2019年冬、山本彩がひとりの表現者としてどこへ向かうのか。その問いに、静かな答えを差し出したのが追憶の光🛒楽天だった。当時は「小林武史プロデュース」の華やかな話題性が先に立った。あれから数年、その後の彼女の歩みを知ったいま聴き返すと、この曲の位置づけはずいぶん違って見える。派手な転身ではなく、書き手としての骨格を作った通過点。それが今の目で見た「追憶の光」だ。
この曲の要点
- 2019年11月20日にユニバーサルシグマ(ユニバーサルミュージック)から3枚目のシングルとしてリリースされた、山本彩自身の作詞・作曲による楽曲。
- プロデュースは小林武史で、編曲は小林武史と四家卯大の連名。
- 読売テレビ・日本テレビ系『ダウンタウンDX』2019年11月からのエンディングテーマ、SPORTS DEPO・ALPEN秋の大感謝祭「adidas #PLAYBLACK」キャンペーンのテーマソングに起用された。
- 翌月2019年12月25日発売のフルアルバム『α』に収録。NMB48卒業後初のフルアルバムの先行シングルという位置づけだった。
いま聴き返して気づく、この曲の「静かさ」の意味
結論から言うと、この曲はキャリアのハイライトではない。だからこそ効いている。2019年当時、話題の中心は今回初めてタッグを組む小林武史によるプロデュース楽曲という一点にあった。話題性はわかりやすい。ただ、いま冷静に並べ直すと、彼女のシングル歴の中で「追憶の光」はいちばん声を張っていない部類に入る。それが偶然じゃないのは、その後の作品を知っている耳ならわかる。
NMB48時代の彼女は、センターとしてサビで観客を巻き込む役割を担っていた。ソロ初期の楽曲群にも、ロックバンド的な熱量を前に押し出す作品が並ぶ。そこから見ると、「追憶の光」の抑制はむしろ不自然なくらい静かだ。冒頭のリバーブは深く、ピアノの立ち上がりは遅い。声の位置も低い。初めて聴いた時は「あれ、こういう歌い方する人だったっけ」と少し戸惑った記憶がある。今なら言える。あの戸惑いこそが、この曲がやっていたことだ。
過去にすがるでも、忘れるでもなく、ただ光として置き直す。テーマの手つきが、Mr.Childrenやサザンオールスターズを手がけてきた小林武史のプロダクションと出会って、ちょうどよく熱を下げられた。当時のインタビューで本人が作詞・作曲を担ったことは触れられていたが、いま振り返ると、この曲は「彩ちゃんが書いた曲」というより「山本彩というシンガーソングライターが書いた曲」として世に出た最初の一枚に近い。肩書が音に染みる瞬間だった。
タイアップの読み替え:バラエティのEDに置かれた意味
タイアップの並びが、いま見ると味わい深い。『ダウンタウンDX』のエンディングテーマ、アルペン「adidas #PLAYBLACK」キャンペーンのテーマソング。長寿のバラエティ番組のED、そしてスポーツ用品店の秋冬キャンペーン。派手なドラマ主題歌ではない。この地味さが、後追いで効いてくる。
『ダウンタウンDX』は木曜の夜、ゲストトークで一週間を締める番組だ。エンドロールで流れる曲は、笑って観たあとの余韻を回収する役割を負う。強すぎるバラードは番組の温度と噛み合わないし、明るすぎると余韻を消してしまう。「追憶の光」の中庸なトーン、押し引きの薄さは、その枠に不思議なほど合っていた。曲が単体で強く自己主張しないぶん、聴き手の側の一週間が乗ってくる。関西のバラエティ文化の中で育ってきた山本彩と、関西の視聴者にとってのDX。この組み合わせは、今から見ると偶然ではなかった気がする。
アルペンのCMも同じ論理で機能した。当たり前の日常が無くなる、そしてそれが幸せだったと気付く瞬間を切りとった冬バラードという楽曲テーマは、スポーツ用品売り場の季節キャンペーンに寄せるには意外な方向性だ。ただ、寒くなる時期に人が体を動かす動機は、じつは静かな内省と紙一重で結びついている。走り出す前の、少し立ち止まる時間。曲の呼吸がそこに合っていた。
小林武史というプロデューサーを、いま再評価する
「追憶の光」を語るときに避けて通れないのが、プロデューサー小林武史の存在だ。90年代Jポップの中心にいた彼は、Mr.Children、MY LITTLE LOVER、Bank Band、Salyu——挙げるとキリがないが、いずれも「歌の内側にストリングスと鍵盤で余白を作る」プロダクションの達人として知られてきた。2010年代後半、彼のプロデュース仕事は必ずしも表舞台の中心ではなくなっていた。そのタイミングで山本彩と組んだ意味は、後追いで見ると結構重い。
アイドルグループ出身の女性シンガーが、90年代Jポップの重鎮と組む。この構図は、当時の音楽シーンだとやや意外だった。というのも、2019年前後の女性シンガーソングライターの主流は、あいみょんや優里に代表される「弾き語り/宅録の親密さ」寄りに動いていたからだ。そこにわざわざ90年代的な有機的アンサンブルを持ち込むのは、逆張りに近い判断だった。
ただ、その逆張りが「追憶の光」の耐用年数を伸ばした、といまなら言える。宅録的親密さのプロダクションは、機材や録音技法のトレンドが変わると急速に古びる。対して、生ピアノとストリングスで組んだアレンジは、20年経っても20年前の音として聴けるだけで、「古臭い」の側には落ちにくい。小林武史がこの曲でやったのは、流行の外側に曲を置くという、じつは戦略的な選択だった。彼女の側もそれを理解して受けたのだと思う。
もうひとつ挙げておきたいのは、小林武史のプロデュースには「歌手の癖を消さない」という一貫した思想があることだ。桜井和寿の歌い癖、Salyuの発声の独特さ、いずれも消さずに増幅する。山本彩の場合、NMB48時代からの喉の使い方——芯のある中低音——がそのまま活かされている。プロデュースを受けても「山本彩の声」であり続けたことは、聴き比べればすぐわかる。
サウンドの読みどころ:小林武史×四家卯大の織り方
編曲クレジットに注目したい。編曲は小林武史・四家卯大の連名。四家卯大はチェリスト/ストリングスアレンジャーで、宇多田ヒカルや椎名林檎の作品でも仕事をしてきた名手だ。この編曲布陣の意味は、聴きどころに直結する。
聴きどころ3点
- イントロのピアノの間——最初の一音が置かれてから声が入るまでの余白が長い。冬の空気の湿度をそのままリスナーの部屋に持ち込んでくる。
- 2番後のストリングス——四家卯大の書くストリングスは、感情を煽らずに輪郭だけを補強する。ここが小林武史の90年代的な壮大アレンジとは違う点で、「泣かせに来ない」設計になっている。
- ラスサビの声の置き方——張り上げず、むしろ一段沈める処理。ソロ初期に「声を張って盛り上げる」を叩き込まれていた彼女が、逆算の歌唱を選んだ痕跡が残っている。
この3点はどれも「引き算」の仕事だ。派手さを削って、曲の芯を残す。プロデューサーの経験がなせる技だが、そこに乗る歌い手が動じずに引き算を受け入れたことのほうが、いま振り返ると大きい。彼女のその後のバラード曲——たとえばアルバム『α』の他曲や、後年のライブでのアコースティック展開——は、この時に固まった発声のトーンを土台にしている気がする。
個人的な話をすると、リリース当時に一度聴いて、正直そこまで刺さらなかった。ロックな彼女のほうが好きだったからだ。2022年頃、ふと車で流していて、信号待ちで声の低い位置に気づいて聴き返した。それから聴き方が変わった。この曲は、勢いで聴く曲じゃなくて、停まった時に効く曲だ。冬の夜、家に帰り着いて上着を脱ぐ前の数十秒。そのくらいの短い時間のために設計されている気がする。朝や昼に流すと少し違和感がある。夜、それも一日が終わった側の夜に、輪郭が変わる曲だと思う。
MVという第二の読解——花びら・砂・イスの燃焼
楽曲と一緒に語られるべきは、ミュージックビデオの演出だ。MVでは花びらが散ったり、砂が手からこぼれ落ちたり、イスが燃えたりする描写が、今回の楽曲のテーマでもある”儚さ”を表現している。加えて、シングルのMVとして山本彩が最初から最後まで一人で出演しているのは今回が初だった、というのも見逃せない事実だ。
この「一人」の設計は、後追いで見ると象徴的だ。NMB48時代は、彼女は「複数の中の一人」として画面に立つのが常だった。ソロ活動に入ってからも、バンドメンバーやダンサーが一緒に映ることは多かった。「追憶の光」のMVで初めて、彼女は最初から最後まで画面の中で一人だった。曲のテーマも「失われた二人」を歌っている。二人であったことを、一人になった側から回想する——曲の視点と映像の視点が、綺麗に一致している。
燃えるイスというモチーフは、日常の中心にあったはずのものが消える瞬間の隠喩として読める。花びらと砂は時間の流れ、イスの燃焼は日常の消失。当たり前の日常が無くなる、そしてそれが幸せだったと気付く瞬間という楽曲テーマを、三つのモチーフで層状に表現している。演出としては王道だが、山本彩の表情の抑制と組み合わさることで、過剰にならずに機能している。
『α』という文脈:シングルとアルバムの関係を組み直す
同時に発表されたフルアルバムは、NMB48卒業後初のフルアルバムという意味を持つ。タイトルは『α』。2019年12月25日リリース。「追憶の光」はこのアルバムの3曲目に置かれた。1曲目「unreachable」、2曲目「イチリンソウ」(アイフルホームCMソング)、そして3曲目に「追憶の光」。この順番はいま見ると設計として綺麗だ。
『α』は文字通り「はじまり」を意味するタイトルで、シングル群を束ねただけの寄せ集めではなく、卒業後の作家性を提示する意図が濃い一枚だった。「追憶の光」をアルバムの序盤に置いたことは、彼女がこの曲を「新しい入口」として位置づけていたことの表れだと読める。当時のリスナーはシングル曲としてこの曲を消費した。ただ、いま『α』通しで聴くと、この曲はアルバムのアンカーではなく、扉の役割を担っている。過去の熱量から距離を置き、次の作家像に踏み込むための、静かな扉。
アルバムの残り曲には、バンドサウンドの強い曲もアコースティックな曲も並んでいる。「追憶の光」はその両側どちらにも寄っていない中心線に置かれた。この配置は偶然ではないだろう。中心をどこに取るか、で作家の像は決まる。派手な曲を中心にすればロック寄りに見えるし、囁くバラードを中心にすれば内省派に見える。彼女が選んだ中心線は、そのどちらでもない「呼吸のある中庸」だった。
後の曲との繋がり——「追憶の光」以降に見えてくるもの
ここが後追いで読む記事の本題に近い。「追憶の光」以降、山本彩のバラードは明らかに一段深くなった。声を張らずに感情を運ぶ技術、間を恐れずに置く胆力、ストリングスと共存する声の位置取り——これらは、この曲でひととおり試された技術だ。後年のライブでアコースティック編成の弾き語りを聴くと、「追憶の光」で獲得したフォームがそのまま応用されているのがわかる。
作詞面でも、この曲は転機になっていた気がする。それまでの彼女の歌詞には、若さゆえのストレートさ、感情の直球さが目立った。「追憶の光」は、直接感情を叫ぶのではなく、風景と時間の中に感情を置く書き方をしている。この抑制の書き方は、以降の彼女の作詞の基本フォームになっていく。作詞家としての彼女を評価する上で、この曲は無視できない転換点だと思う。
そう。もうひとつ大事なのは、「作詞・作曲を自分でやりつつ、プロデュースと編曲は外部に委ねる」という配分を、この曲で経験したことだ。全部一人で抱え込むシンガーソングライターと、全部外注する歌手の、あいだにある第三の道。この配分感覚は、その後の彼女のキャリアの柔軟さに直結している。他アーティストへの楽曲提供、ドラマや映画への主題歌提供、そういう仕事のスタイルは、「追憶の光」の経験なしには成立しなかったんじゃないか、と個人的には思う。
キャリアの中での位置づけ:「派手じゃないから残った」曲
山本彩のキャリアを振り返ると、大きなインパクトを残した曲はいくつもある。NMB48時代の代表曲、卒業後すぐのロック志向の作品、その後のライブで育っていった曲たち。「追憶の光」はそのどれとも違う場所にいる。ヒットチャートの記憶で語られる曲ではないし、ライブの定番曲として真っ先に挙がるタイプでもない。
それでも、この曲はしぶとく残っている。理由は単純で、賞味期限が長いように書かれているからだ。時事的な題材でも、当時の流行のプロダクションに寄せた曲でもない。当たり前の日常が無くなる、そしてそれが幸せだったと気付く瞬間を切りとった冬バラードというテーマは、リスナーが年齢を重ねるほど別の意味に反転していく。20代で聴く「失われた日常」と、30代・40代で聴くそれは、同じ言葉でも重さが違う。
ここが後追いで読むときの補助線だ。当時、この曲を「地味」と評した意見も少なくなかった。ロック寄りの彼女を好むファンにとっては物足りなさもあった。ただ、地味さは長期戦では強い。派手な曲は3年で古びるが、静かな曲は3年で違う意味を獲得することがある。「追憶の光」は後者の設計だった、と今なら言える。
もうひとつ、キャリア上の意味として書いておきたいのは、この曲が「他者に大きく委ねた」曲だったことだ。プロデュース、編曲、ストリングスアレンジまで外部の手が入っている。それでも作詞・作曲は本人。この配分は、その後の彼女の作家性を考えるうえで示唆的だ。全部を自分でやろうとせず、任せる部分は任せる。この経験を通ったから、後年の自身のバンド編成や、他アーティストとの共作でも彼女は動じない。「追憶の光」は、書き手としての彼女が”手放す作法”を身につけたシングルだったのかもしれない。
チャートと受容:数字の外で起きたこと
チャートの数字だけで語ると、この曲は彼女のシングルの中で突出した記録を持つ曲ではない。それは事実として置いておく。ただ、後追いで見たときに面白いのは、リリース後に静かに聴かれ続けたタイプの曲だという点だ。ストリーミング時代の「じわ伸び」曲の性質を、リリース当時からある程度備えていた。
冬になると再生数が上がる季節曲としての側面もあり、これは『ダウンタウンDX』のEDに起用されたことによる記憶の紐付けと、テーマの季節性が重なった結果だと思われる。テレビの露出はワンショットで終わるが、そこで植え付けられた「この曲は冬の曲」という記憶は毎年律儀に戻ってくる。CMもキャンペーンも同じで、露出そのものより「季節と紐づいた」ことのほうが長期的に効いた。
数字は評価の一部でしかない。この曲について言えば、初動より、6年経ったいま棚から取り出せることのほうが価値がある。取り出したときに古びていないことのほうが、シングルとしての完成度を示している。
関連作品・次に聴くなら
この曲の余韻を、どこに繋げるか。後追いで聴くならではの動線を提案したい。
「追憶の光 山本 彩」の関連作品
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まずこの作品から聴く
- α — 卒業後初のフルアルバム
- stay free — 同シングル収録の別の顔
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入門動線
次の1曲:同じシングルのカップリング「stay free」。SIRUPのサウンドプロデュースを手掛けるMori Zentaroを招いたミディアムビートな楽曲で、「追憶の光」の抑制されたトーンからそのままR&B寄りの空気に橋渡しできる。彼女の音楽的な幅を、シングル一枚の中で確かめられる。
次の1枚:フルアルバムα(2019年12月25日リリース)。「追憶の光」をアルバムの文脈で聴き直すと、シングルとして聴いたときと表情が変わる。「unreachable」から「イチリンソウ」を経て「追憶の光」に着地する序盤の流れは、彼女のNMB48卒業後の作家性の宣言そのものだった。
解釈が分かれるのはここからで、「追憶の光」を彼女のキャリアの中で”転換点”と読むか、”通過点”と読むかで、その後の評価も変わる。転換点だと読めば、以降の作品はすべてこの曲の延長線上に整理できる。通過点だと読めば、この曲は数ある実験のひとつになる。個人的にはどちらでもない、”隠れた基準点”だと思っている。目立たないが、あとの作品を測るときに毎回参照される点。あなたはどう読むだろうか。
「追憶の光」は、リリースから時間が経ってから真価が見えてくるタイプの曲だ。派手じゃないから残った、というのは矛盾しているようで、じつはよくある話だと思う。書き手としての山本彩の骨格を、静かに支えている一曲。冬が来るたびに、また聴き直したくなる。

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