ヒットチャートに、久しぶりに「聴いた瞬間に体が思い出す」曲が戻ってきた。LE SSERAFIMの『BOOMPALA』は2026年5月22日にSource MusicからPureflow Pt. 1のセカンドシングルとして公開された楽曲で、90年代を通った耳ならまず間違いなくニヤリとする素材を軸に据えている。懐かしさを武器ではなく足場に使う——BOOMPALAはノスタルジーを恥ずかしがらない選択の曲だ。この一文だけは、順位や再生数の外側に置いておきたい。
この曲の要点
- 2026年5月22日リリース、Source/Geffen配給のシングル。アルバム『Pureflow Pt. 1』のセカンドシングルとして公開された
- ジャンルはラテンハウス、収録時間は2分56秒
- Los del Ríoの1993年『Macarena』を全編にわたってサンプリングしている
- 『PUREFLOW pt. 1』はSakura、Hong Eunchae、Kazuha、Huh Yunjin、Kim Chaewonの5人体制で3年ぶりの正規スタジオアルバムとなる
- Billboard 200では10位でデビューした
3年ぶりの正規盤、その表題曲という重さ
まず前提を整理したい。BOOMPALA🛒楽天は単発のリード曲ではなく、2023年の1stスタジオ盤『UNFORGIVEN』とワールドツアー「EASY CRAZY HOT」を経ての、3年ぶりのフルレングスに置かれた表題である。EP中心の運用が続いていたグループにとって、正規アルバムは腰の入れ方が違う。表題を「Macarenaサンプリングのラテンハウス」で通す——この判断がどれだけ思い切ったものか、少し立ち止まって考えたい。
K-POPのタイトル曲は、ここ数年で明らかにショート動画とダンスチャレンジ側へ引き寄せられている。彼女たちも例外ではない。ただ、BOOMPALAの選択は「TikTok用に短いフックを仕込みました」というレベルの話ではない。サンプルが冒頭0:21から鳴り、そこから曲全体に散っている設計だ。フックだけの借用ではなく、あの1993年の骨格に自分たちの身体を通すというやり方。これは大胆というより、覚悟に近い。
PUREFLOW pt. 1🛒楽天というアルバムタイトルにも触れておく。恐怖を段階的に扱うコンセプト——不確かさから自覚へ、感情のプロセスを繋げるプロジェクトという枠組みの中で、表題曲が「踊って解放する側」に振れているのは、意味の設計として理にかなっている。深刻な問いに、浅い答えではなく踊りで返す。悪くない。
マカレナを引き受けるという判断
結論から言うと、この曲の評価はサンプリングをどう受け止めるかでほぼ決まる。『Boompala』はスペインのデュオLos del Ríoの1993年『Macarena』をサンプリングし、サンプル部分のスペイン語以外は全編英語で歌われている。この選択に対して国内外の反応が割れているのは事実で、たとえば「K-POPトラックにこのサンプルが必要だとは思わなかった、ラテンハウスのグルーヴは評価するとしても」という手厳しいレビューも出ている。
私は最初に聴いたとき、正直、少し身構えた。Macarenaは、あまりにも記号化されすぎている。結婚式、運動会、その他もろもろ。あの4小節が鳴った瞬間に、人は音楽を聴くのをやめて振り付けを思い出す。それを表題に持ってくるのは、ミュージシャンとしてはリスクが大きい。曲そのものではなく、サンプル元の記憶に持っていかれるからだ。
ただ、2〜3回リピートしていると、印象が変わってくる。イントロのキックの重心が思ったより低い。原曲の陽性を借りながら、下でキープしているのは現行のラテンハウスの脈で、ミックスの重心は完全に2020年代のクラブサイズ。プロデューサーはThom Bridges、13、そして「Hitman」Bang。ここにJustin Tranter、Eren Cannata、JBachらを含む多人数のソングライターチームが組まれている。Justin Tranterは英語圏ポップの現場で常連の書き手で、彼が入っているということは、単なるK-POP文脈ではなく英米ポップの引力を意識した設計だと読める。
公式の言い方も面白い。「ラテンハウスを土台にした楽曲」と説明されている。あくまで土台であって、テーマがMacarenaなわけではない。ここは大事なポイント。
サウンドの読みどころ
2分56秒。この長さも今っぽい。2:56という尺は、ラジオエディットより短く、TikTok動画1本より長い。要するに「一度で終わらせない」設計だ。Aメロ→サビ→Bメロ→サビの単線ではなく、サンプルが顔を出すタイミングを何度もずらすことで、短い尺の中に驚きの回数を稼いでいる。
キー処理も聴きどころ。ラテンハウスにありがちな「明るすぎる」トーンを、ミックスのローエンドで少し湿らせている。ここはThom Bridgesの采配だろうと想像している——このプロデューサーは、明るいトラックに影を差す仕事が上手い。冒頭の質感を数秒聴くだけで、これが2026年のスタジオワークだと分かる。
ボーカルの割り振りにも触れておく。サンプル部分のスペイン語以外は全編英語という設計は、日本語話者にはやや距離が出るかもしれない。ただ、Huh Yunjin、Kazuhaといったメンバーの英語の乗りは、EP『EASY』『CRAZY』『HOT』を通して十分に鍛えられていて、ここに至って言語のスイッチはもう構造の一部として機能している。母語で歌わないことの違和感は、ほぼない。
聴きどころ3点
- 0:21からのサンプルの入り方:冒頭0:21で最初のサンプルが顔を出す。ここでどう鳴らすかがこの曲の勝負どころ。ぶつけずに、少し引いて置いてある
- ローエンドの湿り気:ラテンハウスの陽性を、キックの重心で微妙に翳らせるミックス。明るい曲を明るいまま終わらせないバランス感
- ブリッジの間の取り方:短い尺の中に「息継ぎ」がある。ここでBPMは変わらないのに時間が伸びて感じられる瞬間があって、そこがサンプルの再登場を効かせている
ラテンハウスという選択肢の意味
もう少し音楽的な文脈に潜りたい。ラテンハウスというジャンルは、レゲトンともEDMとも違うレイヤーにある。4つ打ちのキックを土台にしつつ、パーカッションの粒とスペイン語圏由来のメロディの匂いを乗せる。2020年代前半のグローバルポップ——Bad BunnyやRosalíaが押し広げた領域——の周縁にあって、しかし直接その中心には入らない、微妙な立ち位置のサウンドだ。
ここをK-POPが表題で使うのは、実はあまり見ない。多くの場合、K-POPは「ラテン風味のアクセント」として部分的に借りるだけで、曲の骨格そのものをラテンハウスに預けることは少なかった。BOOMPALAは、そこに一歩踏み込んでいる。踏み込んだ結果、Macarenaというアイコンにぶつからざるを得なくなった、という順序かもしれない。ジャンルを選び、その象徴を素材として使う——この順序で考えると、サンプリングは目的ではなく必然に近い。
ちなみに、原曲は1993年のリリース、1995年のBayside Boys Remixで爆発した経緯がある。サンプル元として明記されているのは、1995年のBayside Boys Remix版のMacarenaで、つまり我々の記憶にある「あの」Macarenaそのもの。ここを厳密にクレジットしている点は誠実だと思う。
プロダクションチームに触れておくと、13という単位はK-POPスタジオワークの中でSCOREとMEGATONEを中核とする集団を指すことが多い。今回もScore(13)とMegatone(13)が名を連ねている。彼らはLE SSERAFIMのデビュー期から関わっていて、グループの「音の身体」を知り尽くしているチームだ。そこにThom Bridgesという外部の耳が加わり、Justin Tranterが英語ポップの語彙を差し込む。この3層の重なりが、BOOMPALAの音のレイヤードな面白さを作っている。
キャリアの中でこの曲が意味するもの
LE SSERAFIMは、デビュー時と比べて明らかに音の重心をずらしてきたグループだ。「デビュー時はスリークで洗練されたサウンドと、ScoreとMegatoneを中心とした密なコラボチームだったが、時間が経つにつれ、ミームやショート動画向けに設計されたようなノベルティ方向へ寄っていった」——という辛口の見方もある。この評価が公平かはさておき、傾向としては確かに「一曲で説明が済む」路線に移行してきている。
BOOMPALAは、その流れの延長線上にある。ただし、単純な「バズ狙い」で片付けるのは違うと思う。3年ぶりの正規盤の表題に、あえて「一発で理解される」曲を置いた。これは、コンセプチュアルな迷路を作るより、フロアで機能する一曲を先に出す判断だ。アルバム全体は感情のグラデーションを描く構成らしいので、その入口として意図的に軽い扉を用意した、と読むこともできる。
私自身の受け取り方を言うと、初回のリピートで手が動くタイプの曲ではない。3回目あたりで、あ、これはこういう曲か、と諦めがつく。諦めというのは悪い意味ではなくて、Macarenaを引き受けるという判断ごと呑み込むと、あとは楽しめる、という意味。ここが分岐点だと思う。
チャートでの動き
数字を並べておく。アルバム『Pureflow Pt. 1』はBillboard 200で10位デビュー。一方で韓国内のストリーミングチャートは想定ほど強くなく、Bugsでは『BOOMPALA』が98位デビューにとどまった。国内外でここまで温度差が出るのは、K-POP全体の構造変化を映していると思う。
韓国国内でMacarenaサンプリングという記号がどれくらい響くのか、という問題もある。90年代のヒットは各国で沈殿の仕方が違う。北米・欧州・南米では今も結婚式で鳴る曲だが、韓国では同じレイヤーの記憶にならない。この差が、ローカルチャートとグローバル評価のズレに繋がっている可能性は高い。
もうひとつ、アルバムは同時にILLITとのマッシュアップ『Celebration X It’s Me』もリリースされ、先行シングル『Celebration』は4月24日に公開されている。BOOMPALAはこのプロモーション設計の中で、いわば「本命の派手玉」として置かれた。派手玉の役割としては、少なくとも英語圏では機能した、というのが数字の読み方だろう。
「ノベルティ」と「クラフト」の間
批評的に一番議論になるのは、この曲が「ノベルティ(一発芸的な曲)」なのか「クラフト(作り込まれた曲)」なのか、という問いだと思う。私の答えは、両方だ。
ノベルティ性は明白にある。Macarenaを使う時点で、聴いた人の反応の半分は「あの曲か!」で決まってしまう。曲としての勝負より先に、記号としての反応が起きる。この構造は、TikTok以降のポップの必然的な形とも言えて、10秒で認識される必要がある時代のアイコン戦略として理にかなっている。
ただ、聴き込むとクラフトの層もちゃんとある。10人近いソングライター、3人のプロデューサーという体制は、単なる一発芸を作るためにはオーバースペックだ。この編成が投入されたということは、少なくとも制作側は「単発のミームではない何か」を目指していたと読める。結果としてどう聴こえるかは、リスナー次第。ここで意見が割れているのは、健全な現象だと思う。
個人的には、この曲の一番の勝ちどころは、アルバム全体の「怖がりながら踊る」というテーマを、たった2分56秒で言い切っているところ。深刻な問いに、深刻な答えで返すのは簡単。踊りで返すのは、実は難しい。BOOMPALAは、その難しい方をやっている。
Pureflow Pt. 1という枠組み
アルバム側にも触れておきたい。『Pureflow Pt. 1』は2026年5月22日リリース、収録時間27:01、韓国語と英語の混成で構成されている。プロデューサー陣は13、Pär Almqvist、B Ham、Evan Blair、Thom Bridges、「Hitman」Bang、Tropikillazらと幅広く、単独プロデューサー体制ではなくコレクティブ的な作り方をしている。
タイトルに「Pt. 1」が付いているということは、後続がある。恐怖を段階的に描くというコンセプトの前半にBOOMPALAを置いた——つまり「怖がりながら踊る」局面。続編でどう回収するかは、まだ分からない。ここはリスナーとして楽しみに待つべきところ。
ソングライティングチームにJustin Tranterが入り、Bl$$d(Tariq “Blessed” Sharrieff)、Celine Polenghi、Orion Meshorerらが名を連ねているのは、英語圏メインストリームのポップ的な語彙を意識的に取り入れた証拠。K-POP文脈だけで完結させない、という編成上のメッセージが明確に出ている。
関連作と、次に聴くなら
BOOMPALAだけで彼女たちの現在地を掴むのは、少し勿体ない。この曲を軸に、前後を辿るとキャリアの意図がよく見える。
まずこの作品から聴く
- Pureflow Pt. 1 — 収録アルバム本体、感情の全景
▶ Amazon / 楽天 で探す - Celebration — 同盤の先行シングル、対照的な音圧
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入門動線
まず1曲挙げるなら、同アルバムの先行シングル『Celebration』。2026年4月24日リリース、テクノ/ハードスタイル寄りのプロダクションで、BOOMPALAとは対照的な音圧設計になっている。この2曲を並べて聴くと、Pureflow Pt. 1がどれだけダンスミュージックの多様な系譜を横断しているかが分かる。関連1枚はもちろん『PUREFLOW pt. 1』本体。表題曲だけでは見えない感情のグラデーションが、11曲通すと像を結ぶ。
もう少し過去に遡るなら、2025年3月14日の『HOT』(ポップ/ディスコ/ロック)や、2024年8月30日の『CRAZY』(EDM/ハウス)あたり。ここ2年でジャンルの引き出しをどう広げてきたかが、時系列で追える。
最後に一言。BOOMPALAは、万人が絶賛する類の曲ではない。90年代の記号を引き受けるという決断に、乗れるか乗れないかで評価が分かれる。ただ、乗ってしまえば、この曲は2026年のフロアでちゃんと機能する。ノスタルジーを恥ずかしがらないという選択は、案外、勇気がいる。3年ぶりの正規盤の表題に、その勇気を置いたこと自体は、覚えておいて損はないと思ってます。


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