ラブソングという言葉が、いつの間にか少しだけ気恥ずかしいものになった気がする。竹内アンナの新曲ok, love song🛒楽天は、そこに小文字と読点で”OK”と括弧をつけて差し出してくる。ラブソングを名乗ることをためらった時代に、あえて”OK”と括弧をつけて差し出す軽やかさが、この曲の芯にある。デビュー8周年を記念したEPのリード曲として、2026年8月12日に配信された一曲だ。
この曲の要点
- 竹内アンナのDigital Concept E.P『MIXTAPE』のリード曲。2026年8月12日配信リリース。
- 作詞・作曲は竹内アンナ本人、編曲は名村武。
- リリックビデオは台湾で撮影され、EPリリース当日にYouTubeで公開された。
- 『MIXTAPE』は竹内が令和8年8月8日にデビュー8周年を迎えることを記念したアニバーサリー作品で、全8曲収録。
8周年EP『MIXTAPE』のリード曲という位置
まず前提を整理しておく。竹内アンナのEP「MIXTAPE」は、竹内が令和8年8月8日にデビュー8周年を迎えることを記念したアニバーサリー作品で、昨年リリースされた3曲に、未発表音源3曲と新たな書き下ろし曲2曲を加えた計8曲が収録される。8、8、8。数字の並びが偶然にしてはできすぎている。
タイトルの「MIXTAPE」には、時代を超えた”アーカイブ”の意味が込められており、これまでの軌跡を辿るファンはもちろん、初めて彼女の音楽に触れるリスナーも幅広く楽しめる1作だという。この設計思想は重要だ。ベスト盤ではない。カセットテープに好きな曲を並べていた時代の、あの手作業の感覚。曲順に自分の趣味を出す、あの感じ。8年目の節目に「ベスト」ではなく「ミックステープ」を選んだところに、彼女の距離感がある。
そのリード曲がok, love song🛒楽天。作詞・作曲は竹内アンナ本人、編曲は名村武が担当している。8曲入りアーカイブの入口に置かれた、書き下ろしの新曲。ここでラブソングを持ってきた意味は、あとで書く。
タイトルに宿る”括弧”のニュアンス
タイトルの表記を見てほしい。ok, love song。すべて小文字、間にカンマ。「OK」でも「LOVE SONG」でもなく、あくまで小文字。ここに彼女の身振りが出ている。
ラブソングを大文字で書くのは、たとえば2000年代までの日本のポップスの語法だった。恋愛を主題に据えることに、まだ迷いがなかった時代の書き方。いまはそうじゃない。SNSでラブソングを大声で歌うことのバツの悪さを、みんなうっすら知っている。だから小文字にする。カンマで一拍置く。「はい、ラブソングですけど、いいですか」と、こちらの様子を伺ってから差し出してくる。この間合いが、2026年の20代後半の書き手の距離感だ。
ラベルを剥がして中身だけ渡す、みたいなことをやっている。恋愛の歌を書きます、と正面から言うのではなく、”ok, love song”というラベル自体を歌の中に折り込んでしまう。メタな身振り。だけど冷笑ではない。冷笑ならタイトルはもっと突き放したものになる。ここには照れがある。8年やってきたシンガーソングライターが、8周年の最初の曲で恋愛の歌を書く、その照れが小文字とカンマに滲んでいる、と思う。
編曲・名村武という補助線
編曲を担当した名村武の名前は、竹内アンナのファンなら見慣れているはず。彼女の作品で継続的にアレンジを預かってきた人物で、竹内のギタープレイと歌のあいだにどう空間を作るかを熟知している。
竹内アンナの音楽的な特徴として、スラッピングを取り入れたプレイスタイルと透明感のある歌声がよく挙げられる。ギターが打楽器としても機能する。だからアレンジャーの仕事は、そのギターの隙間をどう埋めるか、あるいは埋めないか、の判断になる。名村武の編曲は、その”埋めない”側の判断がうまい。ドラムとベースを厚く敷き詰めず、コーラスも過剰に重ねない。ボーカルとギターの一次的な関係を残す。
この曲でも、その方針は貫かれているように聴こえる。過剰な情報を足さない。歌が主で、ギターが伴走。編曲は、その二人を邪魔しない照明係、というポジション。8周年の”リード曲”というと派手なアレンジを想像しがちだけど、この曲はそうじゃない。あえて等身大に留めている。
台湾で撮ったリリックビデオという選択
もうひとつ触れておきたいのが、リリックビデオが台湾で撮影されたこと。EPのリリース日には、台湾で撮影されたリード曲「ok, love song」のリリックビデオ公開も決定。今回の映像は、その台湾ロケでのワンシーンをループさせたものだという(先行公開された「My secret plum」の映像について)。
なぜ台湾だったのか、公式に細かい言及はない。ただ、この選択自体が示唆的だ。日本語で歌うラブソングの映像を、あえて日本の風景で撮らない。母国語の外側の場所で撮る。字幕的に歌詞が浮かぶリリックビデオという形式と、異国の街並みが、意外なほどよく合う。歌のなかの人称と、風景のなかの匿名性が、うまく相殺されるのだ。
台北なのか、台南なのか、どの街かは映像を見て確かめるとして、選択そのものに「日本のシンガーソングライターがアジアを射程に入れる」時代の空気がある。2020年代後半の日本のポップスは、ようやく英語圏の模倣ではない越境の仕方を模索し始めている。竹内アンナはLA生まれの京都育ちで、はじめから国境を跨いだ人だから、そこに自然に足を踏み入れられる。
キャリアの中でのこの曲の位置
竹内アンナのキャリアを、必要なぶんだけ整理する。スラッピングを取り入れたプレイスタイルと透明感のある歌声が話題になり、2018年3月にアメリカの大型フェス「SXSW 2018」に出演。その後、全米7都市を回る「Japan Nite US tour 2018」に参加した。同年8月にテイチクエンタテインメントより4曲入りCD「at ONE」でメジャーデビューしている。海外のフェスから始まった珍しい経歴の持ち主だ。
その後、2020年に1stフル・アルバム『MATOUSIC』、2022年に2ndフル・アルバム『TICKET』を発表している。2024年3月にはアルバム『DRAMAS』もリリース。コンスタントに作品を出しつづけてきた8年だった。
加えて、KinKi Kids(現:DOMOTO)、坂本真綾、Hey! Say! JUMPなどへの楽曲提供もある。書き手としても仕事を積み重ねてきた。8周年で自分の名義に戻ってきて、その最初の一曲がラブソング、というのは、たぶん彼女にとっての現在地の確認みたいなものだ。他人のために書いた歌の隙間で、自分のためのラブソングを書き直す。
聴きどころ3点
- タイトルの”間”——ok, love song。カンマの一拍が、そのままイントロの間合いになっている。歌に入る前の呼吸が、タイトル表記を音にしたような感触。
- ギターの休符——竹内アンナのギターは”鳴らす瞬間”より”止める瞬間”が上手い人だと思っている。この曲でも、コードストロークが不意に途切れる箇所に耳を澄ませてほしい。空白がリズムを作っている。
- ボーカルの抜け——高音を張らない、押さない、盛らない。8年目のシンガーソングライターの引き算がここにある。カセットテープ的なやわらかさ、と言ってしまってもいい。
どう聴かれる曲か——夏の終わりの、平日の夜に
これは配信リリースが8月12日という時期も含めた読みなんだけど、この曲は「夏の終わりの平日の夜」に効くように設計されている気がする。真夏のピークではない。お盆を過ぎて、街が少し静かになった頃合い。金曜の夜じゃなくて、火曜か水曜のあたり。
ラブソングと銘打っているのに、じっとりしていない。恋愛の歌なのに、湿度が低い。この乾き具合が、夏の残暑と混ざったときにちょうどよくなる、というのが実際に聴いてみての感触だった。エアコンをつけた部屋で洗い物をしながら流していたら、皿を拭く手が少しゆっくりになった、というくらいの静かな効き方をする。
フェスの野外で大音量で聴く曲ではない。ワイヤレスイヤホンで、通勤の帰り道に流す曲だと思う。あるいは、料理を作り終えて食卓に座った瞬間の、あの手持ち無沙汰な数分。そういう生活の隙間に流し込むと、曲の輪郭がはっきりする。ラブソングを大文字で叫ばず、小文字で置いておく、というこの曲のスタンスは、聴かれる場所も選ぶ。
『MIXTAPE』という文脈の中で聴く
この曲を単独で聴くのももちろんいい。ただ、EP全体の中に置いたときにこそ、リード曲としての機能が見えてくる。「ok, love song」(作詞・作曲:竹内アンナ/編曲:名村武)、「PARADISE」(作詞:竹内アンナ/作曲:竹内アンナ, ALYSA/編曲:ALYSA)、「adabana midnight」(作詞:竹内アンナ/作曲:竹内アンナ, ESME MORI/編曲:ESME MORI)など、共作曲を含む多彩な収録内容になっている。
共作クレジットが並ぶなかで、リード曲だけは単独名義で書き下ろされている。この配置は、たぶん意図的だ。ミックステープとしての多面性を8曲で見せたうえで、その入口には「自分の声だけで書いたラブソング」を置く。8周年の最初の曲は、あくまで単独名義、という宣言。
ラブソングをアーカイブの入口に置くという設計にも、少し立ち止まりたい。時代を超えて残るアーカイブというコンセプトに対して、恋愛の歌が入口。ここには「結局、残るのはラブソングだ」という古い信念みたいなものが、たぶんある。8年書いてきた人が、8年目にそこに戻ってきた。そう読める。ただ、これはあくまで一つの読みで、彼女自身が別の意図を語る余地は残っている。
入門動線
この曲で竹内アンナに触れた人が、次に聴くべき曲を一つ挙げるなら、同じEP収録の「My secret plum」がいい。『My secret plum』下記プラットフォームでは、一足早く2026年7月31日(金)より配信開始となっており、リリックビデオも先行公開されている。「ok, love song」と対になる位置に置かれた曲で、両者を並べて聴くと、竹内アンナの引き出しの幅が見えてくる。
アルバム単位で遡るなら、2022年の『TICKET』か、2024年の『DRAMAS』。前者は彼女のギタープレイのキレが最もわかりやすいアルバムで、後者は書き手としての成熟が見える一枚。この2枚を挟んで今回のEPに戻ってくると、「ok, love song」の引き算の意味がより立体的に聴こえる。
ギター1本のラブソングという系譜
日本のポップスにおいて、女性シンガーソングライターがギター1本を武器にラブソングを書く、という系譜はそれなりに長い。1990年代の矢井田瞳、2000年代の一青窈やYUI、2010年代のmiwaやadieu。それぞれ音楽性はまったく違うけれど、ギターと歌の一次的な関係で恋愛の情感を運ぶ、という点では地続きだ。
竹内アンナが面白いのは、この系譜に連なりながらも、ギターの用法が違うところ。前述したスラッピングを取り入れる打楽器的なプレイは、いわゆる”弾き語り”のイメージから外れている。ギターを”かき鳴らす”のでも”つま弾く”のでもなく、”叩く”要素を混ぜる。この身振りは、ジョン・メイヤー以降のブラック・ミュージック消化型のシンガーソングライターの流れに近い。日本国内より、むしろジェイコブ・コリアーやサンダー・キャットの周辺と地続きの感覚と言った方が正確かもしれない。
そのプレイヤーが、8周年の節目にストレートなラブソングを書いた。技巧を全面に出さず、歌に譲った。この選択に、8年ぶんの成熟を感じる。20歳前後でデビューした人が20代後半に差しかかるときの、あの”引き算の覚悟”みたいなものが出ている。
LA生まれ・京都育ちが持ち込むもの
竹内アンナのプロフィールで毎回言及される「LA生まれ・京都育ち」という属性は、単なる経歴の記号ではなく、実は音楽に効いているタイプの生い立ちだと思う。京都という街の音の少なさ、余白の多さ。LAで幼少期に触れたであろう70〜80年代の音楽の骨太さ。この二つが同居していると、書く曲がどうしても”隙間の設計が上手い”ものになる。
「ok, love song」の作風にも、その二重性が滲む。ラブソングという西洋ポップスの伝統的なフォーマットに、日本語的な省略の美学を持ち込む。全部言わない。言い足りないところは、ギターの休符と、ボーカルの語尾の消え方で補う。これは京都的な、あるいはもっと広く”間”の文化の身振りだと感じる。
台湾で撮影したリリックビデオという選択も、この文脈に置くとまた別の意味を持ってくる。LAで生まれた人が、京都で育って、日本語で歌って、映像はアジアで撮る。国境の跨ぎ方に迷いがない。「越境」を大文字で語らずに、当たり前のように国境の外で映像を回す、この身軽さも、8周年の彼女の到達点の一つだと思う。
2026年夏のJ-POPの中で
2026年の夏、J-POPのチャート上位はTikTok起点のバイラルヒットが依然として強い。短尺で刺さるフック、加速するテンポ、過剰な情報量。そういう曲が主流の中で、この「ok, love song」は明らかに逆張りをしている。テンポは急がず、フックは控えめ、情報量は絞る。
ただ、逆張りと言ってしまうと言葉が強すぎる。彼女はもともとそういう作風の人だ。逆張りしているのではなく、8年間ずっと自分のペースで作ってきた結果が、たまたま今のバイラル文脈の逆側に見える、という方が正しい。竹内アンナの音楽は、TikTokの15秒に切り出しにくい。切り出せないことが、逆にアルバム全体を通して聴くリスナーを引き寄せる。
この構造は、2020年代後半のJ-POPシーンで面白いポジションを作っている。バイラルの外側で、静かに、けれど確実に聴かれる層を持つ。ラジオでかかる。プレイリストに入る。フェスで大合唱にはならないけれど、深夜のドライブで選ばれる。そういう曲の”入れ物”としての機能を、この曲は担っている気がする。
この曲が残すもの
8年書いてきた人のラブソングは、8年書いてこなかった人のラブソングとは違う。何が違うかを言葉にするのは難しいけど、たぶん”諦めている量”が違う。全部を歌わない、伝わらない部分は伝わらないままにしておく、という諦めが、逆に歌の風通しをよくする。竹内アンナのok, love song🛒楽天には、その諦めがある。
デビュー時にSXSWからスタートしたシンガーソングライターが、8年経って”ok”と小文字でラブソングを差し出す。この地点の静けさを、8年目のいまのタイミングで聴けるのは、正直けっこう贅沢だ。派手ではない。バズを狙った曲でもない。ただ、8年目のリード曲としては、これ以上ないくらい正しい選択だと感じる。
最後に一つだけ問いを残したい。この曲がミックステープの1曲目なら、あなたが自分でミックステープを作るとしたら、この曲を何曲目に入れるだろうか。1曲目でもいいし、途中でもいいし、最後に置いてもいい。曲の位置が、聴き手のいまの気分を映す。そういう余白を持った曲だ。


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