羊文学『more than words』を今読み直す 呪術廻戦EDが開けた扉

夜の窓辺に差し込む青い光と、揺れるカーテンの静かなイメージ 楽曲

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2023年9月にリリースされた羊文学のmore than words🛒楽天は、当時「呪術廻戦 渋谷事変のED」として受け取られた。あれから時間が経った今、この曲は少し違って聴こえる。バンドがその後どう動いたかを知ってから聴き直すと、輪郭が変わる。この曲は羊文学を売った曲ではなく、羊文学の輪郭を外側の世界に伝わる言葉に翻訳した曲だった。そう思う。

後追いで振り返る記事なので、当時の紹介ではなく「今なら言えること」を軸に書く。事実の確認から始めて、そこからしか見えない補助線を1本ずつ引いていきたい。

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この曲の要点

  • 羊文学「more than words」は2023年9月1日に配信シングルとしてリリース。作詞・作曲は塩塚モエカ、編曲は羊文学。
  • TVアニメ『呪術廻戦 渋谷事変』のエンディングテーマとして書き下ろされた楽曲。
  • オリコン週間シングルランキングで初登場15位を記録。
  • 2024年時点でBillboard JAPAN・オリコン双方の集計でストリーミング累計再生回数1億回を突破。
  • 2023年12月6日発売の4thフルアルバム『12 hugs (like butterflies)』に収録。

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後追いで見えてくる「翻訳の曲」という位置づけ

今から振り返ると、この曲はバンドの音楽性を変えた曲というより、既にあった羊文学の芯を、外側の耳にも届く言語に置き換えた曲だと思う。3ピースの内省的なオルタナ、塩塚モエカのやや浮遊するボーカル、歪みと空間の距離感——バンドが元から持っていた要素はそのまま残っている。ただ、それを初めて触る人にも輪郭が掴めるように、少しだけ整理して差し出した。そんな印象がある。

羊文学の音楽を長く聴いてきた人ほど、この曲を最初に聴いたとき「知っている音がする」と感じたはず。派手な変化はない。むしろ、いつもより少しだけ発音が明瞭で、いつもより少しだけ構成が整っている。それだけの違いなのに、届く距離が桁違いに変わった。この「少しだけの調整」で世界の側に橋を架けられたのは、バンドの引き出しが元から深かったからだと思う。無理をして寄せた曲は、寄せた分だけ後で軋む。この曲は軋んでいない。

2022年の2ndフル『our hope』が第15回CDショップ大賞2023大賞〈青〉を受賞して、界隈での評価は既に固まっていた。ただ、界隈の外まで届く一手はまだだった。そこに『呪術廻戦 渋谷事変』のED依頼が来る。この順番が大事。

依頼が来て寄せたのではなく、既に完成しかけていた作家性のうち、渋谷事変の情感と重なる部分を切り出して差し出した——今そう読める。実際、この曲の後に出た楽曲や、その後のツアーの構成を追っていくと、「more than words」は突然変異ではなく、既にあった線の延長にきちんと座っている。

だから当時「羊文学、化けた」と言われたのは、たぶん半分正しくて半分違う。化けたのはバンドではなく、バンドと世間の距離のほうだった。

サウンドの読み——静けさで勝ちにいった選択

アニメのバトル作品のタイアップ曲は、多くの場合、疾走感で勝負にいく。ここで羊文学は逆を選んだ。BPMを上げず、ギターの歪みを前に出さず、静けさと余白で作品世界に接続した。この判断が、今聴くと一番効いている気がする。

イントロのギターの残響処理を聴くと分かるが、音の減衰が長い。近くで鳴らして、遠くで消える。バンドサウンドとしてはミニマルで、ドラムも過剰に叩かない。塩塚のボーカルは張らずに、囁きの手前の高さで置かれる。サビでも音圧で押さない。押さないことで、渋谷事変という重たいアークの余韻に、視聴者の呼吸を戻す時間を作っている。EDテーマとして、映像が終わった後の空気を引き取る役割を、音の設計として担っている。

ここが今聴き直しても古びない理由だと思う。派手さで勝ちにいっていない。だから流行の変化に削られない。

もうひとつ言うと、この曲は英語のフレーズが曲の芯にある構造で、日本語と英語の間を行き来する。この作りが後の海外リスナー流入を静かに準備していた。当時はそこまで見えなかった。今はよく分かる。

A→Bメロの繋ぎ方も、この曲のプロダクションの巧さが出ている場所だと思う。多くのタイアップ曲はAメロで温度を上げてBメロで踏み込み、サビで解放という段階的な設計を取る。この曲はその設計をあえて弱めていて、AとBの間に大きな段差を作らない。段差がないから、聴き手はサビで急に外の景色を見せられるのではなく、地続きの延長として同じ夜のなかを歩き続ける感覚になる。渋谷事変のED映像の淡い光の質感と、この段差のなさが噛み合っていた。

ミックスも今の耳で聴くと発見がある。ボーカルが手前に居すぎず、ギターの残響のなかに半分溶けている。カラオケで歌うと分かるが、この曲のボーカルは「浮かせる」設計になっていて、無理に張ると別の曲になる。囁きと歌の中間の位置でしか成立しない。塩塚モエカのこの発声の使い方は、この曲以降のアウトプットでも継承されていて、羊文学のシグネチャーのひとつになった気がする。

編曲クレジットが「羊文学」というバンド名義なのも、地味だが大事なポイント。外部プロデューサーに預けず、バンド内でアレンジを詰めた。だから、大きなタイアップを受けても音の判断がバンドの手癖から離れなかった。この一貫性が、後々効いてきている。

今こそ言える、キャリアの中での意味

この曲をキャリアの真ん中に置いてみると、前後の意味が整理される。前作『our hope』までの羊文学は、良質なオルタナバンドとして評価されていたが、届く先は音楽好きの半径の中に留まっていた。「more than words」以降、届く半径がはっきり変わった。

オリコン週間シングルランキング初登場15位という数字は、シングルとしては中堅の数字に見えるかもしれない。ただ、羊文学のようなバンドにとって、この15位はストリーミング時代における「一過性の初動」ではなく「積み上げの起点」として機能した。実際、そこから累計再生1億回に到達するまでの時間軸を見ると、この曲は初動で燃え尽きるタイプではなく、聴かれ続けるタイプの曲として設計されていたのだと分かる。

『12 hugs (like butterflies)』というアルバムの2曲目に置かれたことも、今読むと意味が違う。アルバム全体は静と動、抱擁と離別のような感情のグラデーションで組まれていて、「more than words」はその中で、アルバムの温度を早い段階で定義する役割を担う。タイアップ曲を頭のほうに配置して、そこからバンド本来の速度に戻していく——アルバムの設計として、この曲は玄関口だった。

キャリアの中での意味、と大きく言うなら、この曲は羊文学が「バンドの音楽性を曲げずに、外側の世界と接続する方法」を自分たちで見つけた最初の記録だと思う。曲げずに、というのが大事。

結成期からの流れで見ても、この曲の位置は面白い。羊文学は元々、日本のインディーシーンでも音の作り方が独特なバンドとして知られていて、ライブハウスのブッキング常連から始まって、フェスの中規模ステージ、メジャー移籍、そして呪術廻戦、という段階を踏んできた。各段階で音楽性を大きく捨てずに登ってきたバンドは、実はそれほど多くない。多くのバンドは、規模が上がるたびにどこかを削り、どこかを盛る。羊文学の場合、「more than words」でも削り足しをほとんどしていない。ここが特殊。

あと、シングル発売と同時期に「羊文学 Tour 2023 “if i were an angel,”」というキャリア最大規模のツアーが走っていた事実も、今から見ると象徴的だ。この曲は、バンドが自分たちの規模を明確に一段上げようとしている時期に、その動きを外側に伝える名刺として届いた。名刺として渡した曲が、想像より遠くまで届いた——そういう順番だったと思う。

聴かれ方——夜のあとに置かれる曲

この曲がどう聴かれているかを考えると、「深夜、何かが終わったあと」に効く曲として設計されているように感じる。アニメのEDという成り立ちがそもそも「本編のあとに置かれる音楽」なわけだが、それを離れても、一日の終わり、会話の終わり、感情の高ぶりが引いたあとの静けさに、この曲は自然に馴染む。

プレイリストに入れて再生順で聴いていると、この曲の前後で明らかに空気の温度が下がる。テンションを上げにいく曲ではなく、上がっていたものを穏やかに着地させる曲。そういう役割で聴かれている気がする。

ライブでこの曲が来る瞬間の客席の変化を映像で見ても、そう感じる。ジャンプする曲ではないし、拳を上げる曲でもない。ただ、その場にいる全員の呼吸が少し揃う。そういう機能を持っている。

もう少し具体的に書くと、この曲は「音量を下げて聴く方が本領を発揮するタイプ」の曲だと思う。大音量で鳴らすと、音の隙間が埋まって、この曲の一番いいところ——鳴っていない場所の広さ——が見えなくなる。イヤホンで、しかも普段より少しだけ小さめの音量で聴くと、ギターの残響とボーカルの間にある空間が急にはっきりする。この「小さい音のほうが情報量が多い」という珍しい設計は、名曲としての息の長さに直接効いていると思う。

それから、季節との相性で言うと、この曲は初秋から冬にかけての空気に一番馴染む気がする。渋谷事変の放送時期が2023年7月〜2024年1月にかけてだったこともあって、当時の記憶と季節の温度が結びついている人も多いはず。今聴き直しても、真夏の昼というより、9月の夜、11月の朝、そういう「終わりのある季節」の温度がしっくりくる。

後追いだから引ける補助線——その後の楽曲との接続

「more than words」の後、羊文学は複数のタイアップ曲を発表しつづけ、海外でもライブを重ねている。この流れを踏まえてこの曲を聴き直すと、当時は気づかなかった線が何本か見える。

ひとつは、英語フレーズを曲の骨格に組み込む書き方が、この曲以降のアウトプットで再び採用されていること。当時は「呪術廻戦のEDだから英語ラインが多め」に読めた選択が、実はこの後のバンドのグローバルな展開の下地作りだったことが、時間差で見えてくる。塩塚モエカの英語の乗せ方は、この曲でひとつの型が確立した気がする。

もうひとつは、大きなタイアップを受けても音数を増やさない、という判断が以降も一貫していること。ラウドに寄せない、疾走しない、それでも成立させる。この節制が、この曲以降のシングル群でも同じ手つきで反復されている。「more than words」は、バンドが自分たちのやり方を守ったまま大舞台と付き合うための、最初のプロトコルだった。

そしてもうひとつ、これは静かな話だけれど、この曲以降、羊文学の楽曲の「終わり方」が明らかに丁寧になった。曲を綺麗に閉じることに時間をかけるようになった、と個人的には感じている。フェードアウトの秒数、最後のコードの余韻の長さ、そういう細部の設計に、この曲での学びが反映されているように聴こえる。

解釈が分かれるところ——「呪術廻戦の曲」と呼ぶことの是非

この曲を語るとき、いつも少しだけ引っかかる問いがある。「more than words」を羊文学の代表曲として紹介するとき、必ず『呪術廻戦 渋谷事変』のEDという枕詞が付く。これは正確な事実だし、リスナーの入口としても機能する。ただ、この枕詞が長く定着することで、曲そのものの独立した価値が、タイアップという文脈にわずかに引っ張られ続けることもある。

個人的には、そろそろ「呪術廻戦のED」を外して聴いてみる時期に来ている気がする。作品の余韻を離れて、この曲だけを一度真っさらに聴く。そうすると、これは特定のアニメのために書かれた曲ではなく、誰かの隣に静かに居続けることについての、羊文学の一つの答えだと分かる。タイアップは入口として最強だった。同時に、この曲が届いた先の広さは、もうタイアップの重力を離れて一人歩きしている。

この読みに賛成できるかどうかは、たぶん人によって割れる。渋谷事変の映像と一体で記憶している人にとっては、切り離すこと自体が違和感かもしれない。それでいいと思う。ひとつの曲に複数の入口があって、それぞれの入口が正解として並んでいる状態は、名曲の条件のひとつだから。

もう一つ、これは補足だけれど、書き下ろしタイアップという成り立ち自体が、この曲の評価にとって諸刃になっている面もある。書き下ろしは、作品世界に寄り添う制約の中で書かれる。制約は多くの場合、曲の表現の幅を狭める。ただ「more than words」の場合、その制約が逆に、羊文学が普段扱う「そばにいる」というテーマを、渋谷事変の重たい叙事の受け皿として集中させる方向に働いた。制約が邪魔にならず、逆に純度を上げる方向に働いた稀な例。この稀さが、後追いで聴いても曲の芯が濁らない理由のひとつだと思う。

もしこの曲が書き下ろしではなく、既存曲がEDに採用されたパターンだったらどう聴こえていただろう、と考えることがある。おそらく、今ほど渋谷事変の情感と一体化しては聴こえなかったはず。書き下ろしゆえに、作品の呼吸に対して音の位置がここまで正確になった。その正確さが、時間が経った後に「作品を離れても成立する曲」として残る土台になったのは、ちょっと逆説的で面白い話だと思ってます。

聴きどころ3点

  • イントロから最初のサビまでの音数の少なさ。何を鳴らさなかったかを聴く曲。
  • 日本語と英語の切り替わりの位置。塩塚モエカの発音の質感が、言語を跨ぐたびに微妙に変わる。
  • 曲の終わり方——最後の一音が消えるまでの秒数。ここに、この曲の設計思想が凝縮されている。

入門動線

この曲から入った人には、まず同じアルバム『12 hugs (like butterflies)』の他の楽曲を続けて聴くことをおすすめしたい。タイアップの文脈を外れた羊文学の速度感が、アルバム単位で聴くとよく分かる。そこから遡って2ndフル『our hope』へ。CDショップ大賞〈青〉を受賞したこのアルバムに、「more than words」に至るまでの下地がある。順番としては、シングル→最新アルバム→前作、で辿るのが、このバンドの現在地から過去を読み解くのに一番効率がいいと思う。

まとめ——この曲は起点であり、通過点でもある

「more than words」を今の位置から振り返ると、この曲はゴールでもピークでもなく、羊文学が自分たちのやり方を保ったまま、より遠くへ声を届ける方法を初めて確立した曲だった。累計1億回という数字は結果であって、目的ではなかった。目的は、たぶんもっと静かなところにあった。

後追いで聴くこの曲の良さは、当時のインパクトが引いたあとにも残るものが多いことだ。派手な曲は時間で削れる。この曲は削れなかった。それは、この曲が最初から「静かに残ること」を狙って作られていたからだと思ってます。

まずこの作品から聴く

  • 12 hugs (like butterflies) — 同アルバムで速度感を掴む
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  • our hope — CDショップ大賞受賞の前作
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  • 永遠のブルー — 同時期のシングル代表曲
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  • FOOL — ドラマ主題歌の別の顔
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