Mrs. GREEN APPLEはなぜ生活に残るのか|フェーズ2で変わった設計と代表曲

青りんごをモチーフにした鮮やかなポップアート的グラフィック アーティスト

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ミセスがここまで来た理由、「ケセラセラ」以降の熱量

Mrs. GREEN APPLEの名前を、ここ2〜3年でテレビからも配信チャートからも耳にしなかった週がない。街のスーパーで流れ、コンビニのBGMになり、学校の合唱コンクールで歌われる。ここまで生活に溶け込むバンドは、ゼロ年代以降でも数えるほどしかいない、と自分は思ってる。

ただ、彼らの現在地は「売れているJ-POP」の一言で片づけると本質を見誤る。2020年に一度活動を止めて、2022年に3人体制で戻ってきた。このブランクを挟んだ前後で、音楽の設計思想がまるで違う。初期作と最新作を並べて聴き直すと、同じバンド名で違う職業をやっている印象すら受ける。

この記事では、結成から現在までの流れ、音楽性の変化、代表曲の位置づけ、そして「今から聴くならどこから入るか」を、ライターとして5作以上を何度も聴き直したうえで整理する。数字だけ追う紹介ではなく、なぜこのバンドが刺さるのかを言葉にしたい。

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このアーティストの要点

  • Mrs. GREEN APPLEは2013年結成の日本のロックバンドで、2015年7月8日にミニアルバム『Variety』でEMI Recordsからメジャーデビューした。
  • 現在のメンバーは大森元貴(Vo/Gu)、若井滉斗(Gu)、藤澤涼架(Key)の3人体制で、全楽曲の作詞・作曲を大森が担当している。
  • 2020年7月に「フェーズ1完結」を宣言して活動休止、2022年3月に「フェーズ2開幕」で活動を再開した。
  • 2023年に「ケセラセラ」で第65回日本レコード大賞を受賞し、同年の第74回NHK紅白歌合戦に初出場を果たした。
  • 2025年3月には第39回日本ゴールドディスク大賞でアーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

結成からデビュー、そして「フェーズ1」の駆け抜け方

結論を先に書くと、彼らはアマチュア期からメジャーデビューまでの流れが異様に速い。大森元貴が中学1年でDTMを独学で始め、小学校の卒業式で目立ちたいという動機でバンドを組んだ、というエピソードは有名だが、そこから10代のうちにEMI Recordsからメジャーデビューまで辿り着いている。速い。

2013年に東京で結成、2015年7月8日、ミニアルバム『Variety』でメジャーデビュー。この時点でメンバーは5人体制で、後に脱退することになる山中綾華(Dr)と髙野清宗(B)も含まれていた。デビュー時、大森は18歳。ボーカル、ギター、作詞、作曲、アレンジまで全部やる若者が、5人組ロックバンドのフロントに立っている。これがそもそも当時のシーンでは異物だった。

初期の彼らは、正直に言うと「バンドらしいバンド」だった。ギターロックの骨格の上に、大森のハイトーンとポップなメロディが乗り、鍵盤が色彩を足す。今の派手な演出とは違って、生の楽器の鳴りをちゃんと聴かせる作りだった、と思う。この時期の楽曲群がのちに「フェーズ1」と呼ばれる。

そして2020年7月8日、ちょうどメジャーデビュー5周年の日に、彼らは「フェーズ1完結」を宣言して活動休止に入った。売れているバンドが自ら止まる決断をするのは、シーンの中でもかなり珍しい。翌2021年12月には山中と髙野が脱退し、ここでバンドの形が一度壊れた。

「フェーズ2」で何が変わったのか

約1年8カ月の休止を経て、2022年3月に「フェーズ2開幕」を告げて活動再開。ここからのミセスは、別バンドと言っていいくらい設計が変わった。

まず編成が3人になった。大森、若井、藤澤。バンドとしての最小構成に近い。だが音は逆にリッチになった。ドラムとベースが不在なら普通はスカスカになるはずなのに、打ち込みとシンセ、ストリングスやブラスを大胆に足して、むしろオーケストラ的なスケールに寄せてきた。ここが面白い。

「バンドの音」から「大森元貴のヘッドアレンジをフルスケールで鳴らすユニット」への転換、と自分は解釈している。ライブ映像を見ると分かるが、サポートメンバーを大量に入れて、視覚的にも音的にもフェスの中心に据えられる作りに再設計されている。

そしてフェーズ2で最初に世間を大きく揺らしたのが「ケセラセラ」(2023年)。この曲で第65回日本レコード大賞を受賞し、同年末の第74回NHK紅白歌合戦に初出場した。休止前は紅白に出ていなかった、という事実を思い出すと、フェーズ2のギアの入り方がわかる。

音楽性の核と変遷|「歌謡曲の設計」と「派手さの快感」

結論から言うと、ミセスの強みは「歌謡曲の設計を、現代のプロダクションで鳴らしていること」だ。単なるJ-POPでも、単なるロックでもない。

大森元貴の書くメロディは、Aメロ・Bメロ・サビの落差がはっきりしている。サビが来ると分かる前振りがあり、来た瞬間に景色が変わる。この骨格は昭和歌謡やゼロ年代J-POPの黄金律に近い。ただし、そこに現代的な音数の多さと、アニメ音楽的なブラス・ストリングスの派手さ、EDM的な低音の押しを重ねている。だから若い世代にも刺さる。

もうひとつ、彼らの特徴は「暗いテーマを、明るい音で歌う」ことにある。歌の中身は生きづらさや別れや自己嫌悪を扱っていても、サウンドは真昼のように明るい。この温度差がリスナーの逃げ場になる。落ち込んだ日にも聴けるし、通勤中に流しても浮かない。生活に馴染むポップの理想形だ、と自分は感じてる。

フェーズ1の頃はもっとギターバンド的な直線性があった。若井滉斗のギターは繊細で重厚なサウンドメイクを得意とするタイプで、初期の楽曲を支えていた。それが3人体制になって以降は、ギターの役割が「主役」から「色付け」に移り、鍵盤とサウンドデザインの比重が上がった。フェーズ1と2を続けて聴くと、この変化がはっきり分かる。

そう。この「変化を恐れない」姿勢こそ、彼らを他の同世代バンドから引き離した最大の要因だと思う。

聴きどころ3点

  • 大森元貴のハイトーンと低音の使い分け。1曲の中で歌い手が3人いるように聴こえる場面がある。
  • サビ前の1〜2小節にある「間」。ここが決まる曲はほぼ全部当たっている。設計の妙。
  • アレンジのレイヤーの厚み。イヤホンで聴くと、ブラス・ストリングス・コーラスが左右に散っているのが分かる。スピーカーとは別の景色になる。

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

ここは楽曲単位で見ていく。全部触れるとキリがないので、時代の節目になった作品に絞る。

まずフェーズ1の代表曲として外せないのが青と夏🛒楽天。夏の楽曲として毎年6〜8月に再生数が跳ねる、いわゆる「季節に呼ばれる曲」になった。ミセスが世間に広く知られる最初のきっかけを作った1曲、と言っていい。

次に僕のこと🛒楽天。バラード寄りで、卒業式や合唱で歌われる回数が多い曲。大森のメロディメイカーとしての力量が最もストレートに伝わる。初めてミセスを聴く年配のリスナーにこれを渡すと、だいたい響く。自分の親世代に薦めても違和感なく受け入れられた。

ロマンチシズム🛒楽天はバンドサウンドの躍動が濃い曲で、フェーズ1のライブのクライマックスを支えた。フェーズ1完結のタイミングで映像作品にも収まっており、この時期のミセスを知る入り口として機能してる。

フェーズ2の号砲がケセラセラ🛒楽天(2023年)。第65回日本レコード大賞を受賞した楽曲で、生活賛歌的な広がりを持つ。歌詞世界は暗さも抱えているのだが、サビの押し出しが強く、通勤中でもフェスでも成立する。ミセスが「国民的」に踏み込んだ最初の1曲だと自分は位置付けている。

そしてライラック🛒楽天(2024年4月リリース)。リリースから1年以上経ってもストリーミングチャートで独走し続けた怪物曲。イントロの掴みが強く、サビの疾走感が異常に高い。近年のJ-POPで「1年以上チャートに居座り続けた」曲は限られているので、これは記録に残る現象だと思う。

2025年7月8日リリースのベストアルバム10🛒楽天は、メジャーデビュー10周年の節目にフェーズ1と2の代表曲を一気に俯瞰できる作品。新規リスナーが最短距離で全体像を掴むならこれを1枚買っておけば足りる、というくらい親切な構成になっている。

文脈|2020年代日本のポップシーンの中で

結論を先に言えば、ミセスは「バンドがJ-POPの中心に戻ってきた」ことを象徴する存在だ。

2010年代後半、日本のヒットチャートはボカロ出身のシンガーソングライターや、ストリーミングネイティブのソロアーティスト中心に動いていた。バンドは相対的にチャートの真ん中から遠ざかっていた時期がある。そこにミセスが、フェーズ2の再定義で戻ってきた。しかも「昔ながらのバンドの形」ではなく、打ち込みとサウンドデザインを取り込んだ新しい編成で、だ。

この文脈で並べて聴きたいのが、Vaundy、Official髭男dism、King Gnu、優里、あたり。いずれもバンド/ソロの垣根を軽々と越え、J-POPの構造を現代化した勢力だ。ミセスはこの中でも最も「バンド起点」で始まり、最も「バンドの形を解体した」グループになる。

2025年3月、第39回日本ゴールドディスク大賞でアーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞、さらに第48回日本アカデミー賞では主題歌賞を受賞した。音楽業界と映画業界の両方から評価された、ということだ。これは同時代の日本人アーティストでも稀な位置取り、と言える。

ファンネームは「JAM’S」、ファンクラブ名は「Ringo Jam」。バンド名の「グリーンアップル(青りんご)」を軸にした世界観の作り込みも、彼らの強みだ。名前・ロゴ・グラフィックの統一感が、フェーズ2でぐっと洗練された。ここを担当しているデザイン陣の仕事も、正直かなり効いている。

今チャートでの立ち位置

結論としては「上位に居続けるフェーズ」がまだ続いている、というのが率直な見立て。

「ライラック」は2024年4月のリリースから相当長い期間、配信ランキングの上位を占め続けた。1曲が1年チャートに残るのは、いまの回転の速いストリーミング環境では珍しい。この曲だけで新規リスナーが継続的に流入していて、そこからバックカタログ、つまり過去曲へ遡っていく。この流れがきれいに作れている。

2025年7月8日のベストアルバム『10』リリース、秋の5大ドームツアー『DOME TOUR 2025 “BABEL no TOH”』開催と、話題を切らさない設計が続く。ドーム規模のツアーを組めるバンドは同世代でごく限られているので、動員の面でもトップ層にいる、と考えていい。

チャートで今週何位、といった数値の話は変動が激しいのでここでは書かない。ただ「ミセスの新曲が出れば当分は上位」という予想が外れなかったのが、ここ2〜3年の実態だ。当面この地形は変わらないと自分は見てる。

これから聴くならどこから

初めての1曲は「ライラック」でいい。掴みの強さが群を抜いていて、ここで刺されば他の曲もほぼ入ってくる。刺さらなかったら、次に「ケセラセラ」を試す。この2曲でフェーズ2の主軸は掴める。

もう一段深掘りしたいなら、フェーズ1の代表曲「青と夏」「僕のこと」「ロマンチシズム」を並べて聴く。バンドサウンドの温度が違って、同じアーティストとは思えない。この温度差を楽しめるようになったら、もうミセスの中級リスナーだ、と勝手に思っている。

アルバムを1枚だけ買うなら、迷わず2025年7月のベスト盤『10』。10年分を俯瞰でき、フェーズ1と2の両方を1枚で比較できる。新規から入るには最短ルート。

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  • 10 — 10年分を俯瞰できるベスト
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  • 青と夏 — 夏に呼ばれる定番曲
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入門動線

  • まずこの1曲:「ライラック」。フェーズ2の頂点で、掴みの強さで判断すればいい。
  • 次にこの1枚:ベストアルバム『10』。10年分を最短で俯瞰できる。
  • 深めるならこの1枚:フェーズ1期のアルバム作品(『Variety』以降のスタジオ作)を1枚選んで通して聴く。バンド編成期の温度が別物として掴める。

大森元貴という書き手の特殊性

ここは深掘りしておきたい。ミセスの音楽をひとりで背負っているのが大森元貴だ、という事実は改めて強調していい。全楽曲の作詞・作曲を担当しており、アレンジにも深く関わる。これはJ-POPのバンドとしてはかなり珍しい体制で、通常はメンバー間で作曲が分散されるか、外部の作家が入る。

結果として、ミセスの楽曲群には「大森節」と呼びたくなる強い統一感がある。転調の位置、ハイトーンの入るタイミング、サビ終わりの余韻の切り方。10曲続けて聴いても飽きないのは、この一貫性が下地にあるからだと思う。一方でマンネリに落ちないのは、アレンジのバリエーションでカバーしているからだ。楽曲の骨格は似ているのに、音の景色が毎回違う。

大森は1996年9月14日、東京都出身。デビュー時点で18歳、フェーズ2開幕時点で25歳、レコード大賞を獲った2023年で27歳。20代のうちに国民的アーティストの位置まで到達している。10代でDTMを独学で始めた土台があるとはいえ、単純に速い。

若井滉斗は1996年10月8日生まれの東京都出身で、大森と同じく結成メンバー。繊細かつ重厚なサウンドメイクを得意とするタイプで、ファッションへのこだわりでも知られる。藤澤涼架はキーボード担当で、3人の中では最年長。フェーズ2以降のリッチなアレンジは、藤澤の鍵盤アプローチがあって初めて成立している。

ライブと視覚演出|「観る音楽」としての強度

ミセスを語るときにライブの話を外すと、片面しか見ていないことになる。フェーズ2以降、彼らのライブは明らかに「観る音楽」に軸足を移している。

3人体制になってから、ステージにはサポートメンバーとダンサー、そして大掛かりな照明・映像演出が入るようになった。楽曲のスケール感を、視覚でも同時に増幅するタイプの見せ方だ。ロックバンドのライブというより、ポップ・アクトのショーに近い。この転換は賛否あったはずだが、結果として動員は増え、ドーム規模のツアーが組めるところまで来た。

2025年秋の5大ドームツアー『DOME TOUR 2025 “BABEL no TOH”』は、この方向性の到達点になる。ドーム規模で成立するショーを組めるバンドは、いまの日本で本当に限られている。ミセスはその数少ない一組に入った、ということだ。

まとめ|なぜ生活に残るバンドになったのか

結論としては、ミセスがここまで生活に残ったのは、「明るい音で暗い話をする」という設計と、「変化を恐れずバンドの形を組み替えた」判断、この2つに尽きる、と自分は思ってる。

2020年に活動を止めるという選択は、当時のファンにはショックだったはずだ。しかしそこで一度立ち止まったからこそ、フェーズ2の3人体制で音楽の設計そのものを書き直すことができた。休止しなかったら今のミセスは無かった、と言い切っていい。

これから聴く人は、まず現在地の1曲から入って、時間があればフェーズ1へ遡ってほしい。同じ名前を名乗る2つのバンドの記録を追体験できる。J-POPの現代史を辿るうえでも、ここは避けて通れない章になっている。

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