TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1992年7月12日放送)

TOKIO HOT 100 1992-07-12 放送回ランキング ランキング

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1992年7月12日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1992年7月12日放送回)。

この週の音楽シーン

1992年7月12日放送分の「TOKIO HOT 100」を振り返ると、1位に輝いていたのはマライア・キャリーの「アイル・ビー・ゼア」だった。ジャクソン5が残した名曲を彼女がカバーし、当時のR&B/ポップシーンの中で新しいスタンダードとして響かせた一曲だ。デビュー当初から圧倒的な歌唱力で注目を集めていたマライア・キャリーだが、この時期はまだキャリア初期にあたり、彼女の表現力の幅広さと安定感が世界的に評価され始めていた頃と言える。バラードでありながら情感を過剰に煽らず、伸びやかな高音と抑制の効いたフレージングで聴かせる歌い回しは、後の彼女のスタイルの原型を感じさせるものだった。

この週のTOP10を眺めると、当時のアメリカン・ポップスの多彩さがよくわかる。B-52’Sの「グッド・スタッフ」はB-52’Sらしいポップでキッチュな遊び心を持ち込み、ウィルソン・フィリップスの「ユー・ウォント・シー・ミー・クライ」はハーモニー重視のAOR/ポップ路線を貫いていた。デンマーク出身のハンナ・ボルによる「カム・イントゥ・マイ・ガーデン」は、ヨーロッパから届いた個性的な女性ボーカルとして異彩を放ち、インコグニートの「ドント・ユー・ウォーリー・バウト・ア・シング」はアシッドジャズ/ブラック・コンテンポラリー的な洗練を持ち込んでいた。

ジョージ・マイケルの「トゥー・ファンキー」は、ソロアーティストとしての彼のダンサブルな一面を強く打ち出した楽曲であり、当時のクラブ・ミュージックとポップスの接近を象徴していた。スウィング・アウト・シスターの「アム・アイ・ザ・セイム・ガール」は、洗練されたソウル/ジャズ・ポップの香りを持つ英国勢の存在感を示し、ディー・ライトの「ランナウェイ」は「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」に続くヒップでハウジーな感覚を継続させていた。ベテランのエルトン・ジョンによる「ザ・ワン」、そしてライオネル・リッチーの「ドゥ・イット・トゥ・ミー」も並び、80年代から活躍する実力者たちが90年代前半のチャートでも存在感を放っていたことがうかがえる。

1992年という年は、グランジ/オルタナティブ・ロックがアメリカのロックシーンを大きく塗り替えつつあった時期でもあるが、この週のTOP10を見る限り、ラジオのヒットチャート上ではメロディアスなポップス、洗練されたR&B、ダンスミュージックが依然として強い存在感を放っていたことがわかる。マライア・キャリーの1位は、そうした流れの中でボーカリストとしての実力そのものが評価される時代の空気を象徴していたと言えるだろう。ジャンルも国籍も異なる才能が同じチャートに並び立つ様子は、当時のTOKIO HOT 100が持っていた選曲の幅広さと、時代の多様な音楽シーンをそのまま切り取る鏡のような役割を、今聴き返しても強く感じさせてくれる。

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1992年7月12日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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