TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1990年12月23日放送)

TOKIO HOT 100 1990-12-23 放送回ランキング ランキング

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1990年12月23日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1990年12月23日放送回)。

この週の音楽シーン

1990年も暮れようとしていた12月23日放送分のTOKIO HOT100を眺めると、この年のアメリカン・ミュージックがどんな地図を描いていたのか、そのスナップショットがくっきりと浮かび上がってくる。首位に立ったのはラルフ・トレスヴァントの「SENSITIVITY」。ニュー・エディションのフロントマンとして少年時代から知られてきた彼が、グループを離れてソロ・アーティストとして踏み出した年であり、この曲はその名刺代わりの一枚だった。滑らかに揺れるビートに、ため息のようなヴォーカルを重ねていくスタイルは、当時全盛を極めていたニュー・ジャック・スウィングの語法そのもの。R&Bのしなやかさとダンス・ミュージックのタイトなグルーヴを溶け合わせる手法が、この時期のアメリカン・チャートを覆っていたことを、この1曲がよく物語っている。

TOP10全体を見渡しても、その空気は色濃い。8位にはニュー・ジャック・スウィングの震源地とも言えるガイが、9位には同じくニュー・エディション出身のジョニー・ギルがランクインしており、ひとつのムーヴメントが同時多発的に若きR&Bシンガーたちを押し上げていたことがわかる。彼らに共通するのは、ドラムマシンの硬質なビートと生々しいグルーヴ感を両立させる制作手法であり、80年代的なブラック・コンテンポラリーから90年代型R&Bへの橋渡し役を担っていた点だ。

一方で2位のジャネット・ジャクソン、4位のマドンナは、ダンス・ミュージックの文脈からポップの頂点を狙う存在として並んでいる。とりわけマドンナの「JUSTIFY MY LOVE」は、当時映像表現も含めて大きな話題をさらった一曲で、サウンド自体もヒップホップのビートを大胆に取り込んだ作りになっており、ポップスの側からもニュー・ジャック・スウィング的な感性が吸収されていたことがうかがえる。5位にはこの年デビューを果たしたばかりのマリア・キャリーが名を連ね、伸びやかな歌唱力を武器にすでに存在感を放っていた。7位のホイットニー・ヒューストンも含め、女性ヴォーカリストたちの層の厚さがこの週のチャートを一段と華やかにしている。

そして忘れてはならないのが、3位のスティーヴィー・Bと6位のショッツに象徴されるフリースタイル/ダンス・ポップの系譜、さらに10位のウィルソン・フィリップスによるハーモニー重視のポップ・ロックだ。彼女たちの存在は、このチャートが単純に一色のトレンドで塗りつぶされていたわけではなく、ラテン・フリースタイルからAOR的な洗練まで、多様なリスナー層の好みを同時に反映する場だったことを教えてくれる。

1990年から91年への転換点にあって、この週のTOP10はニュー・ジャック・スウィングの隆盛、ポップとR&Bの融合、そして次世代を担う新しい歌姫たちの台頭という、90年代前半のアメリカン・ミュージックを形づくる複数の潮流が同時進行していたことを鮮やかに映し出している。ラルフ・トレスヴァントの「SENSITIVITY」がその先頭に立っていたという事実は、時代の耳がどこに向かっていたのかを象徴する出来事として、いま振り返っても興味深い。

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1990年12月23日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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