星野源不思議🛒楽天が配信されたのは2021年4月27日。ドラマの主題歌としてのヒット曲、という説明で済ませてきた人は多いはずだ。ただ、ここから3年、4年経って聴き直すと、この曲の輪郭が明らかに変わってきている。『不思議』は”キュン”を演じずに、キュンの物理をそのまま録った曲だ。当時は主題歌としての機能で受け取っていたものが、後続曲とのつながりの中で、別の意味を持ちはじめている。
2021年の時点では、コロナ禍のただ中で「創造」に続く配信曲、というくらいの位置づけだった。今から振り返ると、これは星野源というアーティストが、ドラマ主題歌という一番大きな舞台で、自分のポップスの設計思想を静かに切り替えた曲だったと思ってます。当時のリスナーの体感と、いまの聴き直しのあいだには、静かだが確かな段差がある。
この曲の要点
- 星野源『不思議』は2021年4月27日に配信リリースされたシングル。
- TBS系火曜ドラマ『着飾る恋には理由があって』の主題歌として書き下ろされた。
- 共同アレンジはmabanua、ドラムは石若駿、ベースはハマ・オカモト、ギターは長岡亮介など、星野作品でおなじみの布陣。
- 2023年4月からはキリンビール「淡麗グリーンラベル」CMソングにも起用され、CMには星野本人が弾き語りで出演した。
- フィジカルとしては同年6月にシングル『不思議/創造』としてリリースされている。
曲の基本情報:ドラマ主題歌としての出自
まず事実から確認しておく。2021年3月30日に、星野源が『着飾る恋には理由があって』の主題歌を担当することが発表され、同年4月20日の初回放送で、タイトルが「不思議」であることが明らかになり、ドラマ放送直後には配信限定シングルとして2021年4月27日にリリースされる事が発表された。本楽曲は前作「創造」とならんで「新ステージ突入を強烈にアピールする曲」となっている。ドラマの初回放送で曲がお披露目され、そのわずか一週間後に音源が世に出る、というスピード感は、いまとなっては当時のプロモーション設計の妙として振り返る価値がある。
面白いのは、星野源本人がこの曲のオファーを受けたときの反応で、『MIU404』でご一緒した監督の塚原さんから撮影中に、今度はTBS火曜のキュンキュン的なドラマを撮ると聞いて、驚いた、これまで塚原さんは『中学聖日記』などを手掛けられていて、どちらかというとラブコメよりシリアスなドラマのイメージが強かったので、凄く意外だなと思ったという。この「意外だった」という入口が、そのまま曲の設計に効いている気がする。ラブコメの王道を、王道の顔つきでは書かない。ここが起点。
もうひとつ、制作の下地として本人が語っていたのが、自分なりの「キュン」とする感情を突き詰めるために、アニメ『中二病でも恋がしたい!』や『たまこまーけっと』を鑑賞し制作に行き詰まるたびに見返したという話。ここが今読み直すと重い。実写ドラマの主題歌なのに、参照点が京都アニメーションのラブコメだった、というのは、単なる小ネタではなく、この曲の空気感の説明そのものだと思う。夜、部屋で、ひとりで再生ボタンを押す、あの京アニ的な情感の粒。
ドラマの記憶で聴いてきた人は、ここで一度、曲の外の情報をひとつ足しておくと、後の聴取が変わる。京アニ的なフレーム——過剰に演出しない、日常のなかに突然差し込む感情の粒——を、星野源はJ-POPの3分半にどう落とし込んだのか。そう問うと、この曲の細部が急に見えてくる。ドラマの映像を思い出しながら聴くのと、参照点まで含めて聴くのとでは、細部の解像度が違う。
サウンドの読みどころ:石若駿とmabanua、そして5台のシンセ
この曲を”サウンドで”聴く回路を持っている人には、クレジットが全てを語る。星野源はVocal, Chorus, Minimoog, Prophet-5, DX-7, Piano, Programming。石若駿がDrums、ハマ・オカモトがElectric Bass、櫻田泰啓がDX-7, Juno-6, Piano, Rhodes、長岡亮介がElectric Guitar, Chorus、mabanuaがMinimoog, Prophet-5, Programmingを担当している。
読みどころは、シンセの積み方だ。Minimoog、Prophet-5、DX-7、Juno-6、Rhodes——70年代〜80年代のアナログ/初期デジタルの実機が、生ピアノと生ドラム、生ギター、生ベースの真ん中に、ふわっと敷かれている。この配合がとても不思議で、聴感上はまったく”シンセ主体の曲”に聞こえない。イントロを注意して聴くと、鍵盤の粒が水面のように広がっているのがわかる。輪郭ではなく湿度で音を作っている、と言えばいいか。
石若駿のドラムの入り方も、これまでの星野作品と少し違う。ダンス曲的なグリッドの上に乗せる、というより、拍の”重さ”のほうを操作している感触がある。BPMは速くない。速くないのに、走っている錯覚がある。これは石若のフィルの置き方と、mabanuaのプログラミングが噛み合っているから起きている現象で、「創造」に引き続きmabanuaがCo-Arrangementで参加。さらにMinimoog、Prophet-5、プログラミングも担当しており、ビート・メイクをはじめ、楽曲の世界観に大きく寄与しているのではないだろうかという指摘は的を射ている。生ドラムと打ち込みの境界を意図的にぼかしにいっている、と言い換えてもいい。
もうひとつ、長岡亮介のギター。長岡はコード感の輪郭をぼかす人で、この曲でも、和音を”当てに行かない”。刺すのではなく、置きに行く。ここに星野のファルセットが乗るとき、曲の主語が”歌”ではなく”空気”になる瞬間がある。ハマ・オカモトのベースも、いつものドライブ感というより、ローの居場所をつくる役に回っている。派手な仕事はしていない。でも、抜けたら曲が壊れる。そういう仕事だ。
聴きどころ3点
- イントロ〜Aメロの、シンセと生ピアノの”にじみ”。輪郭を作らないミックスの意図を確かめる。
- Bメロ〜サビ頭、石若駿のスネアの置き位置。走らない、けれど前に押す感触の作り方。
- 2番以降、コーラスワーク(長岡亮介と星野本人)が主旋律に絡む瞬間。ラブコメの”キュン”がここで音として鳴っている。
後追いで見えてくる:これは星野源の”転換点”だった
当時は気づきにくかったが、いま『不思議』を、その後の星野源の楽曲群と並べて聴くと、明確に手触りが違うことがわかる。何が違うか。“踊らせる”設計から、”呼吸をそろえる”設計へ切り替わっているのだ。ここが後追いで一番大きな発見だと思う。
星野源のイメージを大きくしたのは、2016年の「恋」、そして『YELLOW DANCER』〜『POP VIRUS』の流れだった。ダンスミュージックとしての強度、四つ打ちの快楽、ホーンやストリングスの華やかさ——身体を動かす方向のポップス。ところが『不思議』は、その方向とは違うところに軸を置いている。生っぽいバンドサウンドと、水中のようなシンセ処理と、抑制されたファルセット。ドラマがラブコメだからこそ、あえて曲は”演じない”。この距離感の取り方が新しかった。
本人の言葉で言えば、「自分にとっての愛とか恋はこういうことだと思っている、というのをちゃんと歌にしようとした」ということになる。ここが後追いで効く。以降のキャリアで、彼はテレビというマス向けの舞台に、”個人的すぎるもの”を持ち込むことをためらわなくなっていく。『不思議』は、その最初のドアだった、という読み方ができる。
そう。ここが個人的にはいちばんおもしろい補助線で、この曲が”キュン”を主題にしているのに、キュンの表現としては珍しく静かなのは、この転換の第一歩だったからだと思ってます。派手に飛び上がるキュンではなく、胸のなかで小さく波打つキュン。ラブコメの主題歌でこれを選ぶのは、正直、勇気のいる判断だったはずだ。
この曲は、いつ効くのか
ファンの人にはたぶん通じる話をひとつ。『不思議』は、”夜遅くにひとりで聴く曲”として設計されている気がする。ラブコメ主題歌なのに。
ドラマの放送当時、火曜22時にリアルタイムで聴いた記憶を持っている人は、今もその時間帯にこの曲をかけると、輪郭が変わる感覚があるはずだ。日中に流すと、この曲は少し薄く聞こえる。夜、部屋の照明を落とし、生活音がなくなったところで再生すると、シンセの湿度がはっきり立ち上がってくる。イントロの鍵盤の残響、石若駿のスネアの余韻——昼には聞こえていなかった細部が、ふっと前に出てくる。曲そのものが”夜の側”に立っている、と言ってもいいかもしれない。
これは弾き語りアレンジで淡麗グリーンラベルCMに再登場したときの手触りとも通じていて、2023年4月から、キリンビール「淡麗グリーンラベル」のCMソングとして使用されており、同年5月から放映されているCMには星野自身も出演し、弾き語りで同楽曲を披露している。フル編成の原曲と、弾き語りバージョン——どちらでも成立する曲、というのは、コードとメロディの骨格が強いということでもある。骨だけでも立つ曲は、そう多くない。
だから、この曲を”ドラマ主題歌”のフォルダから出して、”夜の曲”のフォルダに入れ直すと、たぶん聴取体験が更新される。断定はしないけれど、そういう聴かれ方をしている曲だと感じます。読者の側にも、それぞれの”効くタイミング”があるはずだから、そこはご自身の生活のなかで確かめてほしい。
タイアップの厚み:ドラマとCM、二度目の生活動線
この曲のもうひとつのポイントは、タイアップが2段構えになっていることだ。1回目は2021年のドラマ主題歌、2回目は2023年のビールCM。日本のポップスとして、リリース2年後にまた広告面で走り出す曲は、そんなに多くない。しかも同じ曲を、フル編成から弾き語りへと編成を変えて再登板させている。この設計は、曲の耐久力を試すような使い方でもある。
多部未華子が出演するキリンビール「淡麗グリーンラベル」の新テレビCM「GREEN JUKEBOX 居篇」が本日5月9日より全国で放送される——このタイミングで曲が”生活の側”に降りてきた。ドラマの記憶で聴いていた層と、CMで初めて認知した層が、2023年以降のライブ現場では同じ曲を共有している。この不均一な受容のされ方が、いま『不思議』を聴くときの厚みになっている。ひとつの曲に、二つの入口。
チャートでの動きも、そもそもドラマ放送直後から強かった。5月5日公開のHot 100では、星野源の新曲「不思議」が一気に2位まで上昇してきた。数字はここでは深追いしない。ただ、ロングヒットの下地は明らかにあった曲で、その後のCM起用がそれをもう一度押し上げた、という構造は覚えておいていい。曲を長く生かす、という設計思想が、リリース当初から効いていた。
星野源のキャリアの中での位置:「創造」との対
『不思議』を語るときに外せないのが、直前の配信曲「創造」との関係だ。任天堂とのタイアップで書かれた「創造」、そしてラブコメ主題歌の「不思議」。この2曲は、後に『不思議/創造』としてフィジカル化されている。ゲームとラブコメ、まったく違う場所に届けるはずの2曲が、同じパッケージに収まるのは、それだけで示唆的だ。
2曲を並べると、mabanuaの関与のしかたも、シンセの使い方も、ドラマとゲームという媒体の違いを越えて、明確に線でつながっている。本楽曲では、「創造」に引き続きmabanuaが共同アレンジャーを務めているという事実は、この時期の星野源が”共同制作”の割合を明らかに上げていた証拠だ。ひとりで背負い込む音作りから、信頼できる耳を横に置く音作りへ。
『POP VIRUS』(2018年)までは、”星野源+バンド”という顔が強かった。『不思議』以降は、”星野源+mabanua+その周辺の演者”という座組が前に出てくる。この移行のちょうど接点にあるのが本曲で、キャリアの折れ目として、あとから見るほど大事な曲になっている。2021年の耳では、この移行はまだ見えなかった。3年経ってやっと、地続きの線として見えてくる。
今この曲を、どこから聴くか
初めて聴く人には、まずオリジナル・バージョンから入ってほしい。石若駿のドラムとmabanuaのプログラミングが噛み合った、あの独特のグルーヴは、原曲でしか味わえない。イヤホンよりも、少し離した小さめのスピーカーで、夜、生活音のない部屋で。この条件が揃うと、曲の重心がぐっと下がってくる。
すでに何度も聴いてきたファンには、逆に、CMの弾き語りバージョンをもう一度、原曲と往復して聴く聴き方をおすすめしたい。同じ曲を、まったく違う密度で鳴らしたときに、この曲の骨格の強さがはっきりする。ラブコメ主題歌としての”キュン”は、実は骨格だけで成立する構造だった——そう気づけると、この曲の見え方が変わる。編成の分だけ、曲は違う顔を持つ。
まずこの作品から聴く
- 創造 — 対になるmabanua共作曲
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入門動線
『不思議』からもう一歩踏み込むなら、まずは対の関係にある創造🛒楽天。同じくmabanuaが共同アレンジで入っている一曲で、”シンセと生バンドの湿度の作り方”の別解が聴ける。もう一枚は、この方向性の起点にあたるアルバムPOP VIRUS🛒楽天。ここでの共同制作の設計思想が、『不思議』の座組にそのままつながっていく。この2本の補助線を引いておくと、以降の星野源の仕事が、格段に見通しやすくなる。
細部の話:Rhodesとファルセットの距離
もうひとつ、細部の話を足しておきたい。櫻田泰啓が弾いているRhodesの位置取りが、この曲の”色”を決めている気がする。Rhodesは主張しすぎると野暮ったくなる楽器で、逆に消しすぎると空気が痩せる。この曲では、ヴォーカルの下、ベースの上、生ピアノの隣、というちょうどいい層に置かれている。ミックスの帯域設計としても、シンセ群のなかにアコースティックな鍵盤を差し込むことで、電子音の冷たさが和らいでいる。
星野源のヴォーカルは、この曲で明らかに”抜き”を選んでいる。フルボイスで押し切るサビの作り方もあり得たはずだが、ファルセットの比重を上げて、音圧よりも空気の密度で押している。バラードではないのに、バラードの呼吸を借りている。この選択が、ラブコメ主題歌としての派手さをいったん外し、代わりに”個人の距離感”を前に出すことに成功している。ここも後追いで効く判断だと思う。
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最後に:ドラマ主題歌の枠から降ろすと見える曲
『着飾る恋には理由があって』の主題歌、というラベルは、この曲を語るうえで一番大きな入口だ。ただ、そのラベルだけで消費するには、細部が濃すぎる。石若駿・ハマ・オカモト・長岡亮介・櫻田泰啓・mabanua——プレイヤーの布陣を眺めるだけでも、これがどれだけ手のかかった録音物かがわかる。ラブコメ主題歌の顔で、実はスタジオワークの塊。
この曲を”キュンの曲”として棚上げしてきた人は、たぶん損をしている。もう一度、夜に、静かなところで、シンセの湿度に耳をあずけて聴いてみてほしい。当時見えていなかった線が、いま何本も見えてくるはずだ。ここから先どう聴くかは、聴き手それぞれに委ねたい。ラブコメ主題歌として愛し続けるのも、キャリアの折れ目として聴き直すのも、どちらも間違いじゃないと思ってます。むしろ、両方の耳を持てるようになったとき、この曲は一番濃くなる。

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