今、beabadoobeeがチャートに戻ってきた理由
ここ数年、洋楽シーンで「90年代っぽさ」がひとつのモードになっている。オルタナ、スロウコア、ドリームポップ、シューゲイズ。かつての質感が、Z世代のプレイリストの真ん中に戻ってきた。その流れの先頭にいるのが、ロンドンを拠点に活動するフィリピン系シンガーソングライター、beabadoobee(ビーバドゥービー)だ。本名はビアトリス・クリスティ・ラウス。彼女の曲がチャートに顔を出すたび、「ああ、今の若い世代はこの手触りを本気で愛しているんだな」と実感させられる。
面白いのは、彼女の音楽が単なるノスタルジーで終わっていないところ。エリオット・スミスやパヴメント、ザ・カーディガンズあたりを彷彿とさせるサウンドを土台にしながら、そこに現代のベッドルームポップ的な親密さと、TikTok以降の等身大の言葉遣いが乗る。古い服を着直したような音、と言えばいいのか。自分の場合、初めて聴いたとき「これ、実家で兄が聴いてたやつの匂いがする」と思ったのを覚えてる。でも新しい。この二重性が、彼女の武器だ。
The 1975との深い縁、Dirty Hitというレーベルの後押し、そして近作でのリック・ルービンとの制作。ピースが揃ってきたことで、beabadoobeeは「バイラルヒットの人」から「一枚のアルバムを通して語れるアーティスト」へと確実に階段を上っている。ここでは彼女がどこから来て、どう変わり、これからどこへ行こうとしているのかを、腰を据えて追いかけたい。
マニラからロンドンへ、そして偶然の一曲から始まったキャリア
ビアトリスは2000年、フィリピンのイロイロで生まれた。家族とともに幼い頃にロンドンへ移住し、以降は西ロンドンで育っている。カトリック系の学校に通いながら、10代前半にクラシックギターやヴァイオリンに触れ、音楽の基礎を身につけていったという。この「移民の子としてロンドンで育った」というバックグラウンドは、彼女の音楽の輪郭を語るうえで無視できない。どこか自分の居場所を探しているような、内側にこもりながら外を眺めるような視線。それはあとで彼女の作品に何度も現れる。
キャリアの始まりは、ほぼ事故のようなものだった。17歳のとき、父親から借りたギターを片手に、寝室で初めて書いた曲「Coffee」をSoundCloudにアップした。この曲が、数年後に思わぬかたちで人生を変える。カナダのラッパー、パウエル・カスティージョ(Powfu)が「Coffee」をサンプリングした「death bed (coffee for your head)」をリリースし、それがTikTokで爆発的にバイラルヒット。世界中の10代が、彼女のあのやわらかな声を口ずさむようになった。
ただ、当の本人はもうその時期にはずっと先の景色を見ていた。バイラルの波が来る前から、彼女はDirty Hit(The 1975やRina Sawayamaが所属するレーベル)と契約し、EPを重ねていた。2018年のPatched Up🛒楽天、2019年のLoveworm🛒楽天、そしてSpace Cadet🛒楽天といった一連のEPで、ローファイなアコースティックから、ダイナソーJr.的な歪んだギターまで、自分の引き出しを一枚ずつ開けていった時期だ。The 1975のツアーにサポートで帯同したことも大きく、マシュー・ヒーリーやジョージ・ダニエルとの関係は、後のアルバム制作でも重要な役割を果たすことになる。
ベッドルームポップから90’sオルタナ、そしてその先へ
beabadoobeeの音楽性の核を一言で言えば、「私的な感情を、90年代の音の記憶で包んで差し出す」ということになる。初期の作品はまさに寝室で録ったような近さがあり、ギターと声だけで成立する構造だった。呼吸の音まで聞こえてきそうな、あの湿度。彼女自身、影響源としてエリオット・スミス、マズィ・スター、パヴメント、ザ・モルディーピーチズ、ダニエル・ジョンストンといった名前をよく挙げている。この並びを見るだけで、90年代のインディーロックの薄暗い一角を愛してきた人には「わかる」となるはずだ。
ただ、彼女はそこで止まらなかった。2020年のデビュー・アルバム以降、バンド編成でのサウンドが前面に出てきて、シューゲイズやグランジの荒々しさ、ときにはブリットポップ的な明るさまでを飲み込んでいく。エフェクターを踏み込んで歪ませる曲があるかと思えば、次のトラックでは弦楽アレンジの上で語りかけるように歌う。この振れ幅が心地いい。
2作目、3作目と進むにつれ、プロダクションはより洗練され、ボッサ的なリズムや70年代フォークの匂いまで加わってきた。若いアーティストにありがちな「一発当たったサウンドを繰り返す」パターンをきっぱり避け、毎作違う扉を開けようとしている姿勢は信頼できる。
聴きどころ3点
- 湿度のある声質。息と言葉の境目が曖昧で、耳のすぐそばで囁かれているような親密さがある。これが90’sオルタナのざらついたギターと乗ると、独特のコントラストになる。
- ジャンル横断のセンス。グランジ、ドリームポップ、フォーク、ボサノヴァ的なリズム、シューゲイズまで、引き出しが多いのに全部「beabadoobeeの音」に着地する統合力。
- 10代の記憶を扱う手つきの繊細さ。失恋、自己嫌悪、家族、身体性。重いテーマを重く鳴らさず、日常のトーンで差し出す。
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代表作・ディスコグラフィの読みどころ
まず外せないのが、2020年のデビュー・アルバムFake It Flowers🛒楽天。ここでbeabadoobeeは、ベッドルームポップの旗手というレッテルを自ら脱ぎ捨てにいった。ディストーションの効いたギター、ライドシンバルの粗い響き、90年代のオルタナ・ロックそのものの構造。「Care」や「Worth It」といった曲は、そのままスマッシング・パンプキンズやザ・ブリーダーズと並べても違和感がない。ただし歌の主題は極めて現代的で、10代の女の子の目線から、身の回りの世界を切り取っている。この「音は90年代、視線は2020年代」の翻訳が鮮やかだった。
続く2022年のBeatopia🛒楽天は、彼女が子どもの頃にノートに描いていたという想像上の世界の名前をタイトルに冠したセカンド。ここで作風はぐっと開けた。フォーキーな曲、ボッサ的なリズムを取り入れた曲、PinkPantheressを客演に迎えたエレクトロ寄りの曲まで、色彩が一気に増える。プロデュースにはThe 1975のジョージ・ダニエルが深く関わり、Dirty Hitらしい上質なポップの手触りが加わった。1作目が「自分のルーツの棚卸し」だったなら、2作目は「その先で何をやりたいか」の試行錯誤。個人的にはこのアルバムが一番何度も聴き返している。
そして2024年のThis Is How Tomorrow Moves🛒楽天。ここが現時点での大きな転換点だ。プロデュースにあのリック・ルービンを迎え、カリフォルニアのシャングリラ・スタジオで制作された。ルービンといえばジョニー・キャッシュ晩年の傑作や、レッチリ、アデルなどを手がけた「引き算の巨匠」。彼のもとで、beabadoobeeの音はさらに骨太に、しかし驚くほどクリアになった。先行シングル「Take a Bite」に象徴されるように、余計な装飾を削ぎ、歌とギターの芯を立たせるアプローチ。エレクトリック・ライト・オーケストラやフリートウッド・マックあたりを思わせる70年代的な広がりも見え、彼女がまた一段違うフィールドに足を踏み入れたのがよくわかる。
EP時代の作品も侮れない。特にSpace Cadet🛒楽天に収められた「She Plays Bass」は、ライブでの定番曲であり、彼女のロックバンドとしての一面を早い段階で証明した重要曲。シングルで言えば「Glue Song」のような、ラフでチャーミングなラブソングもファンから根強く愛されている。彼女のディスコグラフィは、一枚ずつが独立した「日記帳」のようで、まとめて聴くと成長の記録として読める。
The 1975、Taylor Swift、そしてシーンの中の立ち位置
beabadoobeeを語るとき、The 1975の存在は避けて通れない。Dirty Hitという同じレーベルに所属し、初期からツアーに帯同し、プロデュースにも関わってもらう。マシュー・ヒーリーやジョージ・ダニエルの音楽的な美意識——古いポップスや70年代ソフトロックへの偏愛、細部の音作りへの執着——は、彼女の作品にも確実に染み込んでいる。師匠と弟子、というより「同じ音を愛する年上の仲間」に近い関係性に見える。
もうひとつ大きかったのが、2023年のTaylor Swift「The Eras Tour」への同行だ。世界中の大規模スタジアムで、Taylorの前座としてステージに立つ経験。この規模のツアーに帯同したことで、彼女の名前は北米・南米・アジア・オーストラリアと、それまでとは桁違いの数のリスナーに届いた。インディー出身のアーティストが、ポップスの最大のフィールドに自然に接続していく——この動線の作り方は、Phoebe BridgersやGracie Abrams、Clairoといった同世代の女性シンガーソングライターたちとも共通している。
シーンの文脈で言えば、彼女はいわゆる「新しいベッドルームポップ世代」の代表格として語られることが多い。Clairo、Girl in Red、Snail Mail、Soccer Mommyといった名前と並べられる機会も多いが、面白いのは、beabadoobeeがその中でも一番「バンド的」なところに軸足を置いていることだ。ソロ名義ながら、彼女の音楽はほぼ常に生バンドの熱を伴っている。同時にフィリピン系というルーツも、アジア系アーティストの可視化という文脈でしばしば注目される。Rina SawayamaやMitskiとはまた違う立ち位置で、彼女は「移民二世としてロンドンで育った女性アーティスト」というポジションを、押し付けがましくなく、自然体で背負っている。
今チャートで見せている顔
最新作を経て、beabadoobeeは「バイラルの人」から完全に脱皮した。ストリーミングでの再生数は安定して大きく、フィジカルでのLP売上も欧米のインディー・チャートで存在感を発揮している。ラジオ・エアプレイの面でも、以前は限られていたメインストリームの局で彼女の曲が普通に流れるようになった。日本でも夜のFM番組で耳にする機会が確実に増えている印象がある。
今、洋楽チャートで名前が挙がる理由のひとつは、彼女の音楽が「短くて速い曲ばかりの時代」への静かなカウンターになっているからだと思う。3〜4分の曲を、頭から終わりまでちゃんと聴かせる。アルバム単位で世界観を組む。この当たり前を、今の若い世代に向けて改めて提示している数少ないアーティストのひとりだ。バイラルで爆発するタイプではないぶん、じわじわとキャリアを積み上げていく体力がある。
これから聴くならどこから
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入門動線
まずこの1曲、として薦めたいのは「Glue Song」。2分半ちょっとの短さの中に、彼女のやわらかさ、メロディの強さ、コード感の甘さが全部詰まっている。「beabadoobeeってこういう人か」がひとまず腑に落ちるはずだ。
次にこの1枚、として聴いてほしいのがBeatopia🛒楽天。振れ幅の広さと、ポップとしての完成度のバランスが絶妙で、通しで聴くと1時間があっという間に過ぎる。ここで彼女のジャンル横断的なセンスに触れておくと、他のアルバムもより深く楽しめる。
そして深めるならこの1枚、は最新作のThis Is How Tomorrow Moves。リック・ルービンとの制作で辿り着いた、削ぎ落とされた音像。ここまで来て初めて、デビュー当時のローファイな寝室録音と地続きだったことがわかる。10代のノートから始まった音楽が、今どこまで来たのか。その距離を体感できる作品だ。
正直、beabadoobeeはこれからさらに面白くなる人だと思ってる。まだ20代半ば。声も書く曲もこれから何度も変わる余地がある。今のうちに一枚ずつ追いかけておくと、後で「初期から聴いてた」と静かに自慢できるタイプのアーティストだ。詳細は公式サイトやレーベルの発表を随時チェックしてほしい。


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