TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1992年9月20日放送)

TOKIO HOT 100 1992-09-20 放送回ランキング ランキング

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1992年9月20日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1992年9月20日放送回)。

この週の音楽シーン

1992年9月20日放送の「TOKIO HOT 100」を振り返ると、1位に輝いたのはボビー・ブラウンの「Humpin’ Around」だった。ニュー・ジャック・スウィングの申し子として80年代末から90年代初頭を駆け抜けた彼にとって、この曲はアルバム『Bobby』からのシングルであり、都会的でセクシーなグルーヴと歯切れの良いビートが持ち味だった。ボビー・ブラウンといえば「My Prerogative」や「Every Little Step」で一時代を築いたアーティストであり、当時はホイットニー・ヒューストンとの結婚も含めてメディアの注目度が非常に高かった。この曲がTOP10の頂点に立っていたことは、ニュー・ジャック・スウィングというスタイルが依然として洋楽シーンの中心的な潮流であったことを物語っている。

この週のチャート全体を眺めると、1992年という時代の空気が濃厚に漂っている。2位のロクセットは北欧出身ながら世界的なポップ・ロックの旗手として活躍しており、「How Do You Do」も彼ららしいキャッチーなメロディが光る一曲だった。3位にはエリック・クラプトンの「Layla」がランクインしているが、これはMTVアンプラグドでのアコースティック・アレンジによって再び脚光を浴びた時期にあたる。オリジナルの重厚なロックナンバーが、静かで内省的な演奏によって新たな命を得たことは、90年代初頭ならではの「クラシックの再解釈」というムーブメントを象徴していた。

R&Bやニュー・ジャック・スウィング系の楽曲も存在感を示している。5位のボーイズIIメンによる「End of the Road」は、この年から翌年にかけて全米チャートを長期間席巻した歴史的なバラードであり、ボビー・ブラウンと同様にニュー・ジャック・スウィング以降のR&Bシーンを牽引する存在として知られていた。6位のベイビーフェイス feat. トニ・ブラクストンも、後にソロで大ブレイクするトニ・ブラクストンの初期の活動として貴重な記録であり、90年代R&Bの潮流を予感させるラインナップだった。

ロック・オルタナティブ方面では7位にINXSがランクイン。オーストラリア出身のバンドとして80年代から国際的な成功を収めてきた彼らは、この時期もアリーナ級の存在感を保っていた。8位のマドンナ「This Used to Be My Playground」は映画『リトル・シスター』の主題歌であり、彼女がポップアイコンとしてだけでなく映画音楽の分野でも存在感を発揮していたことを示す一曲だ。9位のオーパス・IIIによる「It’s a Fine Day」はダンス・クラシックとしても知られ、クラブミュージックの浸透を感じさせる。10位のブラン・ニュー・ヘヴィーズは、当時勃興していたアシッドジャズムーブメントの代表格であり、ジャジーで洗練されたグルーヴがロンドンから世界へ広がっていく様子を象徴していた。

このように1992年9月20日のTOP10は、ニュー・ジャック・スウィング、洋楽ロック、R&Bバラード、そしてアシッドジャズという複数の潮流が同時に共存していた時代を映し出している。ボビー・ブラウンが頂点に立つこの週のチャートは、90年代前半特有の多様な音楽性が交錯する瞬間を切り取った、貴重なスナップショットだったと言えるだろう。

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1992年9月20日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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