TOKIO HOT 100 ランキングアーカイブ(1991年6月2日放送)

TOKIO HOT 100 1991-06-02 放送回ランキング ランキング

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1991年6月2日放送の J-WAVE「TOKIO HOT 100」を振り返る回顧コラムです。当時のチャート上位曲を手がかりに、その週の音楽シーンを読み解きます。

本サイトは非公式のファンサイトです。チャートデータの出典:J-WAVE「TOKIO HOT 100」(1991年6月2日放送回)。

この週の音楽シーン

1991年6月2日放送の「TOKIO HOT 100」で1位に輝いたのは、ポーラ・アブドゥルの「RUSH RUSH」だった。80年代後半にダンサー、振付師として名を馳せた彼女は、すでに「ストレイト・アップ」などのヒットでポップ・アイコンとしての地位を確立していたが、この曲では一転してスローで甘やかなバラードを聴かせている。ジェームス・ディーンを思わせる往年の青春映画的なイメージを纏ったミュージックビデオも話題になり、キアヌ・リーヴスが出演していたことでも記憶されている。ダンスミュージックの躍動感とは違う、しっとりとしたロマンティシズムが漂うこの曲が首位に立っていたことは、当時のポップシーンの幅の広さを物語っている。

この週のTOP10を眺めると、1991年という時代の音楽的な多層性が見えてくる。2位にはエルヴィス・コステロの「THE OTHER SIDE OF SUMMER」がランクインしている。ニューウェイヴの旗手として鳴らした彼が、80年代を経てより成熟したソングライティングを聴かせていた時期であり、知的でシニカルな視点を持つ楽曲が、王道ポップスと並んで支持されていたことがうかがえる。3位のマイケル・ボルトンは、ソウルフルな絶唱型のバラードで一世を風靡していたシンガーで、「LOVE IS A WONDERFUL THING」はその実力を存分に発揮した一曲だ。

4位にはプログレッシブロックの重鎮イエスが「LEFT ME UP」で顔を出しており、ベテランバンドが変わらぬ存在感を放っていたことがわかる。5位のシーナ・イーストンは80年代から活躍を続けるベテランで、ここでも安定したポップセンスを見せている。6位のヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースは、アメリカンロックの王道を行くバンドとして、80年代から続く人気を保っていた。

7位のハリー・コニック・ジュニアは、当時まだ20代前半ながらジャズ・ヴォーカルの新星として注目されていた存在で、「WE ARE IN LOVE」のようなスウィング感のある楽曲は、ポップチャートにジャズの香りを持ち込む新鮮さがあった。8位のハイ・ファイヴは、ニュージャックスウィングの潮流に乗った若手R&Bグループとして人気を集めており、「I LIKE THE WAY (THE KISSING GAME)」はそのしなやかなグルーヴが魅力的だ。9位のキーディはこの時期に活動していたシンガーソングライターで、10位のジェラルドは「RICO SUAVE」のヒットで知られるラテン系アーティストとして、当時のヒップホップ/ダンスミュージックのシーンに新しい風を吹き込んでいた。

こうして振り返ると、1991年6月のこの週のチャートは、ロック、ソウル、ジャズ、ニュージャックスウィング、ラテン、そしてプログレという、実に多彩なジャンルが同居していたことがわかる。「RUSH RUSH」がその頂点に立っていたという事実は、単なるダンス・ポップの女王というイメージを超えて、ポーラ・アブドゥルが幅広い音楽性を持つアーティストとして評価されていたことを示している。ジャンルの垣根が今よりも緩やかに、しかし確かな個性を持って共存していた時代の空気を、このTOP10は鮮やかに伝えている。

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1991年6月2日付 TOP10(出典:J-WAVE TOKIO HOT 100)

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