星野源の『フィルム』を、2012年のシングルとしてではなく、2020年代半ばの地点から振り返って聴くと、印象がまるで違う。当時は「役所広司・小栗旬主演の映画主題歌をやった若手シンガーソングライター」の一曲だった。いま聴くと、これは彼のその後の全部を先に置いていた曲に聞こえる。『フィルム』は世界を写す側ではなく、世界を作る側に立つことを静かに宣言した曲だ。この一行を軸に、当時見えなかった補助線を引き直したい。
この曲の要点
- 星野源の2ndシングル。2012年2月8日、SPEEDSTAR RECORDSからリリース。
- 沖田修一監督・役所広司・小栗旬主演の映画『キツツキと雨』主題歌として、監督のオファーで書き下ろされた。
- 作詞・作曲・編曲は星野源。ホーンとストリングスのアレンジは星野源と武嶋聡の共同。
- ミュージックビデオも沖田修一が監督。ゾンビが日常化した世界で星野源がニュースキャスターを演じるという構成。
- 2019〜2020年にはNTTドコモ「iPhone 11×ドコモの学割」CMソングとして再び流通し、リリースから約7年越しに新しい層へ届いた。
『フィルム』はいつの曲か、あらためて
フィルム🛒楽天は星野源にとって2作目のシングルだ。1stシングル「くだらないの中に」から約1年、2ndアルバム『エピソード』の後に置かれた楽曲で、リリースは2012年2月8日。レーベルはSPEEDSTAR RECORDS。映画『キツツキと雨』の主題歌で、沖田修一監督からのオファーによる書き下ろしだった。
ここで一度、時系列を並べておきたい。2011年秋、『エピソード』。2012年2月、『フィルム』。そして同じ2012年の12月、星野源はくも膜下出血で倒れる。つまり『フィルム』は、彼がまだ「倒れる前」の身体で書いた最後のシングルだった。この10ヶ月という距離感が、今この曲を語るときに一番大きな補助線になる。当時のリスナーには当然見えなかった線だ。
編曲クレジットは星野源単独、ホーンとストリングスは武嶋聡との共作。武嶋聡は星野源の初期作品を支えた管楽器・アレンジャーで、この頃の星野源サウンドの「湿度」を作った人物のひとりだ。バンドマン上がりのシンガーソングライターが、劇伴的な弦とホーンを自分の歌に組み込んでいく——その最初期の完成形が『フィルム』にある。
それから、案外忘れられがちだが、当時のシングル『フィルム』は新録5曲入りだった。表題曲、「もしも」「乱視」、そして「次は何に産まれましょうか」と「落下」のHouse verという構成。ミニアルバムに近いボリュームで、初回盤DVDには約70分の映像作品もついていた。「シングル1曲+カップリング」ではなく、パッケージとして遊ぶ。この作り方も、後の星野源のスタイルにそのまま繋がっていく。
作風の読みどころ──「虚構を選ぶ」という宣言
『フィルム』は「虚構をどう扱うか」の曲だ。テーマとしてのフィルムは、写真であり映画であり、要するに「本物ではない、光で作られた景色」を指している。曲全体の趣旨は、当時のCDジャーナル評でも「フィルム=虚構」をモチーフに、目の前の景色は自分で作れと優しく告げるハートウォームなナンバー、と要約されていた。歌詞は引用しないが、この方向性は曲の作りにもきちんと出ている。
音の作りで言うと、まず気持ちいいのはハンドクラップの位置。重い題材をサラッとしたビートに乗せてしまう。BPMも走らせすぎず、ホーンとストリングスがサビでふっと視界を開ける。イントロで既にホーンが顔を出して、聴き手の身体を先に温めてから歌が入ってくる設計で、劇伴っぽい引き込みを意識した組み立てだと思う。映画主題歌として書き下ろされた曲だからこその、シーンに寄り添う音作り。
興味深いのはMVだ。沖田修一監督自身が担当し、ゾンビが日常的に存在する世界で星野源がニュースキャスターに扮する——という設定になっている。ゾンビ、日常、ニュースキャスター。まったく地続きでないはずの三つを、地続きに並べてしまう。この「作りものと現実を並列にする」感覚は、そのまま曲の核と重なっている。当時は変なMVだなと思って観ていた人も多かったはずだが、今並べ直すと恐ろしく整合している。
そして、これは個人的な聴取観察になるけれど、この曲のサビは「持ち上げすぎない」。声を張るポイントを一箇所に絞って、あとは息の量で押していく。後の「SUN」や「恋」でみせる、明るく上に抜けるサビとは違う。もっと横に広がる。悲しい話を明るいテンポでやる、というやり方は星野源の得意技だけれど、『フィルム』はその原型の一つだと思っている。
聴きどころ3点
- ハンドクラップと軽いビートで、重いテーマを「軽やかに歩かせる」曲構造。息を止めさせない。
- 星野源と武嶋聡によるホーン&ストリングス・アレンジ。サビ手前でふっと視界が開ける瞬間の設計。
- 沖田修一監督によるMV。ゾンビ×ニュースキャスターの並列で、曲のテーマを映像に翻訳した名編。
キャリアの中で『フィルム』が置かれる位置
今の地点から振り返るとき、『フィルム』は「星野源が『世界の見え方』を歌詞のど真ん中に置いた最初期の曲」として読み直せる。この後の彼は、大病を経て、日常の側から世界を作り直す方向にどんどんシフトしていく。「SUN」の踊りだしそうな明るさ、「恋」の家庭・生活への視線、「創造」で任天堂のCMに書き下ろした「つくる」の話。全部つながっている。その一番上流に『フィルム』がある、と今なら言える。
もっと言うと、この曲は「観る側」から「作る側」への移動を歌っている。ニュース、映画、写真、世間——他人が用意した景色をただ受け取るのではなく、自分で虚構を組み立てて、そこに手触りを持たせる。この構図は、後年の彼のエッセイやラジオ、俳優業まで含めた仕事の姿勢と、静かに一致している。だから僕は、『フィルム』を「作家・星野源の所信表明」として聴いてしまう。当時は主題歌としての機能面が先に立って、そこまで踏み込んで聴かれた曲ではなかったと思う。
もうひとつ、後年の視点から見えるのは、これがくも膜下出血の10ヶ月前の曲だという事実の重み。倒れる前と後で、彼の書く歌の温度は明確に変わる。「作りものでいい、そっちを選ぶ」と歌ったこの曲を書いた10ヶ月後に、彼自身が生死の境から作りものを続ける側に立ち戻る——という順番で並べると、ちょっと出来過ぎている。曲が予言したわけではもちろんない。ただ、この人はもともとそういう場所に立って書く人だった、ということが、あとから証明された感じがする。
沖田修一と星野源、あの映画とあの曲の相性
『フィルム』の背景を語るうえで外せないのが、書き下ろしを依頼した沖田修一監督との相性だ。沖田修一は『南極料理人』『横道世之介』『子供はわかってあげない』などで知られる、日常の可笑しさと切なさを同じ画角に収めるタイプの監督で、『キツツキと雨』は林業を営む役所広司と、若い映画監督役の小栗旬が山の中で出会う話だった。派手さで押す映画ではない。沈黙の間、木を切る音、雨の音、そこにいる人の呼吸のズレ——そういうものを画にしていく作品。
そこに星野源のあの声が主題歌として置かれる、というのは、今考えても相当に的確なマッチングだ。声を張らない、間の使い方がうまい、明るいのに湿っている。当時の星野源が「若手ソロシンガー」でありながら、SAKEROCKでインスト曲を書き続けてきた作家性を持っていたことを、沖田修一は多分きちんと見ていた。だから歌ものの主題歌なのに、劇伴と地続きで機能する曲になっている。MVを監督自身が撮ったのも、この関係性の延長線上にある。
この「監督との共犯関係で作った主題歌」というやり方は、実はその後の星野源の仕事の大きな柱になっていく。ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の「恋」、映画『何者』の「Family Song」(順不同・関係の温度は違うが、原理は同じ)、そして『MIU404』への楽曲提供、その他多くの映像作品への書き下ろし——「先に作品があって、そこに寄り添うポップスを書く」という彼のアプローチの、最初のきれいな成功例が『フィルム』だ。この点を踏まえると、彼のディスコグラフィにおけるこの曲の位置は、思っている以上に構造的に重要だと思う。
2019年、iPhoneのCMで再流通した『フィルム』
そして、この曲の面白いところは、2010年代の後半にもう一度リスナーの前に出てきたことだ。2019〜2020年にかけて、NTTドコモ「iPhone 11×ドコモの学割」のCMソングとして、橋本環奈と浜辺美波が出演する「カンナとミナミのアルバム」篇に使われた。7年越しのタイアップ。しかもiPhoneのCM。写真=フィルム、というこの曲のモチーフを、スマホ時代の写真に接続する使い方で、選曲としてもきれいだった。
この時期の星野源は、すでに「恋」以降のスターとしての位置を確立していて、ドコモの別シリーズ「星プロ」CM(2018年〜、新田真剣佑・長谷川博己・浜辺美波との共演)にも出ていた。そこに『フィルム』が滑り込んできたことで、当時の彼を知らない世代——2012年に中高生ですらなかった層——が、この曲を「新曲みたいな顔で」聴くことになった。曲は変わらないのに、時代の側が追いついてきた、という現象。これはリリース当時のチャート順位より、ずっと大事なことだと思う。
この曲は、朝の曲だと思って聴くと少し輪郭が変わる。ハンドクラップ入りで、テンポは走らず、ホーンで視界を開ける——朝、通勤や通学の30分に置いておくと妙に効く。歌詞が背負っている重さは、朝のうちに一度濾過しておく方が身体に馴染む気がする。夜に聴くとどうしても「フィルム=虚構」の側の話が重くなる。朝に聴くと、逆に「じゃあ今日の景色は自分で作るか」の側が前に出てくる。作り手がそう設計したかは分からない。ただ、そう聴かれる余白がある曲だとは思う。
チャート/流通の話は控えめに書く
チャートの数字については、この記事では控えめに扱いたい。2012年当時のオリコン週間順位や売上について、確度の高い数字を今の時点で断定的に書くのは避ける。ここで押さえておきたいのは順位そのものではなく、『フィルム』という曲の「流通のされ方」だ。
2012年に映画主題歌としてリリースされ、2013年のオリジナルアルバム『Stranger』にも収められ、後年のベスト盤やサブスク解禁の波に乗り、2019年にiPhoneのCMで蘇る。この長い尻尾こそが、この曲の実力を示している。ヒットチャートの1週間ではなく、10年以上かけて広がった曲。「TOKIO HOT 100」的なリアルタイムの熱狂とは別の速さで、じわじわ効いてきた曲だ。数字の話は、ここではその「長さ」だけを見ておきたい。
ちなみに、シングル『フィルム』は初回盤にDVDが約70分ついていた。当時のインタビューでも「シングルだから、と流されないシングル」と紹介されていた作りで、パッケージ丸ごとの体験としてリリースされている。サブスクだけでこの曲に触れた人が、機会があれば当時のフィジカルの構成を見ておくと、この人が最初から「一曲だけ売る」ことに興味がなかったのがわかると思う。
「もしも」「乱視」「次は何に産まれましょうか」——同梱曲がもう一つの手紙
本題から少し外れるようで、実は繋がる話。『フィルム』というシングルには、表題曲以外に「もしも」「乱視」、そして『エピソード』収録曲のHouse ver(「次は何に産まれましょうか」「落下」)が入っている。ここもいま振り返ると味わい深い。特に「もしも」と「乱視」の並び。ゆらぎ、視界のずれ、見え方の話——モチーフが表題曲『フィルム』ときれいに重なっている。1枚のシングルが「見ること」「作ること」の連作になっている。
House verの2曲を最後に置いた構成も、いま聴くと予告のように感じる。星野源はこの後、ソウル/ファンク/ハウス的なダンサブルな音像に踏み出していく。「SUN」「Week End」「Pop Virus」あたりで一気に開花するあの方向は、実はこのシングルの後半でこっそり始まっていた、と読める。当時これに気づいた人は、少なかったはずだ。表題曲の映画主題歌としての重さに引っ張られて、後ろの2曲はカップリング扱いで通過されがちだった。10年経って並べ直すと、この5曲パッケージ全体が「これから広げる方向」の見取り図になっている。
だから僕は、サブスクで『フィルム』1曲だけをリピートしている人には、一度シングルの全5曲を通しで聴くのを勧めたい。「もしも」から「乱視」、そしてHouse verへ流れていく順番のまま。約16分。この16分は、2012年時点の星野源が「これから自分がやる仕事の輪郭」を、無意識にプレゼンしていた時間だと思う。表題曲だけを聴くのと、5曲通しで聴くのとでは、この人の解像度がだいぶ変わる。
今の耳で読み直す──『フィルム』が持っていた予感
ここまで書いてきて、あらためて思うのは、『フィルム』は「星野源の書くポップスの、なぜ人の心の柔らかいところに触れるのか」の理由が、素直に出ている曲だということだ。彼のポップスは、明るいだけじゃない。暗いだけでもない。「暗いことも入れたまま、それでも歩ける景色を作る」という編集の仕方をしている。この編集を、彼はデビュー2作目のシングルの段階で、もうやっている。
後年の楽曲——「地獄でなぜ悪い」「Family Song」「アイデア」「不思議」あたりを聴いてから『フィルム』に戻ると、モチーフがまっすぐ繋がっているのが分かる。虚構は逃げ場ではなく、居場所を作るための材料。作りものであることを引き受けたうえで、そこに手触りを足していく。『フィルム』が持っていた予感は、その後の10年以上をかけて、順番に音になっていった。
もう一つ、これは解釈が分かれる論点として置いておきたい。この曲を「虚構を選ぶ曲」として読むか、「虚構を虚構として認めたうえで、現実に立ち戻る曲」として読むか。同じサビでも、どちらにも聴こえる。前者だと思っていた人が、5年後には後者だと言い、また別の5年でどちらでもない読み方に辿り着く。そういう曲の余白の広さが、リリースから10年以上経った今も『フィルム』を人の生活に居させている理由だと思う。あなたはどっちで聴いているか、という話は、ぜひ他の人と話してみてほしい。
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入門動線
『フィルム』を入り口に星野源へ進むなら、次に聴くべきは、この曲の少し前に書かれた「くだらないの中に」(1stシングル、2011年)と、この曲を収めた3rdアルバムStranger🛒楽天(2013年)。倒れる前と、倒れた後の身体で作った曲が、地続きにパッケージされている。『フィルム』が良かった人ほど、この2枚の間に流れている10ヶ月を、順番通り追いかけてみてほしい。
まずこの作品から聴く
- Stranger — 『フィルム』を収めた3rdアルバム
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