The Strokesが6年ぶりに戻ってきた。しかも、拳を振り上げてではなく、少しだけ疲れた顔で。Lonely in the Future🛒楽天は、7thアルバムReality Awaits🛒楽天のA面3曲目に置かれた、バンドの現在地を最も雄弁に語る一曲だと思ってる。先に鳴らした者だけが知る疲れが、ここでは怒りではなく、脱力したグルーヴとして鳴っている。ファズの効いたベースが数秒だけ轟音の予告をして、その後に広がるのはむしろ軽やかな、踊れるくらいのグルーヴ。この落差そのものが、この曲のテーゼだと感じてます。
この曲の要点
- The Strokesの7thアルバム『Reality Awaits』(2026年6月26日、Cult Records/RCA)収録曲。A面3曲目。
- アルバム全体のプロデュースはRick Rubin。コスタリカでレコーディングされた9曲入り、41分02秒の作品。
- 先行シングルは「Going Shopping」(4月7日)と「Falling out of Love」(5月13日)。『Lonely in the Future』は先行シングルではないがアルバム公開後に急速に話題化。
- Julian Casablancasが The Weeknd、Drake、Harry Styles、John Legend、Josh Groban、批評家 Anthony Fantano を名指しで引用する、いわば「ゆるいディス・トラック」として国際的に取り上げられた。
6年ぶりのアルバムの、隠れた核
結論から書く。『Lonely in the Future』は先行シングルではない。それでもアルバム公開直後にBillboard、Stereogum、Slant、Consequenceといった主要媒体がこの曲について書いた。The Strokesが新作『Reality Awaits』の「Lonely in the Future」で、Harry Styles、The Weeknd、Drakeらに向けた皮肉を投げているとBillboard Canadaが報じた。名指しの威力もあるが、それ以上に、この曲がアルバムの中で最も「The Strokesらしい音」に聞こえたからだと思う。
スコットランドのSNACK誌は本曲を「最もThe Strokesらしい響き」と位置づけ、ジャングリーなギターとファジーなベースが温かいエネルギーを作る三分の耳に残る一曲だと評している。この評価は重要で、批評家が名指しの内容ばかりを追う中、サウンドの評者がまず反応した。つまり音の骨格がまず立っているということ。
アルバムの基本情報を整理しておく。『Reality Awaits』は2026年6月26日にRCAとCult Recordsからリリースされた、The Strokesの7thスタジオ・アルバム。全長41分02秒で、プロデューサーはRick Rubinが務めた。レコーディングはコスタリカで行われ、Rick Rubinとの仕事は2020年の『The New Abnormal』に続く二度目のタッグとなる。前作から実に6年。長い。この期間、リスナーの耳は色々な音に慣れ、色々な「The Strokesっぽさ」を掲げる後続バンドが世に出た。その積もったものへの返答が、このアルバム全体、とりわけこの曲に染みてる。
もう少し文脈を足しておきたい。前作『The New Abnormal』(2020年3月)は、パンデミック直前の混乱期にリリースされ、その年のグラミー賞Best Rock Albumを獲得した。バンドとしては約7年ぶりのフル・アルバムで、そこでのRick Rubinとの化学反応が明らかに機能していた。今回の『Reality Awaits』はその関係性を継続した二作目のRubin作品ということになる。プロデューサーとの二作目というのは、初回のような蜜月の緊張感が抜けて、良くも悪くも「平熱」になる。この平熱の中でどこまで実験するかが、本作の裏テーマだと僕は聴いてる。『Lonely in the Future』のAuto-Tune処理と、「最もStrokesらしい」ギター・トーンの同居は、この平熱の中の実験の、最も分かりやすい成功例だ。
ディス・トラックと呼ぶには、あまりに脱力している
この曲を「ゆるい2020年代のディス・トラック」と括ってしまうのは、たぶん半分正しくて、半分違う。名指しは確かにある。The Weeknd、Drake、Harry Stylesら、The Strokesが自分たちのスタイルを借りていったと感じている面々への含みのある言及が並ぶ。Songfactsは「Blinding Lights」と「Hard To Explain」のサウンド的な近接、そしてHarry Stylesの「As It Was」への「あのビートを持って行った」というジャブを指摘している。
ただ、面白いのはトーン。怒鳴ってない。批評サイトによれば、Casablancasは芸術的な先見性を勝利ではなく孤立として描き、上辺の見下しの下に諦観に近いメランコリーを漂わせているという読みが出ている。この読みには同意で、ここには「若造どもを睨む中年の凄味」ではなく、「先に着いてしまった者の待合室」の空気がある。タイトルの「未来では孤独だ」が字義通りに機能する。追いつくのは君らの勝手、と言いつつ、追いつかれても嬉しくはない、みたいな。
もう一箇所、忘れちゃいけないのが批評家Anthony Fantanoへの言及。The Needle Dropで知られる音楽批評家Anthony Fantanoの名前を「word for word」と引用しつつ、技術論に留まっていろ、そのほうが良いというニュアンスで返している。バンド対批評家の応答という文脈は昔からあるが、YouTubeレビュー時代の批評家を名前で呼ぶロックの曲というのは、それ自体、少し新鮮な景色だと感じます。
Auto-Tuneと「最もStrokesらしいギター」の同居
音の話をしたい。ここが一番、意見が割れているところでもある。Slant誌は本作全体のAuto-Tune処理を厳しく評価し、「Lonely in the Future」のファンキーな仕上がりでも歪んだ処理声は苛立たしい水準に達していると書いた。一方でConsequence誌は同曲について、10秒の轟音の予告のあと、シンコペートしたダンス寄りのグルーヴとオート・クルーニングされたヴォーカルが乗る、爽やかで陽気なジャムに転じると評している。同じ曲を聴いても、批評家によって「耐え難い」と「心地よい」が分かれる。むしろこの分岐こそが本曲の設計だと思ってる。
音楽ライターとして耳を澄ましてみると、ここでのAuto-Tuneは歌をきれいに補正する道具ではなく、歌の輪郭を金属化する道具として使われている気がする。声を人工物として提示することで、名指しされたポップ・スターの領域(Auto-Tuneが日常語になった領域)にわざと入り込み、そこにジャングリーなStrokesのギターを重ねる。皮肉を音でやってる、という言い方が近い。B面寄りの曲やスローな曲でこの処理が過剰に感じられるという批判があるのは事実だけど、『Lonely in the Future』ではファンクなグルーヴと処理声の相性がむしろ良い方に転んでる。
そう。ここが肝。ギターのトーンは間違いなくThe Strokesのそれ。ファズがかったベースが数秒だけ轟き、後は軽やかに踊れる速度で回り続ける。Consequence誌が「dance-friendly groove」と書いた表現がしっくりくる。ここが本曲の中毒性の中心にある。
聴きどころ3点
- 冒頭10秒の予告と裏切り — ファズ・ベースが轟音のバンガーを予告するが、曲は軽やかなグルーヴに滑り落ちる。この落差そのものが曲のテーゼ。
- Auto-Tuneとジャングリー・ギターの併走 — 2020年代ポップの記号を身に纏ったヴォーカルの下で、2001年頃から地続きのThe Strokesのギターが鳴り続けるコントラスト。
- 名指しのリリック構造 — 個人名を並べる形式そのものが批評であり、影響という抽象語を固有名詞に還元する試み。歌詞そのものは各媒体の解説で確認を。
キャリアの中で、この曲が置かれた位置
The Strokesは2001年のデビュー作『Is This It』でゼロ年代NYロックのテンプレートを作った側の人たち。以降、ロック不作の時代を挟み、2020年の『The New Abnormal』でRick Rubinと組んでグラミーのBest Rock Albumを獲った。そこから6年。長い沈黙のあいだに、ポップ側の景色は大きく変わった。The Weekndの「Blinding Lights」的な80sシンセウェーブ・リヴァイヴァル、Harry Stylesの「As It Was」的な軽やかなインディ・ポップ、そういうものがチャートの上段を占めた。
『Lonely in the Future』のリリックは、この6年間にCasablancasが感じていた既視感の吐き出しに聞こえる。Songfactsは本曲を、Julian Casablancasによる独創性、芸術的な遺産、そして自分たちがひと世代前に切り拓いたと感じるアイデアを音楽産業がリサイクルし続けることへの苛立ちを、自覚的に反芻した楽曲だと位置づけている。この位置づけは的確だと思う。ここには「うちが元祖だ」という単純なマウントではなく、「元祖であることが救済にはならなかった」という、少し湿った気配がある。
もう一つ、キャリアの文脈で書いておきたいのは、この曲が「Julian Casablancasのソロ的な色」を強く残していること。彼はThe Voidzという別プロジェクトで、ずっとAuto-Tuneや歪んだ電子処理と戯れてきた。The Strokes本体の音は伝統的にドライで、生の骨組みを見せるプロダクションが軸だった。今回の処理声は、明らかにVoidz的な感触を本体に持ち込む試みで、賛否が分かれるのはむしろ当然。個人的には、この越境がなければアルバムはもっと平板になっていたと思う。刺々しさこそが今回の生命線だから。
それに、この曲のリリックが持つ「名指しの勇気」も、キャリアの文脈で見ると意味が違って見える。The Strokesは長らく、同時代の音楽シーンに対してあえて距離を取るような佇まいでいた。SNSでの発言も控えめ、フェスでのコメントも短い、そういうバンドだった。そのバンドがアルバムの3曲目で同世代・下の世代のポップ・スターの名前を並べる。この振る舞いは25年のキャリアの中で異例の部類に入る。怒りの発露というより、「もう黙ってなくていい」という一種の解放にも聞こえる。
個人的な聴取記録を書いておくと、初聴きは通勤の電車の中で、A面を頭から流していた。「Psycho Shit」の重たいオープナー、「Dine N’Dash」の壊れかけの跳ね方に驚いて、3曲目のこの曲で急に呼吸が楽になった。バンド側の張り詰めが解けて、「じゃあ、いつもの俺たちを聴かせるよ」と一段降りてきた感じ。降りてきた場所に一番強い矢が置いてある、という配置は上手い。
アルバムの流れの中で聴くと化ける
この曲は、単体で切り出すよりも『Reality Awaits』のA面という流れで聴くと化ける気がする。公式ショップの表記によれば、A面は「Psycho Shit」「Dine N’Dash」「Lonely in the Future」「Falling out of Love」の並び。頭2曲の暴れた出方の後に、この3曲目が来ることで、アルバム全体の背骨が見える。攻める、溶ける、踊る、内省する、みたいな呼吸。朝の通勤で聴くというより、夜、家に帰って部屋の照明を落としてから聴くと輪郭が変わる曲だと思う。うるさく踊らせる曲ではなく、少しだけ肩を揺らして、名指しの言葉に一人でニヤつくための曲。ファンならたぶん、聴くほどにこの脱力の中の刺が効いてくる。
先行の2曲、「Going Shopping」と「Falling out of Love」は明快にキャッチーで、単曲としての強度が高かった。Brooklyn Veganは、アルバム発表の翌日に「Going Shopping」がトラックリストとカバーアートとともに公開され、Cult Recordsから6月26日にリリースされる旨を報じた。この2曲がアルバムに来てもらうための扉だとすれば、『Lonely in the Future』は扉を開けた後で分かる家の構造の役目を担っている、と言ってもいい。
チャートの動きと、日本での受け取られ方
この曲がインターナショナルなロック・シーンで話題になったのは、まず名指しの話題性、次に音の完成度、そして6年ぶりのStrokesというブランドが同時に効いたからだ。海外の主要チャートの詳細な順位動向はここでは踏み込まず、公式発表と各媒体の一次情報を確認してほしい。日本では、TOKIO HOT 100のような洋楽エアプレイ・チャートを軸に、じわじわと入ってきた印象がある。日本のロック・リスナーにとって、The Strokesは2001年の来日インパクトからずっと憧れの兄に近い存在で、今回の少し疲れた兄の姿に対する反応は、批評よりもむしろ愛着の方が濃い気がしてる。
ここで一つ、この曲の聴かれ方について静かに置いておきたい読みがある。『Lonely in the Future』は、大音量のパーティ・アンセムというより、深夜、少し年を取ったリスナーが、自分の20代を思い出しながら流す曲として設計されている気がする。2001年に『Is This It』を握りしめていた層が、そのまま25年分の疲労を持ち寄って聴くための曲。だからライブ会場より、家のスピーカーで、あるいは深夜のドライブで効く。ファンの受け取り方はきっと各々違うので、ここは断定せず、余白として置いておきたい。
入門動線
この曲でThe Strokesに入る人は、次に2つ聴くといい。まずアルバム内から「Dine N’Dash」。SNACK誌はこれをバンド史上最もタガの外れた曲かもしれないと評し、シンセのイントロにポスト・パンクのギターとハイハット、途中で奇妙なスポークン・ワードまで挟むと書いている。『Lonely in the Future』の脱力の背景として最良の一曲。
そしてキャリアの前作、2020年の『The New Abnormal』。今回と同じRick Rubinとのタッグで作られた前作で、そこからの地続きと変化を同時に確認できる。ここまで来たら、あとは2001年の『Is This It』まで遡って、25年の距離を耳で辿る旅ができる。この曲は、その旅の入口として、悪くない扉だと思ってます。
ファンへの一言と、開いたままにしておきたい問い
最後に、この曲を巡って解釈が分かれるところを、閉じずに残しておきたい。Auto-Tuneをどう捉えるか。AllMusicのユーザー・レビューには、Casablancasの声そのものは素晴らしいはずなのに、その素の声を聴かせてもらえないことへの戸惑いを綴る声もある。一方で、この曲での処理声は皮肉の装置として機能しているという読みもある。どちらが正しい、という話ではないと思う。The Strokesのキャリアはずっと素直に鳴らさない美学の連続で、その延長線上に、今の処理声もある。あなたはどちら派か。名指しされた側のポップ・スターたちが、これをどう受け取ったのか。5年後、この曲を人はどう聴き直しているのか。答えは、ここでは出さないでおく。ファン一人ひとりの中で少しずつ違う形で持っていてほしい問いだから。
The Strokesは、ゼロ年代のアイコンで終わらなかった。2026年、彼らは「未来では孤独だ」と自分たちで書いた。少し疲れた声で、それでも、ちゃんと踊れる速度で。
まずこの作品から聴く
- Reality Awaits — 6年ぶりの本作アルバム
▶ Amazon / 楽天 で探す - The New Abnormal — 前作・Rubin初タッグ
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