土曜の夜、テレビをつけたまま台所に立っていると、ニュースの合間にふっと軽い歌が流れてきて手が止まる。Bialystocksの一瞬🛒楽天は、そういう聴かれ方をする曲だ。報道の余白に置かれた歌は、事件を語らずに一週間の疲れの奥へ静かに降りていく。派手なフックはない。それなのに、耳が離せなくなる。SNSのタイムラインで拡散されるより先に、生活の音として耳に馴染む。この順序で世の中に届く曲は、いまの日本のポップスの中では、むしろ少数派になってしまった。
この曲の要点
- 「一瞬」は2026年5月22日にデジタル配信でリリースされたBialystocksの新曲。
- テレビ朝日系の報道番組『サタデーステーション』のテーマ曲として書き下ろされ、2026年3月28日放送回からオンエアされている。
- Bialystocksが報道番組のテーマ曲を手掛けるのは今回が初めて。
- 同年1月にTVアニメ『違国日記』EDテーマ「言伝」、2月にフジテレビ系ドラマ『ラムネモンキー』主題歌「Everyday」を続けざまに発表した直後の新曲にあたる。
- 2026年7月15日には、バンド初となる日本武道館公演が予定されている。
報道番組のテーマ曲、という選択
まずここが面白い。Bialystocksが引き受けたのは、ドラマでもアニメでもなく、土曜夜の報道番組だった。本作はテレビ朝日系報道番組『サタデーステーション』のテーマ曲として書き下ろされた楽曲で、Bialystocksが報道番組のテーマ曲を手掛けるのは今回が初となる。ジャズ寄りの鍵盤と、フォーキーで少し掠れた歌を軸にしてきたこのバンドが、ニュースの前後に置かれる音楽を担う。組み合わせとしては、意外なほど収まりがいい。
報道番組のテーマ曲というのは、実は難しい仕事だと思う。日によって扱う話題が違う。悲惨な事件の直後に流れることもあれば、スポーツの快挙の直後に流れることもある。感情の温度が乱高下する場所に、毎週同じ曲が置かれる。そこで求められるのは、特定の感情に寄りすぎない受け皿のような音楽だ。あまりに明るいと事件報道の後で浮くし、あまりに暗いと祝勝の後で沈む。中庸に振れる強さがいる。
Bialystocksの音は、もともとその役割に近い性質を持っていた。哀しみに寄せすぎず、かといって明るく振り切りもしない。日々の風景の中にある言葉にならない感情の揺らぎを静かに掬い上げるような、軽やかな1曲に仕上がっているという説明は、そのまま「一瞬」の立ち位置を言い当てている。彼らのこれまでのキャリアを追ってきた人なら、依頼側が”この音を求めた理由”にも納得がいくはずだ。
個人的な体感で言うと、土曜23時前後にテレビをつけている人は、平日の残業帰りとは少し違うモードにいる。もう明日は休みだ、という緩みと、一週間分の疲れが同居している。そこに”軽やか”と言われる曲が滑り込むと、耳が軽く開く。これは音量の問題ではなく、質感の問題だと思う。BGMとして機能しながら、意識を少し覚ます。テーマ曲の設計思想として、正しい。
Bialystocksというバンドの成り立ち
「一瞬」を語る前に、彼らが何者なのかを短く。2019年、甫木元空の監督作品である映画『はるねこ』の生演奏上映会をきっかけに菊池剛が集めた同世代ミュージシャンら4人により結成され、2021年に甫木元と菊池の2人編成となり、2022年にアルバム『Quicksand』でメジャーデビューした。バンド名は菊池が好きで「全台詞記憶するほど観た」という映画「プロデューサーズ」の主人公の名「Bialystock」に由来する。
この経歴の順番が大事だ。先に映画があって、そこに音楽が付いてきた。Bialystocksは映画監督でもある甫木元空とジャズのフィールドを中心に活動するピアニスト・菊池剛の2人によるバンドで、甫木元が監督を務めた映画「はるねこ」の生演奏付き上映会をきっかけに結成された。だから彼らの曲は、映像の中に置かれること、映像の余白として鳴ることに、そもそも慣れている。歌が主役で立ちに行くタイプではなく、風景の温度を微調整するタイプの音楽。今回の起用は偶然ではなく、必然に近い。
甫木元の声質もここで効く。つづら折りの坂道を滑らかに転がっていくような不思議なメロディーと、ハイトーンだがどこか末枯れた甫木元の声には革新と郷愁が同居している。この”末枯れた”という形容がいい。真新しくもなく、古くもない。何度も繰り返し流されて耳に馴染む、テーマ曲としての強度がそこにある。新譜として消費されて終わる声ではなく、生活の中に長く置ける声だ。
菊池剛のほうは、Bialystocks以外にもジャズの現場でピアニストとして動き続けている。ジャズミュージシャンがポップスのアレンジに関わるとき、しばしばコードが複雑になりすぎて歌が届きにくくなる、という失敗が起きがちだ。菊池はその罠を回避するのがうまい。歌の芯を残したまま、和声で色を足す。この職人芸が、報道番組という尺の短い現場では特に効いてくる。
音の設計を聴く
「一瞬」のプロダクションについて、まずイントロの空気を聴いてほしい。Bialystocksの近作を追ってきた耳からすると、リバーブの深さがやや浅めに感じられる。近い距離で鳴っている。報道番組のテーマ曲としてOAされる尺の中では、遠くから鳴る音より、耳元でそっと囁く音のほうが機能するからだ。テレビのスピーカー、ラジオ、スマホ、どれで流れても情報として聴きやすい音像に寄せてある。
菊池剛の鍵盤は、いつものジャズ寄りの寄り道を控えめにしている。むしろ和音の置き方で語っている印象だ。マイナーとメジャーが半歩ずつすれ違うような和声。土曜の夜という、明るいとも暗いとも決めきれない時間に対応する響き。ここは音楽ライターとしての一次的な聴き取りだが、彼の過去のアレンジ癖と比べると、ソロの主張を意図的に手放している気がする。ジャズ的な”我”を引き算した結果、テーマ曲としての強度が上がっている。
甫木元の歌のフレージングは、息継ぎがやや前のめり。長く伸ばすより、短く区切って次に受け渡す。これがテーマ曲としては効いていて、番組の映像カット割りに合わせやすい。歌が映像を邪魔しない設計になっている。逆に言うと、この歌はイヤホンで音源単体で聴いたときに、少し物足りなく感じる可能性がある。それは欠点ではなく、機能設計の副作用だ。テレビの前で聴くのが、この曲の”本来の距離”だと思っておいたほうがいい。
そして、これが個人的に一番好きなところ。エンディングに向かうにつれて、音が増えるのではなく、”減り方が丁寧”になる。多くのポップスは終盤で音数を増やして高揚に持っていくが、この曲はその逆をやっている。土曜の夜、CMに入る直前の空気を汚さない配慮だ。派手なフィナーレを置かない勇気は、なかなか出せない。
2026年、彼らにとっての節目
「一瞬」は単発の書き下ろしではない。年の頭からの流れの中で聴いたほうがいい。2026年1月リリースのTVアニメ『違国日記』エンディングテーマ「言伝」、2月リリースのフジテレビ系連続ドラマ『ラムネモンキー』主題歌「Everyday」をリリースしたばかりで、間髪あけずに新たな楽曲が発表となる。アニメ、ドラマ、報道番組。畑違いのフィールドに、3ヶ月連続で異なる質感の曲を投げ込んでいる。
この3曲を並べて聴くと、Bialystocksが”タイアップ職人”になろうとしているわけではないことがよくわかる。むしろ逆で、映像との協働経験の蓄積が、今このタイミングで一気に外に出てきているという感じがする。もともと映画作家である甫木元と、ジャズの現場でアンサンブルを組んできた菊池。畑違いに見えて、二人ともずっと”何かの余白に鳴る音”を作ってきた人たちだ。だから受け皿として合っている。
加えて、2026年7月15日に日本武道館で単独公演が予定されている。インディーズ期を経てメジャーデビューから約4年で武道館、というスピード感の中で、この「一瞬」が置かれている。派手な話題曲を武道館前に投入する定石ではなく、報道番組のテーマ曲という地味な、しかし長く鳴り続ける仕事を選んだ。この選択自体が、彼らのバンドとしての姿勢を語っている気がする。武道館は通過点、という顔をしている。
3rdアルバムSongs for the Cryptids🛒楽天のリリース以降、彼らの評価は明確に一段階上がった。映画監督/映像作家でもある甫木元空と、ジャズピアニストとしても活動している菊池剛からなる2人組バンドBialystocksが、3rdアルバム『Songs for the Cryptids』を完成させた。この作品で獲得したリスナーの中には、彼らを”サブスクで見つけた”層と、”映画で知った”層が混在している。「一瞬」はさらにそこへ、”テレビで毎週耳にする”層を加えることになる。
タイトルの読み解き
タイトルの「一瞬」という言葉と、報道番組という現場の相性を考えてみる。ニュースは一瞬の記録の集積だ。事件が起きた瞬間、記者会見の瞬間、勝敗が決まる瞬間。そのどれもが、翌週にはもう別の映像に上書きされていく。報道番組の視聴者は、一週間で膨大な”瞬間”を消費している。
そこにこのタイトルの曲が置かれる意味は、素直に読めばいい。忘れられていく無数の瞬間の中に、自分の生活の一瞬もある。ニュースにならない、報じられない、しかしその人にとっては確かに残る一瞬。Bialystocksがこれまで一貫して掬ってきたのは、まさにこの手触りの時間だった。報道の裏側にある、報じられなかった側の時間。
甫木元の書く言葉は、抽象と具体の間で揺れているのが持ち味だ。今回もその節度は保たれているように聴こえる。歌詞の引用は控えるが、番組の性格上、視聴者を選ばず、しかし薄まりもしない書き方が求められる。難しいさじ加減だが、この人はずっとそれをやってきた。映画の脚本と歌詞の両方を書ける人ならではの、言葉の距離の取り方がある。
映画作家と鍵盤奏者、二つの職能
もう少し二人の職能に立ち入りたい。甫木元空は、Bialystocksのボーカルであると同時に、これまで複数の映画作品を監督してきた。デビュー作『はるねこ』の生演奏上映会がバンドの起点になった、という話はもう書いた。ライブハウスで意気投合したのではなく、映画館で音楽の必要が発生した。この起点の違いは、今も彼らのサウンドに影を落としている。
曲を作るときに、”どこで鳴るか”を先に考える癖がある人たちだ。ライブハウスのステージ上ではなく、映画のスクリーンの前で、あるいはテレビの前で。特定の場所と時間を想定して音を組み立てる。今回の「一瞬」も、土曜23時のリビングという場所を最初にイメージして書かれたのではないか、と勝手に思っている。
菊池剛のジャズの現場で鍛えられた耳が、ポップスの中でどう作用するかは曲によって出方が違う。今回の「一瞬」では、ジャズ的な逸脱をほとんど見せず、代わりにコード進行の”予想外の一歩”を静かに置いていく。派手なリハーモナイゼーションではなく、耳の隙間に小さな違和感を差し込む方法。聴き終わったあと、なぜか気になる、という残り方をする。
この二人の職能が合わさると、”歌謡”にも”ジャズ”にも”インディーフォーク”にも完全には振り分けられない、独特のポジションが生まれる。ジャンルの真ん中には座らない。真ん中を狙わないから、いろんな企画の”隣”に置ける。報道番組のテーマ曲という、通常のヒット曲の設計から少し外れた仕事とも噛み合う。彼らのキャリアが今のようにタイアップに恵まれているのは、この”隣に置ける汎用性”のおかげだと思う。
聴きどころと、次に聴くもの
聴きどころ3点
- 音数の”減らし方”:終盤に向かって加算するのではなく減算していく設計。テレビのCM入りを邪魔しない配慮でもあり、余韻の作り方でもある。
- 菊池剛の和声:ジャズ的な即興のソロを手放し、コードの置き方だけで情感を作っている。土曜夜という時間帯の”どちらとも決めきれなさ”に和声で応えている。
- 甫木元の息の使い方:長く伸ばさず、短く受け渡す。映像のカットに寄り添う歌い口で、テーマ曲としての機能性が高い。
入門動線
「一瞬」で入り口を作った人にまず勧めたいのは、同じ2026年に立て続けに発表された「Everyday」(ドラマ『ラムネモンキー』主題歌)。テンションのレンジが違うので、Bialystocksの振れ幅を短時間で掴める。そこからアルバム単位で聴くなら3rdSongs for the Cryptids🛒楽天。バンドの現在地を最もフラットに味わえる一枚だ。さらに遡るなら、メジャーデビュー作Quicksand🛒楽天まで戻ると、映画由来の音作りが色濃く残っていることが確認できる。順に辿ると、彼らが”余白の音楽家”であることが、輪郭を持って見えてくる。
チャートの中で聴く、ということ
ヒットチャートには、ときどきこういう曲が入り込む。派手な仕掛けもバズもない。しかしテレビというマスメディアの一角で、毎週決まった時間に鳴り続けている。だからじわじわと数字が積み上がる。SNSでの瞬間風速ではなく、生活のルーティンに紐付いた再生数だ。TikTokの15秒尺に最適化された曲とは、まったく別のロジックで生き延びる。
Bialystocksのこれまでの曲もそうだった。初動で爆発するタイプではなく、映画・ドラマの尺の中で耳に残り、後から検索されて再生される。「一瞬」もおそらく同じ道を通る。土曜23時にテレビをつけていた人が、月曜の朝、通勤電車の中で思い出して調べる。そういうチャートの上がり方をする曲だ。派手ではないが、長い。
数字だけを追うと見落としやすいが、この種の曲がチャートに残る意味は小さくない。派手な瞬間風速の裏で、長期間鳴り続ける曲があるということ。それは音楽市場の健全さの指標でもある。バズを狙って作られた曲だけがチャートを埋め尽くす時代に、報道番組の後ろで静かに鳴る曲がじわりと上がってくる。Bialystocksの「一瞬」は、その意味で、2026年のチャートに置かれる価値のある一曲だと思う。
まとめに代えて
報道番組のテーマ曲というのは、書き手の名前がクレジットで大きく出る仕事ではない。番組が終わっても、次の週にはまた同じ曲が流れる。目立たない仕事だ。しかしその目立たなさこそが、Bialystocksという二人組にとっては本領を発揮しやすい場所だったのだと思う。映画の劇伴と地続きの発想で、テレビの尺に音を置く。
映画の生演奏上映から始まったバンドが、報道番組の音を担い、初の武道館に立つ。この流れを2026年のうちに全部やってしまうというのは、なかなか凄いことだ。派手ではないけれど、確実に積み上がっている。「一瞬」はその積み上げの、今この時点での定点観測点として聴けばいい。土曜の夜、テレビの前で。あるいは月曜の朝、通勤の途中で。どちらの聴き方も、この曲の設計の中に、ちゃんと入っている。
まずこの作品から聴く
- Everyday — 同時期ドラマ主題歌で振れ幅比較
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