Suchmosを聴き直す|STAY TUNEから遠くまで来たバンドの現在地

夜の湾岸道路と静かに光るネオン、アナログレコードが回るイメージ アーティスト

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Suchmosという名前を最初に耳にしたのが2016年秋のHonda VEZELのCMだったという人は、たぶん多い。あの15秒に流れていた「STAY TUNE」のイントロで、日本の音楽シーンの温度が半歩ずれた感覚があった。あれから数年、バンドは活動休止に入り、ベースのHSUを喪い、それでも彼らの残した音は擦り切れずに鳴っている。今週のチャートで再び名前を見かけて、久しぶりにTHE BAYを頭から通した。やっぱり古くならない。

Suchmosは流行りのシティ・ポップではなく、湘南の海風と黒人音楽を自分の骨格で咀嚼した稀な例だ。これが、彼らを他の”おしゃれバンド”と分けている一線だと思っている。

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このアーティストの要点

  • Suchmosは神奈川県茅ヶ崎市周辺で育ったメンバー6人による日本のバンドで、2013年結成、2015年に1stアルバム『ESSENCE』でデビュー。
  • バンド名はルイ・アームストロングの愛称「Satchmo(サッチモ)」に由来する。
  • 2016年発表の「STAY TUNE」がHonda VEZELのCMに起用され、ロック/ソウル/ヒップホップ/ジャズを横断するサウンドで広く知られるようになった。
  • 2019年に3rdアルバム『THE ANYMAL』を自主レーベルF.C.L.Sからリリース。2021年2月にバンド活動休止を発表。
  • ベーシストのHSU(小杉隼太)が2021年10月に32歳で逝去。以降、メンバーはそれぞれソロやサポートで活動している。

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湘南の6人が背負った黒人音楽の系譜

Suchmosは、神奈川県の茅ヶ崎・湘南エリアで育った6人組バンドだ。ボーカルのYONCE、ベースのHSU、ドラムのOK、ギターのTAIKING、DJのKCEE、キーボードのTAIHEI。KCEEとOKは兄弟、TAIKINGとOKは幼稚園時代からの幼なじみという情報もあり、いわゆる”上京してきた若者バンド”とは成り立ちの温度が違う。地元の生活圏に根が張ったまま、そのまま音楽が芽を出した集団だった。

2013年に結成。翌々年の2015年1月に1stアルバム『ESSENCE🛒楽天』を発表してデビューする。まだメジャー流通に乗る前の、ごく小さな範囲での評判だったが、聴いた人はだいたい二度見していた。ジャズのコード感、ヒップホップのビート、UKロックの佇まい。それが茅ヶ崎のフィルターを通って一つの塊になっていた。

その後、2015年に『THE BAY🛒楽天』をリリース。ここで彼らの世界観がぐっと輪郭を持つ。バンド名の由来はルイ・アームストロングの愛称「サッチモ」だったという話は有名だが、実際に音を聴くとそこに納得がいく。ジャズを額縁に飾らず、生活の中にある音として引き受けている。この距離の取り方が、当時の日本のインディーロックのど真ん中から、少しだけ横に外れていた。

音楽ライターとして初期の彼らを追っていて印象に残っているのは、ライブのグルーヴだった。フェスのステージで彼らが出てくると、客席の重心が急に低くなる。踊るというより、揺れる。あの独特の粘りは、6人が生活圏を共有していないと絶対に出ない類の音の重ね方だったと今でも思う。

STAY TUNEが変えた景色

2016年9月、Honda VEZEL「世界ヴェゼル」篇のCMに「STAY TUNE」が起用される。ここがSuchmosの認知が一段跳ねる分水嶺だった。深夜のフジロックのWHITE STAGEで一部の音楽好きが騒いでいたバンドが、CMを見た全国の茶の間に届いた瞬間だった。

面白いのは、この曲が”CMサイズにフィットするための曲”に聴こえないことだ。むしろ長尺のグルーヴが本体で、CMはその一部を切り取っただけ。多くのタイアップ曲がサビ頭のフックを最適化していく中で、STAY TUNEは頭の”ミュートしたギターの繰り返し”で耳を掴んでくる。この逆張りが、逆に商品より曲を憶えさせる結果になった。

ちなみに、Honda VEZELとの縁はそこで終わらない。2018年にはシングル「808」も同じくVEZELのCMに起用されている。1回目のヒットで関係が終わらず、二度目の起用で再び前線に戻ってきたバンドは、当時そう多くなかった。

THE KIDSで見せた頂点と、続く違和感

2017年、2ndフルアルバム『THE KIDS🛒楽天』が発表される。オリコン初登場2位。ここがSuchmosがマス側に完全にはみ出した瞬間で、同時にバンドの内側でざわつきが始まった時期でもあったと思う。

THE KIDSは、STAY TUNEの延長線上にありながら、決してSTAY TUNEを増産しなかったアルバムだ。ミッドテンポの粘りは残しつつ、ロック側の骨格が太くなり、UKの匂いが増している。「A.G.I.T.」の重心の低さ、「MINT」の朝の透明感。売れたバンドが売れ線をなぞる誘惑を、彼らは静かに拒んでいた。

2018年には「VOLT-AGE🛒楽天」を発表。サッカーの大きな大会シーズンに広く耳にした人も多いだろう。ここでも彼らはアンセム的な高揚を選ばず、独自の重さで応えた。あの選択に賛否が分かれたのは事実だが、Suchmosが”わかりやすい応援歌”を書く気がまるでなかったことだけは、はっきり伝わってきた。

THE ANYMALという断層

2019年3月27日、3rdアルバム『THE ANYMAL🛒楽天』が自主レーベルF.C.L.Sから発売された。これが、Suchmosを追ってきたリスナーにとって最大の分岐点になる。

THE ANYMALは、シングル・ヒットの記憶を持ってこのアルバムを再生した人ほど戸惑ったはずだ。粘度の高いグルーヴは残っているが、光の入り方が違う。曲は長くなり、余白が増え、”CMの15秒”に最適化された曲は消えた。売れ線から明確に一歩引いた作品で、当時のインタビューでもメンバーは「今作りたかったもの」を優先したと繰り返し語っていた。

アルバム発売と同じ2019年、彼らは横浜スタジアムでのワンマン「Suchmos THE LIVE」を敢行する。地元・神奈川の球場でのワンマンという意味で、これは象徴的なライブだった。ただ、同年5月末にはHSUが体調不良で緊急入院、6月から予定されていた初のアジアツアー全公演が中止となる。ここから、バンドの時間の流れは静かに変わっていく。

音楽性の核、この4つの層

Suchmosの音を分解して聴いていくと、常に4つの層が同時に鳴っている。ジャズのコード感、ヒップホップのビート、UKロック/ソウルの骨格、そしてYONCEのボーカル。この4層が同時進行するのに音が濁らない。ここが技術的な特異点だ。

特にHSUのベースの役割は、後追いで聴くほど大きさが際立つ。幼少期からスティービー・ワンダーなど海外アーティストの音楽に親しみ、5歳からクラシックギターを始め、従弟にギターを壊されたことをきっかけにベースへ転向。音楽大学のジャズ科に進学したという経歴が、彼のライン取りに直結している。ロックバンドのベースというよりネオソウル/ヒップホップの文脈に近い。ドラムのOKと二人で組んでいたローの畳み方は、日本のバンドではかなり珍しい種類のグルーヴだった。THE KIDS以降の”重さ”は、ほぼこの二人の設計に起因していると思っている。

YONCEのボーカルは、歌い上げないボーカルだ。マイクとの距離、子音の飲み込み方、譜割りの遅らせ方——歌ものではなくトラックの一部としてボーカルを置いている。日本語で歌う時にこれをやると、たいてい歌詞が耳に入ってこなくなる。だが彼の場合、逆に単語が浮き上がる。この不思議な仕掛けが、彼の稀有さだと感じている。

聴きどころ3点

  • HSUのベース。ロックバンドの底ではなく、ネオソウル/J Dilla以降のヒップホップ的なグルーヴを担う設計になっている。
  • YONCEのボーカル。歌い上げず、トラックの一部として発声する日本語ボーカルの数少ない成功例。子音の抜き方に注目。
  • TAIHEIの鍵盤とTAIKINGのギター。ジャズのコード感を”景色”として鳴らす役割で、STAY TUNEやMINTの朝の透明感はほぼここから生まれている。

Suchmosはいつ効くのか

彼らの曲は、朝より夜、混雑した渋谷より首都高、大音量より控えめな音量で効く音楽として設計されている気がする。少なくとも自分の場合、STAY TUNEやMINTを一番”効くように”聴けるのは、日曜の夕方、部屋の照明を少し落として、車の助手席で夜の街灯が流れるみたいな速度で暮らしている時だ。

これはたぶん、彼らの音が”背景に馴染む”タイプではなく”背景を作り替える”タイプだからだと思う。カフェで流れていたら、その店の空気が5分ほどSuchmosに引き寄せられる。BGMとして機能しないBGM。この矛盾した位置に彼らの曲は座っている。

ファンの話を聞くと、運転中にTHE ANYMALを頭から通す、という人が意外に多い。長尺の曲構成、車の速度で流れる湾岸の景色、粘るリズム。この三つが噛み合うと、あのアルバムは違うアルバムに聴こえてくる、と言われれば確かに、と頷ける気がする。

活動休止、HSUの死、その後

2021年2月3日、Suchmosは「修行の時期を迎えるため」としてバンド活動の一時休止を発表する。ヒット曲の直後ではなく、THE ANYMALで自分たちの表現を一段踏み込ませた後の休止だった。ここが、いわゆる燃え尽き型の解散とは違う輪郭を持っていた。

そして2021年10月15日、活動休止中のロックバンド「Suchmos」のベース、HSUこと小杉隼太が死去したと公式サイトで発表された。32歳。中日スポーツ・東京中日スポーツの当時の報道では、公式サイトに掲載されたメッセージには「メンバー、スタッフ共に、未だ現実を受け止めきれない」との言葉が伝えられた。詳しい経緯は遺族の意向により明かされていない。

HSUの逝去は、Suchmosの再結成という言葉の意味を根本から変えてしまった。あのベースがあの位置で鳴らない以上、6人揃った”Suchmos”はもう戻らない。この事実は、ファンとしては受け止めるまでに時間がかかった、と正直に書いておきたい。

現在は、YONCE、TAIKING、OK、KCEE、TAIHEIがそれぞれソロやサポート、プロデュース業などで活動している。TAIHEIの鍵盤仕事は特に、色々なアーティストのクレジットで見かける機会が増えた。バンドの休止は、メンバーの音楽的な広がりという意味では、確実に別の実を結んでいる。

今チャートで再び名前が動く意味

今週のチャートで再びSuchmosの名前を目にしたとき、正直、少し立ち止まった。活動休止から時間が経ち、HSUの逝去からも数年が経つ。それでも彼らの曲がリスニング環境の中で回り続けているという事実は、日本のここ10年のバンドの中でもかなり特殊な現象だと思う。

ストリーミング時代のヒット曲は、ふつう2〜3年でカタログの奥に沈む。しかしSTAY TUNEは、CMで初めて出会った層、フェスで浴びた層、休止後にプレイリストで見つけた層、と別の入口を持った人たちが同じ曲を鳴らし直している。バンドが不在でも曲が独り歩きしているのではなく、”彼らがあの時にしか鳴らせなかった音”として、時間軸の外側に置かれ始めているように見える。

これは、リアルタイムで彼らを追ってきた人にも、今初めて聴く人にも、それぞれ別の意味で意義のある巡り合わせだと思う。数字ではなく、”戻ってきた曲”としてのSTAY TUNEやMINTを、いま静かに聴き直す時間があってもいい。

カルチャー的な立ち位置と、後続への影響

Suchmosの登場は、2010年代半ばの日本のロックシーンの座標を微妙にずらした。ギターロック中心だった売れ線に、ネオソウル/ヒップホップ寄りのグルーヴを持ち込んでフェスのメインステージで戦えることを示した。この”証明”が、後続のバンドやシンガーに与えた影響は小さくない。

直接的な模倣は少ないが、彼ら以降、”黒っぽさ”を装飾ではなく骨格として持つ日本のバンドやアーティストが増えたのは事実だ。バンドセットで踊れる音を、しかもJ-POPの範疇で通用する強度で作る——この道筋は、Suchmosが一度ちゃんと歩いてくれたおかげで、後続がだいぶ楽になった側面がある。

もう一つ挙げるなら、”自主レーベルへの移行”の判断だ。THE ANYMALをF.C.L.Sから出したこと、横浜スタジアムでワンマンをやり切ったこと。この二つは、バンドが自分たちのペースで規模を選べることを、若い世代のバンドマンに具体的に示した先行事例になった。

ファンの間で今も割れる論点

Suchmosを長く聴いてきた人ほど、THE ANYMALの評価が割れている。売れ線から外れたことを”良かった”と受け取る派と、あの選択が結果として活動休止を早めたのでは、と受け取る派。この論争は、正直、答えが出ない類のものだと思う。

個人的な立場を書いておくと、THE ANYMALがなければ、Suchmosは”CMバンド”のまま消費されて終わっていた可能性が高いと感じている。売れ方の慣性から自分の手で降りる勇気を、あの時期に持てたバンドはそう多くない。ただ、それが誰にとっても正しい選択だったかは、また別の話だ。この余白の残り方が、Suchmosというバンドが今もファンの間で語られ続ける理由でもあると思う。

これから聴くならどこから

初めてSuchmosを聴く人へのおすすめの入り方は、時系列を守ることだ。ヒット曲だけ抜き出したプレイリストで入ると、彼らの一番面白い部分——アルバム単位での温度変化——を取り逃す。

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入門動線

  • まずこの1曲:「STAY TUNE」。ここから始まった、という物語ごと聴ける曲。イントロのミュートギターだけで空気が変わる感覚を、まず身体に入れてほしい。
  • 次にこの1枚:『THE BAY』。バンドの骨格が最もクリアな形で提示されている一枚。ここで彼らの”重心”を体感できる。
  • 深めるならこの1枚:『THE ANYMAL』。売れ線の記憶を一度置いて、頭から通しで聴く。長尺の曲が続くので、車か夜の散歩で。ここまで来て初めて、Suchmosというバンドの全体像が見える。

もし時間があれば、THE KIDSも並行して。THE BAYからTHE KIDS、THE ANYMALと辿ると、6人のバンドが売れ線と自分たちの表現の間で、どう折り合いをつけていったかが手に取るように分かる。この三部作は、日本のバンドが2010年代後半にどう戦ったかの、一つの記録でもある。

Suchmosの音は、活動休止から時間が経ってもまったく古びない。それは、彼らが流行の”表面”ではなく、黒人音楽の”骨格”の側に手を伸ばしていたからだと思う。今週、名前を見かけたのを機に、STAY TUNEのイントロをもう一度スピーカーの前で聴いてみてほしい。あの15秒に、日本の音楽の温度がずれた瞬間が、いまも封じ込められている。詳細は公式サイトを参照。

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