2014年、くも膜下出血からの活動休止を経て星野源が最初に世に放った1曲がCrazy Crazy🛒楽天だった。あれから10年以上が経ち、いま改めてこの曲を再生すると、当時「復帰第一弾」として受け取っていた印象とは別の輪郭が浮かんでくる。『Crazy Crazy』は復帰の一曲ではなく、以後の星野源が何度も帰ってくる港として置かれた曲だった。そう思わせる要素が、あちこちに埋まっている。
この曲の要点
- 2014年6月11日発売の7thシングル『Crazy Crazy/桜の森』表題曲(両A面)。
- TBS『オトナの!』エンディングテーマとしてオンエア。
- くも膜下出血による活動休止から復帰後、初のオリジナル・シングル。
- 編曲は岡村美央と星野源。ベースにハマ・オカモト、ドラムにピエール中野、ピアノに小林創が参加。
- 2015年12月2日発売の4thアルバム『YELLOW DANCER』に収録。
復帰の1曲、という理解では足りない
この曲は復帰作である。それは事実。ただ、いま聴くとその情報だけでは足りない。2013年に発表された前作シングル「地獄でなぜ悪い」から約9か月、療養を経て戻ってきた星野源が最初に選んだのが、しっとりしたバラードでも、感謝を伝える曲でもなく、ピアノが陽気に跳ねるダンスナンバーだったこと。ここに、あとから見えてくる意思がある。
「戻ってきました」ではなく「もっと遠くまで行きます」。復帰の一曲目としてこの曲を置いたことは、キャリアの舵をどこへ切るかの宣言でもあった。翌年に「SUN」が来て、その次に「恋」が来る流れを知っている今の耳で聴くと、跳ねるピアノとホーンの余白、ジャンルを跨ぐバンドの組み合わせ方——全部その先に繋がる線として設計されている。そう思える。
正直、リリース当時にここまで意識して聴いていた自分ではなかった。「元気そうでよかった」くらいの感触で、両A面の相方「桜の森」のほうを繰り返し聴いた記憶がある。10年経って、順番が逆転した。
両A面『Crazy Crazy/桜の森』という選択
7thシングルは両A面だった。疾走感のある『Crazy Crazy』と、次の「SUN」に通じるソウル・テイストの「桜の森」。この2曲を対にして置いたパッケージング自体が、今のキャリアから逆算すると意味を持ってくる。片方でその後のダンス/ソウル路線の萌芽を示し、もう片方で「狂騒」の側を担当する。1枚のシングルで、以後の星野源が何度も往復することになる2つの磁極を、先に提示していた。
収録曲には未収録の「Night Troop」や「海を掬う(House ver.)」も並ぶ。House ver.という表記からもわかるとおり、この時点でクラブ・ミュージックへの目配りは既にあった。まだ「イエロー・ミュージック」という自身のマニフェストとしての言葉は前面には出ていない。ただ、素材はもう手元に揃っていた。
音そのものの話——ジャズ的トリオの狂騒感
編曲は岡村美央と星野源。バンド編成が面白い。ベースにOKAMOTO’Sのハマ・オカモト、ドラムに凛として時雨のピエール中野、ピアノにジャズ畑の小林創。ロック、ラウド、ジャズ——出自の違う3人を並べて、跳ねるピアノを中心に据える。ここが効いている。
イントロから鳴るピアノの跳ね方は、王道のJ-POPアレンジのマナーからは外れている。歌が主役でピアノは伴奏、というよりも、ピアノと歌が同じ高さで対話している。ドラムも過剰にビートを整えにいかない。ピエール中野の手数は思ったより抑制的で、跳ねるピアノの隙間を埋めるより、隙間そのものを楽しんでいる。そう聴こえる。
ホーンやコーラスで塗り固めない。3人の楽器の輪郭がずっと見えている。この「散らかしたままでいい」判断が、曲名の「Crazy」を音楽的に体現している気がする。整えすぎたら狂騒じゃなくなる。J-POPの現場でこの判断ができる作家は、当時もいまも、そんなに多くない。
もう1つ。テンポ感が絶妙に速すぎない。走るのではなく、跳ねる。この歩幅の設計は、後の「Family Song」や「Pop Virus」あたりのミッドテンポの気持ちよさに繋がっていく感触がある。速さで熱を作る曲ではなく、跳ね方で熱を作る曲。
クレイジーキャッツへのオマージュという補助線
MVはクレイジーキャッツへのオマージュとして作られた。白いスーツで踊る映像はそれ自体が楽しいが、これも今から見ると意味が深い。植木等の時代のコミック・バンド/和製ポップスへのリスペクトを、シングル表題曲のMVで堂々と提示する。この所作は、その後の星野源が繰り返し表明することになる「日本のポップスの歴史を、断絶させずに引き受ける」という姿勢の、最初の目に見える表明だった。
細野晴臣への傾倒、大瀧詠一の残した仕事への言及、SUNやFamily Songで見せるモータウン/ソウルの参照。これらは全部、日本の戦後ポップスから海外のブラック・ミュージックまでを一本の線で繋ぎ直そうとする作業だ。『Crazy Crazy』のMVは、その作業の第1章に相当する。当時「面白いMV」で片付けていた自分を、いま少し反省している。
聴かれ方——狂騒の曲、なのに軽くなる
この曲が実際にどう聴かれてきたかを考えると、面白い現象がある。曲名も歌のテーマも「狂騒」なのに、聴き終わると気持ちが軽くなる。ヘヴィな1日の帰り道、電車の中で1回だけ再生する、みたいな使われ方が似合う気がする。
これは偶然ではなく、跳ねるピアノと、抑制されたドラム、そして詰め込まないアレンジの合わせ技の結果だと思っている。密度が高い曲は聴き終わったあとに疲労が残るけれど、この曲は隙間が多いから、聴くほどに余白が伝染する。狂うことで楽になる、という設計として置かれた曲。そう読むと、なぜこれを復帰作に選んだのかも腑に落ちる。療養を経た人が、まず自分のために書いた「軽くなる曲」だったのかもしれない。
キャリアの中での位置——港としての1曲
『YELLOW DANCER』(2015)は星野源のキャリアを大きく塗り替えたアルバムで、そこに『Crazy Crazy』は8曲目として収録された。アルバムの中で聴くと、この曲は華のあるシングル曲でありながら、SUNや桜の森ほど象徴的に扱われない、ちょうどよく中盤に馴染む1曲になっている。この配置がまた良い。
その後、星野源は「恋」で国民的な認知を得て、Pop Virus、POP SONG、不思議、生命体、と作品を重ねていく。作品ごとにアップデートし続ける人だから、過去曲は上書きされやすい。ただ『Crazy Crazy』は上書きされない。復帰の1曲であるという事実の重さと、その後のキャリアの萌芽が全部詰まっているという事実の重さで、キャリアの中に「港」として留まり続ける。ライブでこの曲が始まると、会場の空気が特別な種類の柔らかさになる、と感じる人は少なくないはずだ。
聴きどころ3点
- ピアノ・ベース・ドラムの3ピースが「散らかしたまま」で成立するアレンジの余白。整えすぎないことで狂騒感が保たれている。
- 復帰後1曲目の選択として「バラードではなくダンス・ナンバー」を置いた判断。以後のキャリアの方向を音で宣言している。
- クレイジーキャッツをMVで参照する所作。日本のポップス史を引き受ける姿勢の最初の可視化。
両A面のもう1曲『桜の森』との関係
忘れてはいけないのが「桜の森」の存在だ。翌年のシングル「SUN」に繋がるソウル・テイスト。両A面という形式でこの2曲を並べたことで、以後の星野源が持つ2つの磁極——狂騒とグルーヴ、跳ねと踊り——が、1枚のシングルで並列に提示された。片方だけでは「復帰しました」の宣言に留まったかもしれない。2曲並べたから「これからこうします」の宣言になった。
この両A面という選択は、当時のシングル市場ではもう珍しくなっていた形式だ。そこにあえて2曲並べた意図を、今から遡って読むのは楽しい。
今こそ言える、1つの読み
10年越しに聴き直して思うのは、『Crazy Crazy』は「頑張って戻ってきた曲」ではなく「軽やかに戻ってきた曲」だったということ。しんどい時期を経た人が、次に鳴らす音として、ここまで隙間のあるアレンジを選べる胆力。これが後のキャリア全体を支える基礎体力になった気がする。
逆に言えば、この曲が別のもの——たとえば感謝を歌うミディアム・バラード——だったら、その後の星野源はもう少し違う道を歩いていたかもしれない。ここは解釈が分かれるところで、当時のファンほど「あの日、この曲だったこと」の意味を大きく取る傾向がある気がしている。あなたにとって、この曲が復帰作だったことの意味は何だっただろうか。
「イエロー・ミュージック」への助走として
後に星野源が自身の音楽を語る際に用いた「イエロー・ミュージック」という概念——アジア人の身体から生まれるブラック・ミュージック/ダンス・ミュージックのあり方——を提示するのは『YELLOW DANCER』(2015)の文脈からだ。『Crazy Crazy』はそのマニフェストが言語化される前の作品にあたる。ただ、音を聴くと、この概念のプロトタイプが既にここに鳴っている。
跳ねるピアノに乗せて日本語で歌う。ソウルやジャズの語彙を借りながら、J-POPの流通のフォーマットに乗せる。この不思議な折衷は、翌年の「SUN」で洗練された形で提示されるが、原型は『Crazy Crazy』で既に鳴らされていた。だから今、この曲を「イエロー・ミュージック以前の1曲」として聴くと、まだ形になりきる前の熱がある。整いすぎていない、ということが逆に貴重に感じられる。
10年後に「上書きされない曲」であること
アーティストのキャリアが長くなると、初期の曲は新曲によって上書きされていく。もっと洗練された曲、もっと大きなヒット曲、もっと自分の代表作にふさわしい曲が出てくる。ファンの中でも「あの頃の曲」として少しずつ位置が下がっていく。それが自然だ。
ただ『Crazy Crazy』は、そのラインから外れる曲だと思っている。復帰第一弾という時系列上の意味と、その後のキャリアの萌芽が全部詰まっているという構造上の意味の、両方を持っている。だから新しい代表曲が出るたびに、逆にこの曲の重みが増していく。「あそこから始まったのか」と遡って確認したくなる曲。こういう曲は、キャリアの中に1曲あるかないか。
入門動線
この曲を入口にするなら、次の1曲は同じ『YELLOW DANCER』収録の「SUN」。両A面「桜の森」からSUNへの音楽的な繋がりを、アルバムの中で辿れる。関連1枚はもちろん『YELLOW DANCER』そのもの。この曲を含む14曲を通しで聴くと、2014〜2015年に星野源が何を掴み直したのかが、耳で理解できる。
2014年6月という時点を思い出す
この曲が世に出た時期の空気を、少し具体的に思い出しておきたい。2014年6月11日。J-POPの主戦場はまだCDシングルで、両A面という形式は一時期ほど珍しくはなくとも、シングルという単位に「作品としてのメッセージ」を込められる最後の時代の名残があった。ストリーミングが本格化する前で、聴取体験は「シングルを買って通しで聴く」ことに紐づいていた時代でもある。
その時代の作法で作られた『Crazy Crazy/桜の森』は、収録された未発表曲を含めて全体で1つのステートメントになっていた。「Night Troop」と「海を掬う(House ver.)」という2曲を並べる意図は、シングル単位で作品を届ける文化があるからこそ成立する。今、単曲のストリーミングで『Crazy Crazy』だけを聴く人が多いはずだが、当時のパッケージの流れで聴くと、この曲の位置づけがまた変わる。House ver.が同じ盤に入っていることは、5年後10年後の伏線として置かれていたと言ってもいい。
もう1つ、2014年の星野源は「俳優としての知名度」と「音楽家としての評価」がまだ拮抗していた時期でもある。翌年のドラマ『真田丸』出演や『恋』での爆発は、まだ数年先。この時点で音楽家としての射程を大きく広げる作品を出したことが、その後の「両立」の土台になった。復帰と同時に、次のフェーズの助走が始まっていた。
『オトナの!』というタイアップの意味
この曲はTBS『オトナの!』のエンディングテーマとしてオンエアされた。ゴールデン帯の派手なタイアップではなく、深夜枠のトーク番組。この座組が良い。
大ヒット曲がドラマ主題歌や映画主題歌から生まれる時代に、あえて「番組の終わりに流れる曲」として置かれる。番組を観ている人にとっては、毎週の終わりの合図として耳に染み込む。派手にプッシュされないぶん、じわじわ生活の一部になる。『Crazy Crazy』が世代のファンに深く刺さっているのは、この染み込み方の設計とも無関係ではない。テレビの前でトーク番組を観終わったあと、ピアノが跳ねる。そういう記憶と結びついている曲だ。
参加ミュージシャンの並びが示すもの
もう一度、参加ミュージシャンの名前を並べてみる。ベースにOKAMOTO’Sのハマ・オカモト、ドラムに凛として時雨のピエール中野、ピアノに小林創。この人選、いま見ると凄まじい。
ロックの現場でバキバキに鳴らしているベーシスト、轟音ラウドの現場で叩き続けているドラマー、ジャズの人。この3人を集めて跳ねるダンス曲を録る発想は、普通に考えたら出てこない。それぞれの得意分野の外側で、しかも過度に「そのジャンルらしさ」を封じるわけでもなく、3人の持ち味が滲むまま録る。この判断ができたのは、星野源自身がSAKEROCKでインスト・バンドをやってきた耳を持っていたからだと思う。
SAKEROCKは2015年に解散する。つまり、この録音の時期はSAKEROCKがまだ活動していた最後の期間でもある。バンドで培った「異なる楽器の対話をそのまま楽しむ」感覚が、ソロ作品のバンド録音にも流れ込んでいる。10年後の視点で見ると、ここも1つの節目だった。
ライブでの化け方
音源での『Crazy Crazy』も十分楽しいのだが、ライブで化ける曲だと思っている。跳ねるピアノは会場全体を跳ねさせる。手拍子が自然に生まれる曲であり、なおかつコール&レスポンスに寄りかからないから、演奏そのものの快感で会場が盛り上がる。
大きな会場での定番曲というよりは、セットリストの中盤で空気を作り直す役割の曲として置かれることが多い印象がある。派手なイントロで会場を掴む曲ではないが、途中から気づいたら全員が乗っている、というタイプの曲。ここでもやはり「跳ねで熱を作る」設計が生きている。
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まとめ——数字の外側にあるもの
『Crazy Crazy』は、星野源のシングルとして特別に大きなセールス記録を残した曲ではない。ただ、キャリアという長い時間軸で見たときの重さは別の尺度で測られる。復帰の宣言、次の方向の予告、日本のポップス史への敬意、余白のある編曲の胆力——1曲に詰め込まれた情報量は、あとから読めば読むほど増える。
いま初めてこの曲を聴く人にも、10年前から聴いてきた人にも、それぞれの角度で開かれている曲だと思う。跳ねるピアノに耳を澄ませながら、10年経って自分の耳がどう変わったかを確認する。そんな聴き方が似合う1曲だ。
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