TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1991年12月15日放送)

TOKIO HOT 100 1991-12-15 放送回ランキング ランキング

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1991年12月15日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1991年12月15日放送回)。

この週の音楽シーン

1991年12月15日の「TOKIO HOT 100」を振り返ると、頂点に立っていたのはマイケル・ジャクソンの「BLACK OR WHITE」。この年の秋にリリースされたアルバム『デンジャラス』からの先行シングルで、人種や文化の垣根を越えたメッセージを掲げたこの曲は、シンプルながら力強いギターリフと踊れるビートを併せ持ち、世界中のチャートを席巻していました。ショートフィルムでの大胆なモーフィング映像も含め、マイケルが90年代という新しい時代にどう自身を再定義していくのか、その第一歩を強く印象づけたナンバーだったと言えるでしょう。80年代の王者が90年代に入ってなお最前線を走り続けていたことを、このランキングは物語っています。

2位にはリサ・スタンスフィールドの「CHANGE」がランクイン。ソウルフルな歌声でヨーロッパから世界へと羽ばたいたシンガーの一人で、90年代初頭のブルーアイド・ソウルの充実ぶりを感じさせます。3位のエンヤ「CARIBBEAN BLUE」は、幻想的で透明感あふれるサウンドスケープが特徴で、当時のヒーリング/ワールドミュージック的な潮流とポップスの融合を象徴する存在でした。多層的なコーラスワークと静謐な世界観は、他のどのアーティストとも一線を画すものだったはずです。

4位のジェネシスは「NO SON OF MINE」で、フィル・コリンズを中心としたバンド編成としての貫禄を見せつけています。プログレの雄が80年代を経てポップフィールドでも確固たる地位を築き、90年代に入ってもなお存在感を放っていたことがうかがえます。5位のU2「THE FLY」は、アルバム『アクトン・ベイビー』からの先行曲。それまでのアイリッシュ・ロックの誠実なイメージから一転、歪んだギターとエッジの効いたサウンドプロダクションで新たな挑戦を打ち出し、バンドが自らのスタイルを更新しようとしていた転換期の一曲として記憶されています。

6位から8位には、ポーラ・アブドゥル、リチャード・マークス、ジョディ・ワトリーといった、80年代後半から90年代初頭のアメリカン・ポップス/R&Bシーンを支えた実力派が並びます。ダンサブルなポップから大人びたバラードまで、当時のラジオがいかに幅広い音楽性をカバーしていたかが伝わってくる並びです。そして9位・10位には、この年にデビューを飾ったばかりのマリア・キャリーが「EMOTIONS」「CAN’T LET GO」の2曲でランクイン。圧倒的な声域とメリスマを駆使した歌唱で、瞬く間にシーンの中心へと躍り出た新星の勢いを、このチャートからも感じ取ることができます。

こうして見渡すと、1991年末というのは、80年代を築いた大御所たちが健在でありながら、マリア・キャリーのような新しい才能も台頭し始めた、まさに時代の転換点だったことがわかります。マイケル・ジャクソンが1位に君臨しつつも、その周囲には多様な音楽性がひしめき合っていた——そんな豊かな一週間のスナップショットが、このTOP10には刻まれています。

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1991年12月15日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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