Sam Smithの歩みと代表曲|バラードから解放へ、声で変わり続ける歌い手

夜のステージに立つシルエットと淡いスポットライトの抽象イメージ アーティスト

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チャートに戻ってきたSam Smith、その現在地

Sam Smithという名前を聞いて、真っ先に思い浮かぶ曲はおそらく人によってまったく違う。切なく澄んだファルセットのバラードを挙げる人もいれば、ダンスフロアで鳴り響くクラブ・ヒットを挙げる人もいる。同じ歌い手なのに、時期によって印象がここまで違うポップスターは意外と少ない。今、洋楽のチャートやプレイリストでSam Smithの曲に触れるたびに、この人はまだ変わり続けているんだな、と感じさせられる。

デビューから10年強。イギリスの片田舎から出てきた線の細いソウルシンガーは、グラミー賞の常連になり、007の主題歌を歌い、世界的なダンス・アンセムを生み、そして自身をノンバイナリーとして公表した。音楽的にも人間的にも、変化の幅がとにかく大きい。だからこそ、彼/彼女=Sam Smithの歩みを一度ちゃんと整理しておく価値がある。今回は、経歴から音楽性、代表作、そしてこれから聴き始める人向けの入り口までをまとめて掘り下げていきたい。

ちなみにSam Smithは2019年に代名詞をthey/themに変更したことを公表している。日本語で書くときに「彼」「彼女」のどちらを当てるかは難しいところで、この記事では基本的に「Sam Smith」とそのまま名前で呼ぶ形をとる。読みにくい部分があるかもしれないが、そこはこの人の歩みを語るうえで避けて通れない部分でもあるので、ご容赦いただきたい。

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プロフィールとキャリアの歩み

Sam Smithは1992年、イギリス・ロンドン生まれ。育ったのはロンドンから少し離れたケンブリッジシャーの町で、幼い頃から歌のレッスンを受けていたと語っている。ジャズ・シンガーに憧れて、地元のスクールやユース向けのプログラムで発声や表現を叩き込まれた、という語り口はインタビューで何度も出てくる。要するに、いきなりバズって出てきたタイプではなく、下積みの長い「歌が本業」の人だ。

世に知られるきっかけは2012年、UKのプロデューサーユニット Disclosure の楽曲にゲストボーカルとして参加したこと。当時20歳前後だったSam Smithの声は、ハウス/ガラージのビートの上に乗ると、驚くほど大人びて、色気があって、ちょっと痛々しかった。翌年にはNaughty Boyの楽曲でも大きな成功を収め、UKチャートで一気に注目を集める存在になった。「クラブ・トラックのフックを歌う若い天才ボーカリスト」という登場の仕方は、その後のキャリアを考えると、実はかなり示唆的だった。

2014年、満を持してリリースされたデビュー・アルバムが世界を席巻する。ここでSam Smithは、フィーチャリング要員ではなく、フルレングスのシンガーソングライターとしての存在感を打ち出した。グラミー賞では新人賞をはじめ主要部門で複数受賞し、一躍「ポスト・アデル」的なUKの声として世界標準になった。翌2015年には映画『007 スペクター』の主題歌を担当し、この曲でアカデミー賞の主題歌賞も受賞している。20代前半でここまでの実績を積み上げた歌手は、そう多くない。

2017年のセカンド、2020年のサード、そして2023年のフォースと、アルバムを重ねるごとに作風も見た目も大きく変えてきた。特に2022年頃からのフェーズは、それまでのSam Smithのイメージを知っている人ほど驚くほどの変わりようで、ここは後ほど詳しく触れたい。日本でも来日公演やフェス出演を重ねていて、洋楽ファンにとってはずっと近い存在であり続けている歌い手だ。

音楽性の核と変遷

Sam Smithの音楽の核にあるのは、まず何よりも「声」だ。中低音のふくよかさと、そこからスッと抜けるファルセットの落差。ゴスペルやソウルの様式を通ってきた声質でありながら、涙をこらえるような揺れが常にある。派手なメリスマで押し切るタイプではなく、フレーズの終わりで息を薄く伸ばしていく歌い方が特徴的で、一度聴くと他の誰かと聞き間違えることがない。

初期の作風はストリングスとピアノを中心にしたバラードが軸で、UKソウルの伝統を現代的に磨き直したような音像だった。In the Lonely Hour🛒楽天期のSam Smithは、失恋・片思い・報われない愛といったテーマを繰り返し歌い、これがグローバルに刺さった。90年代・00年代のR&Bバラードの直系にありながら、EDM/ハウス以降のクリーンなプロダクションと同居している。この折衷感が、当時のポップスの潮流にもぴったり合っていた。

2作目のThe Thrill of It All🛒楽天あたりから、ゴスペル色がぐっと強まる。合唱、ハンドクラップ、教会的な残響。ここでSam Smithは「大きな声」を出すことを覚え、宗教的とも言える高揚感を持ち込んだ。ただ、この時期はまだ「上手に泣かせるバラード歌手」の枠内にとどまっていた印象がある。

大きな変化が起きたのは3作目のLove Goes🛒楽天前後。ダンサブルなトラックが増え、Normaniとのコラボ「Dancing With a Stranger」やCalvin Harrisとの「Promises」など、フロア向けの仕事が急増した。ここでSam Smithは、初期のディスクロージャー期に持っていた「クラブの上のボーカル」というルーツに、意識的に戻っていったように見える。バラードの人からダンスの人へ、というより、両方を行き来できる人だと自分で気づき直した時期、と言った方が近い。

そして4作目のGloria🛒楽天で、方向転換はもう明確な宣言になる。クィアとしての自分、身体、欲望、解放。それまで丁寧に包み隠していた領域を、サウンド面でもテーマ面でも前面に出してきた。ここでのSam Smithは、暗くて重いバラード歌手ではなく、ちょっと危うくて、艶っぽくて、時にコミカルですらあるパフォーマー。声質そのものは変わっていないのに、まとう音楽が変わるだけで人はここまで別人に見えるのか、というのを体現している。

聴きどころ3点

  • ファルセットと地声の切り替え。フレーズ末尾で声を薄くフェードさせる癖に、この人らしさが凝縮されている。
  • ゴスペル/教会音楽的な高揚感。ソロの弱さと合唱の強さのコントラストで、曲を映画のように盛り上げる。
  • バラードとダンストラックを同じ喉で歌い分ける器用さ。フロア仕様の曲でも、涙の匂いが完全には消えない。

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

まずデビュー作。世界的なブレイクを決めた一枚で、シングルの「Stay With Me」「I’m Not the Only One」「Money on My Mind」あたりは、当時ラジオでかからない日がなかったほど。ゴスペル調のコーラスを従えて、若い声が失恋を歌う。この構図があまりに強く、しばらくの間Sam Smith=「泣きのバラード」というイメージが固定された。楽曲単体の完成度が高いので、まずはここから入るのが一番わかりやすい。

2作目は、成功後の混乱と孤独をより落ち着いたトーンで描いた作品。ソウル/ゴスペルへの傾斜がはっきりし、シンガーとしての厚みが増した一枚だ。派手なヒットこそデビュー作に比べると少ないが、じっくり聴くほど味が出るタイプのアルバムで、Sam Smithの「歌」の底力を確認するにはこちらの方が向いている。

3作目は、コロナ禍のタイミングと重なった作品でもあり、ダンス・ポップ寄りのシングル群と、内省的なバラードが同居している。Calvin Harrisとの「Promises」やNormaniとの「Dancing With a Stranger」といったコラボ・ヒットが軸で、アルバム全体としてもプロダクションがぐっと現代的になった。デビュー作の重さから、少し風通しの良い場所に出てきた印象がある。

そして4作目。ここではKim Petrasとの「Unholy」が象徴的だ。ダークで妖しい、劇場的なポップ・チューンで、UK・USの両方でチャートのトップに立った。Sam Smithにとって「初のUS No.1シングル」を長く待ち望まれてきた中で、それを掴んだのがこの曲だった、という意味でもキャリアの節目になっている。アルバム全体としてもバラエティが広く、ジャズ・キャバレー的な曲、ゴスペル、ダンス、シアトリカルな曲などが並ぶ。1枚を通して聴くと、これまでのSam Smithのすべての引き出しが詰まっていることに気づく。

単発の仕事で忘れてはいけないのが、007主題歌の「Writing’s on the Wall」だ。オーケストラをバックに、震えるようなファルセットで主題を提示する構成は、シリーズの歴代主題歌の中でもかなり静かで内向的な部類に入る。派手さではなく、繊細さで押し切った点にSam Smithらしさが出ている。個人的には、この曲でこの人の声の使い方がひとつ完成したと思ってる。

カルチャー的な文脈と影響

Sam Smithを語るうえで避けて通れないのが、アイデンティティの公表と、それがポップの現場に与えたインパクトだ。まずゲイであることをオープンにしていたのは早い段階で、そのうえで2019年にノンバイナリーであること、代名詞をthey/themに変更することを公にした。これは英語圏のポップの一線級のスターとしては、当時かなり踏み込んだアクションで、賛否も含めて大きな議論を呼んだ。

興味深いのは、この公表以降のSam Smithが、音楽的にも「隠さない」方向に舵を切ったこと。バラードで「言えない気持ち」を歌っていた人が、ダンストラックで欲望や身体をストレートに歌うようになった。この変化を単なる路線変更として片づけるのは、たぶん間違っている。歌い手として、隠す仕事から出す仕事にシフトした、と考えた方がしっくりくる。

コラボの相手を見ても、Sam Smithがポップシーンのどこに立っているかがよく分かる。UKのハウス/ガラージ勢(Disclosure、Calvin Harris)から、USメインストリームのR&B/ポップ勢(Normani、John Legend、Mary J. Blige)、さらに新世代のクィア・ポップの象徴的存在であるKim Petrasまで。ジャンルも世代も横断していて、しかもどのコラボでも自分の声の輪郭を失っていない。ゲスト仕事の多いシンガーは自分の色を薄めがちだが、この人はほぼ逆で、他人の曲に混ざるほど「Sam Smithらしさ」が濃くなる稀有なタイプだ。

ライブ/ステージ演出面でも、近年のSam Smithはかなり攻めている。近年のワールドツアーでは、シアトリカルでゴシックな舞台装置、身体性を強調した衣装、複数曲にまたがるコンセプチュアルな構成など、いわゆる「歌唱重視のシンガー」の枠を明らかに超えた設計になっていた。バラード歌手のイメージだけを持ってライブに行くと、良い意味で裏切られる。

今チャートでの立ち位置

デビューから10年以上経ってなお、Sam Smithはシングル単位でチャートに戻ってくる歌い手だ。アルバム発表のサイクルとは別に、コラボ曲やダンス寄りのシングルで年単位でヒットを積んでいくスタイルは、いまの洋楽シーンの主流にもよく合っている。ストリーミング時代は「1曲でずっと生きられる歌手」がむしろ強い時代でもあり、この人はまさにその戦い方ができるアーティストだ。

日本のリスナーにとっても、Sam Smithはずっとチャートの近いところにいる存在で、洋楽ラジオやプレイリストで名前を見ない週の方が珍しい。バラード時代のリスナーは今もいるし、ダンス時代から入った新しいファンもいる。世代とジャンルの両方を跨いだリスナー層を持っている、というのはキャリアが長い人だけが到達できる場所で、Sam Smithはすでにその位置にいる。

これから聴くならどこから

初めて聴くなら、まずは「Stay With Me」。この人の声質、歌い回し、ゴスペル的なコーラスの使い方、その全部がわずか3分に詰まっている。ここで声にピンと来たら、次のステップに進む価値がある。

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  • The Thrill of It All — 歌の底力を味わえる
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  • Gloria — 現在地がわかる1枚
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  • Love Goes — ダンス寄りへの転換点
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入門動線

  • まずこの1曲:「Stay With Me」。声質と歌い方の名刺代わり。
  • 次にこの1枚:デビュー・アルバム。バラード期のSam Smithを1枚で掴める。
  • 深めるならこの1枚:4作目のGloria🛒楽天。近年の変化と現在地がまとまっている。

もう少し寄り道するなら、Disclosure時代のゲスト参加曲を遡って聴いてみてほしい。今のSam Smithが辿り着いた「ダンスの上のソウル声」というスタイルの原型が、10年以上前の音源にすでにあることが分かる。人はそう簡単には変わらない、というより、根っこはずっと同じで、その周りに乗せる音を変えているだけなのかもしれない。そう思うと、この人のディスコグラフィはもっと面白く聴けると思ってる。

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