TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1992年1月12日放送)

TOKIO HOT 100 1992-01-12 放送回ランキング ランキング

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1992年1月12日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1992年1月12日放送回)。

この週の音楽シーン

1992年1月12日のTOKIO HOT 100、栄えある1位はマイケル・ジャクソンの「BLACK OR WHITE」だった。前年秋にリリースされたアルバム「デンジャラス」からの先行曲で、世界中のラジオとMTVを席巻していた真っ只中である。この曲を語るとき欠かせないのが、あの長尺プロモーションビデオだ。CGによるモーフィング表現は当時としては衝撃的で、日本のテレビでも特集が組まれるほど話題になった。ロックギターのリフを大胆に取り入れたサウンドは、それまでのマイケル像に「ハード」な質感を加えるものであり、80年代からの脱皮を印象づける一曲でもあった。J-WAVEが開局してまだ数年というこの時期、洋楽をリアルタイムで追いかけるリスナーにとって、こうした「世界と同時に体験できる」感覚こそがラジオの醍醐味だったはずだ。

2位にはリサ・スタンスフィールドの「CHANGE」。英国出身ながらブラックミュージックへの深い愛情を感じさせる歌声で、この時期のUKソウルシーンを象徴する存在だった。3位のジョディ・ワトリーもまた、洗練されたR&Bとダンスミュージックの橋渡し役として90年代初頭を彩ったアーティストのひとりである。4位のマライア・キャリーは、この頃まさにデビューを果たしたばかりの新星で、圧倒的な声域とゴスペルルーツを感じさせる歌唱が既に大きな注目を集めていた。5位のシャニースも十代でデビューしたばかりの若手シンガーで、みずみずしい歌声が新鮮に響いていた時代である。

チャートの中盤から後半にかけては、当時のポップスの多様性がよく表れている。6位のエンヤ「CARIBBEAN BLUE」は、アイルランド的な神秘性と幾重にも重なるコーラスワークで、いわゆる「ヒーリング」的な音楽が一般層にも浸透し始めていたことを示す一曲だ。7位のリチャード・マークスは、AOR的な誠実さを感じさせるバラードとロックの中間で堅実な人気を保っていたシンガーソングライターである。8位のポーラ・アブドゥルはダンサー出身らしいキレのあるパフォーマンスで知られ、映像込みで楽しむポップスの代表格だった。9位のキース・スウェットはニュージャックスウィングの旗手として、当時のR&Bのビートに新しい躍動感を持ち込んでいた存在だ。そして10位にはU2の「MYSTERIOUS WAYS」。前年のアルバム「アクトン・ベイビー」からの一曲で、バンドがそれまでのアンセミックなロックから、より実験的でグルーヴィーな方向へ踏み出したことを象徴する曲である。

こうして並べてみると、この週のTOP10はマイケル・ジャクソンを筆頭に、ソウル、R&B、ニュージャックスウィング、アイリッシュ・ミュージック、アリーナロックが混在する、実に振り幅の大きいラインナップだった。ジャンルの垣根がまだ緩やかで、ポップスという大きな枠の中で多様な音楽が肩を並べていた時代の空気を、このチャートは今も鮮やかに伝えてくれる。バブル経済の終わりとともに世相は変わりつつあったが、洋楽シーンそのものは新しい才能とサウンドの実験に満ちていた。ラジオから流れてくる一曲一曲が、まだ見ぬ世界の音楽地図を描き出してくれるような、そんな時代だったのかもしれない。

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1992年1月12日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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