四季を一語にまとめた曲名から、話はもう始まっている
タイトルの『SSAW』は Spring / Summer / Autumn / Winter の頭文字。ファッション業界でシーズン展開を示す略号としてもよく使われる言い回しで、この四文字を曲名に据えた時点で、作り手が「季節ごとに表情を変える一枚の音楽」を目指しているのは明らかだ。LAGHEADSがTENDREをフィーチャリングに迎えて発表したSSAW🛒楽天は、その名の通り、聴くたびに肌に触れる温度が変わっていくような柔らかさを持っている。派手なフックで押し切るのではなく、季節が移ろうように、テンポ感やコード感が少しずつ景色を差し替えていく。
近年、日本語のシティ・ミュージックはSpotifyやApple Musicのプレイリスト経由で海外リスナーにも届くようになった。その流れの中で、LAGHEADSのようなプレイヤー集団と、TENDREのようなマルチプレイヤー系シンガーが交わる作品は、単なるコラボ以上の意味を持ち始めている。日本の東京から出てくるグルーヴが、いま世界のどのあたりに位置しているのかを測る、ちょうどよい定点観測みたいな一曲でもある。
LAGHEADSとは何者か——「バンドでもDJでもない」チームの正体
LAGHEADSは、日本のダンスミュージック/ジャズ/ヒップホップ周辺で活動するプレイヤーたちが集まったプロジェクトだ。固定メンバーというより、企画ごとに人が集まって音を出すコレクティブに近い形で動いてきた。ドラム、キーボード、ベース、プロダクションを担う面々が入れ替わり、DJセット、生バンド、スタジオワークを行き来する。この「柔軟に形を変える」性格が、そのままサウンドの手触りにもつながっている。
ハウス、ブロークンビーツ、ネオソウル、ジャジーヒップホップ。系譜を並べると散らかって見えるが、実際に鳴っている音は驚くほど一貫している。共通しているのはビートの重心の低さと、鍵盤の和声の”効かせ方”だ。派手なソロで持っていくのではなく、和音の一音を差し替えるだけで景色をがらっと変えてしまう。ジャズ的な語彙を、あくまでダンスフロアの文脈に翻訳して使う。これがLAGHEADSの発明に近い部分だと感じている。
もう一つ大きいのが、彼らの音は「クラブで機能する」ように設計されているという点だ。ヘッドフォンで細部を愛でることもできるが、大きなスピーカーで低音を浴びると別の顔が出る。この二面性は、宅録中心のシンガーソングライター系日本語ポップスとは全く違う設計思想で、そこがLAGHEADSを他と区別している。『SSAW』もその設計を踏襲していて、家で流すのと、外で夕暮れ時に流すのとで、印象がかなり変わる。
TENDREという歌い手が、この曲に呼ばれた必然
TENDRE(河原太朗)は、ベース奏者としてキャリアを始め、鍵盤・ドラム・プログラミングまで一人で回すマルチプレイヤーとして知られる。ソロ名義の作品では、ネオソウルとJ-POPの中間を独自の柔らかさで縫い合わせてきた。声質は太いというより、風通しがいい。息の量と発音のバランスがよく、和声に埋没せず、かといってトラックから浮き上がりすぎもしない。この”馴染む声”は、LAGHEADSのように和音とビートで景色を作るタイプのトラックに、実によくフィットする。
ヴォーカリストとしてのTENDREの魅力を分解すると、まず英語のフレージングを日本語に持ち込む発音処理の巧さがある。母音を伸ばしすぎず、子音を立てすぎない。この中庸なフォームが、ソウルやR&Bの語法を日本語で成立させる。LAGHEADS側のトラックは、ドラムの隙間で歌わせる作りが多いから、歌い手が言葉を「置く」感覚を持っていないと成立しない。TENDREはそこが強い。歌うのではなく、置く。楽器の一つとしての声、という考え方だ。
二組は以前から同じシーンで活動していて、ライブで顔を合わせる機会も多かった。だから『SSAW』は、突然の顔合わせではなく、長い交流の中で自然に落ちてきた企画に近い。制作の細部は公式情報を参照するとして、少なくとも音を聴く限り、初対面同士が互いを探り合うようなぎこちなさは一切ない。すでに知っている相手と、いつものスタジオで、いつもの機材で、少し新しいことをやってみる。そういう気楽さと確信が、テイクの中に残っている。
サウンドを分解する——リズムセクション、和音、空気感
まずリズム。ドラムは打ち込みと生ドラムの中間のような質感で鳴っている。近年のLAGHEADS周辺の音作りに共通する特徴で、キックの位置を微妙に前後させることで、機械的すぎず、かといってヨレすぎもしない”人力っぽい”揺れを出している。ハイハットは細かく刻むよりも、開閉のタイミングで空間を作るタイプ。スネアはローファイ寄りに丸められていて、ミックス上で前に出しすぎない。この”引き算”の設計が、歌の居場所を確保している。
ベースは、この曲の推進力の要だ。ルート弾きに近い素直なラインでありながら、要所でテンションノートを混ぜてくる。派手なスラップやフィルはほとんど使わない。にもかかわらず、聴いていて飽きないのは、音色そのものに情報量があるからだ。指のタッチ、弦の擦れ、アンプの倍音。細部を殺していないミックスだからこそ、ラインの単純さが逆に効いてくる。
鍵盤はローズ系のエレピを軸に、シンセパッドが薄く敷かれている。コード進行は複雑すぎず、ジャズ的なテンションを一箇所だけ効かせて、あとは素直に流す。この”一箇所だけ効かせる”匙加減が、聴き手の耳を疲れさせない。全編を通してコードが動きすぎると、それはそれで情緒過多になってしまう。『SSAW』はそこを踏み外していない。歌モノとしての親しみやすさと、プレイヤー的な聴き応えの、ちょうど境目に置かれている。
歌詞に踏み込まず「作品としての姿勢」を読む
歌詞そのものには踏み込まないが、テーマの設計としては、季節をまたぐ「時間の流れ」がモチーフになっているのが曲名から読み取れる。日本語のポップスは、桜、夏、雪、といった具体的な季語をキーにする曲が多いが、『SSAW』はもっと抽象的だ。四季すべてをまとめて扱うことで、特定の季節にだけ寄り添う曲ではなく、一年を通じて流せる音楽になっている。プレイリスト時代のリスナーの聴き方——「季節ごとに使い分ける」より「気分で流す」——にも合う設計だ。
この抽象性が、TENDREの発声の中庸さと噛み合っている。もし歌詞が特定の季節や情景にがっつり寄っていたら、声の色ももっと限定されただろう。抽象的なテーマだからこそ、聴き手それぞれの記憶にひもづけやすい。夕方の運転中に聴く人、朝のコーヒーで聴く人、それぞれ別の絵を描ける。ここは意図された余白だと思う。
チャートとリスニング動向——なぜ今、この曲が伸びているか
チャートの具体的な順位や週次の動きは公式データを参照するとして、この曲がJ-WAVE系のパワープレイ/プレイリストと相性が良い理由はいくつか説明できる。まず、ラジオ的な音圧設計だ。過剰にラウドではなく、DJのしゃべりが入ってくる隙間を残したミックスになっている。深夜帯の帯番組にも、日中のドライブタイムにも、突出せず馴染む。局側から見れば、置き場所に困らない曲だ。
もう一つは、ストリーミング上の”文脈”の作りやすさ。プレイリスト編集者から見ると、『SSAW』はネオソウル系、シティポップ系、ジャパニーズR&B系、いずれの文脈にも入れられる。ジャンルの中央にいる曲ではなく、複数のジャンルの縁を歩いている曲だから、キュレーションの入り口が多い。これは配信時代においてかなり有利に働く。1本の柱で伸びるのではなく、複数の細い柱でじわじわ再生数を積む。
SNSでの広がり方も、瞬発力よりは持続力の型だ。派手なミームや振り付けで爆発するタイプではないが、DJがミックスに混ぜたり、ラジオでかかった直後にShazamで検索されたり、地味だが確実な導線で聴き手が増えていく。この”聴かれ方”は、LAGHEADSの過去作にも共通するパターンで、彼らが長く現場で信頼を積んできた副産物でもある。
東京発、越境の可能性——シティポップ再評価の次のステージへ
ここ数年、70〜80年代の日本のシティポップが海外で再評価されたのは周知の通り。その反動というか、次のフェーズとして、”いま作られている”日本のグルーヴ・ミュージックにも海外のリスナーが目を向け始めている。LAGHEADSやTENDRE、そしてその周辺のプレイヤーたち——STUTS、Michael Kaneko、Kan Sano、mabanuaといった名前を並べると、東京のシーンにひとつのクラスターが見えてくる。『SSAW』はそのクラスターの中で作られた、いま現在のスナップショットだ。
過去のシティポップが「発掘される音楽」だったとすれば、いまの東京のグルーヴは「同時代で追いかけられる音楽」になっている。海外のDJがセットに混ぜ、海外のプレイリストに入り、そのフィードバックが日本のプレイヤーに戻ってくる。この循環の中で作られる曲は、内向きにも外向きにもならず、両方に開かれた設計になる。『SSAW』の音の”軽やかさ”は、そういう国際的な回路の中でチューニングされた結果でもあると思う。
聴きどころ3点
- ドラムとベースの”揺らし方”。機械と生の中間にある、独特の推進力を持ったリズム設計
- ローズ系エレピと薄いパッドが作る和声。派手に動かず、要所のテンションだけで景色を変える
- TENDREの声の”置き方”。歌い上げるのではなく、楽器のように和音の隙間に音を置いていく感覚
この曲がキャリアの中で持つ意味
LAGHEADSにとって、シンガーを迎える形式のシングルは、コレクティブとしての幅を示す機会でもある。インストの楽曲では出せない届き方があるし、ゲストの選定そのものが彼らの”耳”の証明にもなる。TENDREを迎えたということは、彼らが今の日本語ヴォーカルシーンをどう見ているかの答え合わせでもある。
TENDRE側にとっても、ソロ作品では踏み込みにくいクラブ寄りのグルーヴに、客演という形で軽やかに乗れる意味は大きい。ソロだと自分の世界観に責任を持たなければならないが、フィーチャリングでは相手のフレームを借りて、いつもと違うレンジの声を試せる。この曲でのTENDREは、ソロ作品よりも一段力を抜いた発声で、余裕のあるフレージングを見せている。そこも聴きどころだ。
入門動線
この曲で耳を掴まれたら、次はTENDREのソロ作品『LIFE LESS LONELY』あたりを聴くと、彼のヴォーカリストとしての幅がよく分かる。そこからLAGHEADS周辺のプレイヤーへ広げていくなら、STUTSの作品群がわかりやすい入口になる。同じ東京のクラスターで、鍵盤とビートの関係性を軸にした音作りが共通しているから、『SSAW』の設計思想がどこから来ているのかが立体的に見えてくる。
締め——一年を通じて棚に置ける一曲
『SSAW』はヒットの型で作られた曲ではない。ドロップで一気に持っていくわけでも、SNS映えするフックで刺しにいくわけでもない。でも、一度プレイリストに入れると、消せなくなるタイプの曲だ。派手さで残るのではなく、生活の中の”ちょうどいい場所”に居続けることで残る。個人的には、こういう曲が長くチャートを泳いでいるうちは、日本のポップスの中身は結構豊かだと思っている。年をまたいでも棚に置いておける、そういう一曲だ。
まずこの作品から聴く
- LIFE LESS LONELY / TENDRE — 客演元の歌の全体像を掴む
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