TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1989年2月5日放送)

TOKIO HOT 100 1989-02-05 放送回ランキング ランキング

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1989年2月5日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1989年2月5日放送回)。

この週の音楽シーン

1989年2月5日放送の「TOKIO HOT 100」を振り返ると、1位に輝いたのはシーナ・イーストンの「THE LOVER IN ME」だった。80年代を通じて多彩な音楽性で活動してきた彼女が、この曲ではブラックコンテンポラリー色の強いダンサブルなサウンドを纏っていたのが印象的だ。プロデュースにジャム&ルイスが関わっていたこともあり、当時のアーバンな空気感とポップスの洗練が同居した仕上がりになっている。80年代後半はMTV世代が完全に音楽シーンの主役となり、映像映えするビートとフックの効いたコーラスが求められた時代で、この曲もまさにそうした時代の要請に応えるような一曲だったと言えるだろう。

2位にはフィル・コリンズの「TWO HEARTS」がランクインしている。映画「バスター」のサウンドトラックとして制作されたこの曲は、モータウン・サウンドへのオマージュが色濃く、フィル・コリンズ自身のルーツ志向が垣間見える一曲だ。ジェネシスのフロントマンとしてもソロアーティストとしても、80年代のポップシーンを牽引してきた彼が、あえて懐古的なアレンジに挑んだところに、当時のミュージシャンたちが抱いていた「原点回帰」の気分を感じ取ることができる。

3位のボン・ジョヴィ「BORN TO BE MY BABY」は、アルバム「NEW JERSEY」からのシングルで、産業ロック的な華やかさとキャッチーなメロディが融合した楽曲だ。80年代後半のアメリカンロックは、こうした大衆性と演奏力を両立させたバンドが数多くチャートを賑わせており、ボン・ジョヴィはその代表格として君臨していた。

このTOP10全体を眺めてみると、当時のチャートがいかに多国籍かつジャンル横断的だったかがよくわかる。5位にはオーストラリアから登場したばかりのカイリー・ミノーグ、6位には英国出身のリック・アストリー、8位にはデッド・オア・アライヴ、9位にはニュー・オーダーと、英国産のダンス・ポップやシンセサウンドが上位に多く食い込んでいる。この頃のブリティッシュ・ポップは、ストック・エイトキン・ウォーターマンに代表されるプロダクションチームの台頭もあり、キャッチーでダンサブルな楽曲が量産される黄金期を迎えていた。一方で7位のチャーリー・セクストンのようなロック色の強いアーティストや、10位のティファニーのようなティーンポップアイコンも並存しており、当時のラジオチャートがいかに幅広いリスナー層を意識して構成されていたかが窺える。

1989年という年は、80年代の総決算とも言える時期であり、シンセサイザーやドラムマシンを駆使したサウンドプロダクションが成熟の域に達していた頃でもある。同時に、次の10年に向けたロックやダンスミュージックの新しい潮流も静かに芽生え始めていた過渡期だった。こうした背景を踏まえてこの週のTOP10を聴き返すと、単なる懐かしさだけでなく、当時のポップミュージックが持っていた多様性とエネルギーを改めて感じ取ることができるだろう。シーナ・イーストンの1位獲得は、そうした時代のダイナミズムを象徴する出来事のひとつだったと言えるのではないだろうか。

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1989年2月5日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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