山本彩「棘」を今聴き直す——ソロ2作目に埋め込まれた宣言文

赤いスポットライトの下でエレキギターのシルエットが浮かぶ、都会的で少しざらついた質感のイメージ 楽曲

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2019年9月に出た曲を、2026年のいま改めてプレイリストに入れ直している人が、たぶん思っているより多い。山本彩「棘」。ソロ2枚目のシングルで、NMB48を卒業してから約10ヶ月後のリリース。当時はロックな新機軸として紹介されたけれど、その後の彼女の歩みを知ってから聴き返すと、聴こえ方が明らかに変わる。「棘」は当時ロックの手触りで語られたが、いま聴くと、山本彩が自分の輪郭を自分の言葉で描き直した最初の署名だと分かる。

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この曲の要点

  • 🛒楽天は山本彩のソロ2ndシングルとして2019年9月4日にユニバーサルシグマ(ユニバーサルミュージック)からリリースされた楽曲。
  • 作詞・作曲は山本彩本人、編曲・プロデュースは根岸孝旨(Cocco、GRAPEVINEなどの仕事で知られる)。
  • TBS/MBS系「プレバト!!」2019年8〜9月度エンディングテーマ。
  • ドラムはCrossfaithのTatsuya、キーボードは本間昭光ら実力派バンドメンバーが参加。
  • NMB48卒業(2018年11月)後の”自分の言葉での2枚目”にあたる作品。

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2019年9月の景色——「イチリンソウ」の次に置かれた一手

「棘」は、卒業後の彼女がユニバーサル移籍第2弾として放ったシングル。第1弾の「イチリンソウ」(2019年4月)が、新しいスタートの切なさや希望を落とし込んだミドルナンバーだったのに対し、こちらはアッパーなロックチューン。フェスシーンを射程に入れたサウンドで、まったく別の顔を見せた。

作詞・作曲は本人。編曲・プロデュースは根岸孝旨で、Coccoの初期作やGRAPEVINEなど、”日本のロックのざらついた質感”を長年支えてきた人。ここが効いている。ドラムはCrossfaithのTatsuya、エレキギターは真壁陽平、キーボードは本間昭光、プログラミングは飯田高広。名前を並べていくと、これはアイドル出身のシンガーが”演出”としてバンドを組んだ布陣ではない。バンドの側の目線で音を組み立てた布陣だ。この違いは大きい。

タイアップは「プレバト!!」2019年8〜9月度エンディングテーマ。査定される芸能人たちの緊張と笑いの後ろに、ロックのアッパーチューンが流れる、という意外な配置は、いま思うと象徴的だった。評価される側から、評価に対して返事をする側へ。そう。当時は誰もそんな読み方をしていなかった。

「棘」以前——山本彩がソロで何を積み上げてきたか

「棘」を今の位置から読むには、彼女がソロとして何を積んできたかを一度おさらいしておくと解像度が上がる。2016年にアルバム「Rainbow」でソロデビューを果たし、2017年には2ndソロアルバム「identity」を発表。この2枚はまだアイドル活動と並走しながらの作品で、シンガーソングライターとしての骨格作りが目的だった。バンド編成のロックが基本にありつつ、アイドル曲のポップさとの折衷も残っていた、というのがフェアな見立て。

2018年11月、NMB48を卒業。万博記念公園東の広場で卒業コンサート『SAYAKA SONIC』を開催、NMB48史上最大規模、約3万人を動員した初の野外コンサートだったと発表されている。ここで一度、アイドルとしての時計は止まる。翌2019年2月にライブハウスツアー「I’m ready」を開催、NMB48卒業後初のソロツアーではライブハウスからホールまで全国27公演を完走している。この”27″という数字がじわじわ効いていて、卒業してすぐアリーナやホールに戻るのではなく、いったんライブハウスの床の高さまで降りて、自分の脚で立ち直す期間を挟んでいる。この選択が「棘」のロック回帰の下地を作った。

そして4月に移籍第1弾「イチリンソウ」、9月に第2弾「棘」。第1弾で”新しいスタートの切なさ”を出しておいて、第2弾でアッパーに振る、というリリース設計は上手い。切なさ→攻性の流れは、卒業したソロシンガーの心理曲線としても筋が通っているし、”泣きの1曲だけの人にしない”という営業判断としても賢い。

根岸孝旨というプロデューサー選択の意味

「棘」のプロデューサーが根岸孝旨だった、という事実は、いま振り返るほど重い。CoccoやGRAPEVINEを世に送り出した根岸孝旨プロデュース、という肩書きは、日本のロックの中でも”詩と身体性が近い”アーティストの仕事で知られる。単にロックの音を作れるプロデューサーは他にもいるが、”歌詞の刺の立て方”まで含めて設計できる人となると、そう多くない。

山本彩の作詞は、卒業前後から徐々に一人称の色が濃くなっていた。そこに根岸のプロダクションを組ませたのは、”自分の言葉を音の器の中でどう立たせるか”という技術を借りる、という意味だったのだと思う。実際、「棘」のミックスは、ボーカルが必要以上に前に出ていない。声はバンドの一部として鳴っていて、ときどきギターや歌詞の一節が視界に飛び込んでくる、という設計になっている。これは”歌姫の曲”ではなく”バンドの曲”の作り方だ。ここが、それまでのアイドル起点のソロシンガーの録音物との、はっきりした差異。

ライブ現場から逆算した曲——MTV LIVE PREMIUMの記録

「棘」は発売翌日の「MTV LIVE PREMIUM」で新曲初披露され、バンドメンバーに続いて登場した山本彩はアコースティックギターを抱えて、カップリングナンバー「unreachable」からライブをスタートしたと音楽ナタリーが報じている。この時点で”棘”というシングルは、CDの中の音源というより、ステージで鳴らすことが前提のパッケージだったことがよく分かる。

2019年の彼女は、ROCK IN JAPAN FESTIVALやMONSTER baSH、宗像フェスなど大型フェスにも登場している。アイドル卒業組がフェスに立つ、という構図自体は珍しくなくなっていたけれど、彼女の場合はアコギを抱えて自分で弾いて歌う、という身体の使い方が明確にあった。「棘」はその身体を最大化するために作られた曲、と読むと座りがいい。

「プレバト!!」EDという配置の妙

タイアップ先が「プレバト!!」だった、というのも、いま振り返ると味わい深い。あの番組は、俳句にせよ絵にせよ、査定される側と査定する側のヒエラルキーで進行する。特待生、名人、凡人——ランクが可視化される場所。そのEDに、”評価の外側で自分の輪郭を宣言する”曲を置いた、という配置は、意図的だったかはさておき、結果として非常に象徴的だった。

アイドル時代の彼女は、選抜総選挙という数字の序列の中で長く戦ってきた人でもある。「プレバト!!」の査定システムと、AKBグループの選抜システムには、実は構造的な相似がある。その番組のEDに、彼女が自分の名前で作詞作曲した”境界線の曲”が流れる、という座組は、後から見ると偶然以上の意味を持って響く。

サウンドの読み——「弾き語り」ではなく「バンドの一員」としての彼女

サウンドの核はギターだ。山本彩自身がアコースティックギターを弾き、エレキギターは真壁陽平という二層構造。イントロの立ち上がりを聴くと、アコギのカッティングが先に走って、少し遅れてエレキのリフが被さる設計になっている。エレキ主導ではなく、アコギの体温を残したままロックにする、という選択。これが渋い。

ドラムのTatsuyaはCrossfaithという、ラウド寄りのバンドの中枢にいる人。だからと言って「棘」がラウドロックになっているかというと、そうではない。ここが根岸プロデュースの腕で、キックとスネアの粒立ちだけを借りて、曲全体はJ-ROCKの語り口を保っている。硬い骨に、しなやかな筋肉。バランスの取り方が2019年の山本彩の身体感にちょうど合っていた。

本間昭光のキーボードは、前に出てくる派手なフレーズではなく、コード感を厚くする「見えない厚み」として置かれている。ポルノグラフィティの多くの曲を編曲してきた人の手つきが、ここでは”影の設計者”に回っている、と言っていい。プロデュース仕事として賢い。

ボーカルは、巻き舌気味の子音の立て方が印象的で、これはNMB48期の彼女の歌唱にはあまり出ていなかった質感。MVでも、真っ赤な口紅姿でエレキギターをかき鳴らし、巻き舌をきかせながら歌う姿が印象に残る。アコギを掴んだ手が声帯にも影響している、という言い方は詩的すぎるかもしれないけれど、”歌わされる声”から”自分で鳴らす声”への切り替えが、ここで一段深まっている気がする。

聴きどころ3点

  • アコギ主導のロック設計——エレキがリフを取るのではなく、アコギのカッティングが曲の推進力を握っている。ライブで彼女が一人で立っても成立する骨格になっている。
  • 根岸孝旨×Crossfaith Tatsuyaの意外な相性——ラウド寄りのドラマーを、ロックポップスの器に納める仕事。硬さと歌謡性の橋渡しが上手い。
  • ボーカルの子音の立て方——アイドル期の丸い発語から、少しざらっとした子音重視の発声に。この後の作品群への布石になっている。

「怒り」ではなく「宣言」——歌詞のテーマ性を今の位置から読む

「棘」は、「偽らず自分らしく生きて死んでいきたい」という山本彩の強いメッセージが込められ、ファン待望のアッパーなロックチューンとしてリリースされた。音楽ナタリーのインタビューでは、個性を尊重しようと働きかける人が増えてきた一方で、顔が見えないインターネット上では憎悪が渦巻いている現代の日本への怒りや、NMB48を卒業した山本さんが置かれている状況などが攻撃的な口調で綴られている、という読みが提示されている。歌詞は引用しないが、テーマの方向性は本人・レーベル双方が語っている通り。

ここが、いま聴くと少し違って見える。2019年当時、この曲は「NMB卒業後、自分の怒りを解放した曲」として受け取られた面が強かった。ロックな音像もあって、”棘=攻撃性”と読まれた。私自身、2019年秋に初めて聴いたときは、そう理解していた。

でも、その後の彼女の作品を追った上で戻ってくると、「棘」の芯にあるのは怒りじゃない、と今は思う。これは怒りの表明ではなく、自分の輪郭の宣言だ。「棘」というモチーフは、外に向かって刺す武器ではなく、自分の周りに立てる境界線として機能している。「ここから先は、私の領域だから、あなたのやり方では踏み込まないでほしい」。ロックのラウドネスは、その境界線を強く引くための筆圧に過ぎない。

この読みは、「棘」でつづった思いは賞味期限があると本人が感じていたという発言とも矛盾しない。怒りは持続しないが、宣言は残る。だから2026年に聴いても古びない。

キャリアの補助線——「棘」の後に彼女がやったこと

2019年9月のこの一手が、その後どう伸びたか。ざっと並べると、翌2020年の「愛なんていらない」「ゼロ ユニバース」、2021年の「あいまって。」やリミックス群、そして2023年のアルバム『&』、2024年3月には東阪でのライブ「Sayaka Yamamoto Hall Tour 2024 -RGB-」、5、6月にはアジア3都市をめぐる海外ツアーと続く。リリース頻度も方向性の幅も明らかに広い。

並べてみるとわかる。「棘」以降の彼女は、ロックのアッパーだけを深掘りしたわけではない。2021年の「ゼロ ユニバース (edbl Remix)」「Larimar (Daul Remix)」「君とフィルムカメラ (Jazztronik Remix)」など、リミックス作品にも積極的で、電子音の淡いテクスチャや、しっとりした夜のトラックにも幅を広げてきた。「棘」で立てた境界線の内側で、彼女は自由に色を試している。だから「棘」を”ロック路線の1曲”として括ってしまうのは、いま振り返るとやや狭い。

もうひとつ大事な補助線。「棘」で組んだ根岸孝旨・本間昭光といったベテラン勢との共同作業は、彼女が”自分の作家性を守りながら、外の耳と一緒に音を作る”という距離の取り方を確立した現場でもあった。以降の作品でリミキサー起用(tofubeats、Jazztronikなど)にも積極的なのは、この時期に外部との協働の呼吸が身についたからじゃないか、と個人的には見ている。

チャートとフォーマット——数字の外側にあったもの

「棘」はオリコンチャート6位にランクインしている、と伝えられている。CDシングル全盛期の物差しで言えば派手な話ではないけれど、この頃から音楽の受け取られ方はストリーミングと配信に軸が移っていて、CD初動の数字は作品の到達距離を測るには小さすぎる指標になっていた。

大事なのは、「棘」がフェスやライブでどう機能する曲として設計されていたか、という点だ。ライブ・フェスで映えるアッパーチューン、というレーベル側の紹介文は営業トークではない。この曲は、彼女がステージで自分の身体を使って鳴らすことを前提に組まれている。ソロツアーやMTV LIVE PREMIUMなど、リリース直後のライブ現場で真価が出るタイプの曲だった。数字ではなく、会場の空気で残る類の1曲。

いま、この曲がどう聴かれているか

ファンの聴かれ方を見ていると、「棘」はプレイリストの中で”背中を押す曲”として置かれていることが多い気がする。朝の通勤前とか、決断の前とか、少し緊張している時間帯に効く1曲、として設計されている感触がある。ロックのアッパーは眠気覚ましのためだけにあるのではなく、”自分の輪郭を思い出させる”ためのボリューム設定として機能する——という読み方は、この曲についてはとくにしっくり来る。

面白いのは、リリース時のフェス想定と、いまの生活の中での聴かれ方に、そこまで大きなギャップがないこと。会場の何千人の熱と、朝の一人のヘッドフォンの中の熱が、同じ回路を鳴らしている。この持続性は、実はこの曲の隠れた長所だと思う。

解釈が分かれる論点——「棘」は誰に向けられた曲か

ひとつ、蓋をしないで残しておきたい問い。「棘」の語り手は、誰に向かって話しているのか。世間なのか、SNSの向こうの匿名の他者なのか、あるいはNMB48期の自分自身なのか。本人は、この曲は自分のことを歌ってもいるが、同世代がきっと感じているセクシャリティやパーソナルな部分での息苦しさについても歌っていると語っており、明確に”敵”を指定していない。

ここは聴き手それぞれの補助線を引く余白として残っている。私は先ほど”自分の輪郭の宣言”と書いたけれど、別のファンは”かつての自分への手紙”として読んでいるかもしれないし、”社会に向けた抗議”として受け取っている人もいると思う。どれが正解、という曲ではない。この余白の広さこそが、2019年の1曲が2026年にも古びない理由のひとつだ。

入門動線

「棘」から山本彩を掘るなら、まず時系列で1つ前のイチリンソウ🛒楽天(2019年4月)を聴いてほしい。ミドルテンポで、卒業後のスタートの切なさと希望が同居する曲。「棘」の攻性はこの静けさの反動として出てきていることが分かる。もう1つ、キャリアの弧を掴むなら、2023年のアルバム&。「棘」で立てた境界線の内側で、彼女がどこまで色を試したかが一望できる。ロックだけの人ではない、ということが数曲聴けば伝わるはず。

まとめ——2019年の宣言文を、2026年に読み直す

「棘」は、当時のフレーミングでは「NMB48卒業後、ロックに舵を切った1曲」だった。それは間違っていない。ただ、いまの位置から聴き返すと、この曲は方向転換のマーカーというより、自分の名前で歌うということを引き受けた最初の署名として立っている。ロックはその署名を目立たせるためのペンの太さで、本質はサウンドの外側にある。

アイドル出身のソロシンガーがどこまで行けるか、という問いに対する答えを、彼女はその後の作品で一つずつ提示してきた。「棘」はその出発点の起点というより、”起点にできる場所を自分で決めた宣言”だった、と思う。詳細な制作エピソードやチャート詳細は公式情報をあたるとして、この曲を今もう一度プレイリストに入れる価値は、間違いなくある。

まずこの作品から聴く

  • イチリンソウ — 移籍第1弾、静かな決意
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  • & — 2023年アルバム、幅の広さが分かる
  • 追憶の光 — 同時期のもう一つの顔
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  • Rainbow — ソロデビュー作、原点確認
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