Nia Archivesという事件 ジャングル復権を牽引する新世代の輪郭

夜のクラブに射し込む青と紫の光、ブレイクビーツを想起させる抽象的な波形イメージ アーティスト

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ジャングルという言葉に、90年代のノスタルジーを感じる人はもう少数派になった。Nia Archives(ニア・アーカイヴス)が2020年代に鳴らし始めてから、あの高速ブレイクビーツは若いリスナーの現在進行形の音楽になっている。彼女は懐古ではなくジャングルの現在形を書いている。過去のBPMに、いまの感情の解像度で歌詞を乗せる作家だ。

2024年4月にデビュー・アルバムを出したばかりの、まだキャリア5年前後の作家。それでもUKの主要な賞レースで名前が並び、フェスのメインステージに立ち、ロック・ポップの語彙とも会話ができる。この記事では、彼女が「ジャングル・リバイバルの旗手」と呼ばれる理由を、経歴・音楽性・代表作の3方向から掘る。

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このアーティストの要点

  • Nia Archivesは1999年9月、イングランド北部ブラッドフォード生まれの英プロデューサー/DJ/シンガーソングライター。ジャングルとドラムンベースを軸に活動している
  • 本名はDehaney Nia Lishahn Hunt。活動開始は2020年で、自身のレーベルHIJINXXとIsland Recordsから作品を発表している
  • 2023年のBRIT Rising Star(BBC Radio 1後援)のショートリストに、Cat Burns、FLOと並んで選出された
  • BBC Radio 1の「Sound of 2023」ロングリストにも入り、UKメディアが早くから注目してきた新世代の顔
  • デビュー・アルバム『Silence Is Loud』は2024年4月12日リリース。全10曲・35分15秒、Ethan P. Flynnとの共同プロデュース

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ブラッドフォードからの登場 — プロフィールと来歴

まず出自から。Nia Archivesは1999年9月、ウェスト・ヨークシャー州ブラッドフォード生まれの英国人DJ、プロデューサー、シンガーソングライターで、ジャングルと現代的なサウンドの融合で知られる。北イングランドの、決してロンドン中心のシーンから近い位置にあるとは言えない街。この地理は、後述する彼女の作家性に地味だが確かに効いている。

音楽との距離は早かった。義理の父はラッパー/プロデューサーで、Lunar Cのような顔ぶれが家に出入りしていたという環境。7歳頃には独学でピアノを弾き始め、歌もうたっていたが、ペンテコステ派の教会で聴く強い声には気後れしていた。ゴスペル的な発声への憧れと躊躇。この二重性が、のちに彼女がマイクの前で選ぶ「ささやくような歌唱」の遠い伏線になっている、と思う。

制作を自分の手に取ったのは10代後半。リーズからマンチェスターへ移り、Roots Manuva、Burial、Roni Sizeに触発されて他のプロデューサーと組もうとしたが「彼らが遅すぎた」ので自分でやることにした。そして海賊版のLogicをダウンロードし、ゼロからビートの作り方を覚えた。この身も蓋もない経緯は、彼女の音楽を語るうえで無視できない。他人の速度を待つより自分で作った方が早い、と判断する回路。ここが起点だ。

最初はYouTubeのチュートリアルでプロダクションを学び、boom bapから始めて、そこに他の様々な影響を足していく形で、ハードなドラムパターンと夢見心地のメロディ、ネオソウル的なヴォーカルが混じる独自のジャングル・スタイルを作り上げた。デビューEP『Headz Gone West』はその年の4月にドロップ。ここから彼女の名前が加速していく。

肩書きや所属も一応整理しておく。ジャンルはジャングルとドラムンベース、職業はレコード・プロデューサー、DJ、ソングライター、活動期間は2020年から現在、レーベルはHIJINXXとIsland。HIJINXXは彼女自身に紐づくレーベル、Islandはユニバーサル傘下のメジャー。両輪で動いていることは、彼女のキャリア設計を読むときの大事な補助線になる。

ジャングルを”新しい若者の音楽”に戻した作家性

結論から言うと、Nia Archivesの音楽の核は「ジャングルの速度と、シンガーソングライターの内省」を同時に成立させたことにある。ここが新しい。

ジャングルはもともと、90年代半ばのUKで生まれたブラック・ミュージック由来のサブジャンルだ。アーメン・ブレイクを刻み、レゲエ/ダブの重低音を敷き、テンポは160BPM前後。基本的にはフロアの音楽で、ヴォーカルはサンプルやMC寄り。ここに彼女は、自分の”生の声”と自作の歌詞を、ポップ・ソングの構造で乗せてくる。ヴァースがあって、フックがあって、ちゃんと物語がある。踊れるが、車の中でひとりでも成立する。この設計が、若いリスナーに刺さっている。

『Silence Is Loud』についてApple Musicの取材でも本人が言葉を残している。受賞歴のあるアーティスト/プロデューサー/DJで、ジャングルのメインストリーム復権を牽引した存在として知られる彼女は、このアルバムのサウンドスケープが初期の音からエクレクティックな逸脱であることを最初に認めている。つまり、彼女自身が「ジャングルの中に留まる作家」ではなく、そこから外へ出ていく作家だと明言している。ここは重要。

そしてこの「外」の一部が、90年代UKのブリットポップやシューゲイズ的な質感だ。The Faceは、彼女がジャングルのルールブックを書き換えていると評した。ジャングルの側からブリットポップに手を伸ばした作家は珍しい。ふつう逆はある。ロックの側がドラムンベースをかっこいい記号として拝借する構図。彼女はその方向を反転させて、自分のホームであるジャングルの側から、白人ギター・カルチャーの語彙を引き寄せている。北イングランドで育った彼女にとって、その両方は等距離にあった、ということだと思う。

聴きどころ3点

  • ドラムの重心の低さ:160BPM前後の疾走感は保ちつつ、キックとサブベースの帯域を厚く鳴らす。ヘッドフォンでも身体が動く
  • ヴォーカルの距離感:張り上げないでマイクに近い。ネオソウルとインディの中間、囁きに近い温度で、ブレイクの上に静かなメロディを置く
  • コード感の情緒:単なる4つ打ちのユーフォリアではなく、マイナー7thやサステインした和声で”物憂さ”を残す。フロアの音楽なのに寂しい

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

入口として押さえておきたい作品を、時系列で。作品名の初出は🛒楽天で囲む。

まずはEPHeadz Gone West🛒楽天。デビューEPとして4月にドロップされ、アップビートなドラム・パターンと持ち味の憂いのある歌詞のブレンドが、多くの支持を集めた。ここでNia Archivesという名前の輪郭がついた。ジャングルなのに寂しい、という彼女の座標がすでに提示されている。

初期の代表曲として名前を挙げるならシングルForbidden Feelingz🛒楽天。『Silence Is Loud』からのシングルとして2021年10月14日にリリースされた——正確にはこの曲は先に単独/EPで世に出ており、後にアルバムに収録された形。ジャングルを”歌もの”として成立させる彼女の方法論が、この時点でかなり完成している。以後の彼女の入口として、いまも機能する曲だ。

2022年のシングルSo Tell Me…🛒楽天、2024年年頭のCrowded Roomz🛒楽天と続く。「So Tell Me…」は2022年11月16日、「Crowded Roomz」は2024年1月19日にアルバムからのシングルとして先行リリースされた。Louder Than Warのレビューはこの「Crowded Roomz」を、2024年でも屈指の記憶に残るコーラスを持つ曲として言及した。人混みのなかで感じる孤独、という古典的なテーマを、ジャングルのBPMに乗せて成立させた曲。ここで彼女は”クラブの外”のリスナーも掴んだ、と個人的には思っている。

そしてデビュー・アルバムSilence Is Loud🛒楽天。2024年4月12日リリース、全35分15秒、レーベルはHijinxxとIsland、プロデュースはNia Archives自身とEthan P. Flynn。35分という尺の短さは意図的だと思う。ジャングルの疾走感を持続させるには、この長さがちょうどいい。『Album of the Year』のまとめでは、ジャングル・シーンの牽引者としてデビュー・アルバムで新境地を切り開き、UK音楽におけるエキサイティングな新しい声だと証明した、と評価されている。

アルバムの色を一言で言えば、”ジャングル×90sブリットポップの子供”。ドラムはハードだが、コード進行とメロディはOasis以降のUKロックの記憶を呼ぶ。この配合は他にいない。彼女がジャングル・リバイバルの人でありながら、ロック・ポップの語彙とも会話できるのは、この配合のおかげだ。

2023年、名前が制度に届いた年

作家性の話をひとまず離れて、キャリアの節目を確認する。2022〜2023年は、彼女の名前が業界の”制度側”に一気に届いた時期だった。

BRIT Awards 2023の主催は、BBC Radio 1後援の権威あるRising Star部門の3組を発表し、Cat Burns、FLO、Nia Archivesが選ばれた。2008年にCritics’ Choiceとしてスタートしたこの賞は、UK音楽の未来のスターを特定してきた実績がある。過去にはAdele、Sam Smith、Dua Lipaも通ってきた枠。ジャングル/D&Bの作家がここに入るのは、実はかなり異例だ。

ほぼ同時に、BBC Radio 1の「Sound of 2023」ロングリストも発表され、Nia Archives、Cat Burns、Fred Again..が翌年の大ブレイク候補として選ばれた。前年のこの賞はPinkPantheressが獲っていた枠。UKメディアの”次に来る作家”の目利きの中に、彼女はしっかり入っていた。

ライブ/DJの現場での動きも大きかった。2023年には、Central Cee、KanoとのJD SportsのXmas広告に登場、DJ Magの12月号カヴァーを飾り、Warehouse Projectでの1万人動員のテイクオーバー・イベント『UP YA ARCHIVES』をソールドアウト、Fred Againの「leavemealone」をリミックスした。北英の地元シーンから出発した作家が、UKクラブ・カルチャーの中心地の1万人キャパを1日で埋める。数字の話ではなく、シーンの重心が動いた瞬間として記憶しておいていい出来事だ。

ジャングル復権の”文脈”の中で

彼女ひとりでジャングルが復権したわけではない。この点は正直に書いておく。PinkPantheress、Piri&Tommy、Sherelle、Chase & Statusの再評価、SBTRKTやFred Againといった隣接領域の作家。ここ数年のUKでは、D&B/ジャングルの高速BPMが、ゼロ年代生まれのリスナーの”標準速度”になった。彼女はその大きな波の、最も歌もの寄りの入口を担当している。

影響源のリストを本人が明かしているのも、彼女のいいところだ。Roots Manuva、Burial、Roni Sizeが自作を始めるきっかけになったと語っている。90年代UKブラック・ミュージックの本流と、ゼロ年代以降のポスト・ダブステップ的な内省の系譜。この2本の線を素直に自分の音に引き受けている。だからNia Archivesを「ジャングル復権」というラベルだけで捉えると、たぶん半分しか見えない。もう半分は、Burial以降の「ひとり部屋のクラブ・ミュージック」の系譜の中にいる。

もうひとつ、これは私の観察だが、彼女がブラッドフォード〜リーズ〜マンチェスターという「北の三角形」を通って出てきたことは、作家性の理解に効く。ロンドン中心のシーンから距離があるから、ジャングルの”正しさ”に縛られずに、隣接するインディ・ロックやポップの記憶と自然に接続できた。ジャングルを”純化”するのではなく”開く”方向で扱えたのは、この地理と無縁ではないと思っている。

いまチャートで起きていること

今週のオンエア・チャートでの立ち位置についても触れておく。J-WAVE「TOKIO HOT 100」を含む日本のラジオ・チャートにジャングル/D&Bの作家が入ってくること自体、少し前までは珍しい光景だった。ここに彼女の名前が並ぶという事実は、単に1曲がヒットしたという以上の意味がある。日本のリスナーの”標準BPM”にも、じわりと変化が起きている、という兆候として読める。

ただ、順位の数字そのものに引きずられて評価する作家ではない、とも思う。彼女はEP・シングル・アルバムを2〜3年スパンで積み上げてきた作家で、キャリアの読み方は「今週」ではなく「この2年」の解像度が合っている。1曲だけ切り取って消費するより、EPの流れやアルバムの尺で聴く方が、彼女の魅力は倍出る。

これから聴くならどこから

入口は、聴き手のいる場所によって変わる。クラブから来る人、インディから来る人、ヒップホップから来る人。ここでは3ステップで案内する。

まずこの作品から聴く

  • Silence Is Loud — 現在地を掴む一枚
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  • Crowded Roomz — 歌もの入口の決定打
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  • Forbidden Feelingz — 初期の代表曲
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  • Headz Gone West — 原点のEP
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入門動線

  • まずこの1曲:「Crowded Roomz」。アルバムの空気を1曲で掴める。人混みの中の孤独というテーマを、ジャングルのテンポで歌える人が他にいないことがわかる
  • 次にこの1枚:デビュー・アルバム『Silence Is Loud』。35分。通勤片道でちょうど。ジャングルとブリットポップが同じ皿に乗る不思議な配合を、頭からケツまで体験する
  • 深めるならこの1枚:初期EP『Headz Gone West』。作家としての最初の輪郭がここにある。アルバムを聴いたあとで戻ると、この2〜3年で彼女が何を足し何を捨てたかが見える

もし余裕があるなら、ライブの映像も探してみてほしい。Warehouse Projectのような大箱で1万人が同じBPMで動く景色は、彼女の音楽がいま持っている社会的な質量を、いちばん直感的に伝えてくれる。スタジオ音源だけで完結する作家ではない。フロアで完成する部分が、まだ半分残っている。

最後にひとつだけ、答えを出さずに置いておきたい問いがある。彼女の次の一手は、ジャングルをさらにポップ側に開く方向なのか、逆にクラブの深部に潜り直す方向なのか。『Silence Is Loud』の外向きの拡張と、彼女のDJセットで見せる硬派なジャングルの引き出しは、まだ完全には統合されていない。この振れ幅こそが彼女を面白くしている。数年後にどう決着させるか——というより、決着させずに振り続けるのか。ここは、追っている人それぞれの解釈が分かれるところだと思う。

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