Barry Can’t Swimの聴き方|ジャズとハウスが同居する理由と代表作

夜明けのフロアに差し込む光と、木製ピアノの鍵盤が重なる抽象的なイメージ アーティスト

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この夏、ヨーロッパのフェス周りのタイムテーブルを眺めていて、ふと気づいたことがある。ヘッドライナーの一つ手前、日が落ちる直前の一番おいしい時間帯に「Barry Can’t Swim」の名前が繰り返し置かれている。派手なポップスターでもなければ、いわゆる正統派のテクノDJでもない。スコットランド・エディンバラ出身の、ジャズ育ちの電子音楽プロデューサー。その男が、ここ数年で急激に「夕暮れの時間帯を任される存在」になった。

彼のダンスミュージックには、フロアで踊る身体と、部屋で一人ピアノを弾く指先が同じ温度で同居している。これがBarry Can’t Swimというアーティストの、いちばん短い説明になる気がする。

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このアーティストの要点

  • Barry Can’t Swim(本名 Joshua Spence Mainnie、1992年8月22日生まれ)は、スコットランド・エディンバラ出身の電子音楽プロデューサー兼DJ。
  • 2020年頃から本格的に活動を開始し、2021年7月にShall Not FadeからデビューEP『Amor Fati』を発表。
  • 2023年10月20日にNinja Tuneからリリースしたデビューアルバム『When Will We Land?』が2024年のMercury Prizeにノミネートされた。
  • 同作は英アルバムチャートで12位を記録し、ストリーミング総再生数は1億回を超えている。
  • 2025年7月11日、2作目のアルバム『Loner』をNinja Tuneからリリース。

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いま、なぜBarry Can’t Swimの名前が繰り返し出てくるのか

結論から書く。ハウス/ダンス寄りのプロデューサーで、フェスの目玉クラスに一気に押し上げられた作家は、2020年代前半だけを切り取っても片手で足りるくらいしかいない。その数少ない枠に彼が入ってきた。

きっかけは明確で、2023年10月20日にNinja Tuneから出たデビュー・アルバム『When Will We Land?』が英アルバムチャート12位まで上がったことと、同作が2024年のMercury Music Prizeのショートリストに入り、Charli XCXやBeth Gibbonsといった顔ぶれと並んだことだ。ダンス/エレクトロニックの一枚が、あの賞のノミネートに残るのは毎年数枚しかない。しかも彼はこのときデビュー作。異例に近い。

加えて、初期作と最新作を並べて聴き直すと分かるのだが、彼の音はDJミックスやフェスの「日没トリガー」として異様に機能する。BPMがそこまで速くない。低域はしっかり出ているが、上モノがピアノや管、ボーカルサンプルで、耳が疲れない。踊るのに使えて、なおかつ座って聴ける。この二枚舌が、いまのフェス運営側にとってすごく重宝される。だから彼のスケジュールが埋まる。単純な話だ。

私自身、去年の秋に『When Will We Land?』を通勤の車の中で流しっぱなしにしていた時期がある。ハウスだと車内は疲れる、ジャズだと眠くなる。その中間で、ちょうどよく機嫌が上がる音。こういうプレイヤーが、いま増えているようで実はそんなにいない。

プロフィールと来歴|エディンバラ育ちのジャズ少年が、ハウスの人になるまで

まず基本情報から整理する。本名はJoshua Spence Mainnie。1992年8月22日、スコットランドのエディンバラ生まれ。ジャンルはエレクトロニック、ダンス、ジャズ。活動は2020年から現在まで。プロフィール欄に「ジャズ」が普通に併記されていること自体、この人の出自を象徴している。

プロジェクト名としての最初の公式なアウトプットは、2021年、ロンドン拠点の名門ハウス/UKガラージ系レーベルShall Not FadeからのデビューEP『Amor Fati』だ。4曲入りで、オープナーの「Lone Raver」はほろ苦いコードと物憂げなボーカル、開けたピアノラインが同居する、ジャズをモダンに翻訳したような一枚。ここでの「ジャズを踊れる形に落とす」という基本方針は、その後の彼の全作品に貫かれている。

そこから彼は複数のEPを重ね、2023年にNinja Tune入り。ここが一つ目の分岐点で、Shall Not Fadeという「ハウスのシーンの中で強い」レーベルから、Ninja Tuneという「エレクトロニック全体のブランド」に移ったことで、聴き手の層が一気に広がった。CinematicOrchestraからBonoboまで抱える老舗の座組に入ることは、単なるレーベル移籍以上の意味を持つ。

そして2023年10月20日、Ninja Tuneからデビュー・アルバム『When Will We Land?』をリリース。全11曲、41分27秒。ライブ映像を見ると分かるが、彼はDJセットだけでなくバンド編成でこの曲たちを鳴らすツアーもやっている。打ち込みの作家として閉じないというスタンスも、この頃から明確になった。

翌年、Mercury Prizeノミネート。そして2025年7月11日、Ninja Tuneから2作目のアルバム『Loner』をリリース。全12曲、41分19秒。プロデュースはJoshua Mainnie自身。デビューから約2年でセカンドまで走り切っている。ペースは決して遅くない。

音楽性の核と変遷|「ジャズ」と「ハウス」を地続きにする設計図

Barry Can’t Swimの音を一行で書くなら、「ハウスの骨格にジャズの語彙を差し込み、ワールド/アンビエントの湿度を足す」ではなく、もっとフラットに言えば、こう。ダンスとリスニングの境目に、あえて立ち続けている作家。

初期のAmor Fati EP🛒楽天がそれを分かりやすく示している。Shall Not Fadeの説明にも、ジャズをモダンに翻訳した繊細でクラシーなハウスの解釈だと書かれているのだが、ここでの「クラシー」はけっこう重要な語だ。ラフではない。粗くもない。ピアノのボイシング、キックの置き方、ハットの抜き差し、ぜんぶきちんとしている。DJの現場から出てきた作家というより、鍵盤の稽古を積んできた人が結果としてDJもやっている、という順番の音がする。

次に、When Will We Land?🛒楽天。彼自身の言葉として、この11曲のプロジェクトはディープハウスからジャズ、アンビエンスへと横断すると説明されている。ここが面白いのは、「横断する」と言いつつ、一枚を通して聴いたときの手触りがブレないことだ。曲のBPMが違っても、上モノの語彙が同じ。ピアノ、ホーン、細かく刻んだボーカルチョップ、少し湿った空気感。「ジャンルを跨ぐ人」ではなくて、「一つのパレットで全部塗る人」。ここが強い。

そして最新作のLoner🛒楽天で、彼はもう一歩、内側に踏み込んでいる。この12曲入りのアルバムは、彼が急速なスターダムのなかで地に足をつけ続けることについて振り返った、これまでで最もパーソナルな作品と説明されている。本人も「1作目が自分が育つ中で好きだった音楽のコラージュだったなら、今作は自分にできる中でいちばん正直な表現だ」という趣旨の発言をしている。要するに、外向きの祝祭から、内向きの独白へ、少し軸を移した。

とはいえ、内省的になった=踊れなくなった、ではない。先行シングルの「Different」はガチガチのフロア仕様だし、「Kimpton」ではO’Flynnと組んで4つ打ちの縦ノリを更新している。パーソナルなことを言うために、ダンスミュージックの器を捨てない。この距離感の取り方が、いまのシーンで彼がユニークに見える理由の一つだと思う。

聴きどころ3点

  • ピアノの手癖。ジャズ育ちの人にしか出せない、モードっぽいコード進行と間の取り方が、キックの上に自然に乗っている。上モノのフレーズが「弾いてる」音として立ち上がる瞬間が多い。
  • 低域のマナー。ハウスの重心は保ちつつ、耳が痛くならないミックス。フェスの大箱でも、家のスピーカーでも、両方で成立する設計。
  • ボーカルの扱い。ゲスト・ボーカルを乗せた曲でも、声を主役に据えず、ピアノや管と同じ「楽器」の一つとして混ぜてくる。歌モノに寄り切らない矜持。

代表作・ディスコグラフィの読みどころ

ここまで来たら、実作を順に見ておきたい。彼のカタログはまだ厚くない。だからこそ、一つひとつが役割を持って並んでいる。

まずLone Raver🛒楽天。『Amor Fati EP』の1曲目で、Shall Not Fadeからの最初のシングルにあたる楽曲。この曲は入り口として今も強い。ほろ苦いピアノ、遠い歓声のようなボーカル、走らないビート。初めて彼を聴く人が「ああ、こういう音か」と一発で掴める一曲で、キャリアの原点として振り返る価値が高い。

そしてアルバムとしては『When Will We Land?』。11曲、収録曲には「Deadbeat Gospel(feat. somedeadbeat)」「Sonder」「How It Feels」「Dance of the Crab」などが並ぶ。この一枚が彼をMercury Prizeの卓に乗せた作品で、ダンスとリスニングを両立させたアルバムとして、2020年代のUKエレクトロニックの一つの参照点になっていく気がする。

そして2025年の『Loner』。2025年7月11日発売、全12曲。「The Person You’d Like To Be」「Different」「Kimpton (with O’Flynn)」「All My Friends」「About To Begin」「Still Riding」「Cars Pass By Like Childhood Sweethearts」「Machine Noise For A Quiet Daydream (feat. Séamus)」「Like It’s Part of the Dance」「Childhood」「Marriage」「Wandering Mt. Moon」という並び。「Cars Pass By Like Childhood Sweethearts」や「Marriage」といった、内省的で情感的なトラックも意外な形で並んでいると紹介されているとおり、この一枚はダンスと私小説的な曲が入り混じる。

先行シングルの並び順も、実は今回のアルバムの重要な補助線になっている。「Still Riding」(2024年9月24日)、「The Person You’d Like to Be」(2025年3月10日)、「Different」(2025年3月13日)、「Kimpton」(2025年4月16日)、「About to Begin」(2025年5月21日)という順で先出しされていて、リスナー側は先にダンスサイドを浴びてからアルバム全体の内省的な曲に出会う、という設計になっている。単曲で外に投げる曲と、アルバムの文脈で機能する曲を、意図的に分けて置いている。プロモーションのやり方一つ取っても、頭のいい人だなと思う。

この2枚を通して聴くと、面白いことに、彼は「ダンスミュージックの人」というより、「アルバム作家」として育ってきていることが分かる。1枚ごとに温度と主題を決めて、そこに沿った曲を並べる。EDMやTikTok的な単発ヒット狙いの作家とは、根本的に組み立てが違う。

カルチャー的文脈|Ninja Tuneに入るということ、Mercury Prizeに残るということ

彼の位置づけを立体的に見るために、外側の文脈を二つだけ。

一つはNinja Tune。1990年設立、Coldcutが立ち上げた老舗の英インディで、いまはBonoboやLittle Simzなどを抱える。ジャンル横断的なエレクトロニック/レフトフィールドの中心地の一つだ。ここに入るということは、単に「ダンスの人」ではなく「アルバム作家として認められた」という意味を持つ。Barry Can’t Swimがハウス出身でありながら、ジャズ寄りの語彙とアルバム志向を両立させていること、このマッチングが理想的で、契約先として不自然な点が一つもない。

もう一つはMercury Prize。2024年のショートリストで、彼はCharli XCXやBeth Gibbonsといった同時代の重量級と同じ卓に並んだ。この賞は毎年12組を選ぶ性質上、「その年のUK音楽の見取り図」を提示する装置として機能する。そこにダンス/エレクトロニックのデビュー作が残る意味は、思っている以上に大きい。UKの批評コミュニティは「これはアルバムとして評価する価値がある」という判断を、明確に下したということだ。

加えて、コラボレーションの人選も見ておきたい。『Loner』にはO’FlynnやSéamusといったゲストが参加している。O’Flynnはロンドンのプロデューサーで、UKハウス/エレクトロニックのシーンで信頼の厚い作家。この人選からも、彼が「シーンの中の人」として、地に足のついたネットワークで作っていることが見える。『When Will We Land?』にもsomedeadbeatなどのフィーチャリングが入っていた。派手なフェスDJ的キャリアパスではなく、レコード文化寄りの座組で拡げていっている。

今、チャートの上で起きていること

数字面のことは慎重に書きたい。レーベル側の公表では、『When Will We Land?』はアルバム単位で1億回超のストリーミング再生数に達している。ダンス/エレクトロニックの一枚として、これはかなり分厚い数字だ。ポップスの巨匠と単純比較する数字ではないが、「アルバム単位で1億」というのは、シングル単位のヒットだけを追う世界ではなかなか出ない。

そのうえで、2025年のセカンド『Loner』が7月に届いた。夏フェスの季節と完全に重ねてリリースされていて、単独ツアーとフェス出演の両輪でこの一枚を回している。彼のいまの立ち位置は、「一発ヒットの人」ではなく、「アルバムサイクルを回せるヘッドライナー候補」だと思う。この違いは大きい。

ラジオのチャートやプレイリストで彼の名前を見つけたら、それは単発の曲がバズった結果ではなく、アルバム全体の文脈の中で選ばれている、と読んでいい。だから、チャートに上がってきた1曲だけを聴いて判断すると、彼の面白さを半分取り逃す。ここは声を大にして言いたい。

これから聴くならどこから|入門動線

初めての人に薦めるなら、順番はほぼ一択。彼の場合、キャリアの流れに沿って聴くのがいちばん腑に落ちる。

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入門動線

  • まずこの1曲:「Lone Raver」。EP『Amor Fati』の1曲目で、彼の音のパレット、ジャズのコード、開けたピアノ、走らないビートがぜんぶ入っている。3〜4分で全体像が掴める。
  • 次にこの1枚:『When Will We Land?』。Mercury Prizeノミネート作。ダンスとリスニングの間を横断するアルバム構成が、彼を語るときの標本になる。頭から通しで一度聴いてほしい。
  • 深めるならこの1枚:『Loner』。2025年の最新作。「Different」「Kimpton」でフロアの現在地を確認しつつ、「Marriage」「Childhood」あたりで内省的なもう一つの顔にも触れられる。

この3ステップを踏むと、彼が「なぜ夕暮れの時間帯を任されるのか」「なぜアルバム単位で1億回聴かれるのか」が、頭ではなく耳で分かるはずだ。

個人的な話をひとつ。仕事帰りに『When Will We Land?』を家で流すと、ちょうど夕食の準備が終わる頃にアルバムも終わる。41分という長さが、生活のワンシーンにきれいに収まる。これは偶然じゃないと思っている。彼の音楽は、「フェスの3万人」と「自炊する一人の夜」の両方に対して、同じ設計で開かれている。だから聴かれる。それだけの話だと、この夏あらためて感じてます。

詳細な音源情報・最新のツアー日程は公式サイトを参照してほしい。ここに書いたのは、あくまで一人のリスナーとしての見取り図。あとは各自の耳で確かめる領域だ。

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