TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1997年6月22日放送)

TOKIO HOT 100 1997-06-22 放送回ランキング ランキング

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1997年6月22日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1997年6月22日放送回)。

この週の音楽シーン

1997年6月22日放送の「TOKIO HOT 100」を振り返ると、1位に輝いていたのはジョン・ボン・ジョヴィのソロ名義による「MIDNIGHT IN CHELSEA」だった。ボン・ジョヴィといえばバンドとしての骨太なロックンロールで知られる存在だが、ソロ作となるこの曲は、ロンドンの一角を舞台にしたムーディーな空気感と、当時の音楽シーンが求めていた洗練されたポップセンスを併せ持つ一曲として印象に残っている。90年代半ばは、バンドの顔役がソロ活動に踏み出し、本体とは違う表情を見せることが一つの流行でもあった時期であり、この曲もまさにその流れの中で聴かれていたと言えるだろう。

チャート全体を見渡すと、この週のTOP10は実に多彩な顔ぶれで構成されている。2位にはマイケル・ジャクソンの「BLOOD ON THE DANCE FLOOR」。当時彼はキャリアの円熟期に差し掛かりながらも、依然としてダンスミュージックの最前線でシーンを牽引する存在だった。3位にはハンソンの「MMMBOP」がランクインしており、まだ十代前半だった三兄弟が世界中を席巻していた瞬間が、この一枚の順位表にもしっかりと刻まれている。ポップスの世界に新しい風が吹き込まれた象徴的な曲として、今なお語り継がれる存在だ。

4位のジョージ・マイケル、8位のポール・マッカートニーと、80年代・60年代からシーンを支えてきたベテラン勢が顔を揃えているのも興味深い。時代が移り変わっても第一線であり続けるアーティストたちの存在感は、90年代後半という時期においても揺るぎないものだったことがうかがえる。一方で、5位のアリュア feat. ナズ、6位のメアリー・J.ブライジといった顔ぶれからは、当時勢いを増していたR&B・ヒップホップ的な感覚とポップスの融合が進んでいたことも見て取れる。ナズをフィーチャーした楽曲がTOP10入りしていることは、ラップとR&Bがより近しい関係を築いていく時代の予兆のようにも思える。

7位にはブリットポップ期を象徴するザ・シーホーセズの「LOVE IS THE LAW」。ジョン・スクワイアがストーン・ローゼズを離れて結成したこのバンドの存在は、90年代のUKロックシーンの一断面を切り取っている。そして10位のスウィング・アウト・シスターは、80年代後半からソフィスティ・ポップの旗手として活動してきたユニットであり、彼らが90年代後半もなお新曲でチャートに顔を出していたことは、良質なポップスが世代を超えて支持され続けていたことの証でもあるだろう。

こうして並べてみると、この週のTOP10はロック、ポップ、R&B、ヒップホップ、UKロックと、実にジャンルの垣根が緩やかだったことがわかる。90年代後半という時代は、MTVやラジオを通じて多様な音楽が横並びで聴かれていた時期であり、TOKIO HOT 100のようなチャート番組はまさにその縮図だったのではないか。ジョン・ボン・ジョヴィのムーディーな1位曲を起点に、当時の空気を思い出しながら聴き直してみると、単なる懐古以上の発見があるはずだ。

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1997年6月22日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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