チャートに突然、鍵盤とドラムだけのデュオが現れる。派手なフックがあるわけでもない。2分53秒。短い。それでもリピートしてしまうのは、この曲が聴くたびに景色が違って見える設計になっているからだと思っている。
DOMi & JD BECKのEXiT🛒楽天は、2026年7月31日にApeshit/Blue Note Recordsから出た2ndアルバムWHO ASKED?🛒楽天の3曲目に置かれた楽曲。「EXiT」は超絶技巧の曲ではなく、超絶技巧を歌の器に畳み込んで見せた曲だ。デビュー作『NOT TiGHT』の華やかなゲスト陣を全部脱ぎ捨てて、二人が自分たちの声で歌う——その決断の重みが、この3分弱に凝縮されている。
この曲の要点
- 『EXiT』は2026年7月31日にApeshit Inc./Blue Note Recordsからリリースされた2ndアルバム『WHO ASKED?』の3曲目に収録
- フランス出身のキーボード奏者DOMi Lounaと、テキサス出身のドラマーJD Beckによるデュオ楽曲。全編を二人が自ら作曲・編曲・プロデュース
- Death Grips/Hellaのドラマー、Zach Hillがサウンドデザインで参加
- デビュー作『NOT TiGHT』(2022)のグラミー・ノミネートを経ての第2作
- アルバムはゲスト起用を絞り、DOMiとJD Beck自身のボーカルを軸に据えた構成
まず、何が起きているか
『EXiT』を最初に聴いたとき、正直、身構えた。デビュー作の印象があまりに濃かったから。Thundercat、Anderson .Paak、Herbie Hancock——このデュオが2018年に出会って以降、共演してきた面子はジャズ寄りのポップ史の登場人物みたいな並びで、その延長で来るのだろうと予想していた。
違った。『WHO ASKED?』は、ゲストをほぼ切っている。Blue Noteのスポットライト記事によれば、特別ゲストと呼べるのはサウンドデザインを手伝ったZach HillとDOMiの兄Noé Degalleの作曲協力くらい。あとの音は全部、二人でやっている。作曲、編曲、オーケストレーション、音響設計、指揮、録音、ミックス——クレジット欄が縦に長い。異常なほど長い。
『EXiT』はその方針が最もクリアに出るトラックのひとつだ。イントロの鍵盤の音色を聴くと、いわゆるジャズ・フュージョンの煌びやかなエレピじゃない。もっと乾いていて、少し玩具っぽい。celestaのクレジットが入っているのが効いている気がする。硬い金属音と、JD Beckの、ハイハットの分解能が異常に高いドラム。二つが並ぶと、ジャズよりも室内楽か、あるいは実験音楽の隣接領域に近い響きに聴こえる瞬間がある。
Zach Hillという補助線
この曲を語るとき、Zach Hillの名前は外せない。Death GripsとHellaのドラマー、と言えばピンとくる人には全部通じる。極端に速く、極端に破壊的で、しかし奇妙に構造的なドラミングで知られる人。その彼がサウンドデザインで参加している事実は、『EXiT』の質感を理解する鍵になる。
面白いのは、Zach Hillが入ったからと言って音が破壊的になっているわけではないこと。むしろ逆で、音の輪郭が非常に細かく整えられている。ドラムのアタック、キーボードの余韻、声が入る位置。この曲の3分弱の中で、それぞれの音がどこで鳴って、どこで消えるかの設計が細かい。海外メディアのレビューはドラムの音が特筆すべき水準にあると評していて、聴けばそれは同意する。ただし、それは技術がすごいという話とは少し違う。音が消える瞬間まで設計されている、という話だ。
そう。それが厄介。技巧派の若手デュオが技巧を見せに来る曲、として消費されがちなところを、この曲は聴かせる側に振り切っている。
歌うことの決断
『EXiT』最大の変化は、二人が歌っていること。DOMiもJD Beckも、クレジットにvocalsとvocal arrangerが並ぶ。デビュー作でここまで前に出るボーカルはなかったから、これは意識的な決断だ。
歌詞の内容は、抜け出せない場所からの跳躍のような、静かな倦怠と離脱のテーマを扱っているとされる。海外レビューでは、日常のなかで動けないでいる状態と、そこから跳ぶことの間で揺れているような曲、と読まれていた。詞そのものはここでは扱わないが、テーマとしては——タイトル通りの——「EXiT(退出)」だ。派手な脱出劇ではない。もっと個人的で、たぶん、朝の話ですらない。
この曲の声の使い方で個人的に印象に残るのは、ボーカルが主役として置かれていないこと。celestaとドラムと同じ平面に、声も置かれている。ミックスの中で声がやや引いた位置にあって、楽器と対等に会話している。ジャズの伝統でいうボーカリーズに近い感覚もあるし、現代のインディー・ポップの、ボーカルを楽器化する潮流にも通じる。どちらとも取れる位置に、意図して置かれているように聴こえる。
聴きどころ3点
- 鍵盤の音色選び——エレピの派手さを避け、celestaや玩具的な硬質音を混ぜたパレット。二人組の音の隙間が、この選択で活きる
- ドラムの消え方——JD Beckの叩き分けは速さより減衰の設計。ハイハットが鳴り切って消える瞬間を耳で追うと、この曲の緻密さが見えてくる
- ボーカルとインストの水平——歌が上に来ない。楽器と同じ高さで会話しているミックスは、繰り返し聴くほど景色が変わる
『NOT TiGHT』から何が変わったか
2022年7月29日にリリースされた1st『NOT TiGHT』は、Apeshit Inc.とBlue Note Recordsという2つのレーベルからの共同リリースだった。Anderson .Paakが自身のレーベルApeshitに二人をサインし、その盤がジャズの最重要レーベルであるBlue Noteとの合流でリリースされる——この組み合わせ自体が、当時のジャズ・シーンの一つの象徴だった。同作はグラミー・ノミネートを獲得している。
ただ、『NOT TiGHT』はデュオの傑作であると同時に、豪華ゲストのショーケースでもあった。Thundercat、Herbie Hancock、Mac DeMarco、Kurt Rosenwinkel。名前を並べるだけで持ち上げられる。だから次にどうするかは、本当に難しい問いだった。ゲストをもっと呼ぶか。ソロ寄りに引き算するか。
『WHO ASKED?』は、後者を選んだ。しかも徹底的に。全曲を二人で書いて演奏して録って混ぜている。『EXiT』はその決断の顔の一つだ。デビュー作でこの曲があったら、たぶん誰かが乗っていた。今作では二人だけが歌っている。この違いは、ジャケットや曲順以上に大きい。
どんな時間に効く曲か
これは統計の話ではなく、作風からの読みとして書く——『EXiT』は、たぶん夜遅くよりも、夕方から夜に切り替わる時間帯に効くように設計されている気がする。celestaの硬質な音は昼の日差しの中では少し浮くし、深夜の重さには軽すぎる。窓の外の色が変わっていく時間、通勤の帰り道、あるいは家で夕飯の後片付けをしている時間。3分弱という長さも、その時間軸に合っている。
もう一つ言えるのは、この曲は集中して聴くだけの曲じゃないということ。BGM化しても崩れないし、しかし正面から向き合うと細部が返ってくる。ジャズ・フュージョンの多くはこの両立ができない——構造が複雑すぎてBGMにならないか、平坦すぎて集中に耐えないか、どちらかに寄る。『EXiT』は真ん中を狙って、狙い通りに真ん中に着地している、と思う。
チャートの中の異物として
ヒットチャートに『EXiT』のような曲が入ってくることは、そう多くない。歌モノでもなければ、明確なフックが冒頭にあるわけでもない。それでもチャートに現れているのは、二人の存在自体が注目されて久しいからだ。10代の頃からThundercatやAnderson .Paakと共演し、20代前半でグラミーにノミネートされ、Blue Noteから2枚目を出した。この経歴に、待っていた耳がいる。
そして『EXiT』は、その待っていた耳への答えの一つになっている。派手な答えではない。派手な答えを避けた答えだ。個人的には、こういうチャートの入り方をする曲が増えてほしいと思っている。ヒットの意味が少しずつずれていく気配が、この曲からはする。
解釈が分かれるところ
一方で、この方向転換が全員に届いているわけではない。ボーカルの導入について、既存のレビューには賛否が分かれる場面もあった。楽器としての技量が突出している二人が歌うことに、違和感を持つ層がいるのは当然だ。『NOT TiGHT』のゲストがフロントを担い、二人が伴奏の異次元を見せる構造が好きだった耳には、『WHO ASKED?』の二人で全部やるは物足りなく響く可能性もある。
正直、自分もまだ答えを持っていない。ボーカリストDOMi、ボーカリストJD Beckが今後どこまで伸びるかは、この盤の評価の揺れ幅の中にあると感じている。ただ、『EXiT』の3分弱に関して言えば、この歌の位置取りは間違っていない。もう少し時間が経ってから、この曲の受け取り方は変わるかもしれない、と思っている。
入門動線
『EXiT』が刺さったら、まず同じアルバム『WHO ASKED?』を頭から通しで聴くのがいい。1曲目『Épiphanie』から『Had Enough』『EXiT』『Silhouette』と続く序盤の流れは、この盤の設計思想が最もクリアに出るゾーンだ。次に、その前の作品『NOT TiGHT』(2022)。同じデュオの、真逆のアプローチを聴くと、『EXiT』の引き算の凄みが立ち上がってくる。
もう一歩広げるなら、Anderson .Paakのレーベル周辺と、Blue Noteの2020年代のカタログ。それとZach HillのDeath Grips。この3方向に耳を伸ばすと、『EXiT』が立っている交差点の景色が見えてくる。
二人の出自と、この曲までの距離
DOMi Lounaはフランス出身のキーボード奏者、JD Beckはテキサス(ダラス)出身のドラマー。二人が出会ったのは2018年。当時JD Beckは10代半ばで、SNSに投稿していたドラム動画がAnderson .Paakの目に留まり、そこから加速度的にキャリアが動き出したことは既に何度も語られている。ティーンの二人が、いきなりThundercatやHerbie Hancockと並ぶステージに立つ——文字で書くと嘘っぽいが、本当にそういう数年だった。
その速度で走ってきた二人が、20代半ばで一度立ち止まった。それが『WHO ASKED?』であり、その中の『EXiT』だと私は捉えている。曲名を眺めるだけでも、いろいろな読み方ができてしまう。何からのEXiTなのか。ゲスト依存からのEXiT。ジャズ・フュージョンというラベルからのEXiT。あるいはもっと個人的な、日常や場所からのEXiT。全部が重なっている気がする。深読みかもしれない。ただ、この曲を含むアルバム全体の身振りを見ると、外に出るという主題は少なくともバックボーンにあるように聴こえる。
個人的な話を挟むと、私は『NOT TiGHT』を2022年の夏に何度も聴いていて、当時は技術に圧倒される感覚が強かった。今回『EXiT』を聴いて感じるのはそれとは違う手触りで、編集に驚く感覚に近い。同じ二人組が、たった4年でこれだけ表現の重心を動かせるという事実に、少し呆然とする。
ジャンルの座標のなさ
『EXiT』を含む『WHO ASKED?』は、レビュー各所でジャズ、クラシック、エレクトロニカ、ポップの間を横断する作品と評されている。ジャンル名を並べるほど、実際の音の姿はぼやける。逆に言えば、既存のジャンル用語では捉えきれないところに二人は立っている、ということでもある。
ジャズ・フュージョン、と呼んでもいい。ヌー・ジャズ、と呼んでもいい。チェンバー・ポップ、と呼んでもいい。どれも半分正解で、半分は違う。『EXiT』1曲だけを取り出しても、この分類の困難は残る。celestaの使い方はクラシック寄り、ドラムの分解能はエレクトロニカ寄り、ボーカルの佇まいはインディー・ポップ寄り、そして全体の即興的な緊張感はジャズ寄り。同じ2分53秒の中で、4つの引力が同時に働いている。
ジャンルレスな音楽は、ときに何にもならないリスクを負う。座標がないと、聴き手が身を置く場所を見つけにくい。『EXiT』が面白いのは、そのリスクを引き受けたうえで、それでも聴き手を離さない引力を持っていることだ。理由は、たぶん演奏の温度にある。技術は冷たくなり得るが、この曲は冷たくない。二人の演奏の呼吸が、どこかで手触りとして残っている。
ライブでの想像
まだ実際にライブでこの曲を体験していない立場から書くのはフェアでないかもしれないが、『EXiT』はライブで真価を出すタイプの曲だと予感している。二人がステージ上で目線を交わしながら、決まった構造の中で微妙に呼吸を変えていく——そういう場面が似合う音の作りだからだ。
録音物では音が整理されすぎている、と感じる人もいるかもしれない。それは半分同意する。ただ、その整理は、ライブで崩すための設計に見える。ジャズの伝統では、録音は型を提示し、ライブでそれを崩して更新していく。この曲はその伝統に沿って作られているように聴こえる。もし来日公演があれば、この曲がどこまで違う姿になるのかは見てみたい。
プロダクションを聴く耳で
もう一段ミクロに寄って、プロダクションの話をしたい。『EXiT』を良いスピーカーかヘッドフォンで聴くと、音場の中に空気の層が見える気がする。ドラムが中央前方、鍵盤が中央から少し左右に広がり、ボーカルが中央のやや後ろ。そしてリバーブが、部屋の広さを想起させるほどの量では入っていない。ほとんど素に近い距離感で音が鳴る。
これはたぶん意識的な選択で、ジャズの現場録音の身体性を、スタジオでも保とうとしている。過剰にエフェクトをかけると、音は綺麗になるが、二人の演奏の間が消える。DOMiがある音を弾いた0.1秒後にJD Beckが叩く、その0.1秒の呼吸を残すために、音場は素に近く保たれている。
そしてこの選択は、Zach Hillが関わっているという事実と矛盾しない。Death Gripsのプロダクションは一見混沌としているが、音の分離は驚くほど良い。彼が持ち込んでいるのは、混沌を混沌のまま鳴らすための整理術のような技術で、『EXiT』にはその技術の応用が効いていると私は聴いている。
結び
『EXiT』を何度か聴き直して思ったのは、これは技巧の曲ではなく編集の曲だということ。何を入れて、何を入れないか。何を鳴らして、何を消すか。その判断が異常に細かく、しかし表面的には静かに完結している。3分弱の中で、聴くたびに違うものが返ってくる。
音楽の速報性はチャートの数字で測れる。でも、この曲が持っている価値は、たぶんもう少し長い時間軸で測るしかないと感じている。半年後、1年後にもう一度戻ってきたい曲。そういう曲が今、チャートに紛れて鳴っている。
まずこの作品から聴く
- WHO ASKED? — 本曲収録の2ndアルバム
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