り込む余地を作っている。10年間で違う場所が沁みてくるのは、たぶんこの余白のおかげだ。

この曲を初めて好きになった当時の自分に、いまの自分がひと言だけ伝えられるなら、『この曲は10年後もっと好きになるよ』と言うと思う。桜の森はそういう時間の効き方をする曲だ。

入門動線

桜の森を気に入ったら、次は同じシングルの相方「Crazy Crazy」に進んでほしい。表題2曲を並べて聴くと、復帰後の星野源が”明るさ”に2種類の角度を用意していたことがはっきり見える。そこから4thアルバムYELLOW DANCER🛒楽天へ。アルバムの流れの中で桜の森が9曲目に置かれている意味を、耳で確かめてみてほしい。SUNとの距離、Snow Menとの距離が、地図として見えてくる。

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  • SUN — 桜の森の先で花開いた代表曲
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  • Stranger — 舵を切る前の前作で対比になる
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