Ayra Starrの現在地|『Rush』が世界を動かしたアフロビーツの新星

夕暮れの都市を背景にした抽象的なマイクとネオンライトのイメージ アーティスト

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Ayra Starrという名前を、日本のリスナーが意識し始めたのは、たぶん「Rush」がTikTokの音源として爆発した2022年末あたりからだと思う。西アフリカ発のアフロビーツが、ラジオでも配信チャートでも当たり前に流れるようになった、その象徴的な一人。私自身、初めて聴いたときは「これはナイジェリアのシンガー」という程度の認識だったのが、遡ってデビューEPまで通しで聴いた瞬間に印象が変わった。声、ビート、態度、そのどれもが妙にくっきりしている。まだ20代前半。それでこの押し出しの強さは、正直めったに出会えない。

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このアーティストの要点

  • Ayra Starr(アイラ・スター)は2002年6月14日生まれのナイジェリア人シンガーソングライターで、レーベルはラゴス拠点のMavin Records。
  • 2021年1月にセルフタイトルEP、同年8月にデビューアルバム『19 & Dangerous』をリリースし、リード曲「Bloody Samaritan」で頭角を現した。
  • 2022年の「Rush」で世界的にブレイクし、第66回グラミー賞の新設カテゴリ「Best African Music Performance」にノミネートされた。
  • 2024年5月にセカンドアルバム『The Year I Turned 21』をリリース、BBC Sound of 2024にも選出された。

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ベナンで生まれ、ラゴスで育った少女がなぜ世界に届いたのか

答えを先に置く。Ayra Starrは「ナイジェリアのアフロビーツ」という一言では収まらない。育ちの環境そのものが、はじめから多国籍だったからだ。出身はベナン共和国の海辺の街コトヌー、そことラゴスを行き来しながら育っている。両親はナイジェリア人で、フランス語圏と英語圏、二つのアフリカの間を子どもの頃から往復していた。この背景は、後の彼女の音楽の”混ざり方”に効いてくる。

本名はSarah Oyinkansola Aderibigbe。10歳で地元の教会聖歌隊で歌い始め、2Face Idibiaやアンジェリーク・キジョー、シャキーラ、ニッキー・ミナージュを聴いて育ったという。この幅がいい。ナイジェリアのレジェンド級のアフロポップと、ベナン出身の世界的ディーヴァ、そこにラテンとUSヒップホップが同じ棚に並んでいる子ども時代。10代前半でモデル業も経験し、Instagramに自作カバーをアップし続けていた——という話は現地メディアに繰り返し出てくる。声そのものよりも、選曲と佇まいで見つかった歌い手。ここが起点。

転機は明確だ。彼女の兄である音楽プロデューサーMilarを通じて、Mavin RecordsのボスDon Jazzyの目に留まる。Don Jazzyはアフロビーツの歴史そのものと言っていい人物で、TiwaSavage、Rema、Johnny Drilleらを育てた張本人。そのMavinから、2021年1月22日にセルフタイトルEPAyra Starr🛒楽天が投下された。当時18歳。Mavin Studios(Lagos)で録音され、R&B、ネオソウル、アフロポップを横断する5曲入り、13分26秒の小さな爆弾だった。ここから話が動き始める。

もう少しだけ、育ちの話を続けたい。Spotify RADAR Presents: Ayra Starrで彼女自身が振り返っているように、コトヌー、アブジャ、ラゴスと居場所を変えながら育っている。フランス語圏の日常と、英語圏/ヨルバ語圏の日常を、行き来する子ども時代。この設定は、後に彼女の言語感覚——英語、ピジン、ヨルバ語をシームレスに混ぜる歌い方——にそのまま出てくる。ちなみに彼女の母は説教師で、家庭では信仰の音楽が身近だった、と複数のインタビューで語られている。教会聖歌隊のディテールが、この背景と地続きにある。

Mavinとの契約経緯も、記録しておくと面白い。10代のうちからInstagramに自作カバーをアップし続けていたのが目に留まり、兄のMilar(プロデューサー/シンガー)を経由してDon Jazzyの耳に届いた——という筋書きは、いまのSNS時代のシンデレラ・ストーリーの典型に見える。ただ、彼女の場合、”見つけられる前から作品の完成度が高かった”という点が違う。EPを聴くとわかるが、初リリースの時点で、声の設計もビート選びも、既に自分のスタイルの原型を持っている。

『19 & Dangerous』と「Bloody Samaritan」——名刺代わりの一撃

結論から言えば、彼女を”次のスター候補”から”当代のスター”へ引き上げたのは2021年8月6日にリリースされた1stアルバム19 & Dangerous🛒楽天、そしてそのリード曲Bloody Samaritan🛒楽天だ。私は最初にこの曲を聴いたとき、”タイトルの物騒さと、ビートのしなやかさが噛み合っていない気がする”と思ったのだけど、これは間違っていた。ちゃんと聴くと、噛み合っていないのではなく、あえて噛み合わせていない。

「Bloody Samaritan」は2021年7月30日にMavinからリリースされたアフロポップ曲で、プロデュースはLondon、作詞は本人。アフロビーツのグルーヴを土台に、R&Bの節回しと少しだけトラップ寄りのハットが差し込まれる。歌詞の話題は避けるとして、”嫉妬してくる周囲をどう振り払うか”というテーマ性そのものが、当時18〜19歳のシンガーが打ち出す名刺として鮮烈だった。ナイジェリアのラジオでもTikTokでも、しばらくこの曲は避けて通れなかった。

アルバム本体は33分14秒。アフロポップ、R&B、トラップ、そしてナイジェリアの”alté(オルテ)”シーンの空気を混ぜた11曲構成で、プロデュースにはLouddaaa、London、Don Jazzy、Andre Vibezらが名を連ねる。1年後の2022年10月21日にはDeluxe版も投下され、そこに収録された「Rush」が——後述するように——彼女の人生を変える。

「Rush」の世界的ブレイク、そしてグラミーの新設カテゴリ初年度ノミネート

2022年後半、Ayra Starrの名前が突然、アフロビーツ・シーンの外にまで漏れ出した。理由は「Rush」。単純だ。TikTokの音源としても跳ね、Spotifyの各国チャートに刺さり、2023年に入る頃にはヨーロッパでも回っていた。個人的にはこの時期、通勤中のイヤホンでも、渋谷のカフェの有線でも、同じ曲を聞いた記憶がある。ヒットの手触りって、こういうことだ。

そして第66回グラミー賞では、新設された「Best African Music Performance」カテゴリの初年度ノミニーの一人として「Rush」がノミネートされた「Rush」はバラク・オバマ元大統領の2022年のお気に入り曲プレイリストにも入っている。制度の側と、文化の側と、両方から拾われた。この二段構えは大きい。「アフロビーツはブームだ」と言う人はここ数年多いけれど、制度に組み込まれた瞬間からブームは”シーン”になる。

ちなみに私が「Rush」を改めて評価し直したのは、ライブ映像を漁っていた時期だった。スタジオ音源のスリムなグルーヴが、生バンドとダンサーが乗ると急に立体になる。同じ曲なのに違う顔をする。これはAyra Starrの武器で、後の作品にもずっと通底する特徴。

音楽性の核——アフロポップ、R&B、alté、そして”混ざる強さ”

音楽性を一言で言えば、”アフロビーツ・ジェネレーションのR&Bシンガー”だ。ただ、これだと半分しか説明できていない。もう半分は、彼女がラゴスのオルテ・シーン(若手のオルタナティブ寄りアーティスト群)と、メインストリームのアフロポップの、ちょうど橋の上に立っていること。

アップルミュージックの紹介文では、彼女の音はR&Bとアフロポップに、ラテンポップ、ジャマイカのダンスホール、ナイジェリアのハイライフ、ゴスペルの要素が混ざり合っていると説明されている。並べるとごちゃっとして聞こえるかもしれないけれど、実際の曲を通すと、この配合はかなり整理されている。R&Bのメロディが芯にあって、その周りに地域ごとのリズムがゆるく巻き付いている、そんな組み立て。

影響源のリストも面白い。アンジェリーク・キジョー、2Face Idibia、シャキーラ、ニッキー・ミナージュ、そこにビヨンセとリアーナが加わる、というのが繰り返し語られる系譜。西アフリカのレジェンドと、USメインストリームのポップスター、そこにラテン圏のディーヴァまで混ざっている。歌い手として、憧れの範囲が地理的に広い。この幅が、彼女のプロダクション選びとフィーチャリングの選び方に、後々そのまま反映されていく。

もう一つ、見落とせないのが声質だ。ざらつきのある中低音で、囁き寄りの発声から一気に張るところまでの振れ幅が広い。彼女の曲のBPMは大半が中速だが、退屈しないのは、この声の使い分けがはっきりしているから。だと思う。

『The Year I Turned 21』——大人になった歌い手の見取り図

2ndアルバムThe Year I Turned 21🛒楽天2024年5月31日リリースの40分24秒、15曲入り。タイトルがそのまま告白になっている。彼女が21歳を通過した年の日記帳だ。1stの”19歳の危険な私”から、”21歳の私が世界を見た記録”へ。ジャケットの制作コンセプトからしても、一段成熟したアルバム。

先行シングルは複数走った。「Rhythm & Blues」は2023年9月12日リリースのアフロポップ/R&B曲で、これはタイトル通りに、彼女のR&B寄りの一面をきれいに提示した曲。そして「Commas」は2024年2月2日リリース、プロデューサーにRagee、London、AoDが並ぶミッドテンポの一撃。ここで彼女は”数字(コンマ、つまり札束の桁)を稼ぐ女”の視点で歌っていて、テーマ性の意味でもキャリアの意味でも、”次のステージに入った”合図として機能した。

「Bad Vibes」は2024年5月10日リリース、Seyi Vibezとの共作でアマピアノ要素も入るナンバー。南アフリカ発のアマピアノを自然に取り込んでいる時点で、彼女の視野が”ナイジェリア国内”に留まっていないのがわかる。アフリカ内のクロスボーダーな連携が、ここ数年のアフロビーツの外への拡張の裏側で確実に進んでいて、Ayra Starrはその橋の一本を担いでいる、というのが個人的な見立て。

受賞、コラボ、そしてシーン全体の中の位置

賞レースの実績も並べておく。BET Awardsでは、Best New Artist、Best International Act、「Commas」でのBET Herの3部門にノミネートされた同じ年に、BBC Radio 1のSound of 2024にも選ばれた。BBCのSoundリストは、翌年ブレイクする新人を予測する年次企画で、過去にAdeleやSam Smith、Sam Fenderらを言い当てた実績がある。ここに入るのは、業界サイドから見て”来年ここに賭ける”という宣言に近い。

コラボ面では、WizKidの「2 Sugar」への客演が象徴的。WizKidと言えば、アフロビーツの現代を作った当事者の一人。世代の橋渡しがはっきり行われている。加えて、Mavin Records自体が新旧の才能を混ぜるチーム編成に長けているので、彼女はレーベル内外で若手・ベテランと自然に交差していく立ち位置にいる。

シーン全体との関係で言えば、彼女は”Afrobeats to the world”の第二波の顔の一人だ。第一波がBurna Boy、WizKid、Davido、Temsだとすれば、Ayra Starr、Rema、Ckay、そしてもう少し若い層が、第二波を押している。第一波が”アフリカ発のグローバルスター”を成立させ、第二波はそれが特殊事例じゃないと証明している段階、というのが私の整理。

もう一つ、シーン内での彼女の役割について私が感じていること。西アフリカのメインストリームで、女性が主役として押し出される機会は、この5年で明らかに増えた。TemsのグラミーウィンやTiwa Savageの継続的存在感、そこにAyra Starrが加わることで、”男性中心のアフロビーツ”というかつてのイメージは、少なくとも国際的な受容の側では書き換わっている。2025年の現地報道でも、ナイジェリアの女性アーティストの中で”最も国際的な訴求力を持つ”存在の一人として彼女の名前が挙げられている。この位置取りは、まだ誰にも譲る気がなさそう。

今、チャートでの立ち位置

結論を先に言えば、”アフロビーツ勢の日本ラジオ受容”が着実に厚くなっている流れの中で、Ayra Starrはいちばん名前が通っている女性シンガーの一人になっている。「Rush」以降、彼女の新曲は日本のFMでも普通にオンエアされるようになった。以前は”ヒットしたら1曲だけ流れる”扱いだった西アフリカのポップスが、”新曲ごとに追いかけられる”扱いに変わってきている。J-WAVEをはじめとする都市部の局で、彼女の露出は明らかに増えた。

チャート内での挙動は、”ハイパワーで1位を取りに行くタイプ”というより、”じわじわ長く残るタイプ”のヒットが多い。「Rush」も「Commas」も、リリース直後より数週遅れで話題が加速する動き方をした。TikTok経由でのバイラルが遅れて効いてくる、いまどきの動き方。ラジオチャートの側から見ると、これは扱いやすい。1週で消えないから、番組の中で複数回オンエアの理由が立つ。

聴きどころ3点

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聴きどころ3点

  • 声のギアの切り替え——中低音の囁きから、サビでの張りへ。1曲の中で発声のギアが2〜3段変わるので、ヘッドホンで聴くとディテールが立つ。
  • リズムの雑食性——アフロポップを軸に、R&B、alté、アマピアノ、ダンスホール、時にラテン。ジャンルの継ぎ目が滑らかで、聴いていて疲れない。
  • テーマ性の強さ——恋愛の機微だけでなく、自尊心・独立・野心を正面から扱う。歌詞は英語とピジン英語、ヨルバ語が混ざるので、聴き慣れると彼女特有の”言語のグルーヴ”が耳に残る。

これから聴くならどこから

初めての人には、遠回りせず「Rush」から入るのが正解。3分未満の中に、彼女の声、ビート感、テーマ性の縮図が全部詰まっている。この一曲が刺されば、まず間違いなく次に進める。

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  • Commas — 次のステージの合図
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入門動線

まずこの1曲:「Rush」——彼女のブレイクポイント。グラミー新設カテゴリの初年度ノミネート曲でもあり、”入り口”としては満点。

次にこの1枚:『19 & Dangerous』(Deluxe版)——「Bloody Samaritan」「Rush」の両輪が入る、名刺代わりのデビュー作。33分(Deluxeでもう少し長い)とコンパクトで通しやすい。

深めるならこの1枚:『The Year I Turned 21』——ここまで来ると、彼女の音楽的な幅の広さと、”21歳の記録”としてのテーマ性の両方を味わえる。「Commas」「Rhythm & Blues」「Bad Vibes」を含む15曲構成。

まとめ——アフロビーツの”次の10年”を担う声

Ayra Starrについて最後に一つだけ書くなら、「早熟なのに、慌てていない」。18歳でEP、19歳でデビューアルバム、20歳で世界的ヒット、21歳でグラミーのステージ近くまで来て、22歳でセカンド。数字だけ並べると、ジェットコースター。ただ、作品を聴いていくと、次の一手を焦って打っていない印象がある。ラゴスのMavinという地元のホームを離れず、アルバム単位で自分の変化を記録して、その都度シーンとの接点を作り直している。

アフロビーツというジャンルの語られ方は、この数年でずいぶん変わった。”エキゾチックな流行”から、”世界のポップの一部”へ。その変化を、女性シンガーの側から証明している一人が彼女だ。次のアルバムがどこに着地するのかは、まだわからない。ただ、いま聴いておく理由はある。むしろ、まだ間に合う段階で乗っておく方が、後から追いかけるより楽しい。個人的にはそう思ってます。

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