星野源『肌』を今読み直す ネオソウルのCM曲が『POP VIRUS』で担った役割

夕方の柔らかい光が差し込む部屋で、コンデンサーマイクとフェンダーローズ風の電子ピアノが並ぶ抽象的なスタジオ風景 楽曲

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2018年12月に発表されたアルバムPOP VIRUS🛒楽天の、後半にひっそり置かれた一曲。『肌』は、シングルカットされた「恋」「Family Song」「アイデア」ほどには単体で語られてこなかった。ただ、いまの星野源の位置から振り返ると、『肌』は星野源の代表曲リストの端に置かれがちだが、いま聴くと『POP VIRUS』の呼吸を整えているのはこの曲だ。派手なシングル群の合間にあって、アルバム全体の体温を保っている。そう考えると、この曲の役目がだいぶ違って見えてくる。

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この曲の要点

  • 『肌』は星野源の5thアルバムPOP VIRUS🛒楽天(2018年12月19日発売)に新録として収録された楽曲。
  • 花王「ビオレu」のCMソングとして書き下ろされ、星野源本人がCMにも出演した。
  • 収録アルバム『POP VIRUS』はオリコン週間アルバムランキングで3週連続1位を記録している。
  • 作風はネオソウル/R&Bの流れを汲むミディアム。「恋」「Family Song」のようなキャッチーな踊れる曲とは別種の、肌感覚に寄った静かなポップとして設計されている。

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「肌」はどんな曲か。事実の輪郭から

まず輪郭を押さえる。『肌』は2018年に書き下ろされた楽曲で、花王「ビオレu」のCMソングとして発表された。星野源自身がCMにも出演していて、あの、朝の光の中で洗面台の前に立っているようなトーンの映像を覚えている人も多いと思う。曲はその翌々月にアルバム『POP VIRUS』に収録されて世に出た。シングルとしては切られていない、いわゆる「アルバム収録の新録曲」というポジションだ。

作詞・作曲は星野源。編曲も本人が中心にかかわっている。当時の星野源は、テレビドラマ主題歌でヒットを重ねながら、内側では音楽的な地層をどんどん掘り下げていた時期。『POP VIRUS』はその総決算のような一枚で、ドラマ主題歌の3曲を軸に、新録が8曲加わって全14曲の構成になっている。『肌』はその新録側のうちの一曲、という位置づけになる。

おもしろいのは、CMの用途が「肌に直接ふれる商品」だという点。曲名がそのまま商品カテゴリと響き合う設計になっていて、書き下ろしの依頼と楽曲コンセプトの噛み合わせがきれいに一致している。この一致は、あとで音楽的にも効いてくる。そう。噛み合わせが良すぎるくらい良い。

サウンドの読みどころ ネオソウルの肌ざわり

音の芯は、いわゆるネオソウル/コンテンポラリーR&Bの流れにある。派手なフックで殴ってこない、ミディアムの、しっとりしたグルーヴ。エレピの厚めのコード、ドラムはスネアのゴーストノートで揺らして、ベースが下でうねる。そういう、90年代後半以降のD’Angeloラインを日本語ポップに落とすための語彙が全開になっている。星野源自身がSAKEROCK時代から通ってきたブラック・ミュージックの引き出しが、いちばん自然な形で開いているタイプの曲だと思う。

特に耳を惹くのは、リズムの「詰めなさ」だ。ここは音楽ライターとして正直に書いておきたい。『肌』のリズムはギリギリまで削られていて、鳴っていない場所のほうが多い。踊らせるための曲ではないから、密度で持っていくのではなく、余白で持っていく。この余白が、CMの映像と、そして曲名と、綺麗に響き合う。触れるか触れないかの距離感で、音数を減らす、というアレンジ判断。派手な決めがない代わりに、聴き終わったあとの残り香がある。

ボーカルも同じ設計。声を張らない。マイクにかなり近づいて、息の音まで拾わせるようなトラッキングで、「歌う」というより「呟きに近い息づかいで伝える」に寄っている。ここも、CMという15秒/30秒の尺で耳に残るための工夫だと思う。テレビの音量で流れたときに、押しつけがましくない。生活の音として溶ける。ここが上手い。

『POP VIRUS』全体でみると、この曲はビート寄りの表題曲「Pop Virus」や、ダンサブルな「恋」の反対側に置かれている。強い曲の隣に、静かな曲を敷く。この配置の妙で、アルバム全体の呼吸が整う。単体で聴いたときの評価と、アルバム文脈で聴いたときの評価が、これほど変わる曲もそう多くない。

今こそこう読める 2020年以降との地続き

『肌』を「今」聴き直すと、当時は見えにくかった線が一本、はっきり浮かんでくる。星野源はこのあと、2020年の外出自粛期間を機に、自宅でDAWを用いてトラック制作を行うスタイルへと大きく舵を切っていく。翌2025年5月に届いた6thアルバムGen🛒楽天の骨格は、鍵盤を用いた打ち込みをベースにした宅録的なプロダクションだった。この転換の芽が、実は『肌』にすでに顔を出している。

どういうことか。『肌』のミックスは、バンドで一発録りしたときのグルーヴを、ミックス段階で丁寧に間引いた音像に近い。生バンドの熱量を残しつつ、宅録的な近接感で「耳のすぐそば」に音を置く。この、生と打ち込みの中間にある温度が、のちの『不思議』や『喜劇』、そして『Gen』収録曲のいくつかにそのまま繋がっている。当時は「ネオソウル寄りの美しい一曲」で片付けられていた気がするけど、今から遡ると、宅録期に向かうウォームアップに聴こえる。

もうひとつ、いま強調しておきたい線がある。『肌』は、星野源が「大きな会場向けの曲」と「一人の耳向けの曲」を意識的に書き分けはじめた最初期の成果として読める、と思ってる。「恋」や「アイデア」は、テレビや紅白や、みんなで踊る場のための曲。一方の『肌』は、家のスピーカー、イヤホン、洗面台の鏡の前で流れることを想定した曲。この二本立てが以後の星野源のディスコグラフィにずっと通底していて、その原型がここにある。

正直、リリース当時はここまで意識して聴けていなかった。CMで流れる曲、アルバムで流れる曲、くらいの区別で消費していたと思う。7年経って、星野源の作風が明確に「宅録的な内向」と「アリーナ的な外向」の両輪になった今、『肌』は前者の教科書として機能する。この読み替えは、後追いだからこそできるもの、と言っていい。

キャリアの中での位置づけ ヒットの陰の重心

星野源のキャリアを俯瞰すると、2016年の「恋」、2017年の「Family Song」、2018年の「アイデア」と、社会現象級のドラマ主題歌が3年続けて出ている。この密度は異常で、当時の星野源は「ドラマ主題歌の人」というイメージで捉えられがちだった。ヒットが強すぎたから、アルバム収録曲は影に入りやすかった。

その中で『肌』が果たしていた役目は、地味だけど大事だ。ヒットシングルが持つ「祝祭性」を、アルバムの中で一度クールダウンさせる係。強い曲ばかり並ぶと、聴き手の耳が疲れる。『肌』のような、密度が低くて、体温が低くて、それでいてポップの型は保っている曲が挟まると、次のシングル曲がまた新鮮に聴こえる。アルバム制作の勘所として、この配置は本当に上手い。

アルバム『POP VIRUS』はオリコン週間アルバムランキングで3週連続1位を記録した。この結果は「恋」「Family Song」「アイデア」の力によるところが大きい、というのが当時の一般的な読みだったと思う。ただ、3週も1位を守るというのは、一発の話題性だけではなく、繰り返し聴かれるアルバムだった、ということでもある。繰り返し聴くとき、実はシングル曲より、『肌』や「Continues」「Hello Song」のような新録側が効いてくる。ここに、この作品の粘り強さがある。

ファンの体験として どう聴かれてきたか

これは断定というより読みとして書きたい。『肌』は、朝のバスルームや、夜のベッドサイドで、ひとりで流されている時間がいちばん長い曲な気がする。あるいは、誰かと一緒にいる帰り道のイヤホン。少なくとも、通勤電車で気合いを入れるための曲ではないし、ドライブで盛り上がるための曲でもない。作風の温度と音数のコントロールが、そういう時間帯のためにチューニングされている。

ファンの間では、この曲を「一番好き」と挙げる人が一定数いる。派手ではないから、SNSでバズる曲ではない。ただ、静かに何度もリピートされる曲というのは、こういう曲だ。プレイリストの終盤に置きたくなる曲、と言い換えてもいい。派手さでランキングを取る曲と、生活に染み込む曲は、キャリアの中で別の資産として積み上がっていく。『肌』は明らかに後者に属する。

聴きどころ3点

  • ドラムとベースの「詰めなさ」。鳴っていない場所のほうが多いリズム設計。密度で聴かせず、余白で聴かせる。
  • ボーカルのマイク距離。声を張らずに、息の質感まで拾わせるトラッキング。生活の音量に溶けるための設計。
  • アルバム後半での配置。「恋」「Pop Virus」の強い曲の隣に置かれることで初めて完成する呼吸。単体プレイと通し聴きで別の顔を見せる。

CMソングとしての完成度 15秒の設計思想

もうひとつ触れておきたいのが、CMソングとしての設計だ。花王「ビオレu」というのは、家族の日常に置かれるボディケア商品で、CMのトーンは押しつけがましくない優しさ、みたいなラインで一貫している。ここに合わせるとき、多くのアーティストは「明るく健康的なポップ」を書きがちだ。星野源はそこで、あえて肌ざわりに寄った、ネオソウル的なミディアムを選んだ。この判断が渋い。

結果として、CMで流れたときに、他社のCMとまったく被らない音像になった。健康商品のCMで、ネオソウルが流れる。当時は少し違和感すら覚えたけど、いまはそれが「星野源の商品」としてのブランド確立に貢献していたと分かる。ドラマ主題歌でJ-POPの真ん中に立っていた同じ人が、CMではここまで抑制的な音を出せる、というレンジの広さの提示。これはブランディング上、かなり計算されていたと思う。

15秒/30秒の尺で、印象に残す方法は二つある。フックで殴るか、余白で残すか。『肌』は完全に後者を選んだ。短尺で聴くと不思議と耳に引っかかって、フルで聴いたときに「これだったのか」と腑に落ちる。この段階的な発見の設計は、CMタイアップ楽曲としてかなり成功している例だと思ってる。

7年経って聴くと 変わった意味、変わらなかった意味

2025年5月に『Gen』が届いて、星野源のディスコグラフィは久しぶりに大きく更新された。『Gen』の音は、宅録的でありながらポップで、内向と外向のバランスが独特なところに落ちている。この視点から『肌』を聴き直すと、当時「小品」と思われていたものが、実はキャリアの重心のひとつだった、と分かる。

変わらなかったものもある。それは、星野源が一貫して「触れる/触れない」の距離感を音で扱ってきた、ということ。ダンスミュージックの熱狂も、CM曲の静けさも、根っこは「他者との距離をどうチューニングするか」という同じ問題系にある気がする。『肌』はその問題系がタイトルにまで露出した、貴重な例だ。ここまで来ると、この曲を「地味な一曲」と片付けるのは、ちょっと違うな、と思う。

結論めいたことを言うなら、『肌』は星野源のヒット曲リストの端にいる。ただし、リストの中央にある曲たちを支えているのは、こういう端の曲だ。派手さで測ると見えない資産が、キャリアの中には確かに積み上がっている。この曲を長く聴いてきた人ほど、その手触りを知っている気がする。

入門動線

『肌』が好きなら、次の1曲は同じアルバム『POP VIRUS』の新録側から「Continues」。同じくミディアムで、余白の使い方が近い。関連1枚として推したいのは、当然『POP VIRUS』を通しで聴くこと。シングル群の間に『肌』や「Continues」がどう配置されているか、その呼吸を体験するのが最短。さらに射程を広げたいなら、2015年のYELLOW DANCER🛒楽天へ遡ると、星野源のブラック・ミュージック志向のルーツが見える。

『肌』が置いた布石 次の3曲から遡って見えるもの

後追いの読み替えをもう少し具体的にやってみたい。『POP VIRUS』以降、星野源のシングル曲は「創造」「不思議」「喜劇」「Eureka」と続いていく。この4曲を並べてみると、どれもアップテンポで押し切る曲ではなく、内向的なポップに寄っている。派手なダンスチューンでチャートを取りにいく、という2016〜2018年のモードから、明らかにギアが変わった。この変化の起点はどこか、と探すと、僕は『肌』の位置に指を置きたくなる。

『不思議』のイントロにあるフワッとした鍵盤の質感。『喜劇』のミッドテンポで転がるビート。あの音の芯にある「近接感」は、『肌』のマイク距離と地続きに聴こえる。もちろん時期は違うし、パンデミックを挟んでいる。ただ、音の距離感の哲学、というレイヤーでみると、同じ人が同じ方向に歩いているのが分かる。『肌』はその歩みの最初の一歩、というより「一歩目のあとに一度立ち止まって靴紐を結び直した瞬間」に近い。派手なヒットの合間にあって、次のフェーズの準備をしていた曲、と言ってもいい。

逆に言うと、『肌』を通らずに『不思議』や『喜劇』にたどり着くのは難しかったんじゃないか、と思う。CMソングという「外部からの依頼」で書いた曲だからこそ、普段のアルバム作業の中では出せなかった質感を試せた、みたいな側面もあったはず。タイアップは制約でもあるけど、同時に「普段の自分から少し外れる装置」でもある。『肌』はその装置がうまく作用した例だと思う。

チャート実績と、その外側にあるもの

数字の話も一応整理しておく。アルバム『POP VIRUS』はオリコン週間アルバムランキングで3週連続1位を記録した。当時のCDアルバム市場において、3週トップを守るというのは重い数字だ。ただ、『肌』単体はシングルカットされていないので、単体のチャート順位という数字は存在しない。この非対称は、この曲について語るときに少し気に留めておきたい。

数字がないことは、価値がない、ということではない。むしろ、シングルカットされない曲がアルバムをどれだけ厚くしているか、というのはストリーミング時代になるほど見えやすくなっている。プレイリストで長く回される曲、リピートされる曲、寝る前に流される曲。数字化されにくいけど、確実にリスナーの生活に居場所を作っている曲がある。『肌』はそういう位置に落ち着いた曲だと思ってる。

ここが、後追いで書く意味のひとつでもある。リリース直後の記事は、どうしてもチャート実績や売上を軸に書かれる。7年経ってから書き直すと、数字の外側にある「どう聴かれ続けてきたか」を書ける。この曲の場合、そこにこそ本質がある気がする。

解釈が分かれる問い 『肌』はどのモードで聴くのが正解か

最後に、正解を出さないまま置いておきたい問いがある。『肌』は、CMソングとして書かれた曲だ。だからCMの文脈で聴くのが「正しい」聴き方なのか。それとも、アルバム『POP VIRUS』の一曲として、前後の曲との呼吸込みで聴くのが「正しい」聴き方なのか。あるいは、7年後のいまから、宅録期への布石として聴くのが「正しい」聴き方なのか。

たぶん、正解はない。この曲が長く残るのは、聴くたびに違う正解が出てくる曲だから、というのが個人的な答え。ファンの中でも、たぶん意見は割れる。あなたはどのモードで聴いてる? そういう問いを置ける曲であるだけで、この曲がキャリアの中で持っている位置は、決して小さくない。

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  • YELLOW DANCER — ブラックミュージック志向のルーツ盤
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  • Gen — 宅録期の到達点・布石の答え合わせ
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  • Continues — 『肌』と対の新録ミディアム
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