TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1991年11月17日放送)

TOKIO HOT 100 1991-11-17 放送回ランキング ランキング

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1991年11月17日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1991年11月17日放送回)。

この週の音楽シーン

1991年11月17日放送の「TOKIO HOT 100」で1位を飾ったのは、リサ・スタンスフィールドの「CHANGE」だった。英国マンチェスター出身の彼女は、前年のデビュー・アルバム『Affection』からのヒットで一躍脚光を浴び、ブルー・アイド・ソウルという言葉を体現する存在として日本でも高く支持されていた。ハスキーで艶のある歌声は、ダンスミュージックの高揚感とバラードの繊細さを同時に表現できる稀有なもので、「CHANGE」はそのバランス感覚がよく表れた楽曲だったと言える。90年代初頭は、こうした英国発のソウル/ダンス・ミュージックがアメリカのR&Bシーンと呼応しながら、都会的な夜のムードを演出する音楽として都市部のFMリスナーに広く浸透していた時期でもある。

この週のTOP10を見渡すと、当時のシーンの多層性がよく見えてくる。2位にはマライア・キャリーの「EMOTIONS」がランクインしており、デビュー翌年にして早くも高音域の表現力を武器にトップアーティストの地位を固めつつあった時期であることがうかがえる。3位のエヴリシング・バット・ザ・ガールは、英国的な内省とジャズ/フォークの香りを持ち込み、当時のアーバン・ミュージックに違った角度から陰影を添えていた。4位のカリン・ホワイトや、5位のロバータ・フラック&マキシ・プリーストの組み合わせは、ソウルの伝統と当時のレゲエ/ダンスホールの感覚が交わる瞬間を示しており、世代を超えたコラボレーションが自然に受け入れられていた空気を感じさせる。

6位のシンプリー・レッドや7位のプリンス&ニュー・パワー・ジェネレーションは、ブルー・アイド・ソウルとファンクという異なる文脈から、ダンスミュージックの快楽性を追求していたアーティストたちだ。8位のジェネシスは、フィル・コリンズ体制下でポップとロックの橋渡し役を担い続けており、9位のノーティ・バイ・ネイチャーの「O.P.P.」は、当時勢いを増していたヒップホップがチャートの中核に食い込み始めていたことを象徴する存在だ。そして10位のハリー・コニック・Jr.は、ジャズ・ヴォーカルの伝統を若い世代に橋渡しする役割を果たしており、こうした振れ幅の大きさこそが、この時代のアーバン・コンテンポラリーの魅力だったと言えるだろう。

このTOP10を通して聴こえてくるのは、ソウル、ダンス、ヒップホップ、ジャズ、ロックといった異なるジャンルが、都市生活者の感性というひとつの物差しの中で自然に共存していた時代の空気感である。リサ・スタンスフィールドの「CHANGE」が1位に立ったこの週は、まさにそうした多様性の中心に、洗練されたソウル・ボーカルが据えられていたことを示す象徴的な瞬間だったと言えるのではないだろうか。今聴き返しても、当時の東京の夜を彩ったこの選曲群からは、時代を越えて色褪せない普遍的な音楽の質感が感じられる。

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1991年11月17日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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