Corneliusを一言で説明するのは、正直むずかしい。渋谷系の申し子と紹介される場面が多いけれど、2000年代以降の作品を通しで聴くと、その紹介文はキャリアの入口の話でしかないと分かる。音の粒ひとつひとつを彫刻するような設計感、間の取り方、ステレオイメージの遊び——ライブ映像を見ると分かるが、演奏者全員の音とハンドサインと映像が完全にシンクロして走る、あの独特のグルーヴ。ポップスの器を借りながら、中身は音響作品に近い。そういう作家です。
この記事では、小山田圭吾のソロ・プロジェクトとしてのCorneliusを、経歴・音楽性・代表作・現在地の順で掘っていきます。歌詞の引用はしません。音そのものと、それを取り巻く文脈の話をします。
このアーティストの要点
- Corneliusは1969年東京都生まれの小山田圭吾によるソロ・プロジェクトで、1989年にフリッパーズ・ギターのメンバーとしてデビューし、バンド解散後の1993年からCorneliusとして活動を開始している。
- これまでにオリジナル・アルバムを複数枚リリースしており、代表作に『FANTASMA』(1997)、『Point』(2001)、『Sensuous』(2006)、『Mellow Waves』(2017)、『夢中夢 -Dream In Dream-』(2023)がある。
- 1992年に自身のレーベル「トラットリア (Trattoria Records)」を立ち上げ、国内外のミュージシャンの作品発表の場を作った。
- NHK Eテレ『デザインあ』のサウンドトラックや、『攻殻機動隊ARISE』シリーズの音楽など、映像作品への楽曲提供でも知られる。
- METAFIVE(高橋幸宏、砂原良徳、TOWA TEI、ゴンドウトモヒコ、LEO今井らとのバンド)としても活動してきた。
フリッパーズからソロへ——90年代前半に何が起きたか
Corneliusという名義は、小山田圭吾のソロ・プロジェクトです。出発点は1989年、小沢健二らと組んだフリッパーズ・ギターでのメジャーデビューにさかのぼる。1989年にフリッパーズギターのメンバーとしてアルバム『海へいくつもりじゃなかった』でデビューし、1991年11月にバンドは解散。ここまでが第一章。
解散後、少し空白期間を挟んで、1993年からCornelius名義でのソロ活動が始まる。シングル「THE SUN IS MY ENEMY 太陽は僕の敵」を1993年にリリースし、自身が1992年に立ち上げたレーベル「トラットリア」から発表。名前の由来は『猿の惑星』のあの博士——といえば通じる人には通じる。ここが起点。
初期のCorneliusは、いわゆる渋谷系のアイコンとして語られることが多い。ホーンセクションを効かせた華やかなアレンジ、豊富な引用と参照、ポップスの快楽をひたすら追いかける態度。1994年の1stアルバム『The First Question Award🛒楽天』はその時期の到達点で、ソウルもロックもボサノヴァも、面白ければ全部混ぜていた。今聴くと、後年の音響探究の予感より、まず”楽しくて詰め込んだ”感覚のほうが前に出ている印象があります。
ただし、この時期の小山田圭吾は同時にレーベル運営者でもあった。1992年よりトラットリア (Trattoria Records) を主宰し、その活動は作品発表の場を求めるミュージシャンにとっての受け皿にもなっていく。表に立つ作家であると同時に、シーンの導線を引く役割も担っていた——ここは意外と語られない部分。
音楽性の核と変遷——「渋谷系」から「音響作家」へ
キャリアを俯瞰したときに一番面白いのは、90年代の”引用と密度”から、2000年代以降の”隙間と設計”へのシフトです。作風がここまで大きく変わった日本のポップ・アーティストは、そう多くない。
1997年のFANTASMA🛒楽天は、まだ密度側にある作品。サンプリング、ノイズ、ヘヴィネス、ポップ・メロディが層になって重なり、曲間もほとんど空いていない。海外での評価が跳ねたのもこのアルバムで、ジャンルの跨ぎ方が「渋谷系」の枠を早々にはみ出していた。活動初期から中期にかけての楽曲では、サンプリングの採用、テルミンを用いる演奏、HDDによる多重録音、ヘヴィメタルへの傾倒と新解釈、シンセサイザーを前に出した演奏、ハーモニー効果の模索、サウンド・エンジニアリングの創意工夫が施された作品を発表している——という記述の通り、要素の実験は初期から中期に集中していた。
転機は2001年のPoint🛒楽天。ここで小山田圭吾の音の掴み方が明確に変わる。密度を落として、音を”置いていく”作り方に移行した。水滴、拍手、口笛、電子音——それぞれが小さな塊として立ち、ステレオの左右に丁寧に配置されていく。ヘッドフォンで聴くと、音がどこにあるかを空間として感じられる。この作品以降、Corneliusの音は”完成した楽曲を鳴らす”というより、”聴取体験そのものを設計する”方向に舵を切った、と考えています。
2006年のSensuous🛒楽天は、その方向性のさらに先。音の粒立ちと美しさが、ほとんど工芸品みたいな水準で並べられている。ここまで来ると、他の日本のポップ・アーティストと単純比較するのが難しい領域。強いて挙げるなら、坂本龍一が2010年代以降にやっていた”環境と音”の探究と、思想的にどこか繋がる部分があるように感じます。
そして2017年、『Sensuous』以来11年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Mellow Waves』を6月28日にリリース。空白の11年間は、無為に過ぎたわけではなくて、後述する映像作品やコラボレーションで音の作り方をずっと更新していた期間だった。
代表作・ディスコグラフィの読みどころ
ざっくり言うと、Corneliusのオリジナル・アルバムは6枚。時代ごとに顔がまったく違います。順に触れます。
『The First Question Award』(1994)——渋谷系ど真ん中。ポップスの引き出しの多さを一気に見せてくる名刺代わりの一枚。まだ実験より祝祭が前に出ている時期で、いま聴くと逆に新鮮に響く。
『69/96』(1995)——1994年作と1997年作の間を繋ぐ、過渡期の実験作。ヘヴィネスとサイケデリアが強く出て、この時期特有のカオスな熱量がある。
『FANTASMA』(1997)——世界にCorneliusの名前を届けた作品。アルバム全体が一続きのトリップみたいに設計されていて、曲単位というよりアルバム単位で聴くタイプ。ヘッドフォン推奨。
『Point』(2001)——静と点。前作までの過剰さを一度捨てて、音を”配置する”方向に大転換した作品。ここから後年のCorneliusが始まる、と位置づけている人が多い。ライブでの演奏フォーマットもこの時期に大幅に更新された。
『Sensuous』(2006)——『Point』の方向性を突き詰めた到達点。音の美しさと構築の精度がとにかく高い。初めて聴く人には少し禁欲的に映るかもしれないけれど、繰り返し再生に強い、長期戦向きのアルバム。
『Mellow Waves』(2017)——11年ぶりのオリジナル。坂本慎太郎を作詞に迎えた「あなたがいるなら」「未来の人へ」をはじめ、”メロウ”と”ウェイヴ”に満たされた全10曲、というのが公式に近い紹介。歌が前に戻ってきて、でも音響の解像度は『Sensuous』の水準を保っている、という不思議な均衡点。
『夢中夢 -Dream In Dream-』(2023)——2023年6月28日にオリジナルアルバム『夢中夢 -Dream In Dream-』を発売。タイトル通り、夢のなかにさらに夢がある構造で、『Mellow Waves』からさらに一歩、歌と音響がひとつの空間に溶け合った。近作としてはまずここから入るのがいいと思ってます。
CORNELIUS の関連作品・グッズ
※本セクションは楽天市場の商品情報(アフィリエイトリンク)です。
聴きどころ3点
- 音の”置き方”——鳴っている音より、鳴っていない隙間で語るタイプの音楽。特に『Point』以降はステレオイメージが明確に設計されていて、ヘッドフォンやまともなスピーカーで聴くと解像度がまるで違う。
- 映像とのシンクロ——ライブでは音・演奏・映像が完全に同期して動く。この演出設計は他のアーティストではあまり見ない領域で、視覚も含めて”聴く”作家だと思ってます。
- ポップと実験のバランス——実験的だけど、ちゃんと口ずさめる。難解に振り切らない節度が、Cornelius作品を長く聴ける理由。
アルバム外の仕事——サントラ、プロデュース、コラボ
Corneliusを語るとき、オリジナル・アルバムだけを追ってもキャリアの半分しか見えない。もう半分は、他者の作品への関わり方にある。
まず映像系。NHK Eテレ『デザインあ』の音楽は、番組を見ていた人なら耳に馴染みがあるはず。短い尺のなかで音と映像がぴったり噛み合う設計は、Corneliusの本業と地続き。『デザインあ』や『攻殻機動隊』のサウンドトラック制作は、Mellow Waves前の”空白の11年”を埋めていた重要な仕事群で、ソロ作品に還ってくる音の作り方はここで鍛えられていた面もあると思う。
『攻殻機動隊ARISE』(2013〜)では、シリーズの音楽を担当。近未来的な情景を音で立ち上げる仕事で、Corneliusのサウンド設計とは相性がよかった。原作もアニメも、テクノロジーと身体の境界を問うシリーズだったから、音の質感で提示できるアーティストが必要だったのだと思います。
コラボ/プロデュースでは、Salyu × salyuのプロデュース、坂本龍一との共演、YMO関連の仕事などが挙がる。METAFIVE(高橋幸宏 × 小山田圭吾 × 砂原良徳 × TOWA TEI × ゴンドウトモヒコ × LEO今井)としてバンドも組んでいた。日本のエレクトロニック/ポップの系譜の、けっこう重要な結節点に立っている作家です。
海外との関係も長い。90年代後半に『FANTASMA』が海外で評価されて以降、Beck関連のツアーへの参加、リミックス仕事、フェス出演など、日本のインディー/オルタナティブとしては早い時期から国境をまたいで動いていた作家のひとり。
カルチャー的な位置——渋谷系の一員として、その先の作家として
Corneliusが”渋谷系”と紹介されるのは、キャリア初期の文脈としては間違っていない。ただ、この呼称でキャリア全体を語ろうとすると、途中で必ず破綻する。初期作と最新作を並べて聴き直すと、同じ人がやっているとにわかに信じられないくらい、音の作法が違う。
90年代前半の渋谷系は、洋楽のあらゆる引き出しを自由に引用してポップスを更新する運動体で、Corneliusはその代表格のひとりだった。フリッパーズ・ギター時代の小沢健二との関係、トラットリア周辺の作家たち——カヒミ・カリィやbridge、Salon Music周辺など——との交流は、90年代日本のインディーの地図そのもの。
ただ、2000年代以降のCorneliusはもう渋谷系の枠では説明できない。音響芸術と、ポップスと、映像との協働。この3つが重なる場所を、日本語圏で長くひとりで探究してきた作家として位置づけたほうが実像に近いと思ってます。
影響を受けたと公言する後続アーティストは幅広く、エレクトロニカ寄りの作家からギターポップの若手まで、”Cornelius以降”の音の作り方は明らかに存在する。特に音のパンニングや、静けさの使い方の部分で、その影響は色濃い。
現在地——2020年代のCornelius
2020年代のCorneliusは、『夢中夢 -Dream In Dream-』(2023)を軸に、ライブ・ツアーとコラボレーションを継続している段階。2023年6月28日のアルバムリリースに合わせて全国ツアー〈Cornelius 夢中夢 Tour 2023〉の開催が発表され、9月30日の東京〈リキッドルーム〉を皮切りに全国7か所7公演が予定されていた。ライブ本数は多くないぶん、一本一本の完成度が高い。
チャートに顔を出す頻度は、ヒットチャート型のアーティストではないので、それほど高くない。ただし、新譜や関連曲がフィジカル/配信でリリースされるタイミングで再評価が走るのが常で、”チャートで一気に消費される”のとは別の時間軸で作品が届いている作家です。
2020年代前半には、外部の楽曲へのリミックス提供や、映像作品のスコアリング仕事も続いている。近年の傾向としては、若手アーティストの楽曲に音響面で関わるケースが目立つ。世代を超えて音の作り方が引き継がれている、いい循環。
ライブという体験——音・映像・身体の同期
Corneliusを語るうえで、ライブの話を落とすわけにはいかない。というのも、この作家のライブは、いわゆる”アルバムの再現”を明らかに超えたところで設計されているから。
照明、映像、演奏の三つが1フレーム単位で同期して走る。ドラムの一打で背後のスクリーンの映像が切り替わり、ギターのカッティングと同時に光が明滅する。この設計は『Point』期に整い始めて、以降のツアーで更新されつづけてきた。バンドメンバーの手元と映像がぴったり合う瞬間は、何度観ても感嘆する部分。
面白いのは、そこまで映像を作り込んでも、演奏がライブとして”生きている”こと。テンポは機械にがちがちに縛られていない、少なくとも聴感上は。人の手で鳴らしている手触りがちゃんと残っている。この均衡が取れているアーティストは、日本語圏ではかなり少数派。
個人的には、Cornelius作品はスタジオ盤で音の設計を味わったあと、ライブ映像で身体性を追加するという聴き方が一番腑に落ちる。順序が逆でもいい。ただ、両方に触れないと、この作家の輪郭は掴みにくい。
プロデューサーとしての小山田圭吾
Corneliusという名前の裏には、プロデューサー/エンジニアとしての小山田圭吾がいる。ここは本人の看板作品と切り離せない領域。
他アーティストの楽曲を触るときの手つきは、自分の作品ほど禁欲的ではない。相手の色を残しながら、音の抜けや配置の設計を静かに底上げする——そういうタイプの介入。Salyu × salyuでの仕事はその代表例で、ボーカルの多重録音を音響的な絵として扱う発想は、Corneliusの本業と重なる。
リミックス仕事も多い。原曲の骨組みを残しながら、質感だけをまるごと入れ替える手法が特徴で、Cornelius版リミックスは”別の作品”としてカウントできる完成度になっていることが多い。原曲と並べて聴くと、音を作る人の思考の違いがはっきり見えて、これはこれで一つの入口としておすすめ。
あと、レーベル運営者としての顔も忘れがたい。トラットリアは1990年代の日本のインディーの重要な受け皿だった。作家であり、プロデューサーであり、レーベルの主宰者でもある——この三つを長く並行してきた作家は、そんなに多くない。
これから聴くならどこから
Corneliusを初めて聴くという人に向けた導線をひとつ。ここは個人的なおすすめ。
まずこの作品から聴く
- Point — 音響設計の原点
▶ Amazon / 楽天 で探す - Sensuous — 音の粒立ちが極まる
▶ Amazon / 楽天 で探す - 夢中夢 -Dream In Dream- — 歌と音響の最新形
▶ Amazon / 楽天 で探す - FANTASMA — 初期の代表作
▶ Amazon / 楽天 で探す
※リンクはアフィリエイト(広告)です。
入門動線
- まずこの1曲——『Point』収録の代表曲。静けさと精緻な音配置の”Corneliusらしさ”がもっとも短時間で伝わる。ヘッドフォンで。
- 次にこの1枚——『Sensuous』(2006)。『Point』で提示した方向性が結晶化した作品。音そのものの美しさを一枚通しで味わえる。
- 深めるならこの1枚——『夢中夢 -Dream In Dream-』(2023)。歌と音響が溶け合った最新形。ここまで聴くと、90年代作にもう一度戻りたくなる。
逆に、初期の華やかな渋谷系フェーズから入りたいなら『The First Question Award』(1994)や『FANTASMA』(1997)。同じ作家の別の顔として楽しめる。まったく違うタイプの音楽に聴こえるはずで、そこがCorneliusを追う面白さのひとつ。
ライブ映像もあわせて観てほしい。音と光と身体が同期して動くあの光景は、映像で確認して初めて腑に落ちる部分がある。Cornelius作品は”耳だけ”で完結しない——というのは、しばらく追いかけて出た結論。まずは1枚、腰を据えて聴いてみてください。


コメント