山本彩のyonder🛒楽天を、2021年のリリース時ではなく2020年代半ばの地点から振り返ると、この曲の景色は少しずつ違って見えてくる。当時は「誕生日リリースの爽やかなCMソング」として受け取られていた1曲が、あとから並べたときにどれだけ効いてくるのか。yonderは山本彩の”ソロ以降”を静かに定義した曲で、派手なフックの外側で作家性の輪郭を描いた記名曲だ。その意味を、今の視点から解きほぐしていく。
初めて聴いたのは配信開始日の夜、YouTubeでリリックビデオがプレミア公開されたタイミングだった。当時の印象は「思ったより静かな曲だな」だった。CMソングだからもっと分かりやすいフックが立っている曲を想像していて、少し肩透かしを食らった記憶がある。それが数年経って、アルバム『&』の並びで聴き直したときに、印象がまったく違って聞こえた。この落差の正体を、この記事では丁寧にほどいていきたい。
この曲の要点
- 2021年7月14日に配信リリースされたデジタルシングル。山本彩自身の誕生日にドロップされた。
- 作曲は山本彩、作詞は山本彩とMori Zentaroの共作、編曲はMori Zentaro。
- 山形日産グループの創業60周年CMソングとして書き下ろされ、CMは映画『君の名は。』の制作チームが監督・プロデュースを担当。
- のちに2023年5月17日発売の4thオリジナルアルバム&に収録され、単発曲からキャリアの一部として位置付け直された。
- リリース同日にリリックビデオがYouTubeでプレミア公開、本人初のTikTok Live配信も実施された。
基本情報:誕生日にそっと置かれた1曲
まず事実から。yonderは2021年7月14日、山本彩の誕生日に合わせて配信リリースされた。作曲は山本本人、作詞は山本とMori Zentaroの共作、編曲はMori Zentaro。Mori ZentaroはSIRUPなどのサウンドプロデュースで知られる作家で、この人選が今から見ると効いてくる。
タイアップは山形日産グループの創業60周年CM。CMの監督・プロデュースは映画『君の名は。』の制作チームが手がけている。ここが面白い。地方の自動車ディーラーの周年CMという、決して大規模な露出枠ではない座組みに、映像側は新海誠作品のスタッフが入る。ミスマッチにも見えるが、あとから振り返ると、この”間口の狭さと制作の厚さのねじれ”がyonderという曲そのものの佇まいと重なっている。
誕生日リリースというのも、単なる話題づくりでは終わっていない。ソロで動き始めた表現者が、自分のタイミングで、自分の名義で、季節と土地を持った曲を置く。同時にジャケット写真と新アーティスト写真も公開されたのは、この時点で本人がビジュアル面も含めて舵を握り直そうとしていた証左だと今なら読める。
もうひとつ、配信と同日の20時台に本人初のTikTok Live配信、21時にリリックビデオのプレミア公開という導線が組まれていた点は覚えておきたい。2021年の夏はTikTok経由のヒットが日本のポップスを次々塗り替えていた時期で、新規アカウントの開設からライブ配信、映像コンテンツのプレミア公開までを誕生日一日にまとめてくる導線は、当時の彼女の陣営が短尺動画時代の受容の変化に手を打っていたことを示している。曲だけを置いて終わらなかったのが、いま振り返ると大きい。
今の耳で聴くyonder:Mori Zentaroの手つきが後年の布石だった
核心はここだ。yonderは”派手に見せない”側の曲として設計されている。CMソングというと、Aメロから明快なフックを立てて15秒に収める作りが定番だが、この曲は逆側から入る。イントロで空気を薄く敷いて、ボーカルの入りで湿度を上げる。歌がサビに向かって”開く”のではなく、”ほどける”感じで抜けていく。この抜け方が、ロックバンド編成のギターで押し切っていた時期の山本彩とは明らかに違う。
Mori Zentaroの編曲が担っているのは、この”余白の設計”だ。SIRUPを手がけてきた作家の手つきは、ビートの粒立ちと空間系エフェクトの奥行きで曲の温度を決める種類のもので、yonderのミッド帯にもその指紋が残っている。当時は「爽やかな夏の曲」でまとめられがちだった質感が、今聴くとR&B/ネオソウル以降の日本語ポップの文脈にきちんと接続していることが分かる。作家性の刷新は、この共作から始まっていた。
もうひとつ、歌のディレクションも変わっている。バラードでもロックでもない、ミッドテンポの息継ぎで語尾を丸めて置く歌い方。息の混ぜ方が明らかに増えた。これはグループ在籍期の”通る声”を武器にしていたフェーズから一歩ずらしにいった痕跡で、後年の楽曲での歌唱を先取りする形になっている。今のセットリストで聴くと違和感がないのは、この曲がその変化の起点にあったからだ。
細かい話をひとつ。A→Bメロにかけての帯域処理を追いかけると、低域が意図的に絞られている箇所がある。ベースが前に出過ぎないよう、キックとの住み分けで低音を薄く敷いて、ボーカルの中域を最前に立たせる作り。CMという用途で聴かれることを踏まえた”どこで鳴っても声が抜ける”設計で、車のスピーカーからテレビの内蔵スピーカーまで幅広い再生環境で成立するようにチューニングされている。プロダクションのプロの仕事だ。
ちなみに、これがロックバンド編成の「ゼロ ユニバース」(2019年3枚目のシングル。小林武史をプロデューサーに迎えた表題曲は、失恋の悲しみに暮れる女性の心情を細やかに伝える冬のバラード)と比較したときに一番効いてくる。「ゼロ ユニバース」がストリングスと切ないボーカルを主軸に置いた冬のバラードだったのに対し、yonderは音の”層”そのものを削って抜けを作った夏の曲だ。同じソロ期の中でも、プロデューサーの違いで曲の温度がここまで振れる。この振れ幅がアルバム『&』の”二面性・多面性”のコンセプトに繋がっていく。
キャリアの中での位置:ソロ以降の”作家・山本彩”を定義した
結論から言うと、yonderは山本彩の”作家性の宣言”として、今こそ読める。作曲を本人が担い、作詞は共作、編曲は外部の作家性が強い人選。この座組みは、シンガーソングライターとしての足腰と、プロダクションの拡張性を両立させるためのフォーマットで、以降の彼女の動き方の雛形になっている。
実際、この曲の後にリリースされたデジタルシングル群を並べると、共通しているのは”バンド一枚岩で押さない”という選択だ。2023年5月17日にリリースされた4thアルバム『&』には、シングル「ゼロ ユニバース」「ドラマチックに乾杯」の収録曲に加え、デジタルシングル「yonder」「Don’t hold me back」「あいまって。」、未発売曲「ラメント」、新曲「Bring it on」「劣等感」を含む全12曲が収録された。ボーナストラックとしてNight Tempoとのコラボ「I Don’t Wanna feat. 山本彩」も加えられている。この並びを見ると、yonderは”複数の作家性を横断していく”アルバムのコンセプトの入口として機能していたことが分かる。
アルバムタイトルの『&』は、一人一人、その時代時代を形作る上で表れる様々な面(二面性、多代性)に着目し、それも自分と認めることや、認識していくことに対して、&(アンド)という一つのテーマで表現されている。yonderはその複数性の入口の1曲として位置し直された。単発の配信曲がアルバムの一部として意味を得直すというのは、ソロで動くアーティストがキャリアを設計していく上でとても大事なプロセスで、そこが上手くいっている稀な例だと思っている。
単発の配信曲は、時間が経つと忘れられるか、アルバムの中で意味を得るかの二択になりがちだ。yonderは後者を引き当てた。CMソングという文脈で聴いていた耳と、アルバム『&』の1曲として聴く耳では、この曲の役割が違って聞こえる。前者はご当地CMの明るい風景、後者は本人の作家的な変遷図の一節。同じ音源が二つの意味を持つ曲は、思っているほど多くない。
個人的には、Night Tempoとのコラボがボーナストラックに置かれている構成は象徴的だと感じる。80年代シティポップの再解釈で世界的に知られるプロデューサーとの接続が、yonderで始まったMori Zentaroとの共作の延長線上にあるとしたら、山本彩の2020年代の設計図はかなり早い段階から見えていたことになる。振り返ってみて、yonderは”入口”だった。
後追いで見える補助線:CMタイアップの読み替え
当時はあまり語られなかったが、山形日産という地方の企業CMを、『君の名は。』の制作チームが撮るという枠組みは、”地方×一級の映像作家×ソロアーティスト”という組み合わせで、2020年代のローカル広告の一つの型を先取りしていた。都市部の大型タイアップに乗るのではなく、土地の周年に寄り添う書き下ろしをする——この選び方は、その後の山本彩の仕事の受け方と符合する。
もっと言うと、yonderは”どこか遠く”を意味する英語だ。地方から地方へ、あるいは土地から見上げた空の向こうへ。この距離感の取り方が、都市のポップスがしばしば取りこぼす手触りを掬っていた。今の視点で聴くと、CMのために書かれた曲というより、地方の周年という枠に本人の内側の”距離”の感覚を重ねに行った1曲に見えてくる。
この曲、朝に効く気がする。夜のバラードとして書かれていないのは編曲の抜け感からも明らかで、通勤の車内や、休日の朝いちばんに窓を開けたときの空気に馴染む設計になっている。CMという媒体が”生活のふとした瞬間に流れる”ものであることを踏まえた作りで、家で腰を据えて聴くタイプの曲というより、動いている時間の背景として本領を発揮するタイプ。ファンの人ならプレイリストの並びで既に気づいているかもしれない。
山形という土地を意識するのも、後追いだからできる読み方だ。山形は東北の中でも冬が長く、夏の光が短い。その土地の企業の周年CMに”どこか遠く”というタイトルの夏の曲が乗ることの意味は、都市部にいると気付きにくい。短い夏を惜しむ感覚、その先の遠い場所を見上げる視線——そういうローカリティに、山本彩というアーティストの声質は妙に馴染む。派手に主張しない声が、風景の側に寄り添う。CMを地方局で見ていた人たちにこそ、この曲の設計は届いていたはずだ。
聴きどころ
聴きどころ3点
- イントロの余白:歌が入るまでの数秒で温度を決めにいく設計。BPM自体は速くないのに、疾走感より”開放感”が先に来る不思議な作りをしている。ヘッドホンで聴くと、リバーブの奥行きが空を描くように広がっていく。
- 語尾のニュアンス:ミッドテンポで語尾を丸めて置く歌い方は、この時期以降の山本彩の歌唱の基点。息の混ぜ方に注目したい。”通る声”を敢えて絞って、空気の膜を作ってから声を通している。
- サビでの”抜き方”:押し切らずに空間を残す編曲は、Mori Zentaroの仕事の指紋。ヘッドホンで奥のリバーブを追うと表情が変わる。日常のBGMとして聴くのと、腰を据えて聴くので、まったく違う曲に化ける。
チャート・受容の記録
チャートでの動き自体は、シングルとしての大きな数字で語られる種類の曲ではない。配信シングルは、その瞬間の順位より、アルバム収録後にどれだけ長く聴かれるかで意味が決まる。yonderはまさにそちら側の曲で、2023年の『&』への収録によって”長い時間軸で残る”側に置き直された。
ライブでの再生率も高い印象がある。ソロツアーやビルボードライブでの公演を追っている人は分かると思うが、この曲はセットの中盤で温度を整えるのに使われることが多い。バラードでもロックでもない、という設計が、逆にセットリスト上のジョイントとして便利に効いてくる。作り手が予期していたかは分からないが、結果としてそういう機能を持った1曲になった。
もうひとつ、リリースから数年経ってストリーミングの数字が緩やかに積み上がるタイプの曲であることも記録しておきたい。フックで一気に伸びる曲ではなく、プレイリストの中で反復再生されて土台を作っていくタイプ。この積み方は、CMソングとしての機能とも、アルバム収録曲としての機能とも噛み合っている。派手さで測る音楽の物差しからは見えにくい強度だ。
もうひとつの補助線:作詞の共作という選択
作詞が本人とMori Zentaroの共作であることは、当時はあまり深追いされなかった。でもこれ、地味に重要だ。作曲を自分で担いながら、詞は編曲家との共作にする——これは、音の輪郭と言葉の輪郭を同じ場所で決めていく作り方で、シンガーソングライターがひとりで抱え込む方式とも、外部作家に丸ごと預ける方式とも違う。曲と詞が同時に動く現場でしか出てこない質感が、yonderにはある。
この作り方は、後の彼女の楽曲でも継続されている。ひとりで書き切らない、でも外に任せ切らない、その中間の座組みでプロダクションを組んでいく。ソロで動き始めたアーティストが陥りがちな”作家性の閉じ”を、共作という形で回避しているとも言える。yonderは、その方法論の実装第1弾でもあった。
言葉の選び方も、この共作の効果が出ている印象がある。日常のミッド帯で使われる語彙と、少しだけ視線を上げる語彙のブレンドが、CMという媒体で流れたときに違和感なく届く塩梅で整えられている。歌詞そのものはここでは引用しないが、聴き直すときに”語彙のバランス”を意識して耳を澄ますと、この共作の意味が体感で分かるはずだ。
関連作と次に聴くなら
まずこの作品から聴く
- & — yonderを位置付け直した4thアルバム
- ゼロ ユニバース — 小林武史プロデュースの対極
▶ Amazon / 楽天 で探す - ドラマチックに乾杯 — ソロ期の起点となるシングル
▶ Amazon / 楽天 で探す - Don’t hold me back — yonderと同系のデジタル配信曲
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入門動線
yonderから広げるなら、まず4thアルバム『&』を通して聴くのが一番効率がいい。yonderが単発の配信曲だった時期の温度と、アルバムの中で意味を得た温度の両方を、この1枚で比較できる。特に「Don’t hold me back」「あいまって。」の並びは、yonderで敷いた作家性の延長線を確認できる。
もう一歩踏み込むなら、Mori Zentaroの他仕事——SIRUPのカタログ——を横で聴いてほしい。編曲家の指紋が分かると、yonderという曲がなぜあの温度で鳴っているのかが立体的に見えてくる。日本語ポップスのミッド帯の面白い交差点として、この2本の線を持っておくと以降の山本彩の曲の入り方が変わる。
逆方向にさかのぼるなら、2019年のシングル「ゼロ ユニバース」を聴いてみてほしい。小林武史プロデュースの冬のバラードで、yonderとは真逆のプロダクション。この2曲を並べて聴くと、ソロ期の山本彩がどれだけ違う作家と組んで、自分の声の表情を試していたかが立体的に見える。同じアルバム『&』に両方収録されているのは、そういうことだ。
問いを残して
最後にひとつだけ、答えを出さずに置いておきたい問いがある。yonderはCMソングとして書かれた曲だが、CMという枠組みが外れて、アルバムの1曲として、あるいはライブの1曲として鳴らされたとき、あなたはこの曲を「どんな時間の曲」として聴いているだろうか。夏の曲、朝の曲、移動の曲、それとも思い出の距離を測る曲——聴き手によって置き場所がずれるのが、この曲の妙味だと思う。ファンの解釈を、そのまま聞いてみたい1曲だ。
2021年の誕生日に、地方のCMのために書かれた1曲が、2020年代半ばの時点で”作家・山本彩”の入口として読み直せている。この読み替えができる曲を持てているアーティストは、意外と多くない。yonderは、その意味で静かに強い曲だ。

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