羊文学のBurning🛒楽天を、2024年の配信当時ではなく、5thアルバムDon’t Laugh It Off🛒楽天が着地した2025年の景色から聴き直すと、輪郭が違って見える。あの夏、アニメ【推しの子】第2期のエンディングに流れてきた曲は、当時「羊文学らしいオルタナ・ロックの新曲」として受け止められた。ただ、いま並べ直してみると、これはバンドが「日本のバンド」から「英語圏でもツアーが回るバンド」へ姿を変えていく分岐点の曲だった、と思う。
核心の一節を先に置く。Burningは、羊文学が”世界に届く音”を鳴らせるバンドになった瞬間を、後から静かに指差す曲だ。チャートの順位や再生数の話ではない。バンドの体格が、この一曲を境目に一段変わった。今ならそう言える。
この曲の要点
- 羊文学「Burning」は2024年6月30日配信リリース、TVアニメ『【推しの子】』第2期エンディング主題歌。
- CDシングルは2024年8月28日発売。MV監督は映画監督の石原海。
- English ver./Acoustic ver./Anime ver.を含む複数バージョンが収録された。
- 2025年10月8日発売の5thアルバム『Don’t Laugh It Off』に、通算12曲目として収録。
- 同年、羊文学は米・アジア・欧州の3大陸ツアーを完走している。
まず事実を、当時と今の両方から
Burningは2024年6月30日、アニメ【推しの子】第2期の第1話放送日に合わせて配信リリースされた。第2期のエンディング主題歌として書き下ろされた一曲だ。ソニーミュージックの公式情報では、8月28日に7インチレコードサイズの紙ジャケット仕様でCDシングル化されている。CDには「Burning」の通常版に加え、Anime ver.、English ver.、Acoustic ver.まで含まれていて、要はこのバンドが一曲を多面的に鳴らしきる自信を持っていた、ということ。
MVを撮ったのは映画監督の石原海。ここは重要な補助線で、羊文学はMVの作家性にこだわるバンドだ。ミュージシャンではなく「映画側の人」に映像を託した選択に、Burningを楽曲単体で完結させず、映像作品としても残そうという意思が透けて見える。当時はアニメのタイアップという文脈に乗っかって受け取られがちだったが、いま見返すと、アニメの外側にちゃんと自立した作品を作っていた。
そして翌2025年10月8日、5thアルバム『Don’t Laugh It Off』がリリースされる。全13曲中、Burningは12曲目に置かれた。アルバムの終盤、締めの直前。この配置が後追い視点だとすごく雄弁で、彼らはBurningを「シングルの目玉」ではなく、アルバムを閉じるための力学として使った。
後追いで気づく、サウンドの分岐点
2024年当時、Burningの印象は「歪みが強くなった」「歌が前に出た」あたりで語られることが多かった。いま5thアルバムの流れの中で聴くと、変化はもっと構造的だった、と思う。
羊文学の初期、たとえば1stアルバム『若者たちへ』や「1999」の頃の音は、澄み切った空気感とファズ・ギターの轟音、ソリッドなオルタナ・サウンドのイメージが強いものだった。塩塚モエカのボーカルはリバーブの中で息をしていた。Burningはそこから明確に一歩踏み出している。ギターの歪みは、粒が空間に溶けるのではなく、ボーカルと同じ前線に並んで押してくる。ドラムのキックが手前で鳴り、歌が中央でまっすぐ立つ。日本のロックにありがちな「湿った奥行き」より、海外のオルタナ・ロックが持つ「乾いた押し出し」に近い設計。English ver.が同時に成立するのは偶然じゃない。
ここが後追いで見えてくる分岐点だ。羊文学はBurningあたりから、日本語のミックスを海外の耳で聴いても違和感のないバランスに寄せてきている。2025年に彼らが米、アジア、ヨーロッパの3大陸でのツアーを完走させるところまで来られたのは、この音づくりの変化と地続きに見える。順序でいうと、音の側が先に世界仕様になり、身体が後から追いついた、という感じ。
【推しの子】EDという文脈を、いま外して聴く
Burningを語るとき、【推しの子】第2期のEDという枠は避けて通れない。ただ、後追いの視点では、この枠を一度外して聴き直したい。理由は、この曲がアニメの物語に寄り添う”当て書き”というより、羊文学というバンドがそのタイミングで書きたかったテーマを、EDという場所に置いた、という順番に見えるからだ。
燃えるものが何なのか。誰の中で何が燃えているのか。歌詞そのものは引かないが、この曲のテーマは、外側から与えられた炎ではなく、自分の中でくすぶり続けていた何かに、ようやく火が入ったときの温度に近い。それは【推しの子】の登場人物の物語とも接続するし、同時に、羊文学が2020年代前半に少しずつ積み上げてきた「静かに怒っている」姿勢の到達点でもある。当時は前者の読みが強かった。いまは、後者の読みで聴く人がじわじわ増えている気がする。
もうひとつ。EDテーマとしての機能面もいま振り返ると面白い。アニメのEDは、本編の余韻を回収して視聴者を現実に戻す役割を持つ。Burningのテンポと歪みの設計は、余韻を鎮めるより、視聴者の身体に燃え残りを渡してくる。EDらしくないED。この違和感が、曲だけを取り出したときの強度に、そのまま変換されている。
アルバムの中での12曲目という位置
『Don’t Laugh It Off』の曲順を追うと、冒頭は「そのとき」、続いて「いとおしい日々」(ブルボンのCMタイアップ)、「Feel」(アニメ『サイレント・ウィッチ』OP)、「doll」、「声」(月9『119エマージェンシーコール』主題歌)、「春の嵐」、「愛について」、「cure」、「tears」(映画『かくしごと』主題歌)、「ランナー」、「未来地図2025」ときて、12曲目にBurningが置かれる。ラストは表題曲「don’t laugh it off anymore」。
ここで気づくのは、アルバムのタイアップ曲がほぼ2024〜2025年の仕事で、Burningはその中でも古参にあたるということ。にもかかわらず終盤に据えられた。普通、時系列で並べるならもっと前、あるいはリードとして冒頭近くに置くはず。それをしなかった。バンドはBurningを、アルバムの物語をクライマックスへ持ち上げる火として使いたかった、と読める。実際、収録順で聴くとBurningの位置でエネルギー量が一段上がり、ラスト曲へ渡す助走になっている。
2025年末には、Burningと新曲「そのとき」のRemixを追加した『Don’t Laugh It Off (Truly Deluxe)』が配信リリースされた。シングルとして役割を終えた曲を、アルバムの中で再文脈化し、さらにRemixで別角度から差し出す。この扱い方を見ても、バンドがBurningを「大事に長く使いたい曲」と位置づけているのがわかる。
聴きどころ3点
- 歌とギターの”同じ前線”:ボーカルが奥に引っ込まず、歪んだギターと肩を並べる位置で鳴る。ヘッドフォンで左右の定位を意識しながら聴くと、この設計の意図がはっきり掴める。
- English ver.との聴き比べ:日本語版と英語版を続けて再生すると、日本語のフレーズが英語の子音のリズムと同じ骨格で書かれているのがわかる。最初から二言語で成立するように設計されている。
- アルバム収録版の”重み”:シングルとしてのBurningと、5thアルバム12曲目としてのBurningでは、前後の曲が作る文脈で受け取り方が変わる。アルバムを頭から通したときの12曲目、ここが本当のBurningだと思う。
キャリアの中で、この曲は何を変えたか
ここが本題。後追いだから言える話をする。羊文学のキャリアには、いくつか節目の曲がある。「1999」で名前が広く知られ、「more than words」(アニメ『チェンソーマン』ED)でアニメタイアップのバンドとして認知され、そこからNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の劇伴周辺の仕事や、複数のCM・ドラマ主題歌へ広がっていった。Burningはこの流れの延長にありつつ、少しだけ質が違う。
それまでのタイアップ曲は、羊文学が持っている繊細で内省的な側面を差し出すことで作品に寄り添うタイプが多かった。Burningは違う。バンドの内側から出てきた燃焼の温度を、アニメ側に持ち込んで、そこで受け止めてもらった、という順番の曲だ。だから当時、少しだけ違和感を覚えた人もいたはず。EDにしては強い、と。いま思うと、その違和感が正解だった。羊文学は「寄り添うバンド」から「押し出すバンド」への切り替えを、Burningでやった。
結果として2025年、彼らは日本武道館でライブを行い、米西海岸ツアーのドキュメンタリー映像を作品化するところまで来た。ロッキング・オンの取材でも塩塚モエカが「いま、ここ」の話を率直にしていたと伝えられている。「いま、ここ」を鳴らせるバンドになった起点として、Burningは後から重要度が上がっていく曲だと思う。
いつ、どう効くか——聴かれ方の話
Burningは、たぶん夜の曲ではない、というのが個人的な読み。羊文学の代表曲の多くは、暗い部屋でヘッドフォンをして輪郭が濃くなるタイプだったけど、Burningは違う気がする。むしろ、朝の通勤で外が明るくなり始めた時間や、金曜の夕方、まだ何かを始められる残量が体にある時間に効くように設計されている。歪みが手前で鳴るせいで、内側にこもるより、身体を外へ押し出す方向に働く。
もう一つの読み。この曲は、ライブハウスの中盤で化ける曲だ、と思う。バンドの単独ライブのセットリストで、序盤の掴みでも、アンコールでもなく、本編の中盤、みんなが少し体を温め終わって「今日はどこまで行けるか」を確かめ始める時間帯。あの位置で鳴らされたときのBurningがいちばん強い、気がする。ライブに行ったことのある人なら、たぶん心当たりがあるはず。
塩塚モエカの歌が、Burningで少し変わった
もう一つ、後追いで見えてくる変化がある。塩塚モエカの歌い方だ。初期の羊文学における彼女のボーカルは、フレーズの語尾を空気に溶かす、囁きに近いテクスチャで魅力を作っていた。Burningでは語尾がしっかり子音で締まる。息を残さず、言葉を置いていく。フレーズの終わりに芯が残るから、歪んだギターの前に押されても引かない。
ここは英語版の存在が効いていると思う。同じメロディで英語を乗せるためには、日本語の段階で子音の設計が英語寄りになっている必要がある。逆に言うと、羊文学は初めから、英語で歌える構造で日本語のメロディを書き始めた、ということ。この設計思想の切り替えは、2020年代前半のJ-POP全体の変化とも共振している。海外リスナーを最初から想定に入れて日本語を書く動きは、藤井風、YOASOBI、Adoといった名前と並べても位置づけられる。羊文学はロックの側からその変化に参加した。
3ピースとしての演奏設計
羊文学は塩塚モエカ(Vo/Gt)、河西ゆりか(Ba)から始まった3ピース・バンド(現ドラムはフクダヒロア)。Burningの厚みは、この3人という制約の中で作られている。ギターの歪みが前に出るぶん、ベースはローエンドを支える役割に徹し、ドラムはキックとスネアの距離を近く取って前へ押す。3ピースにありがちな「隙間が寂しい」問題を、Burningは各パートの役割分担で解決している。とくにドラム。手数で埋めるのではなく、シンプルなパターンをタイトに叩き切ることで、曲の推進力の骨格を作る。ここが変わると、バンド全体の重心が変わる。
3人だけで鳴っている音だと気づいたとき、Burningの手触りは一段濃くなる。多くのオルタナ・ロックがバンドサウンドの厚みをアレンジで補うところを、この曲は補わない。だから海外のライブハウスでもそのまま鳴らせる。3大陸ツアーが実現した音の根拠が、Burningの演奏設計の中にすでに書き込まれていた、と後から気づく。
Remixで再文脈化される、という新しい寿命
2025年末、『Don’t Laugh It Off (Truly Deluxe)』にBurningのRemixが追加された。この動きは、羊文学というバンドの音楽との付き合い方が、ロックバンドの伝統的な流儀から少しずれてきていることを示している。従来、ロックの曲はライブで育つものだった。Remixは電子音楽側の作法。それをロックバンドが自然に取り入れているのは、彼らがロックだけの文脈で音楽をやっていないからだ。
Burningがオリジナル・Anime ver.・English ver.・Acoustic ver.・Remixと複数の形で存在すること。これは一曲を長く使うための設計であると同時に、曲を「固定した完成形」ではなく「変奏可能な素材」として扱う姿勢の表明でもある。この考え方は、2020年代のストリーミング時代に曲を長生きさせるための、実は合理的な戦略でもある。当時気づけなかったけど、いまなら言える。
解釈が分かれる場所——EDのその先
ひとつ、答えを閉じずに置いておきたい論点がある。Burningの「燃えている」対象を、【推しの子】の物語の側に置くか、羊文学というバンド自身の側に置くか。この二択は、聴き手によって割れる。物語側で聴けば、この曲は登場人物の感情の残響として響く。バンド側で聴けば、これは塩塚モエカ本人が抱えてきたものが、ようやくフルパワーで出た記録になる。
どちらの読みでも成立する曲は、実は珍しい。多くのタイアップ曲は前者に寄せて書かれるか、後者に寄せて書かれるかのどちらかで、両方の重心を持てる曲はそう多くない。Burningがアニメ放送終了後もアルバムの中で機能し続けているのは、この二重の重心のおかげだと思っている。あなたの中でどちら側の物語として鳴っているか、たまに自問してみると、この曲との付き合い方が長く続く。
関連作と、次に聴くなら
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まずこの作品から聴く
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入門動線
Burningから羊文学の音を辿るなら、次に置きたい一曲は「more than words」(アニメ『チェンソーマン』ED)。アニメEDというフォーマットで、Burningとは別の顔——寄り添う方の羊文学——を見せた曲で、この二曲を並べるとバンドの振れ幅がよく見える。アルバム単位なら、Burningを収録した5th『Don’t Laugh It Off』を頭から通して聴くのが、いま最短の入り口だ。タイアップ曲と自主曲が混ざったこのアルバムは、2020年代半ばの羊文学の総合カタログとして機能している。
もう少し遡るなら、初のクリスマス・シングル「1999」や1stアルバム『若者たちへ』。ここに、Burningで前に出てきた歪みの原型が、まだリバーブに包まれた形で残っている。原型と現在地を行き来すると、Burningがバンド史のどこに立っている曲かがはっきりする。
最後に一言だけ。Burningは、聴くたびに少しずつ位置がずれていく曲だ。2024年のあの夏に受け取ったBurningと、2025年秋にアルバムの中で聴くBurning、そして数年後、羊文学がさらに遠くへ行った時点から振り返るBurningは、たぶん全部違う顔をしている。いまこの記事を読んで、もう一度再生してみてほしい。前に聴いた時とは、少しだけ違う手触りがあるはず。

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