羊文学のいとおしい日々🛒楽天は、2025年10月8日リリースの5thアルバムDon’t Laugh It Off🛒楽天に収録された。2分33秒。羊文学の曲としては、かなり短い部類に入る。ブルボンの「オリジナルビスケットシリーズ」CM曲としてお茶の間に流れ、初の日本武道館公演を10月9日・10日に控えた、まさにその直前に世に出た。この時系列が、この曲の読み方をかなり変える。
轟音の内側にある小さな軽さを、隠さずに置いた曲だ。武道館の後にこの2分33秒を差し出す判断が、いまの羊文学の重心を静かに示している。派手なリード曲ではない。アルバムの中の一曲、CMの15秒に切り出される一曲、でも、後から振り返るとここに何かの目印がある気がしてくる。そういう曲を書く人たちだ、彼女たちは。
この曲の要点
- 羊文学「いとおしい日々」は5thアルバム『Don’t Laugh It Off』(2025年10月8日リリース)収録曲。作詞・作曲は塩塚モエカ、編曲は羊文学。
- 中村倫也・宮世琉弥が出演するブルボン「オリジナルビスケットシリーズ」TVCMのタイアップ曲で、2025年10月14日から全国オンエア開始。
- アルバム発売翌日から2日間、羊文学が初の日本武道館公演『Hitsujibungaku Asia Tour 2025 “いま、ここ (Right now, right here.)”』日本公演を開催し、そのライブ映像がYouTubeで公開された。
- 収録時間は2分33秒と短く、日々のもどかしさや空虚感を軽快なメロディで包む作風。
「過去の曲」ではないのに、いまさら振り返りたくなる理由
この曲はまだ新しい。それでも、この記事は「後追いで振り返る」姿勢で書いている。理由はシンプルで、羊文学というバンドがここ2〜3年でたどってきた線が、ちょうど「いとおしい日々」で一度小さく交差しているように見えるからだ。アニメ主題歌のヒット、アジアツアー、初の武道館、アルバムのフルサイズ。強い曲、大きい曲は他にたくさんある。その中でこの2分33秒がどこに置かれるか。
個人的な話を差し込む。自分は「光るとき」以降にちゃんと聴き始めたクチで、正直、当時は「アニメでバズったバンド」の距離感で見ていた。考えを改めたのは、EP時代の曲まで遡って聴き直したときだった。『きらめき』『ざわめき』の頃のオルタナの手触り、静けさと轟音のコントラスト、あれがちゃんと今の轟音の内側にも残っている。その感覚で「いとおしい日々」を聴くと、CMで軽く流れる印象とは違うものが残る。軽さの内側に、以前と同じ手つきがある。
だから、後追い、と書く。時間的な意味ではなく、視点として。武道館の後の位置に立って、リリース時点で見えにくかった意味を拾い直す。それがこの記事のやり方だ。
2分33秒という選択——長さがメッセージになるとき
まずここから話したい。2分33秒。アルバム『Don’t Laugh It Off』全体を通して聴くと、この曲の短さは目立つ。「そのとき」「春の嵐」「声」といった羊文学らしい重量のある曲が並ぶ中で、「いとおしい日々」はすっと入ってすっと抜ける。この長さは、たぶん意識的なものだ。
ロックバンドが2分台前半の曲を書くとき、そこには必ず判断がある。展開を削る、大サビを増幅させない、ソロを置かない、余韻を余韻として引き延ばさない。「いとおしい日々」はその判断がきれいに効いている曲だ。CMで15秒に切られてもコアが崩れないのは、そもそも全体がコンパクトに設計されているから。ブルボンのビスケットの、あの日常に溶け込む距離感——机の上、午後の光、みたいな粒度——にちゃんと降りている。
ここで羊文学の初期を思い出す。彼女たちは元々、静と動のダイナミクスで聴かせるバンドで、シューゲイズ寄りのリバーブと、ソリッドで硬質なギターの両方を持っている。武道館規模になっても、その二層構造は崩れていない。10月9日の武道館公演のレポートを読むと、その音像は「世界基準」と表現されている(オリコン、2025年10月)。大きな会場で音が伸びるバンドと、CMの15秒に収まるバンドが、同じ2ヶ月に共存している。「いとおしい日々」の短さは、その両立の証拠のようにも見える。
塩塚モエカの「よりどころ」というテーマの、いまの形
塩塚モエカが繰り返し語ってきた言葉に「よりどころ」がある。CINRAの2020年のインタビューで、幼稚園と中高でキリスト教教育の学校に通っていたこと、聖書や賛美歌が日常にあったこと、それを信仰の問題としてではなく「よりどころが日常生活の中にあるのはいいこと」として受け取ってきたと話している。この語り口は、彼女の書く曲の芯にずっとある。
「いとおしい日々」は、この「よりどころ」というテーマの、たぶんいちばん軽い形だ。深刻に「救済」を掲げるのではない。ビスケット一枚分くらいの重さで、日常のもどかしさや空虚さを認める。認めた上で、軽快なメロディに乗せる。encore(USEN)の紹介文でも、この曲は「日々のもどかしさや空虚感を描きながらも、軽快なメロディに乗って少しずつ勇気を与えてくれるような」と説明されている。この温度感が、今の羊文学の到達点として面白い。
過去の羊文学は、日常の重さを認めるときに、もう少し「静けさ」の側に降りていた気がする。ざらついたギター、抑えたヴォーカル、余白の多いアレンジ。「いとおしい日々」は、そこに軽さと速さが乗っている。同じテーマなのに、扱いが違う。5年前の彼女たちがこの曲を書けたか、と考えると、たぶん書けなかった。書けても、こんなに軽くはならなかった。
これは進化なのか、単に選択肢が増えただけなのか。私はどちらでもいい気がしている。ただ、「よりどころ」というテーマを、深刻な曲でも軽い曲でも、同じ手つきで扱えるバンドになった、というのは事実として置いておきたい。
ブルボンCMというフィルタ——15秒の中で何が残るか
「いとおしい日々」を語るときにCMを避けて通れない。ブルボンの「オリジナルビスケットシリーズ」——プチシリーズやチョコリエールなど、あの定番の小袋——のCMに、中村倫也と宮世琉弥が出演する。オンエアは2025年10月14日から全国で開始された。
タイアップの相性としては、正直、意外な組み合わせに見えた。羊文学の音は、菓子メーカーの全国CMより、もう少し夜寄り・都市寄りのイメージがあった。でも実際にオンエアされたものを想像すると、この意外さが機能している。ビスケットの、日常のちょっとした彩り、みたいなコピーの手触りと、「いとおしい日々」の軽さが、無理なく重なっている。
ここで気になるのが、CMというフィルタを通したとき、羊文学の何が残るかだ。ギターの鳴り方、コード進行、ヴォーカルの息継ぎのタイミング——それらのどれかがCMの15秒でも羊文学として認識される。この曲の場合、たぶん残るのは塩塚モエカの声の、あの少し掠れた芯の部分だ。派手にがなるわけでも、極端に囁くわけでもない、ニュートラルなのにひどく個性的な、あの声。ここが残るなら、CMは羊文学の入り口として十分機能する。
タイアップを「露出のため」と斜めに見ることもできる。でも、この曲に関しては、CMの尺と曲の尺(2分33秒)が近いことも含めて、最初から共存を前提に設計されている印象がある。曲がCMに合わせて短くなったのか、短い曲がCMに選ばれたのかは分からない。順番はどちらでもよくて、結果として「CMで一瞬で伝わる曲」が羊文学の名前で世に出た、という事実だけが残る。
武道館の直前に、この曲を置いた意味
10月8日にアルバム発売、10月9日と10日に初の日本武道館公演。この日程の並びは、いま振り返ると象徴的だ。バンドがキャリアの節目で武道館に立つとき、その直前のリリースはしばしば「決意表明」的な、大きくて強い曲になる。羊文学はそうしなかった。アルバムの中にこの2分33秒を混ぜて、武道館に向かった。
そして、武道館公演のあと、YouTubeで公開された初の映像が「いとおしい日々」だった。ここが個人的にいちばん引っかかったポイントだ。武道館ライブのハイライトとして最初に世に出したのが、大きな曲ではなくこの軽い曲。この選び方に、いまの羊文学の重心が見える気がする。
大きい会場で大きい曲をやるバンドは多い。大きい会場で小さい曲もちゃんと鳴らせるバンドは、そう多くない。「いとおしい日々」を武道館で鳴らすというのは、後者の宣言に近い。音楽ナタリーのライブレポート(2025年10月11日)でも、この日の音像は「美しく温かなノイズ」「ホーム感に満ちた」といった表現でとらえられている。轟音のバンドが轟音を武器としてではなくシェルターとして使う——このモードが、武道館という場所で確認された、と読める。
『Don’t Laugh It Off』という文脈——アルバムの中での役割
アルバム『Don’t Laugh It Off』は、前作『12hugs (like butterflies)』から約2年ぶりのフルアルバムで、「Feel」(TVアニメ『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』OP主題歌)、「声」(月9ドラマ『119エマージェンシーコール』主題歌)、「Burning」(TVアニメ『【推しの子】第2期』ED主題歌)、「春の嵐」といったタイアップ曲を含む。タイトルの「Don’t Laugh It Off」は「笑ってごまかさないで」といったニュアンスに近い。
並べてみると分かるが、このアルバムは「シリアスな曲の集合体」ではない。むしろ、シリアスな主題(喪失、不安、届かなさ)を軽さや轟音や優しさで包む、という手つきで統一されている。「いとおしい日々」は、その中で「軽さ」担当の一曲だ。日常のもどかしさを、深く沈むのではなく、そのまま歩ける速度で扱う。
羊文学は2024年にドラムのフクダヒロアが休養で一時離脱し、活動体制が変化した時期がある。この経緯を踏まえると、「Don’t Laugh It Off」というタイトルの意味合いは重層的になる。個人にも、バンドにも、リスナーにも向いた、静かで強い呼びかけ。その中に「いとおしい日々」の軽さがある、というのは、決して矛盾じゃなくて、むしろ論理的な配置だと感じる。
聴かれ方の読み——朝でも夜でもない、その隙間で効く曲
実際にこの曲がどう聴かれているか、を少し想像してみたい。CMで届く聴き方はテレビの前、家の中。アルバムで聴く聴き方は通勤やイヤホン。武道館映像で聴く聴き方は追体験。どれも当てはまるが、この曲がいちばん効くのは、たぶん、平日の16時から18時くらいの、はっきりした目的がない時間じゃないかと思う。
朝の元気づけの曲は多い。夜の沈む曲も多い。「いとおしい日々」は、そのどちらでもない中間の時間、夕方の少し手前、まだ仕事が残ってるけど気持ちは半分先へ行っている、みたいな時間の隙間で軽く鳴るように設計されている気がする。2分33秒という長さも、この時間帯に合う。長すぎる曲は集中を求めるが、この曲は求めない。歩きながら、乗り換えながら、テーブルを片付けながら、聴ける。
言い切るには早いので、「気がする」の粒度で置いておく。ただ、羊文学の他の曲——「光るとき」の朝性、「マヨイガ」の夜性、「more than words」の内省性——と並べたときに、「いとおしい日々」の時間帯が意外と空いていた、というのは指摘しておきたい。バンドが自分たちのカタログの中の空白を埋めるように書いた曲、と読むこともできる。
音の作りで聴きどころを掘る
聴きどころ3点
- イントロからAメロにかけての速度感——展開を待たせない。羊文学の曲は「静けさから入る」印象が強いが、この曲は最初から日常の歩幅で入る。ここが2分33秒の設計の起点になっている。
- 塩塚モエカのヴォーカルの、抑制の効かせ方——サビでも張り上げすぎない。「軽快」と「軽薄」のあいだの細い線を、声の圧のコントロールで保っている。ここは何度か聴き直すと分かる。
- バンドサウンドの「ノイズを敵にしない」処理——ギターのざらつきは残っているのに、耳に痛くない。武道館公演のレポートで「美しく温かなノイズ」と表現された質感が、この曲では小さく圧縮されている。
個別に聴くと地味な設計だが、この3つが同時に効くと、CMの15秒でも、アルバムの2分33秒でも、武道館の映像でも同じコアが立ち上がる。曲の骨格が強い、というのはこういうことだ。
キャリアの中での位置——2025年の羊文学が置いた小さなピン
2020年の『ざわめき』の頃の羊文学と、2025年10月の羊文学は、同じバンドの名前を持ちながら、活動のスケールがだいぶ違う。米・レコーディング、アジアツアー、欧米ツアー、初の武道館。BAILAのアルバムレビュー(2025年10月)でも、活躍の場を世界へ広げているバンドの一つとして扱われている。この規模の変化の中で、「いとおしい日々」は目立たない。目立たないけれど、たぶん、後から振り返ったときにキャリアの位置を示す小さなピンになる。
ピンとしての機能はこうだ。1つ、CMで音楽に触れる層への入り口として。2つ、武道館規模でも小さい曲を鳴らせる証明として。3つ、「よりどころ」というテーマを軽い温度でも扱えるようになった記録として。この3つが、この2分33秒の中に同時に入っている。
大きい曲は大きい役割を果たす。小さい曲には小さい曲の役割があって、それがバンドの厚みを決める。羊文学は、この5年でその厚みを増やしてきた。「いとおしい日々」は厚みの側の曲だ。
ここから広げる
入門動線
「いとおしい日々」から羊文学を掘るなら、次の1曲は同アルバムの「そのとき」。この曲は、日常のもどかしさを軽さで扱う「いとおしい日々」の裏返しで、同じテーマをもっと静かな側から扱っている。並べて聴くと、羊文学が同じ主題を2つのモードで書き分けていることが分かる。関連1枚は、当然ながらアルバムDon’t Laugh It Off🛒楽天を通しで。「Feel」「声」「Burning」といった主題歌群と一緒に流れる中で、「いとおしい日々」の位置が明瞭になる。
もう一歩さかのぼるなら、2020年前後のEP『きらめき』『ざわめき』も薦めたい。いまの羊文学の音の原型がある。「いとおしい日々」の軽さが、あの頃の轟音とつながっていることが、聴き直すと見えてくる。
問いを1つ、開いたままにしておく
最後に断定せず置いておきたい問いがある。「いとおしい日々」の軽さは、羊文学がこれから増やしていく側の質感なのか、それとも、今回のCMというフォーマットの中で一度試された特別な形なのか。私はまだ判断できない。次のシングル、次のアルバムを聴かないと分からない。ただ、この曲が単発の実験で終わるか、次に接続するかで、羊文学の見え方は少し変わる気がしている。
ファンの人ほど、この問いの手応えがあるはず。あなたにとっての「いとおしい日々」は、どの時間帯に鳴っていますか。武道館の映像で受け取ったのか、CMで受け取ったのか、アルバムの流れで受け取ったのか、たぶんそれぞれで少しずつ違う曲になっている。差し出し方が複数ある曲は、そのぶん解釈も割れる。割れていい、と思う。
2分33秒。武道館の直前と直後を挟んで、この曲は静かにアルバムの中にいる。派手じゃない。でも、後から振り返ったときの目印になる。羊文学がこれからどこへ行くかを見る上で、小さいけれど無視できないピンだ。※本記事は非公式の音楽批評で、番組・アーティスト・関係各社と提携しているものではありません。詳細は公式情報をご確認ください。

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