TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(2001年10月7日放送)

TOKIO HOT 100 2001-10-07 放送回ランキング ランキング

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2001年10月7日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(2001年10月7日放送回)。

この週の音楽シーン

2001年10月7日のTOKIO HOT 100を眺めると、1位に輝いていたのはJAMIROQUAIの「LITTLE L」だった。ジェイ・ケイのファルセットとタイトなグルーヴが絡み合うこの曲は、アルバム『A Funk Odyssey』からのシングルで、90年代からアシッド・ジャズやファンクの旗手として走り続けてきた彼らが、21世紀に入ってもなお都会的なダンスフロアの空気を鳴らし続けていたことを示す一曲だったように思う。当時のJ-WAVEのようなアーバンな空気をまとうラジオでは、こうした洗練されたグルーヴ・ミュージックがヘビーローテーションされるのがごく自然な流れであり、「LITTLE L」の1位はその象徴だったのではないだろうか。

この週のTOP10全体を見渡すと、2001年という年の音楽シーンの多層性が浮かび上がってくる。2位にはマイケル・ジャクソンの「YOU ROCK MY WORLD」。ポップの王が久々にチャートに存在感を示していた時期であり、洋楽ポップの巨星がまだ現役感を保っていたことがわかる。3位のGARBAGEはシャーリー・マンソンのカリスマ性とオルタナ・ロックの残り火を感じさせ、当時のロック・シーンがまだギター主体の表現を求めていたことを物語る。

一方、邦楽勢も存在感を放っていた。4位のスガシカオ「夜空ノムコウ」は、SMAPが歌った同曲とは別のセルフカバー的な解釈で知られる楽曲であり、彼の作家性の高さが再評価されていた時期でもある。6位のDo As Infinityや8位のCHEMISTRYは、2000年代前半のJ-POPを支えたユニット・グループの代表格で、この年はまさに邦楽シーンが多様な個性を花開かせていたタイミングだった。9位のCoccoもまた、独特の詩的世界観でリスナーを掴んでいた存在として印象深い。

洋楽サイドでは、5位にFANTASTIC PLASTIC MACHINEというシブヤ系・ラウンジ・ミュージックの流れを汲む国内アーティストが顔を出しているのも興味深い。渋谷系からの派生として、クラブミュージックやオシャレ系ポップスが一つのジャンルとして定着していた時代の空気が感じられる。7位のLISA “LEFT EYE” LOPEZはTLCのメンバーとしての活動を経てソロに転じた時期で、R&Bシーンの女性アーティストたちが個性を主張し始めていた頃合いだ。10位のMACY GRAYとERYKAH BADUの共演も、当時のブラックミュージックがネオソウルという言葉と共に注目を集めていたことを思い出させる。

2001年秋というタイミングは、同年9月のアメリカ同時多発テロ事件の直後でもあり、世界的にも音楽の受容のされ方が微妙に変化していた時期だった。そうした中でJAMIROQUAIのようなダンサブルでポジティブなグルーヴが1位に立っていたことは、リスナーが日常の中に開放感を求めていたひとつの証left ではないかと想像したくなる。TOKIO HOT 100というチャートが、洋楽・邦楽を問わず「今のシティ・サウンド」を切り取っていたことが、このTOP10から改めて感じられる。

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2001年10月7日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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